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nishimino

にしみの鉄道情報局付属ブログ

山口広島へ・1 はやぶさ富士

2008-09-09 | 旅行
青春18きっぷの最後の1回は思い切って、遠征してみることにしました。といっても往復青春18を使うのではなく、遠征先で使うためで、2週間ほど前から高速バスやらの手配を進めていました。

まずは、岐阜からはやぶさ富士に乗車。いろいろ噂は出ていますが、週末と言うこともあって、そこそこの乗車率でした。ただ、寝台券を購入したのはわずか2日前で、それでB寝台下段が取れると言うことは・・・、これ以上は言わないようにしましょう。

翌朝、小郡を過ぎると沿線にはカメラの砲列が。

今回は下関で下車。8時55分発の山陰本線の小串行きに乗車。車両はキハ47の2両編成で、下関近郊という事もあって、かなりの乗客数でした。小串で接続の長門市行きは、キハ40の単行。乗り継いだ半数は同業者でした。途中には、かの難読駅名「特牛」も。

このあたりの山陰本線は、メインルートが山口線に移り、2004年にいそかぜが廃止されて以来、優等列車も走らず、下関近郊を除くと取り残されたような区間です。益田以西で唯一需要がありそうな、長門市には10時55分到着。

つづく

仙台新幹線車両基地まつりへ・後編

2008-07-29 | 旅行

前編からの続き

このあとの予定もあるので10時30分頃には、会場を出て新利府へ。ところが一向に電車が来ません。ようやく来たと思って乗り込んだら、東仙台駅で停車。地震の影響で、徐行運転が続いていて、ダイヤが乱れて仙台駅のホームが塞がっているようでした。結局仙台駅に着いたのは11時30分頃。

仙台駅で昼食を取り、そのあとのスケジュールを考えることに。東北本線小牛田一関方面は地震の影響で、徐行運転続いており、遅れが発生していました。小牛田から陸羽東線で新庄まで乗車の予定でしたが、ダイヤが乱れており、平常運転の仙山線から奥羽本線で山形新庄と乗車することにしました。
12時45分発の仙山線山形行きに乗車。仙山線は前回、陸前白沢で強風のため、運転打ち切りになっているため、そのリベンジも兼ねています。
山形からは奥羽本線で、新庄まで乗車。

ここから、さらに奥羽本線で横手秋田と乗車するか、それとも陸羽西線で余目酒田と乗車するかは最後まで決めかねていて、帰りの夜行列車にも影響するため、直前までサイバーステーションを見ていたのですが、陸羽西線経由に決めて、16時14分発の新庄発酒田行きに乗車しました。


陸羽西線は最上川に沿って走り景色が良く、久々に乗って良かったと思える路線でした。清川という駅には、かの新撰組の創始者、清河八郎出身地であることをPRするのぼりが立っていました。

余目の手前では、滅多に全貌を表さないと言われている、鳥海山がよく見えました。
余目からは羽越本線に乗り入れ酒田へ。途中、最上川の鉄橋の手前では、羽越本線の脱線事故の慰霊碑が見え、思わず黙祷。

酒田には17時15分着。当初はこのあとさらに秋田まで北上して、日本海で敦賀まで乗車というのも考えたのですが、陸羽西線経由にした時点で、きたぐにに乗車することに決めていました。
目の前には17時22分の新津行きが停車していましたが、うろうろしている間に見送り、結局18時ちょうど発のいなほ14号に乗車しました。
ここで、新潟までの自由席特急券と、ついでに羽越本線、白新線、信越本線、北陸本線、東海道本線経由という乗車券を購入。

余目までは今来た線路を戻り、鶴岡の先までは庄内平野を走り、そこからは海岸線出でて海を眺めながら過ごしました。羽越本線は昭和40年頃から複線化が進められましたが、複線化が完了する直前に、国鉄の財政再建で計画が凍結されています。小岩川~あつみ温泉は山側に複線トンネルを掘って、完成したのですが、レールを引く前に計画が凍結されて、未成線状態になっています。また勝木~府屋は複線トンネルが完成した物の、単線状態のままで、複線化は凍結されています。
また新潟平野や庄内平野の区間でも多くの区間は複線化の用地取得済みのようです。


村上の手前のデットセクションを通過して、新潟には20時07分着。みどりの窓口で聞いてみたら、あっさりきたぐにのB寝台下段が取れ、きたぐにに米原まで乗車して帰宅しました。


仙台新幹線車両基地まつりへ・前編

2008-07-28 | 旅行
仙台であった新幹線車両基地まつりへ行ってきました。過去、JR東海の浜松工場は何度か訪れたことがありますが、こちらは当然のごとく初めてです。

さて、今回もいつものごとく、ムーンライトながらで東京へ。23時頃に大垣駅へ到着すると、373系の飯田線からの戻りのホームライナー大垣1号が入線してきました。所定なら大垣22時14分着です。人身事故の影響で遅れたとのこと。

この後、大垣区構内で簡単な整備を行い、お昼寝の373系と連結して、9両でムーンライトながらとして運転されるのですが、すぐに出てこれるわけもなく待つことに。その間、名古屋からの列車が間隔を置かず到着していました。

結局大垣駅を発車したのは、23時55分頃。こういう場合で、青春18きっぷで乗車してきて、日付変わりの大府から乗車券を購入してある場合の扱いについてはいったいどうなるんでしょう。

ところで、373系が昼間の間合いの伊那路の運用で故障や事故などで飯田線内に1編成閉じこめられたとき、ながらはいったいどういう扱いをするのか気になります。台風などの自然災害はともかく、東海道線が問題なく運行していて、しかもコミュケの時の場合、ながらを減車したり運休したりすると、大垣駅は想像を超える大混乱になると思うのですが、幸いながらこういう事態は起きていません。現実問題として、東海が廃止されてから373系の運用自体に余裕が出て、時間が許せば静岡から代替編成が大垣まで回送されるんだろうと思いますが。

