キツツキのドラミング

思い付くまま, 気が付くまま・・

平成最後の野党合併劇『小玉スイカ誕生』

2019-05-03 19:24:05 | Weblog

 平成30年間は野党の離合集散が盛んだった。その仕掛け人が『政界の壊し屋』こと小沢一郎が絡んでいた。平成最後になって自由党小沢が合併話しを仕掛けたのが国民民主党の代表玉木雄一郎だった。国民民主党の所属議員は58人。自由党から国民民主党に加わるのは6人。合わせて64人。この合併に反対する議員が国民党内に4人いる。特に小沢と同じ岩手県が地元の階猛は猛反対している。6人増えても4人離党すれば2人増えただけだ。蛇が蛙を呑み込むのが普通だが、今回の合併劇を見ていると蛙が蛇を飲み込んだ感がするのは、やはり小沢絡みからだろう。  共同通信社の世論調査では自由党を吸収合併した国民民主党の政党支持率が0.9%と1%に届かない。4月の調査で国民1.6%、自由0.3%あった支持率の合計1.9%を下回り、合併効果はなかったようだ。国民の玉木雄一郎は「誤差の範囲だろう。わが党は低年齢層の支持が強いが、うまく反映されなかったのでは。今後はしっかりと新しい党のカラーを打ち出していく」と述べた。立憲民主党幹部は合併に至る過程で国民内に反対論があったことに触れ「党内の争いも影響した上、新鮮さがなかった」と指摘、小沢の手練手管に乗らなかったのは賢明だったと証明されたようなもの。玉木が「誤差の範囲だろう」と強がりを喋っているが支持率数%の国民民主党と限りなく0%に近い自由党の存在こそ『誤差の範囲』だ。日本国民が存在価値を認めていない証左だろう。今回の合併劇は16年前の2003年小沢の描いた「民由合併」と瓜二つ。党勢が低迷していた民主党の代表菅直人は、小沢が率いる自由党との合併話に飛び付いた正にカンガエル。思考停止して考えなかった。その時も党名は民主党のままで自由党を吸収する形だった。そして小沢は自ら「一兵卒」宣言し、無役として民主党に加わった。合併後の小沢の存在感は絶大で瞬く間に実権を握り、3年後の2006年には自ら代表に上り詰めてしまった。ゲバ棒担いでデモをしていたカンカラ、市川房枝を巧みに利用して政治屋になったカンなど赤子の手をねじる程度、容易かった。今回も小沢は殊勝を装って「私は大した能力がありませんので、玉木代表のもとで命じられたことを一生懸命やりたい」そうだ。小沢と玉木で『小玉』だそうな。スイカみたいで中身は水だけ、歯ごたえも栄養もなく、味はえぐいだろう。  小沢の甘い誘いに乗らなかった立民党枝野は先の地方議会選挙では無所属議員を主義主張などお構いなし、形振り構わず囲いこんで数を増やした。さぞかし、しめしめとほくそ笑んでいる事だろう。政治は数だを地でいっている。今年の参院議員選挙の下部組織として利用できる。写真は真田の上田城址満開の桜、小諸城址の月 (桜は一週間後に満開)  

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リップサービスが命取り

2019-04-07 13:33:34 | Weblog

 

