観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

これは冬眠準備?

2012-12-29 15:30:52 | 12
3年 柏木美香

 12月に入ってから、ものすごく寒い。寒さが苦手、早起きが苦手、貧血ぎみ、冷え症な私にとってはもはや地獄である。布団から出られない、コタツから出られない、家から出たくない。寒いだけでこんなにも行動力が落ちるのかと自分でも不安になってくる。年を取るにつれて寒さに弱くなっているような気もする。関節も痛いし、鼻水も止まらない。お腹も痛くなるし、何しろ自分の手が冷たいのでどこにも触れたくない。一言で言えば寒いのが嫌いである。雪は好きだし、スノーボードも楽しいし、星が綺麗だし、冬は好きである。が、寒いのは嫌いだ。外に出たくない。
 さて、寒さのせいで元気はなくなる一方な私だが、食欲はある。むしろ増している。温かい鍋やおでんは寒い時ほどおいしいし、暖かいコタツでぬくぬくしながら食べるアイスも美味しいし、クリスマスにはケーキも食べたいし、お正月はおせちも食べたいし、魚介も美味しい季節である。
 そこで気づいてしまったのだが、これはもしかして冬眠準備なのではないか。哺乳類の多くは冬眠をする。寒い間は巣の中でじっと耐え、暖かくなるのを待つのだ。冬眠中のエネルギーを確保するためにその前に沢山食べて蓄えておく。今私はこの段階なのではないだろうか。本当はもう家の外に出たくないのに、人間は出なければならない。学校もあるし、バイトもある。そして、冬眠したいのにできない、食べ物は食べたい、といった現象が起きているのではないだろうか。この現象は私だけに起きているのではないだろう。その証拠に、多くの人はお正月家でのんびり過ごし、冬休み明けに久しぶりに会うと若干太っていることが多い。
クリスマス寒波や年越し寒波といった寒波に襲われている日本列島。日本海側では大雪、太平洋側でも例年に比べかなり低い気温で、雪こそ降らないもののかなりの寒さである。辛すぎる。雪崩や吹雪といった災害もあるのに、なぜ人間は冬眠しないのだろうか。寒さに対して不満を言いつつも、きちんと外に出て活動する。散々寒いのが嫌いだとか冬眠したいといったことを述べてきた私だが、クリスマスはクリスマス寒波の中寒いのを我慢してお洒落をして出かけたし、年越し寒波の中お正月早々からスノーボードに出かけるのである。寒いのに冬眠しないことを選択した人間はきっと欲張りな動物なのだな。

きっかけは意外なところに - ワニとの出会いがすべての始まり -

2012-12-29 15:29:13 | 12.12
修士2年 八木愛

私は研究室に入って4年間カエルの研究をしてきたが、実は高校生の頃まで両生爬虫類が嫌いだった。ヘビは足がない上になんとなく薄気味悪かったし、カエルなんて表面がヌメヌメしていて触りたくもなかったからである。そんな私が両生爬虫類を好きになるきっかけとなった動物がいる。
私は数多くいる動物の中でもワニが一番好きだ。そういうと必ず「え、なんで!?」と驚きながら聞かれる。確かにお世辞にもかわいいとは言えないし、女性が好きになることはなさそうな動物である。
ワニを好きになるきっかけは、高校生の時の修学旅行であった。私の通っていた高校では、修学旅行ではオーストラリアに行くことになっていた。そこで事前学習として、オーストラリアについて調べる授業があり、私はオーストラリアの動物について調べることになった。動物は好きでも、両生爬虫類が嫌いだった私は、当然、ワニに対しても、獰猛、アフリカでヌーやガゼルを沼に引きずり込む、人をも襲うというような怖いイメージしか持っていなかった。なので、オーストラリアにワニがいるということを知った時は正直怖かった。そこで対象をコアラやカンガルーといった、よく知られた人気のある動物にすればよかったのだが、それではおもしろみがないと感じ、「ちょっとした変化球」ということでワニを選んだのだった。
驚いたことに、ワニは「子育て」をするのだという。それまで私の中では、子ども(卵)を産んできちんと育てるのは哺乳類と鳥類だけ、というイメージがあったのでワニが卵を産んで子どもを守り、育てる、というのはとても意外だった。テレビで親ワニが子ワニを守るために口にくわえて巣に戻している映像を見た時は「ワニって子煩悩なんだ!」と思わず感動した。また、ワニは音声でコミュニケーションをとると言われているのだが、子ワニが襲われた時に出す声を聞いて、親ワニだけでなく別の成体ワニも助けにくるというのでとても驚いた。こういうことは私にはとても意外でおもしろかった。
次に、驚いたのは昔は日本にもワニがいたということだ。「マチカネワニ」という名前だそうだが、約45万年前の頃だそうである。今まで、ワニは日本にはまったく関係ない動物だとばかり思っていたので、このことを聞いてワニに対してさらに親近感が増した。最近やっと手に入れた「ワニと龍」という本によれば、古代中国における「龍」はこのマチカネワニの仲間ではないかと言われているそうだ。
私はワニに興味を持ったことから、両生爬虫類の世界へと足を踏み入れ、今カエルの研究をしている。昔はあんなに嫌いだったはずなのに、今では大好きである。ワニと出会っていなかったらおそらく私はこの研究室にいないだろうと言っても過言ではない。
人はちょっとしたきっかけで大きく変わることもある。もし単に見た目だけで「この動物ちょっと苦手だな、嫌いだな」と思っているのなら、それはとてももったいないことだと思う。もしそのような動物がいるのなら、ぜひ一度その動物について調べてみてほしい。意外なおもしろいことが隠れているかもしれない。そうやって生物たちの意外な一面を知っていくことで、さらに生物を学び知ることが楽しくなると私は思っている。

