入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’20年「夏」 (21)

2020年06月25日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 降り止まないかと思っていた雨が止むのか、少し霧が晴れて辺りの明るさが増してきた。

 昨日の電牧修理は、切断された2段のアルミ線や支柱、碍子の取り換えに手間取ったが、横線の半分ほどはリボンワイヤー1本をグラスファイバーの支柱で支えるだけで、その300㍍くらいは被害の割に早く済ませることができた。問題の縦線はここからまた2段のアルミ線と、表面を白い塗料でおおった金属製のパイプになるが、最初の100㍍ほどはひどい状態だったにもかかわらず、上部の被害は予想外に少なかった。
 2段のアルミ線の下段の線をあまり低くすると、草などによる漏電の原因となり、きょうで終わらせる予定の第1牧区の草刈りはまさにそのためだが、しかしあまり上部にするわけにもいかない。牛が電牧下に生えている草を食べようとして感電し、除角してない牛ならその角によって簡単にアルミ線が切られてしまう。その辺りの見極めが難しく、それでも幾箇所かの張り直しに手間と時間をかけた。
 この縦線のアルミ線や支柱は小入笠の背後の鞍部から入笠山の山腹を巻きつつ仏平に至るまでの、クマササの中に残置されていたものを全て回収し、A放牧地とB放牧地の境界を新たに設定し直すために行った自分で言うのも何だが、苦労の末の"労作"である。因みに右の縦線は有刺鉄線の通常牧柵だが、ここのバラ線と支柱は、小黒川に沿って2キロほど続いた国有林の中の、無用ながら貴重な資材を回収してきて、ここも支柱を含めて全て張り直した。
 だから当然、思い入れは強く、深い。霧の中に巻かれながらそんなことを思い出していると、いろいろな苦労だったことも、懐かしい記憶に変わるような気がする。それが、達成感だと思うし、満足感でもあろう。いつか訪れる牧を去った後の日々のためには、そうした苦労は貯えだと、そう思えばこそ折れずにやって来ることができた。
 作業を終えて下りてきて、縦線と横線の交わるところで結線して電圧を計ったら電圧ゼロ。調べたら犯人はまた和牛。しかし今度は少し学習したようで、悪さをして立たされたかつての自分のように、遠巻きにこっちを見ながら恐縮していた。そのように、見えた。

 先ほど呟いた「仏平」が、最近の案内には「首切り登山口」と表記されている。あそこには法華道の一部としてちゃんとした古くからの名前が残っているし、道標もある。「首切り清水」ならまだその先になるはずだが。それにしても「仏」と「首切り」、呆れた。

 深夜、変な呻き声で目が覚め、声につられ外に出たら、雨の中でHALが立ち上がれずに濡れていた。可哀想に、痩せるばかりでもう長くはないかも知れない。

 本日はこの辺で、また明日。

 

 
 
 
コメント
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