 どうせ聴衆は地元の自民党推薦候補の支持者だ、仲間だと気を許して向こう受け狙いでペラペラと軽口を叩いたのが塚田議員「・・麻生議員に仕えて20年近く、麻生太郎命、一筋でやってきた。筋金入りの麻生派です。公務で(福岡県に)来ました。福岡空港の民営化の開設式です。私は50人の同士の応援要請があったが、かわいい弟分の大家敏志参院議員(麻生派)の要請があり、おやじ(麻生氏)の顔が浮かんで足を運びました。麻生派は渡世の義理だけで動いている。ほとんどやせ我慢の団体です。吉田博美・自民参院幹事長と一緒に「地元の要望がある」と副大臣室に来た。下関北九州道路(の要請)です。これには経緯がありまして、11年前に凍結されています。何でか分かります? 「コンクリートから人へ」の流れで、とんでもない内閣があったでしょ(※事実上凍結した2008年当時は自公政権)。 何とかしないといけないと。下関と北九州ですよ。よく考えてください。下関は誰の地盤ですか? 安倍晋三総理です。麻生副総理の地元でもある北九州への道路事業が止まっている。吉田先生が私の顔をみて、「塚田、分かっているな」と。「これは総理の地元と副総理の地元の事業なんだよ」と。「俺が何で来たか分かるか」と。私は物わかりがいい。すぐ忖度(そんたく)します。「分かりました」と。  そりゃ総理とか副総理はそんなこと言えません。私は忖度しました。この事業を再スタートするには、いったん国で調査を引き取らせてもらいます、と。今回の新年度の予算で国直轄の調査計画に引き上げました。別に知事に頼まれたからではありません。大家敏志が言ってきた、そして私が忖度したということですので。いろいろ計画があります。トンネルが良いという人がいるが、橋がいいのではないかということで、おそらく橋を架ける形で調査を進めて、できるだけ早く、みなさまのもとに橋が通っていけるように頑張りたい」ザ~ッとこんな調子でご機嫌良く喋った塚田一郎国土交通副大臣が詰め腹を切らされた。福岡県知事選の自民党推薦候補の応援に掛け付けてリップサービスしたのが災いの元。   弱小野党にとっては棚から牡丹餅、早速参院決算委員会で吊るし上げが始まった。塚田が深深と頭を下げて「事実と異なる発言だった」と言い訳をすると「ウソつき」とやられる。自民党は「撤回と謝罪をすれば問題ない」と軽く考えていたようだが、調子付いた野党は「忖度だ」「ソンタクだ」「利益誘導だ」と聞く耳など持たない。「さ~責任を取れ、安倍の任命責任だ。塚田をクビにせよ」と要求。審議拒否されると後半国会の運営に響きかねないとみて自民は辞任させた。  最近自民党若手議員連中の軽率な発言、行動で物議を醸す事が多過ぎる。多数党の気の緩みからだろうが、いい気になっている木っ端議員など次の選挙で当選の保障はない。自重することだ。10年前、雨後のタケノコのように、湧いて出た虫のような民主党議員も選挙の洗礼を受けて消えてしまった。自民党議員もこんな無様では、民主党の轍を踏むだろう。  立民のレンホウが「我を忘れてウソをつける人が政治家でいていいのか」と寝言を言っているが「私は二重国籍なんです。日本籍は都合がいいから利用しているだけ、将来は中国籍にしたい」こんなセリフを吐いている無責任な輩が日本の議員になり、党代表に担ぎ上げようとしている立民党こそ存在していいのだろうか。 これこそ問題だ。 ブログを書き出したのが2008(平成20年)年8月6日『カメラでスケッチ』で写真1枚の投稿だった。題名を『キツツキのドラミング』と変更し、政治絡みになったのは民主党が総選挙で大勝、ハトポッポ内閣が誕生して5ヶ月過ぎてからだ。初稿は2010(平成22年)年1月18日の『鳩菅鳥内閣』” 闇将軍小澤に首縄を捉まれ操られて頭脳がなく口は軽い信頼度ゼロの鳩でこの先日本はどうなるのだろう・・”ブログを始めて3900日過ぎた。宿題の日記さえ書いた記憶さえないのが11年以上続いているのは不思議である。ブログ読んでいる知り合いは投稿が少なくなると体調でも悪いのではないかと勘繰るようだ。そうなると時々投稿しないと申し訳ないと思う事がある。 写真は幸手市の県営権現堂公園と秩父市清雲寺の樹齢450年の枝垂桜