たまにはつまみ食い

2012-12-27 12:28:42 | 12.12
修士2年嶋本祐子

 ハナムグリってご存知でしょうか?都会でもよく見られる甲虫です。花に潜って蜜や花粉を食べるので、花潜り、ハナムグリ。私が調査でよく出会ったのは小型のコアオハナムグリで、体長は11mm~16mmほど。花粉を運んで花の受粉を助ける、訪花昆虫の1種です。
 どうやって花粉を運ぶのでしょう?花に潜ってもぞもぞ、体表の細かい毛に花粉をびっしり付けます。

タンポポの花粉をまとうコアオハナムグリ 2012.05 アファンの森

 どうやって食べるのでしょう? 食事中は頭を花に突っ込むため、なかなか口が見えないのですが、ハチやチョウのようなストロー状の口吻を持っていないので、舐めるようにしてもぐもぐ食べるようです。

コアオハナムグリ拡大 2012.06アファンの森

 どんな花を利用するのでしょう?体が重くて小さい花にとまれないため、大きな花や花茎が丈夫な花を、また、細かい飛行コントロールができないため、写真のような上向きの花を利用するようです。

ユウガギクとコアオハナムグリ 2012.09 アファンの森

と、本や図鑑にはこのように記されていますが…。実際に野外で観察すると、小さい花にとまろうとするコアオハナムグリによく出会います。ですが、やはり花は重さに耐えきれず、しだれてしまったり、花ごと落ちてしまったり、失敗に終わってしまうようです。コアオハナムグリも一緒に落下します。
 次なる挑戦はハチやチョウが利用するクサフジ。蜜と花粉は花弁で蓋をされた花の奥に隠されているため、ハナムグリの仲間はめったに利用しないはずなのですが…こじあけて頭を突っ込んでいました。

クサフジとコアオハナムグリ 2012.09 アファンの森

 予想外の訪問に、何しているんだ?と私はぽかんとしてしまいました。頭を突っ込んでいるだけの可能性もあるので、花弁をめくってみると、しっかり花粉にありつけているようです。たまには面倒でも、いつもと違う花をつまみ食いしたくなるのでしょうか。
 野外観察の中で、こういう瞬間はとても魅力的です。生きものですから、本や図鑑を裏切る時があって当たり前ですよね。
 コアオハナムグリはこの日4時間以上、クサフジの花を被っていました。訪花昆虫の中で、なんだか鈍くさいハナムグリ。おせっかいでしょうが、彼らの行動を目で追っては、何のためにそうしているのか?と、あれやこれやと考えてしまいます。

冬が来た!

2012-12-24 00:50:03 | 12
4年 鏡内康敬
 「冬が来た!」
 そう感じるのはどんなときだろうか。
 冬物に衣替えしたとき、旬な食べ物を食べたとき、朝布団からなかなか抜け出せなくなったとき、など感じる瞬間は人それぞれではないだろうか。私自身にもそう感じる瞬間があるが、それは一度にではなく、三度に分けてやって来るのだ。
 初めて冬の訪れを感じるのは、甲府地方気象台が富士山の「初冠雪」を観測したというニュースを聞いたときだ。平年では9月下旬。平地では残暑も続く時期だが、山々の冬の訪れはずっと早い。山屋としては冬山が待ち遠しくなる。
 次に感じるのは、滝が結氷した知らせを聞いたときで、山々では雪も降り積もっている11月中旬頃、上空の寒気の流入で冷え込みが強まることによってそれは起こる。高標高で気温が低く、風当たりも強く、湿度が低くて積雪の少ない条件を備えた八ヶ岳西面あたりが、その年の第一報となることが多い。夏は岩壁登攀、冬は氷瀑と氷柱でのアイスクライミングを好むクライマーたちにとって、冬の訪れを感じさせてくれるこれには、以上のものはないであろう。


