nishimino

にしみの鉄道情報局付属ブログ

メモリー増設

2020-09-29 | パソコン・周辺機器・携帯電話

2018年に購入したDynaBook B25/33EBですが、かなり動作が遅いのです。Windowsの立ち上げやChromeの起動やタブ切り替えに時間がかかり、それ以外の動作はそこそこ動いていました。
根本的原因はCPUのCeleron3865Uの遅さではなく、メモリーが4GBしか無いことが原因ではないかと考えてメモリー増設調べてみました。

メモリーの空きスロットはありますが、メモリーの増設交換は「東芝PCあんしんサポート 修理相談窓口へご相談ください。」とされていて、ユーザー側では出来ないことになっています。まあ、分解すれば簡単に増設が出来ますが。

それで、カタログでは4GBのPC4-17000(DDR4-2133)を搭載しているはずなのですが、予め事前に分解すると、4GBのPC4-19200(DDR4-2400)が1枚メモリースロットに入っていて、空きが1スロットありました。という事で、ワンランク上のメモリーが付いていました。まあ、これぐらいのメモリーの速度差はベンチマークソフトウェアで分かる程度で、体感は出来ないですが。

近所の家電量販店の自作PCコーナーに行って、SO-DIMMのメモリーを探すものの8GBしかなく、結局通販でシリコンパワーのものを約2500円で購入、早速取り付けました。




それで、実際の本体の分解方法を説明します。



1・バッテリーを取り外す。
2・上の写真の赤い丸の部分のネジを取り外す。これで光学ドライブの固定が外れるので、引き抜きぬく。
3・水色と黄色の丸のネジを22本すべて外す。なお黄色の部分はネジの長さが異なる。
4・光学ドライブを取り外した部分の隙間から裏蓋を剥がす。


裏蓋を剥がした状態です。メモリースロットが1つ空いています。


メモリーを挿して増設完了です。メモリーメーカーは違いますが、同じ規格なので一応デュアルチャンネルになっているはずです。

実際動かしてみると、Windowsの起動やChromeの動作は体感できるほど早くなりました。

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養老鉄道撮影ポイント5 下深谷駅 桑名北高校付近

2020-09-22 | 養老鉄道
桑名市の下深谷駅付近の駅から直ぐ側の撮影ポイントです。ここは、午前中の桑名行きが順光になります。








ここは駅に近いのですが、駐車スペースはほとんどありません。

撮影 2020年4月30日
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山中信号場と北陸1000t貨物輸送

2020-09-13 | 鉄道
北陸本線旧線の山中信号場。この信号場は、勾配区間にあるため、スイッチバック式の信号場で、北陸本線旧線の遺構では最大規模のものです。1956年頃に大幅に拡張され、現在残る遺構はこの時期に拡張されたときのものです。



敦賀方には山中トンネル(右)と、引き上げ線用の行き止まりのトンネル(右)があります。この行き止まりトンネルが作られたのは1956年頃です。



福井方には待避線の終端部にロックシェイドがあり、こちらもおそらく1955~1956年頃の建設と思われます。



ロックシェッド自体は古レールによる組み立てとなっています。このロックシェッドから先にも植林されていますが、50mほど路盤が残っています。



道路側は比較的しっかりしたコンクリート建造のロックシェッドとなっていますが、北陸本線の遺構なのか、廃線跡の道路転用後に新たに作られたものかはわかりませんが。
福井方の待避線は、水平ですが、敦賀方の引き上げ線は、本線とほぼ同じ高さで、かなりの勾配があります。

それで、1955~1956年にこの山中信号場が大幅に拡張されたのかというと、木ノ本~今庄間にてD51の三重連の運行の目処が立ったからだと思われます。
敦賀前後のこの区間、各所に25パーミルの勾配が連続していました。明治期に掘られたトンネルは断面積が小さく、大正後期から昭和初期に設計された大型蒸気機関車では、トンネルの天井と煙突の間隔が50cm程度しかありません。そのため、排煙に問題があり、乗務員の窒息事故も発生するなど難所でした。北陸本線での重連運転は、最後尾に補機が付く形態だったのは、トンネル内での排煙対策が困難だったからのようです。
この重連運転では、700tの牽引が限界で、輸送力増強のため、1951年にD51形の三重連による1000t輸送の試運転が行われていましたが、トンネル内で次位機の運転室内が50℃を超えて断念されました。

