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nishimino

にしみの鉄道情報局付属ブログ

最後のムーンライトながら乗車

2009-02-15 | 旅行
3月の改正で、臨時列車に格下げされるムーンライトながら。そのながらに乗ってきました。3月以降は一説では183系189系田町車で運転という話もあり、おそらくこれが最後の373系ながら乗車になると思います。
ムーンライトながらは完全な実用列車なのか、同じ3月の改正で廃止になるはやぶさ富士に対して、全く話題にならず、名残乗車という動きも無いようです。

いつも通り大垣駅4番線に23時15分頃入線。普段なら23時19分の定時発車なんですが、西日本でダイヤが乱れて、23時02分着の接続列車が遅れ、普段は大垣を出るとすれ違うはやぶさ富士が横を通過していきました。結局米原発は23時24分に大垣につき、接続を取って7分遅れで発車しました。大垣では車内は閑散とした状態で、1両数人でした。大垣発車の時にワイドビューチャイムが流れ、久々にながらで聞きました。一宮のあたりで検札があり、名古屋からは大量に乗車し、ほぼ車内は埋まりました。まあ週末なので、それなりの乗車率のようです。
逆に解すと、普段は金曜日の夜しかまともに人は乗らないとも言えるわけで、その金曜日の列車でも、指定席券は数日前に入手できました。実際昨年土曜日の夜の下りに乗ったところ、乗車率は20%あるかないかといったところでした。これでは季節列車に格下げしたくなるのも分かります。
なお、一部で駅の深夜帯勤務を減らしたいという説もあるようですが、この時間帯貨物列車が多数運転されていて、旅客取り扱いの有無にかかわらず、静岡、浜松、沼津、豊橋クラスの駅では、駅員が終夜詰めていないといけないわけで、ながらは多数運転されている貨物列車に便乗しているだけとも言えます。

豊橋で7分の遅れは無くなり、浜松にはほぼ定刻に到着。浜松では、サンライズ出雲・瀬戸とすれ違い。その後静岡で、下りのながらとすれ違い。ほぼ定刻通り運転しているようでした。

ところが、沼津を発車しても速度が上がらず、徐行状態。外を見ると、雨が降り風も強いようでした。1号車でしたので、乗務員室からの無線が良く聞こえ、あちこちに指令を送っているようでした。ここから止まったり、動いたりを繰り返し、本来なら熱海を出ている3時40分に函南を通過。丹那トンネルに入り、ようやく速度が上がりました。結局熱海を3時50分発、13分遅れとなりました。
小田原4時06分発(定刻3時54分)、大船4時32分発(定刻4時24分)、横浜4時45分発(定刻4時41分)、品川5時発(定刻4時57分)と徐々に時間を回復し、東京には5時05分の定刻に到着しました。

北近畿タンゴ鉄道の未乗区間へ

2009-01-11 | 旅行
北近畿タンゴ鉄道の残存区間に乗ってきました。
青春18きっぷが有るんですが、京都からは時間の関係で8時58分発のたんば1号・まいづる1号で一気に西舞鶴までワープ。この日はいろいろ列車が遅れていましたが、はしだて2号が遅れて京都に到着したため、こちらも数分遅れて京都を発車。たんば1号・まいづる1号ははるか用の30番線発車のため、京都を出ると9時04分着のはるか4号が入線待ちをしていました。この日のたんば1号は城崎温泉まで延長運転のため、きのさき81号とした方が良いような列車です。
嵯峨野山陰線は現在、園部までの完全複線化(京都駅構内のみ配線の関係で完成後も単線で残る)を目指して工事をしていますが、馬堀~亀岡間は12月に複線化が完了したばかりの区間です。それ以外の区間でも各所で工事が行われていました。園部から先では雪が目立ち初めました。綾部でたんば1号とまいづる1号を分割し、西舞鶴には10時34分の定刻から数分遅れて到着。宮津線乗り換え口でKTR青春フリーきっぷを購入。この乗車券は、青春18きっぷ期間のみ、当日の日付が入った青春18切符を提示することによって購入できる乗車券で、普通快速列車のみ北近畿タンゴ鉄道が乗り放題になります。価格は500円で、西舞鶴から豊岡までの宮津線の運賃が1680円なのでかなりお得です。

接続の10時41分発の普通は天橋立までは観光列車のタンゴ悠遊1号として運転されまして、各地で観光案内や景勝地での徐行一時停車が行われます。天橋立からは対向列車の遅れなどで、こちらも遅れはじめ、豊岡には定刻の12時39分から少し遅れて到着。豊岡では北近畿5号きのさき6号に接続するのですが、利用客が無かったため、接続は取らず。

豊岡で昼食後、13時48分発の普通福知山行きに乗車。223系5500番台で、これが初乗車。帰りは行きと同じ山陰本線経由かそれとも福知山線経由か、播但線経由か決めかねていましたが、福知山線も播但線もこの前乗ったばかりで、結局和田山で播但線に乗り換え。

播但線寺前行きは14時24分発ですが、遅れていた北近畿7号を待って発車。和田山では北近畿7号よりも先に、はまかぜ3号が先に出て行きました。はまかぜ4号に乗車しても良かったのですが、普通が姫路まで先行するので、こちらに乗車。播但線の寺前までの普通はキハ40の2両編成。JR西日本のキハ40系は330PSの出力のエンジンへの載せ替えが全車完了していますが、播但線の生野越えの区間はそれでも厳しく、ゆっくりと登っていきます。