静岡当たりまでは遅れが続いていましたが、17分停車する沼津を数分で発車し、JR東日本の管内に入ってからはダイヤに余裕が有るためか、どんどん回復していき、大船では5分遅れ、東京駅には定時に到着しました。
東京からは東北新幹線やまびこ41号で一気に仙台へ。新幹線は平常通りでしたが、在来線は前日の岩手の地震の影響で、徐行が続いていて、遅れが目立っていました。


新利府の新幹線総合車両センターにはかって利府駅構内に留置されていた、電気機関車が保存されており、この撮影も目的の一つです。この隣には試験車両の952・953形STAR21や、東海道新幹線と東北新幹線の両方を走行した唯一の車両で319km/hの速度記録をもつ961形が保存されています。

今回の展示の目玉は試験車両のFASTECH 360やEast i、E926形でしたが、庫内の展示のため、余り綺麗な写真は撮れていません。唯一まともな写真は↓です。

入り口近くで磐梯熱海温泉の足湯を体験。夜行明けなので、全身つかりたい衝動に。

後編へ続く

副都心線開業

2008-06-15 | 旅行

開業初日の14日に早速副都心線に乗ってきました。金曜日の夜遅く、明日が副都心線の開業日で有ることを思い出し、急に行きたくなったので、翌朝の新幹線で出かけました。午前中は前々から行きたかった、大宮の鉄道博物館へ。大宮駅のみどりの窓口が大行列になっていました。
その後、川越からいろいろ乗り継いで、西武球場前へ。この日は交流戦があったので、早速渋谷行きの列車が運転されていました。

所沢から池袋線に乗り、途中石神井公園で副都心線に直通する列車に乗り換え、練馬からは有楽町線へ。小竹向原からはかっての有楽町新線といわれた線路を通り、池袋からは新規開業区間へ。
乗った列車は東新宿で急行待避でしたが、その急行が次の新宿三丁目の乗降に手間取ったらしく、発車しても途中で停車して、入線待ち。さらに渋谷でも入線待ちで、開業初日と言うこともあって、ダイヤが若干乱れていました。

ホームとホームの間には線路が。2012年の東横線乗り入れのため、2面4線なのですが、当面は2線で十分なため、このように2つのホームをつないでいるようです。東横線の渋谷駅が地上から移転してくるのを見越して、この駅は東急管理となっています。

http://www.tokyometro.jp/fukutoshin/


帰りは、新幹線だと高くつくので、岐阜バスの高速バスを調べてみたのですが、ムーンライトながらがあっさり取れたので、そちらで帰ることにしました。普段なら東京駅からの乗車ですが、運賃節約のため、新宿から小田急で小田原へ。22時31分発の小田原行き急行に乗車。新宿の時点では車内は込んでいましたが、1日中込んでいるような小田急ですが、さすがにこの時間帯だと、本厚木で立ち客が居なくなり、東海大学前で車内はがらがらに。

小田原には0時過ぎに到着。箱根登山はすでに終了しており、上りもないため、改札機はすべて出場のみの対応の状態になっていました。

紀伊半島一周 後編

2008-06-05 | 旅行
前回からの続き

御坊で日本一のミニ私鉄(だった)紀州鉄道へ。かっては御坊臨港鉄道という名称でしたが、いろいろ言われているように、不動産業者が鉄道会社の名称を得たいため、買収した事で知られています。当時、御坊臨港鉄道は廃線寸前の状態で、地元では物好きなと思われていたそうです。

少し待って15時25分発の西御坊行きに乗車。


北条鉄道からから来た、レールバスに乗車。当然それ程速度が出せないので、のんびりと進みますが、2.7kmという距離なので、わずか7分で、すぐに終点に。

線路の多くの箇所はこんな感じで、その当たりの引き込み線と大差がありません。レールが光っていないと、廃線に思えてしまうような状態です。

折り返しは30分以上停車して、西御坊16時09分発で、御坊発16時08分のくろしお26号に乗りたかったので、タクシーでもと思ったのですが、そんな物がありそうな駅ではありませんでした。

2.7km/hなので思い切って、御坊駅前で歩くことにしましたが・・・
駅の手前でくろしおが出て行くのが見えました。結局次の普通で和歌山へ。
南海バスの路線もあるようですが、時間が合わなかったので断念しました。


御坊和歌山間の普通は日根野の113系と和歌山の117系が使われているようで、来たのは阪和快速色の113系。一時期、リニューアル車が増殖した関係で、阪和線紀勢線からはほとんど居なくなりましたが、リニューアル車が福知山線に引き抜かれた関係で、あちこちから車両をかき集めて、瀬戸内色や湘南色の混色状態になっていました。それらの113系は今更ながら、検査ごとに阪和快速色に塗り替えられているようです。現在では、リニューアル車以外の113系4両編成は、ほぼ阪和快速色になっているようです。

結局和歌山まで113系に乗車し、新宮から和歌山まで普通を乗り通したことに。ある程度ダイヤを調べた段階で分かっていたのですが、どうにもこのようにしか組めませんでした。
この後、和歌山からは京橋行きの紀州路快速があり、大阪駅には18時44分着で乗っても良かったのですが、いろいろあって新幹線の新大阪米原間を利用する予定だったので、乗り継ぎ割引で特急料金が半額になるためわざわざくろしお30号に新大阪まで乗車しました。半ば梅田貨物線乗車が目的でしたが、阪和線内でのくろしおもなかなか乗り概がありました。