キツツキのドラミング

思い付くまま, 気が付くまま・・

『生兵法は大疵のもと』を実践したアキカン

2012-07-25 10:38:32 | Weblog

福島第一原発事故の4つの調査委員会の報告書が出揃った。最後に出た政府の事故調査・検証委員会の最終報告が23日公表された。菅政府の事故調だから政府に関する報告は少々甘くなっているが、時の最高責任者カンカラの対応の悪さは書かざるを得なかったようだ。事故翌日、カンが事故現場を視察した理由についての聞き取りに対して「自分は理学系学部出身で、他の閣僚に比べて『土地鑑』がある」。と述べたと言う。この自惚れが災いして様々な混乱を巻き起こした。3月11日夕、東電から原子炉冷却が出来なくなったと通報を受けた海江田経産相は官邸でカンと会い、法に基づく原子力緊急事態宣言を出すよう求めた。所が、カンは各号機の出力や燃料溶解の可能性など、枝葉末節な質問を連発。宣言の発令まで1時間20分を要し、初動が遅れた。12日午後、1号機の建屋が爆発で吹き飛んだ。冷却の為海水注入の準備が進む中、カンは海水注入による再臨界を懸念して技術的検討を指示したが、現場ではもう注水を始めていたので、吉田所長がテレビ会議で注水中断を指示した振りをすると言う一幕もあった。またカンが知り合いの東工大教授に現場の所長に電話でチェルノブイリを参考に薀蓄を話したが何の参考にもならず、原発と格闘している修羅場の所長の貴重な時間を空費させたと言われている。カンカラは『生兵法は大疵のもと』を実践した。カンは相手が無知と見ると、持ち前のはったりで俺は原子力に詳しいと自慢するようだ。逆に斑目のような専門家には実は余り詳しくないと述べて初歩的な質問をしているという、斑目に『臨界』の意味を聞いたという。東工大だからと全員が原子力の知識があるとは限らない。原子力関係の学部でないと無理だ。特にカンは学業はせず、政治運動にウツツを抜かしてゲバ棒持ってデモに明け暮れていた。佐々淳行元警視庁警備局課長が書いているのを引用すると「実は、菅氏と私とは以前から浅からぬ因縁がある。第二次安保闘争華やかりし1970年代、東工大の加藤学長から警察に機動隊の出動要請があった。大学に赴いた私に加藤学長は、『すごいアジテーターがいて、彼にかかれば500人位直ぐ集まる』と教えてくれた。東工大の輝ける学生運動指導者であった、若き菅氏のことである。当時の菅氏は攻撃させると滅法強いが、敵からの攻撃には弱く逃げ足が速いと評判だった。そんな彼を我々は密かに『ゼロ戦』とか『四列目の男』(機動隊の手が届かない)とよんでいた」。カンカラの面目躍如だ。この男が国の最高責任者となり地震・津波により福島原発事故が起きて過去日本に例がない大被害が起きた。生半可な知識しかないのに、さも『専門家気取り』で指示を出したり、東電役員を怒鳴ったり、悪態を吐いたりしていた。原発は事故が起きる3月11日までは悪かったが、12日以降の対処は悪くなかったと自己弁護している。しかし各事故調はカンや政府に気配りしてもこんな程度の評価だった。変わり身の早いカンカラは『これからは脱原発だ、自然エネルギーだ』と石コロ議員を集めて気勢を上げている。そして大飯原発の再稼動した野田を批判して、これまた党内野党となって後任の足を引っ張っている。どいつもこいつも無責任で鉄面皮、厚顔無恥この上ない。写真はブッドレア、クレオーメ