アイスクライミング中の筆者(2011.1)

 最後に感じるのは、冬鳥の飛来を確認したとき。それも、ただ冬鳥を初認しただけではなく、我が家に来たときである。
 相模原市内の我が家に冬鳥がやって来るのは毎年遅い。今年も例外ではなく、10月中旬には長野県内でモズやツグミやカワラヒワを、11月上旬には宮城県内でカモやハクチョウを、11月下旬には神奈川県内の丹沢山地でもルリビタキやベニマシコ、レンジャクを確認したにも関わらず、12月に入っても我が家に冬鳥は来ていない。いつになったら来るのだろう、毎年そんなことを思っている気がする。今年それを確認したのは、12月14日の朝だった。
 朝、玄関の戸を開けて外に出てみると、聞き慣れない鳥の鳴き声が聞こえた。姿を確認すると、ジョウビタキとツグミが隣家の柿の木にとまっていた。夏は姿のなかったメジロまで来ていた。真の冬の訪れを感じた瞬間だった。夏はシジュウカラ、ヒヨドリ、ムクドリ、コゲラ、カラスが営巣し、またオナガが繁殖する騒がしい近所の林が、冬はツグミやジョウビタキなどが加わることで鳥類相が厚くなり、また騒がしくなる。が、これは喜ばしいことである。
 動物たちは季節移動をする。ヒトはさまざまな事情でそうするわけにはいかず、定住する。けれども、ヒトはその暮らしの中で四季の移ろいを感じ、それを楽しむ術を見出している。夏になれば冬が恋しくなり、冬になれば夏が恋しくなる。そんなことを思っているうちに、一年はあっという間に過ぎ去っていく。そんな暮らしも悪くない。


隣家の柿の木にやって来たメジロ(2012.12.20)
こちらを警戒していて、眼孔が鋭い。



オシドリ夫婦とカワウ(2012.12.20、相模原市内)



カワセミ♀(2012.12.21、相模原市内の公園)
夏の繁殖期には姿を消すが、今冬も戻って来てくれた。
この写真のあとに獲た魚は小物だった。

となりのタヌキ

2012-12-24 00:48:21 | 12
4年 大貫彩絵

 「トトロの森みたいだね。」
 先日、自分の家周辺の航空写真を見ていたら、友達にそう声をかけられた。それを聞いて、思わず笑ってしまった。わが家は山に囲まれている。前も後ろも横も山である。幼稚園の頃から今の場所に住んでいるが、あの頃から私は周りの山を見ながら「この山には絶対トトロがいる」と思っていた。あの時はとても強い確信があった。そのことを思い出すような一言だった。
 昔から、家の周りの山ではよく遊んでいた。一人でドングリを拾い集めたり、家の人に連れられて少し奥の方まで散歩をしたりしていた。小学校までは友達とも探検をしたりしたが、中学や高校に上がるにつれて、あまり山へは行かなくなった。しかし最近、私は山に通っている。特に何か目的があるわけではない。ただ、「癒し」を求めているだけ。一人でフラッと山に入り、山の奥にある神社で佇む。そうやって自然の中に身を置くと、自分も山の一部になったような気持ちになり、なんとなく満たされる。山には野鳥はいるが、そのほかには野良猫の友達に会う程度で、他の獣に会うことはなかった。
 だがこの間、私は衝撃的な出会いをした。それはいつものように山をフラフラして、友達と戯れていたときだった。ふと何気なく小道を見たら、ひどい寝不足のような顔で、そいつはそこにいた。友達も私と一緒にそいつを見た。一瞬の沈黙。その沈黙を破ったのは私の
「タヌキだ!!」
という素っ頓狂な声だった。
 家に帰って「タヌキに会った」と家族に報告しても、信じてもらえない。祖母には長年ここに住んでいるが見たことがないと言われる。そこまで言われると、私の見間違いだったのではないかとさえ思えてくる。いや、あの顔は確かにタヌキだと思うのだが。
 二回目に会ったとき、やっと確信が持てた。あれはタヌキだ。初めて会ったのは夏で、時間は夕方の五時半過ぎのことだった。二回目は秋で、五時十五分ごろ。会う時間が早くなってきている。最近は五時少し前、丸々太った子に会うようになった。彼らは腕時計をしているわけではない、太陽を見て生活しているのだと実感した。
 きっと彼らは昔からこの山にいて、彼らのペースで暮らしていたのだろう。私たちが気づかなかっただけで、あの有名なトトロの歌のように「森の中に昔から住んで」いたのだろう。そう考えると、幼き日の私のあの確信はあながち間違っていなかったのかもしれない。そんなことを一人思いつつ、私は今日も山に通う。