観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

きっかけは意外なところに - ワニとの出会いがすべての始まり -

2012-12-29 15:29:13 | 12.12
修士2年 八木愛

私は研究室に入って4年間カエルの研究をしてきたが、実は高校生の頃まで両生爬虫類が嫌いだった。ヘビは足がない上になんとなく薄気味悪かったし、カエルなんて表面がヌメヌメしていて触りたくもなかったからである。そんな私が両生爬虫類を好きになるきっかけとなった動物がいる。
私は数多くいる動物の中でもワニが一番好きだ。そういうと必ず「え、なんで!?」と驚きながら聞かれる。確かにお世辞にもかわいいとは言えないし、女性が好きになることはなさそうな動物である。
ワニを好きになるきっかけは、高校生の時の修学旅行であった。私の通っていた高校では、修学旅行ではオーストラリアに行くことになっていた。そこで事前学習として、オーストラリアについて調べる授業があり、私はオーストラリアの動物について調べることになった。動物は好きでも、両生爬虫類が嫌いだった私は、当然、ワニに対しても、獰猛、アフリカでヌーやガゼルを沼に引きずり込む、人をも襲うというような怖いイメージしか持っていなかった。なので、オーストラリアにワニがいるということを知った時は正直怖かった。そこで対象をコアラやカンガルーといった、よく知られた人気のある動物にすればよかったのだが、それではおもしろみがないと感じ、「ちょっとした変化球」ということでワニを選んだのだった。
驚いたことに、ワニは「子育て」をするのだという。それまで私の中では、子ども(卵)を産んできちんと育てるのは哺乳類と鳥類だけ、というイメージがあったのでワニが卵を産んで子どもを守り、育てる、というのはとても意外だった。テレビで親ワニが子ワニを守るために口にくわえて巣に戻している映像を見た時は「ワニって子煩悩なんだ!」と思わず感動した。また、ワニは音声でコミュニケーションをとると言われているのだが、子ワニが襲われた時に出す声を聞いて、親ワニだけでなく別の成体ワニも助けにくるというのでとても驚いた。こういうことは私にはとても意外でおもしろかった。
次に、驚いたのは昔は日本にもワニがいたということだ。「マチカネワニ」という名前だそうだが、約45万年前の頃だそうである。今まで、ワニは日本にはまったく関係ない動物だとばかり思っていたので、このことを聞いてワニに対してさらに親近感が増した。最近やっと手に入れた「ワニと龍」という本によれば、古代中国における「龍」はこのマチカネワニの仲間ではないかと言われているそうだ。
私はワニに興味を持ったことから、両生爬虫類の世界へと足を踏み入れ、今カエルの研究をしている。昔はあんなに嫌いだったはずなのに、今では大好きである。ワニと出会っていなかったらおそらく私はこの研究室にいないだろうと言っても過言ではない。
人はちょっとしたきっかけで大きく変わることもある。もし単に見た目だけで「この動物ちょっと苦手だな、嫌いだな」と思っているのなら、それはとてももったいないことだと思う。もしそのような動物がいるのなら、ぜひ一度その動物について調べてみてほしい。意外なおもしろいことが隠れているかもしれない。そうやって生物たちの意外な一面を知っていくことで、さらに生物を学び知ることが楽しくなると私は思っている。

たまにはつまみ食い

2012-12-27 12:28:42 | 12.12
修士2年嶋本祐子

 ハナムグリってご存知でしょうか?都会でもよく見られる甲虫です。花に潜って蜜や花粉を食べるので、花潜り、ハナムグリ。私が調査でよく出会ったのは小型のコアオハナムグリで、体長は11mm~16mmほど。花粉を運んで花の受粉を助ける、訪花昆虫の1種です。
 どうやって花粉を運ぶのでしょう?花に潜ってもぞもぞ、体表の細かい毛に花粉をびっしり付けます。

タンポポの花粉をまとうコアオハナムグリ 2012.05 アファンの森

 どうやって食べるのでしょう? 食事中は頭を花に突っ込むため、なかなか口が見えないのですが、ハチやチョウのようなストロー状の口吻を持っていないので、舐めるようにしてもぐもぐ食べるようです。

コアオハナムグリ拡大 2012.06アファンの森

 どんな花を利用するのでしょう?体が重くて小さい花にとまれないため、大きな花や花茎が丈夫な花を、また、細かい飛行コントロールができないため、写真のような上向きの花を利用するようです。

ユウガギクとコアオハナムグリ 2012.09 アファンの森

と、本や図鑑にはこのように記されていますが…。実際に野外で観察すると、小さい花にとまろうとするコアオハナムグリによく出会います。ですが、やはり花は重さに耐えきれず、しだれてしまったり、花ごと落ちてしまったり、失敗に終わってしまうようです。コアオハナムグリも一緒に落下します。
 次なる挑戦はハチやチョウが利用するクサフジ。蜜と花粉は花弁で蓋をされた花の奥に隠されているため、ハナムグリの仲間はめったに利用しないはずなのですが…こじあけて頭を突っ込んでいました。