寺前からは電化区間となって、103系3500番台に乗車。
播但103はオールMで加速も良く、駅間で運転席の速度計を見ると、100km/h近い速度となっていました。寺前以南の播但線は直線が続き、しかも古くから但馬はまかぜなど優等列車が運転されてきたこともあって、100km/hでの運転も可能となっています。103系の限界いっぱいの高速運転は、かっての常磐快速線を彷彿とさせるデンジャラスな走りでした。

京阪中之島線開業

2008-10-20 | 旅行
早速開業したばかりの京阪中之島線に乗ってきました。丹波橋から京阪に乗車しましたが、沿線にはカメラを持った同業者が多数。
この中之島線開業のために用意された3000系は、2列と1列の転換クロスシートで、シートやカーテン、床などのデザインも凝っていて、コンフォートサルーンという名にふさわしい車両でした。

ダイヤもいろいろ変わって、新設の快速急行と区間急行が中之島線に直通することになりました。区間急行というと、朝の急行準急の守口市通過を補完するための列車という印象がありましたが、一転中之島線の主役として増発されることになりました。それにしても、枚方市始発の特急が毎時2本運転されますが、快速急行は京橋まで特急に先行するので乗客集中の救済列車だと思うのですが、どうせなら樟葉始発の方が良いのではないかと思える列車です。
守口市で下車して、普通で関目へ。写真を撮影して、普通で京橋へ。乗り換えていよいよ中之島線へ。

各駅は不燃木材を壁面に用いて、中之島線の象徴の木を表しています。ちなみにもう一つの象徴は水で、駅の改札付近のガラスのガラス壁面はそれを表した物だとか。

中之島駅は淀屋橋駅のような先端に切り欠きが有る3線の配線ですが、淀屋橋駅の1番線の部分は中之島駅では壁で仕切ってあって、1つのホームに縦列に編成を入れることは考慮していないようです。

中之島からは大阪市営バスの船津橋循環で大阪駅まで移動の予定でしたが、日中の本数は少なく、結局阪神福島まで歩くことに。まあたいした距離ではありませんが。

山口広島へ・3 広電

2008-09-11 | 旅行
つづき

いさりび号は浜田道から中国道、広島道を経由して、広島インターから一般道に出て、まずはアストラムラインの中筋駅に停車。そのあと、不動院にも停車して、広島バスセンターへ。広島駅新幹線口まで運行されますが、広島バスセンターで下車。

バスセンターでバスを少し眺めた後、紙屋町の電停へ。

お約束のグリーンムーバーマックス、こんな路面電車が町中を走り回っている広島って良い街ですね。(笑)

広島駅へ移動して、これまたお約束の広島バスの5Eを撮影。三菱の5Eは全国でも広島にしか残っていないようです。(少なくともまとまった数では)
こんなバスが走り回っている広島って良い街ですね。(笑)
ちなみにこのバス、半年ほど生産された希少なP-MP518系です

その後、新幹線側でみっちゃんのお好み焼きを食べて、帰りのバスまで時間があったので、宇品港まで5系統で往復。

広電の最大勢力、元京都市の1900形に乗車。移籍時の全15両が健在で、市内線で700形や800形とともに主力として使われています。

ちなみに帰り京都行きはこんなバスでした。

山口広島へ・2 山陰本線

2008-09-10 | 旅行
続き
長門市で益田行きを待っているとキハ58の国鉄色が入線してきました。美祢線の臨時快速おいでませ山口号で、車両は岡山からの借入れ車のようです。仙崎行きなので先に出て行きましたが、発車時には排気が凄まじく、久しぶりに見掛けた光景でした。

こちら11時12分発の益田行きに乗車。単行のキハ120なので、立ち客が結構いて座れず。このまま益田まで行っても良かったのですが、とりあえず東萩で下車。萩市内をうろうろして昼食を食べたら、1時間ほど経過して、次の列車が来ました。ちなみに萩へは小郡や山口からバスの方が便利なようです。

東萩駅前の食堂で食べた海鮮丼は、値段そこそこでこの内容。朝下関で写真を撮りすぎて乗り継ぎの間、朝食を食べられなかったの有り余る内容で、今回の旅行、食事に関しては引きが良いようです。

益田からはおき4号に浜田まで乗車。キハ187は特急車としては地味な存在ですが、450psのエンジンを2機搭載している相当な高性能車です。

浜田には15時06分に到着。浜田というと長年寝台特急出雲の終着駅というイメージがあり、かのC54が配置されていた浜田機関区(現浜田鉄道部)があります。ただ、浜田鉄道部は駅構内扱いながら、駅裏の川を隔てた反対側に有るようで、駅からは見えない位置にあります。

浜田からは高速広浜線(いさりび号)の石見交通担当便で広島へ。広島浜田間は昔からバスが運行されていて、以前は国鉄バスの広浜線、石見、広電の共同運行便とも一般道経由でしたが、今は高速に載せ替えられて3社の共同運行になり、結構な頻度で運転しています。現在でも一部区間では、一般道経由の広浜線が運行されています。

続く