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不徳の致す所

2019-03-30 17:07:46 | Weblog

 やっと20人になった石破茂派が19人に減った。これも石破の『不徳の致す所』だろう。石崎徹衆院議員(比例北陸信越、当選3回)が派閥を退会したからだ。石崎は派閥内の活動に対して評価しない石破に不満を抱いたからだという。先に古川禎久衆院議員も派閥の事務総長を辞任している。自民党総裁選に立候補するには20人の推薦人が必要だ。昨年9月の総裁選でも石破は頭数が足りず無派閥議員などに三拝九拝して石破は安倍の対抗馬になれた。総裁選で石破は野党も顔負けするような安倍の政策や政治姿勢を強く批判した結果、直後の内閣改造・党役員人事では石破派の連中の多くが冷飯を喰わされている。いわゆる『干される』という奴だ。  安倍首相は第4次安倍改造内閣にまだ当選3回の山下貴司を一本釣りして法務相に任命してしまった。石破派事務総長を務める田村憲久は「仲間を増やしていこうという意識はある」と語っているが問題は御大石破の人徳のなさではないか。恩ある先輩を裏切り、自民党を見限って出たと思えばまた入る。政界遊泳術では信用は得られない。  石破を遠から眺めている自民党員や国民などには実態は判らない。日本一の富士山と同じだ。遠望は美しいが山に行けば決して綺麗ではない。  求心力を失いつつある石破に愛想を尽かした議員が連鎖反応を起こしかねない。この石破とは対照的に二階派には次々議員が転がり込んで派閥を膨らましている。旧民主党の細野豪志も草鞋を脱ぐ始末。選挙区問題で細田派と悶着を起こしている。小沢一郎の子分だった二階俊博に人徳があるかないかは判らないが政治は数だ。二階の主義は『来る者は拒まず』のようだ。 写真は満開の横浜緋桜、咲きだした染井吉野

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見よ!!品格のある女性議員を

2019-03-08 12:25:13 | Weblog

 支持率が1%前後と低迷、さっぱり浮上しない玉木国民民主党と片や人品骨柄の卑しさを見抜かれ、子分から側近まで去ってしまい、数人の国会浮遊ゴミを集めた自由党小沢一郎が1月に統一会派を組んだ。国民党と自由党が合併に向けた政策協議を行い、国民の基本政策を自由が受け入れることで合意した。「夏の参院選で自民党に勝つには、野党で大きな固まりを作るべきだ」と小沢は強調する。フラフラしている参院無所属のアントニオ猪木を統一会派に入れて参院の野党第1会派に押し上げた、衆院でも佐藤公治氏(無所属)を統一会派入りさせ、小沢に近い議員を増やした。腹に一物の小沢自身も馬齢を重ね76歳の老骨、”金丸虎の威を借る狐の剛腕”は今や昔、長年連れ添った女房に三行半を突き付け逃げられ倅達にも愛想尽かしされ往年の勢いはない。
  落ち武者小沢と手を結ぶ玉木国民民主党は ”貧すれば鈍する”の典型だろう。小沢はハトポッポ民主党に入る時も「一兵卒として雑巾掛けもします」と低姿勢を示したが正に”始めは処女の如く後は脱兎の如し”民主党の党内をかき回した挙げ句、後ろ足で砂を掛けて飛び出した張本人だ。小沢は浜松市で講演「『股をくぐれ』と言われれば股をくぐる。『お前が悪い』と言われれば謝る。個人的な感情にとらわれている場合ではない」と述べたそうだが、言葉どおりに、股を潜らせれば急所を抜かれる、油断も隙もない野郎だ。
 側近の森裕子を国民会派入りさせ参院予算委の野党筆頭理事に就任させたが、7日国民の藤田幸久(参院茨城選挙区)は除籍処分され立民入りした。これで立民が28国民27と逆転、立民のレンホウが再度野党筆頭理事になった。
 森裕子と言えば2003年の参院外交防衛委員会におけるイラク特措法案の採決で、短めのスカート・ハイヒールを身につけたまま委員長席のテーブルに登り松村龍二委員長に詰め寄り、スリットから太股を大胆に露出して護衛役だったプロレス上がりの大仁田厚の髪をつかんで頭をポカリと殴った。このパフォーマンスで森は一躍有名になり、小沢一郎曰く森を「我々の闘士」と持ち上げた。一方の立民のレンホウも引けを取らない。切り口上で一方的に決め付け、相手に反論もさせぬ根性の持ち主。共に品のなさとガラの悪さでは甲乙付けがたし。小沢は玉木国民の次に枝野立民を視野に入れ野党共闘を狙っているようだが革マル派枝野は、玉木のような甘ちゃんではない。オリーブの木もオール野党共闘も人、カネ、信用を失った小沢には到底無理だろう。
写真は森の品格丸出しの雄姿。

 