敦賀機関区では色々対応策を行っていたのですが、1952年に当時の区長の提案で集煙装置の試作が行われ、これによって、トンネル内にて運転室内に入る煙が大幅に減少し、トンネル内の冷気を感じるほどだったそうです。
この集煙装置は全国に広まり、トンネルが多い区間では、この集煙装置が絶大な威力を発揮しました。
北陸本線では、この集煙装置によって、三重連の次位機の運転室内の作業環境が大幅に改善して、北陸本線の貨物列車の三重連運転、1000t輸送に目処が立ったようです。


煙突の上に取り付けられたものが集煙装置
写真は前面開口部が特徴の長野工場式
蒲郡市博物館保存のD51 201号機


編成重量700tの貨物列車だと、当時の積車状態で1両20tの2軸貨車で35両連結(換算両数35)、編成延長は貨車が8mだとすると、機関車を含めて320m程度になります。編成重量1000tの貨物列車では、貨車で50両連結、編成延長は機関車3両を含めて460mに達します。
待避線を140m延長する必要が出てくるわけですが、どうしても地形上延長できなかった箇所が、行き止まりのトンネルと、ロックシェッドではなかったのかと推定されます。
集煙装置によってD51形の三重連に目処が立ち、山中信号場の待避線の延長が1955~1956年に行われたと思われます。

なお北陸本線へは1957年頃からDF50形ディーゼル機関車が順次配置され、同年に木ノ本~敦賀間の柳ヶ瀬超えの区間で使われていたDD50形も同区間に新線が建設されたため、杉津超えの補機に加わり、ディーゼル機関車が蒸気機関車と混在する形で、三重連貨物列車の前補機として使われています。

撮影 2020年8月14日(山中) 2019年3月23月(蒲郡)

参考文献 鉄道ファン1998年8月号 北陸本線難所と敦賀式集煙装置
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羽島市に保存されたキハ605

2020-09-05 | 鉄道

羽島市の福祉法人のかみなり村に保存された元紀州鉄道キハ605。岐阜とは縁もゆかりもない車両ですが、12m級の小型車両ということで選ばれて展示されているのかしれません。

もともと、1951年製で常磐炭礦から岡山臨港鉄道、紀州鉄道と転じ、紀州鉄道での廃車後は有田川町鉄道公園に保管されていましたが、その後ジェイアール貨物・北陸ロジスティクスが所有し、伏木駅にて保管されていました。
岡山臨港鉄道及び紀州鉄道時代は予備車で、紀州鉄道では全く営業運転に入っていなかったそうです。



製造は宇都宮車両(元富士重工)ですが、岡山臨港鉄道に転じた、1959年に汽車会社で改修工事(おそらく機械式変速機から液体式変速機への交換)を受けていて、その銘板が貼られています。


台車は簡素なもので、戦前製の機械式気動車の設計を流用したようです。


撮影 2020年8月30日 すべて公道から撮影
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キリン 陸

2020-09-02 | 

キリンの陸、近年原酒不足で、終売するウイスキーの銘柄が多い中、新たな銘柄の発売になります。



このウイスキー、原材料がグレーン、モルトの順に書かれています。つまりグレーンウイスキーの割合が多いことを正直に書いています。
ブレンデッドウイスキーは、通常モルト、グレーンの順に原材料が書かれていて、モルト6割グレーン4割というのが一般的です。
キリンウイスキーは、かっての社名のキリンシーグラムという社名からわかるように、カナダシーグラム社との提携でウイスキーの製造を開始しています。カナディアンウイスキーの影響があり、スコッチの流れをくむ、サントリーニッカとはウイスキーの作り方が違うそうです。

それで、グレーンウイスキーは通常無個性なのですが、キリンのグレーンウイスキーは、3種類作り分けていて、個性があるそうです。
アルコール度数が50度あるので、アルコールが強いのですが、ハイボールや加水すればそれなりに美味しいので、良心的なウイスキーだと思います。
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