観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

わかりやすい文章

2014-11-18 22:41:44 | 14
高槻成紀

 私が初めて本を書いたのはシカの生態学の野外調査を記載した「北に生きるシカたち」である。それは専門的な内容であるから、読者対象は研究者や学生を想定していた。その後、生態学の専門書などをいくつか書いた。前者は研究成果だけでなく、自分が野外調査で体験したこと、シカの生態を解明してゆくおもしろさなどを自分のことばで書いたが、後者は硬い言葉で正確な文章が求められるので、書きぶりは大いに違った。自然科学の研究者は日常的に英語の論文を読み、英語で論文を書くから、いつでも頭の中で英語と日本語を往復させている。専門的なことばを同業者で話すときは単語も英語のほうが便利だということも多い。ただ、それだけでなく、文章の組み立て、主語や時制を明確にすること、骨組みから書いて、詳細は付け加えるように書くなども英語の影響を受けているように思う。
 その後、中高生を対象にする本を出した。とても楽しい作業だったが、大変でもあった。専門書であれば、専門用語を使うことができるが、中高生ではそうはいかない。かといって、生態学の内容を伝えることに「手抜き」をするつもりはなかったので、言葉の選択には苦労した。
 思いがけないことに、私の文章が中学生の国語の教科書に採用されることになった。私にとって学校の「国語」という科目はよくわからないものだという印象がある。新学期に教科書を開くと、決まって詩が載っていた。もちろん好きな詩もあったが、何を学べばよいのかわからなかった。作者が感じたことを共有するということなのだろうか。試験問題として出されて、自分の感じ方を書いたら不正解になり、納得いかなかった。中学生くらいになると、教科書に載ったおもしろい文章に出会うと、原作を図書館で借りて読むようになった。それらの多くはいわゆる文学作品だから、何を言っているのかよくわからず、だから試験問題になるのだと思った。だが、その後私が読むようになった自然科学の文章は論理的でわかりやすかったので、高校までにこういう文章の書き方を教えてほしかったと思った。
 私は中高生を読者に想定したときは、ひとことでいえばわかりやすさを最重要と考えた。そのために重要なことは、何を伝えるかが明確になっていることである。その伝えたいことを的確に伝えるには、どういう入り方をし、どう組み立てて、どう結論するかを考える。それはやはり英語的で自然科学的な発想なのだと思う。同時に無意識におこなっているのは、心の中で文章を「読んでいる」ことだ。要するに内容は正しくても、聞こえる言葉として流れや響きがよいものにしたいという思いがある。
 私が文章を書くときに心がけているのはその程度なのだが、そうして書いた文章が国語の教科書の文章の書き方のモデルとして採用されたというのは、驚きでもあり、喜びでもあった。子供たちが正確でわかりやすい文章を書くことに役立てるとすれば、本当にありがたく、嬉しいことである。

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