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総選挙で国民は『悪夢だった』と回答している

2019-02-16 16:44:56 | Weblog

  12日の衆院予算委員会で立民党会派の岡田克也が質問に立ち「自民党大会で総理はあの悪夢のような民主党政権が誕生したと言われた。私たちは政権時代にその前の自民党歴代政権の重荷も背負いながら、政権運営をやってきた。それを考えたらあんな発言は出てこないはず。撤回を求める」
 安倍首相「少なくともバラ色の民主党政権でなかったことは事実なんだろうなと、こう言わざるを得ないわけだ、皆さん悪夢でなかった、それを否定しろと言われるが、ではなぜ民主党という名前を変えたんですか、イメージが悪いからだろうと推察する人がたくさんいる」
岡田「あなたが本当に自民党政権時代の反省をしたというのであれば、あんな言葉が出てこないはず。今の発言全く了解できません」「取り消しなさい!!」と語気を強めて命令調。
安倍「取り消しなさいと言われても取り消しません!皆さん政権取ったんですから、自分たちの政策を進めりゃいいじゃないですか。重荷というのはなんですか」
岡田「 頭から相手を否定して議論が成り立つのか」「全否定するレッテル貼りは止めろ!」
安倍 「『アベ政治を許さない』と全否定するプラカードを掲げていたのは何処の党ですか?」と反撃、首相は民主党政権と比べた経済政策での実績を強調し「批判するなということ自体がおかしい」と指摘した。
 岡田は質問後、撤回を拒否した首相について「ちっちゃな首相だなと思った」と批判したようだ。どの党でも党大会では元気付けに気合を入れたり、他党を批判、攻撃するのは当然だろう。小池新党に掻き回されて党は二分され、小池に『排除』された旧民主党幹部たち無所属で選挙戦を戦い当選後、お互いの傷を舐めあい、無聊を託っていた。国民党との勢力争いで頭数を増やしたい立民党枝野からのお誘いに乗った、”捨てる神あれば、拾う神あり”だ。民主党代表や副総理、外相といった要職を歴任した岡田は無所属では質疑にも立てなかったが、今回会派入りして質問者に選ばれた。安倍に『悪夢の政権』と言われたのが相当悔しかったのだろう。早速噛み付いた次第。自由党の小沢は「もう一度、悪夢を見てもらわなければならない」社民党の又市「相手を批判して自分の正当性を言うのはおろか、子供じみたお粗末なやり方だ」と一人前に批判しているが、現在のゴミ党からの脱却が先だろう。”人の蝿を追うより我が蝿を追え”
 党名を替えも総選挙で大敗、党がなくなったのは国民が『民主党政権は悪夢だった』と認めたからに他ならない。安倍首相にイチャモン付ける前に国民にお詫びするのが岡田サン『人の道』ではないかね。
 ネットで傑作を拝見した。言い得て妙だ。全てに『悪夢のような』を付ける。悪夢のような事業仕分け、・・・円高株安、・・・日米関係悪化、・・・震災対応、・・・消費税増税決定、・・・口蹄疫流行、・・・辺野古移転白紙撤回、・・・尖閣漁船衝突、・・・朝鮮学校無償化指示、「悪夢そのものの民主党政権時代を悪夢と言って何が問題?」
写真はパンジー

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”獅子身中の虫”

