野坂屋旅館

自然の豊かな小さな町で、不知火海で獲れた天然の美味しいお魚をメインに、四季折々のお料理をお客様にお出しします。

乗り鉄の旅 肥薩おれんじ鉄道肥後田浦駅

2022-02-25 04:08:14 | Weblog

先日に続いての肥薩おれんじ鉄道乗り鉄の旅です。

今日は肥後田浦駅編です。

その前に肥薩おれんじ鉄道の線路はほとんど単線(上り列車も下り列車も同じ線路を使う)です。

ただ湯浦駅と津奈木駅の間だけは複線(4本のレールがあり、上りと下りは違う線路で、列車もすれ違いが出来る)になっています。

それで、JRの時はすれ違いや特急の追い越し待ちで駅に停車している時間が多かったので、普通電車(鈍行列車)で熊本へ行くには2時間ほどかかっていました。

今は特急の待合が無くなり、八代駅での乗り換えも含めて1時間半くらいで佐敷から熊本へ行けるようになりました。

たまの同級会などの時は、肥薩おれんじ鉄道とJRを使って熊本へ行きます。

ただ、帰りの電車が21次1分なのでほとんど2次会には行けず、1次会で帰ってきていました。

今回は飲みに熊本へ行ったのではなく、待ち合わせで八代まで行って、車で熊本へ行きました。

肥後田浦の駅のお話に戻ります。

肥後田浦の駅の前には幸せの黄色いポストがあります。

それに駅のすぐ裏には東海カーボンさんの工場があり、明治時代に田浦に出来た工場なので、自動車が普及するまではこの列車を使った輸送しか無かったものと思われます。

旧田浦町は水俣と似ていて、東海カーボンによる影響があった町です。

今は自動化されたり、機械が進化して働く人が減りましたが、以前は東海カーボンで働く人の住宅や生活するためのお店などが成り立っていたものと思います。

元職員住宅跡など以前は見受けました。

その田浦駅で今回すれ違った列車は、鹿児島県のラッピング列車平川動物公園のラッピング列車でした。

コアラがいる平川動物公園は敷地も広く、歩くのが大変だった記憶があります。

肥薩おれんじ鉄道の楽しみの一つがこのラッピング列車に乗る事です。

ラッピング列車ごとに内装が趣向を凝らしてあり、地元の幼稚園の子供の絵なども展示してあったりします。

芦北町のラッピング列車も2代目で今は放課後ていぼう日誌のラッピング列車ですが、初代は漫画家の村枝賢一先生が描かれた葦北鉄砲隊のラッピング列車でした。

初代は、葦北鉄砲隊がギネス記録に登録された記念に製作されたものでした。

今は漫画でアニメにまでなった放課後ていぼう日誌に替わっています。

またラッピング列車次第では、片面ずつ違う構図だったりするので、見る側によっても印象が違います。

そんな楽しみ方もあります。

 

 

 

 

 


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