クサフジとコアオハナムグリ 2012.09 アファンの森

 予想外の訪問に、何しているんだ?と私はぽかんとしてしまいました。頭を突っ込んでいるだけの可能性もあるので、花弁をめくってみると、しっかり花粉にありつけているようです。たまには面倒でも、いつもと違う花をつまみ食いしたくなるのでしょうか。
 野外観察の中で、こういう瞬間はとても魅力的です。生きものですから、本や図鑑を裏切る時があって当たり前ですよね。
 コアオハナムグリはこの日4時間以上、クサフジの花を被っていました。訪花昆虫の中で、なんだか鈍くさいハナムグリ。おせっかいでしょうが、彼らの行動を目で追っては、何のためにそうしているのか?と、あれやこれやと考えてしまいます。

頻度と占有率:食性分析で考えたこと

2012-12-24 00:47:03 | 12.12
教授 高槻成紀
 私は長いことシカやカモシカの食性分析をしてきた。機会があってタヌキの糞分析をすることになり、予想してはいたのだが、反芻獣との違いに改めて驚いた。食べている内容が違うのは当然としても、「出かた」が違うのである。昆虫や植物の葉はたくさんのサンプルから少しずつ出てくるが、果実などは、それほど頻度は高くないのだが、出るときはたくさん出てくる。じつは同じようなことはカモシカの胃内容物を分析したときにも感じていた。シカの場合はそれほどでもないのだが、カモシカの場合は必ず出てくるイネ科の葉や木質繊維などと違い、ヒノキやスギの葉、あるいは果実などが出てくるときにはわりあいまとまって出てくる。それで私はサンプル集団の平均値だけでは表現しきれないものを感じた。全体平均が同じ20%でも個々のサンプルでの占有率がつねに20%で、その結果、全体平均が20%の場合があれば、極端にいえば5分の1のサンプルでは占有率が100%で、残りの5分の4ではまったく出現しないで全体平均が20%になる場合もある。こういう場合は出現したサンプルだけについての平均値を出して比較すべきだと考えた。生物学的な意味は前者のような場合は、カモシカがその食物にであう頻度が高く、とくに好まないが20%ほどは食べるという意味であろうし、後者の場合はその食物はどこにでもはないために、カモシカが遭遇する確率は低いが、見つけたときは好んでたくさん食べるという意味であろうと考えた。こういう傾向は反芻獣よりは雑食性の肉食獣でより強いと予測される。だからタヌキの糞分析をしたときに「やっぱり」と納得した。
 2011年度の野生動物学演習でタヌキとハクビシンの胃内容物分析をした。本格的な分析はすでに卒業生の立脇隆文君が済ませているので、演習ではその追体験をしてもらうと同時に、せっかくだから分析法の検討をおこなうことにした。具体的には、慣例的におこなっている200ポイントがほんとうに妥当であるかないか、その意味で何ポイント調べれば十分であるか、分析の所要時間はどれくらいかかるか、などの基礎データをとることにしたのだが、その中に頻度と占有率との関係も盛り込んでいた。
 とてもよいデータが出たので、論文として投稿することにした。分析技術上の個別の結果を紹介することも目的であったが、大きな意味としては日本でポイント枠法を定着させたいということもあった。というのはこれまで日本の食肉目の食性分析では頻度法ばかりが用いられていたために、上記のような問題があったからである。頻度でわかることもあるのだが、頻度だけでわかることは限定的である。私は、占有率の大小にかかわらず、頻繁に出現する食物が「重要だ」とされることが気になっていた。そこで私は原稿に全体平均と、出現あたりの平均値を比較して、頻度法よりもポイント枠法のほうがすぐれているということを主張したのであった。
 これに対して査読者から以下のような指摘があった。「出現あたりの平均値の指摘はたいへん重要である。しかし合計値を出現頻度で割った値では、たとえば高頻度、高占有率の場合と低頻度、低占有率の場合で同じことになるから、消えてしまう情報が生じる。頻度と占有率の関係を直接表現してはどうか。」
 私は目から鱗が落ちた気がした。たしかにそうである。それでデータを見直してグラフにプロットしてみた。そうすると確かにタヌキの糞から出てくる食物のうち、植物の葉や昆虫はグラフの右下、つまり高頻度ではあるが低占有率であること、果実などは中頻度、高占有率であることなど予想通りの結果がはっきりと示され、頻度が小さいが占有率がある程度あるものや、その逆などもあり、確かに割り算で比にしてしまったのでは、埋没する情報があることがわかった。
 私は「頻度法はだめだ、ポイント法がよいのだ!」と言い過ぎていたように感じた。そうではなくて、それぞれの意味をとらえて両方を活かすことで、ひとつのプロットの生物学的な意味をより深く理解できるということに気づいた。ただし、だからこそ、頻度も占有率も短時間で記述できるポイント枠法が採用されるべきだと思う。その意味ではポイント枠法の長所が強化されたと感じた。
 ふつうは、査読者は原稿の弱点を針小棒大に指摘する「意地悪な」存在だと感じるのだが、今回ばかりは実にありがたい指摘をしてもらい、自分たちのデータを自分自身が気づかないでいたことを教えてもらった。私も査読を頼まれることがあるが、「査読者たるもの、かくありたし」と思ったことであった。