2019-02-14 16:46:21 | Weblog

 ”自民党の石破茂元幹事長は2月10日、安倍晋三首相が石破派を除く6派閥の事務総長と公邸で会食したことに不快感を示した。党大会後、記者団に聞かれ「意図は分からないが、堂々と開くべきだ。裏口から入るとか日程に載せないという姿勢は良くない」と述べた。会食は公表されず、出席者は公邸の表玄関から出入りしなかった。かん口令も敷かれたという。
 石破氏は、首相が党大会の演説で政権転落を巡り「悪夢のような民主党政権が誕生した」と言及したことに対し「終わった政権を引き合いに出して『自分たちは正しい』と言うような手法は危ない」と疑問を呈した。”以上が新聞報道の引用である。
 自民党を出たり入ったりして、要領良く日の当る場所を歩いてきた石破茂の政界遊泳術を見れば、今回の石破派を除いた6派閥の事務総長との会食は当然である。石破の裏切り行為は1993年の宮沢内閣不信任決議に賛成票を投じたのに始まる。直後の衆院選に、無所属で当選した。細川政権が推進した政治改革関連4法案をめぐり、野党に転落した自民党の方針に反して賛成、役職停止処分を受け、自民党を離党。改革の会など新進党結党に参加した。1995年小沢一郎が新進党党首に選出されると、安全保障政策で対立、小沢を裏切り新進党を離党。無所属で当選。1997年自民党に復党。2000年、森内閣で政務次官、防衛庁副長官に任命される。2002年小泉内閣では防衛庁長官で初入閣した。安倍晋三の退陣に伴う2007年自民党総裁選では福田康夫を支持し福田内閣で防衛大臣に任命される。2008年、福田退陣に伴う自民党総裁選に出馬25票で最下位。2008年麻生内閣で農水相に任命され、総選挙が近づくや農水相でありながら与謝野馨財務相とともに麻生卸しに加担、退陣要求を突き付けた。2012年自民党総裁選で安倍に敗れたが、安倍は幹事長に石破を起用した。 2014年の第2次安倍改造内閣で安倍が新設する安全保障法制担当大臣への就任を打診していたが、石破はラジオ番組で「安保法制担当相への就任を辞退する意向を明言し、内閣改造後も引き続き幹事長職に留まりたい」と表明した。この非常識な発言に党内で石破批判が起きたが安倍は地方創生相に任命した。党内の無派閥の議員を中心に構成される、無派閥連絡会を石破派『水月会』として結成するも20人しか集まらない。自民党内で石破は裏切り行為の連続などで信用されず甚だ人気がない。特に麻生太郎の『石破憎し、石破嫌い』は徹底している。麻生「『派閥を解消する』と言って無派閥の会(無派閥連絡会)をつくり、それを石破派に変えた。言っていることと、やっていることが違うじゃないか」森元首相が下野した自民党の幹事長として離党者が相次いだ当時の苦労を語ると、麻生はこう相づちを打った。「そういう苦しい時こそ人間性が分かるんですよ」。総裁選では安倍と比較、『明るい顔』と『暗い顔』どちらを有権者は選ぶかと石破を『暗い顔』と表現していた。石波の存在は自民党の『獅子身中の虫』だ。今後、何時誰が裏切られるか。『もっとも因果は車の輪の如し』

 

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”団栗の背競べ”

2019-01-26 13:10:42 | Weblog

 通常国会(1月28日)の召集直前になっても野党第1会派が決まらない異常事態になっている。ミレーの『落穂拾い』ならぬ『参院ゴミ野党のゴミ拾い』を争っている。
 先ず国民民主党23人と自由党4人が衆参両院での統一会派結成を届け出て27人になった。間髪を容れず対抗して立憲民主党(25人)が社民党の(2名)”毒になっても薬にならない”福島瑞穂又市征治を取り入れ、参院会派を結成し届け出たので27人と同数になった。これで野党第一会派を巡る争いが激化した。
 立民入党を希望していた国民の藤田幸久参院議員2期(茨城選挙区)は24日離党表明して立民に入党届を提出したが、国民は藤田の離党届を受理していない。参院議院運営理事会で立民は「藤田が入党すれば我が党が第1回会派だ」と主張したが国民は「藤田は我が党の公認候補だ」と切り替えして結論は出なかった。自由にしても社民にしても箸にも棒にもかからない4+2=たった6人の取り合いだ。 
 インターネット番組で国民の玉木は「参院選は32の1人区が勝負だ。候補者がいない空白区もある、協力して候補者を立てねばいけない」と言えば自由党の小沢が呼応して「何としても野党勢力で過半数を取ることに全力投球すべきだ」玉木「野合と言われてもバラバラではどうしようもない。国民の不満と失望感を招いている」と気焔を上げていたが、『政界ゴミ集め政権』の3年3ヶ月の体たらくには『国民は不満と失望感を嫌と言う程、体験、懲り懲りしている』小沢の『オリーブの木』構想は小沢の野心を満たすだけだ。新生党、新進党、自由、民主、国民の生活第一、日本未来、生活、生活と山本、自由党とめまぐるしく新党を創っては打ち壊した挙げ句、政党助成金をせしめて不動産屋の資金にする輩が未だに政界にのさばっているのは政界七不思議の一つだ。野党の”団栗の背競べ”が続く。                   
 【衆院】自民党282▽立憲民主党・無所属フォーラム68▽国民民主党・無所属クラブ38▽公明党29▽共産党12▽日本維新の会11▽社会保障を立て直す国民会議77▽社民党・市民連合2▽希望の党2▽未来日本2▽無所属1▽欠員2
 【参院】自民党・国民の声125▽国民民主党・新緑風会27▽立憲民主党・民友会・希望の会27▽公明党25▽日本維新の会・希望の党15▽共産党14▽無所属クラブ2▽沖縄の風2▽無所属4▽欠員1
写真はスイートピー

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小沢の触手動く

2019-01-24 13:17:06 | Weblog

 国民民主党代表玉木雄一郎が自由党代表小沢一郎と会談し、両党が合併するか統一会派結成を目指す方向で大筋合意したとマスコミが報じている。国民党は12日の党大会で今年の統一地方選と参院選を『党の正念場』と位置づけ2019年度の活動方針を採択したばかりだがこれという処方箋は見つかっていない。連合の神津会長は「認知度が上がらない状況は非常に残念」と嘆き節、連合幹部は「このままでは参院選比例選で支援候補のうち、1.2人しか当選出来ない」とお先真っ暗な現状を吐露。何せ政党支持率1%前後を行き来している体たらくだ。これまた政党支持率限りなく0%に近い自由党の参院4人に国民会派23人を合わせれば27人となって憎き枝野の立憲民主党会派の25人を抜き野党第一会派になれるとソロバンはじいた玉木、衆院の敵を参院で討つ、江戸の敵を長崎で討つの類だ。
 40代で角栄、金丸の虎の威を借りて剛腕、辣腕を揮い自民党内を肩で風を切っていた小沢。新生党、新進党と新党を創っては壊し、民主党内を掻き回した打ち壊し屋だ。小沢の自由気ままの振る舞いに嫌気がさした側近、仲間、子分は疾うに小沢を見捨てて去っていった。今や森裕子3期、山本太郎1期、青木愛2期、木戸口英司1期4人、まるで麻雀卓だね。
 思案投げ首、万事休してお手あげの玉木にそっと耳打ちした小沢が合併話を持ち掛けた、渡りに船と玉木は飛び付いたのが今回の合流話だ。合流した暁には小沢を幹事長などのポストに起用し、夏の参議院選挙に向けて手腕を発揮してもらいたいと考えているそうだ。夢見る乙女だね、新年早々笑わせてくれる。
 馬齢を重ね、寄る年波に勝てず、老醜をさらしている小沢には嘗ての勢いはない。人材なし金なし、のないない尽くしでは、さすがの小沢も腕の揮いようがない。小沢の口車に乗った玉木の行動は”貧すれば鈍する”との表現がピッタリだろう。自由党の掲げる「原発ゼロ」には、立民党内では反対意見が根強く、党内をまとめられるかが焦点というが、最近の野党 の離合集散は己の議席の為なら”選挙公約、政党”など眼中に無い。

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核マル派も『お伊勢参り』

2019-01-23 14:57:19 | Weblog

 安倍晋三首相は毎年伊勢神宮を参拝している。今年も1月4日参拝したが、「私人」としての立場で行っており、他の自民党議員も同じだ。「宗教と政治の分離原則をうたった憲法20条」を意識してのことだ。同じ日野党で多国籍者軍の立憲民主党代表枝野幸男が党の子分幹事長、大政福山哲郎(中国より帰化)副代表、小政蓮舫(台湾、日本二重国籍)それに三重県連の幹部らを引き連れて参拝した。外宮、内宮の順に回り、今年1年の無事を祈願して、ツイッターで喧伝している。常日頃「国家神道は先の戦争に利用された」などと声高かに騒いでいる連中が参拝したのだから『天照大神』も戸惑ったのではないか。
 小池の新党『希望の党』に爪弾きにされた枝野が苦肉の策で立ち上げたのが立憲民主党、都知事小池の振る舞いに呆れ返った有権者が立民に投票した、漁夫の利を得て野党第一党に躍り出た枝野の立民。これに旧民進党の岡田などが立民会派に転がり込んで今や衆院で68人(1月16日現在)と膨れ上がった。ただ選挙に弱い1.2回生が多いので再度衆院に戻れる手合いは少ない。2018年7月20日衆院本会議で枝野は野党6党派を代表して安倍内閣不信任案の趣旨説明でパフォーマンスを演じ2時間43分の長演説をぶった。枝野「まさに立憲主義も保守主義も同じ考え方でありますので、私こそが保守本流であるということを自信を持って皆様にお訴えしているところであります」「謙虚な姿勢で一歩ずつ世の中を良くしていくのが保守」「7世紀末、持統天皇の時代に、すごろく禁止令が発令されました。以来、我が国は1000年を超える期間、賭博は違法であるという法制度の下で歴史と伝統を積み重ねてきました。1000年以上に渡って違法とされてきたものを使って、利益を上げて経済を成長させる。その事自体がみっともない政策ではないですか。持統天皇以来の歴史を一顧だにせず、このような馬鹿げた制度を強行する人たちに保守と名乗ってほしくありません」これはカジノ法案を批判したものだ。核マル派の活動家だった枝野は左翼だけではダメだ、右翼の支持も受けようと伊勢神宮に参拝、689年に女帝の持統天皇が出した双六禁止令を持ち出した。2018.11.25首相の母校成蹊大で講演、「成蹊大は私の頭の上がらない大変立派な卒業生を出しておられる」と皮肉たっぷり、もっとも「私の妻の母校で講演でき、大変嬉しく思っている」そうだ。さぞかし『良妻賢母』だろうね。「小選挙区である以上は、自民党と他党で政権を争う、野党第一党の党首が首相だ」と『ポスト安倍は枝野しかない』と怪気炎を上げたようだ。とても議員が数十人で支持率10%程度の党首とは思えない、鼻息の荒さには驚く。 枝野と言えば思い出すのは2014.10.30衆院予算委で安倍首相が暴露した。「殺人や強盗や窃盗や盗聴を行った革マル派活動家が影響力を行使しうる、指導的立場に浸透しているとみられるJR総連、JR東の団体から、枝野氏は約800万円の献金を受けていた」とさすがに当時の枝野幸男民主党幹事長も青ざめた。

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仮想敵国?日本だよ

2019-01-19 13:47:08 | Weblog

 「核とミサイルの脅威が続く限り、その実行主体である北朝鮮政権と北朝鮮軍は私たちの敵」『2016国防白書』(朴槿恵政府)と表現した文章を削除して「わが軍は大韓民国の主権、国土、国民、財産を威嚇し侵害する勢力を私たちの敵と見なす」と明記し、新たに南北間軍事的信頼構築および実質的軍備統制推進、段階的軍縮を新設、強調した『2018国防白書』を 文在寅政府が出した。これは韓国の仮想敵を日本と名指しはしていないが行間に読めないか。
 12月20日韓国海軍駆逐艦が海上自衛隊のP-1哨戒機に対して火器管制レーダーを照射した事件では、韓国は火器管制レーダーを照射はしていないと全面否定、逆に自衛隊機は低空飛行で艦船を威嚇したなどと批難。日韓防衛当局間の協議で日本が一部の情報を開示する代わりに駆逐艦のレーダーに関する全体的な情報を求める「非常に無礼な要求」をしたと難癖。韓国国防部は照射事実を否定、悪いのは日本だと世界に喧伝している。日本のEEZ内で北朝鮮漁船(工作船であって、北の依頼を受けた韓国が乗船人物確保の意見もある)と韓国の救難艇とボート2隻が不自然な行動をしており、瀬取中だった。これを韓国駆逐艦が警戒中だった。万一哨戒機に証拠を撮られては一大事だとレーダー照射で追い払ったと見るのが自然だろう。国連安保理が行っている北朝鮮に対する経済制裁中である。この瀬取り行為を米国に報告されては韓国文政権が窮地に陥るのは必定。韓国政府が必死に否定するのは当然だ。中国には舐められても、幇間よろしく揉み手で迎合する朝鮮、日本を侮り、舐めて竹島を占拠して国土と主張、次々国際法に悖る判決をする大法院、そのくせ日本に劣等感を抱いている。
 BSフジのプライムニュースで櫻井よしこ女史が「去年1年間で日本の日本海側に200隻位の北朝鮮の船が流れ着いている。そのような船が韓国の救難艇や駆逐艦に見つかったとか保護されそうになったって事例は聞いたことが無い。どうしてこの漁船だけ駆逐艦と救難艇に挟まれた形で日本のEEZにいるんだろう。どう考えても不自然」と述べていた。この行為は瀬取りだと見れば不思議ではない。韓国文政権は仮装敵国を北朝鮮から日本にしたようだ。友好国日本などとノンキに構えていては鼻毛を抜かれる。
 バラも咲き、梅も咲き出した。

 

 


 

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