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nishimino

にしみの鉄道情報局付属ブログ

大糸線へ

2010-02-15 | 旅行
北陸鉄道部のキハ52が3月改正で引退すると聞いて、大糸線に乗りに行ってきました。
実を言うと先週の5・6日に予定していて、乗車券の手配もしていたのですが、大雪で運休になり、12・13日に延期としました。

大垣発最終の米原行きで米原へ。この列車はホームライナー大垣1号(休日は大垣31号)として、豊橋から来た373系の6両編成の後ろ3両が、そのまま米原行きの普通なります。ホームライナーが普通列車に化ける珍しい例ですが、373系らしい運用でもあります。

米原からは急行きたぐにですが、夜中の米原駅で1時間待ち(大垣からの電車の米原着が23時59分で、きたぐにの米原着は0時54分)。時間があれば、米原~東海道~山科~湖西~近江塩津という乗車券を購入して、京都まで行ったのですが、乗り継ぎの関係から2時間以上早く家を出る必要があり断念しました。

米原からはきたぐにですが、寝台車ではなくグリーン車に乗車。きたぐにの場合、距離によっては寝台よりも安いこともあって自分は好んでこちらに乗っています。

糸魚川には早朝の5時28分着ですが、少し早すぎるので、直江津までの急行券とグリーン券を買っておきました。直江津で1時間ほど時間をつぶして、始発の普通で糸魚川へ。8時15分発の大糸線南小谷行きはスカ色のキハ52-125でした。

撮影 南小谷
姫新線にキハ127が投入され、同線などで使用されていたキハ120が大糸線に転属して来ていまして、すでに糸魚川駅に1両留置されていました。過去キハ40が試運転したこともあったそうですが、勾配区間で空転が多発してキハ52の置き換えは見送りとなっていました。

車内の大半は同業者で、この時間帯は夜行からの接続も特急電車の接続も少なく(北越2号のみ接続)、空いているかと思っていましたが、結構な混雑でした。接続の良い列車は一体どんな混雑になるんだろうかと(大糸線に乗り入れるあずさ3号との接続列車は一体どういう状況なんだろうか)。
当然のごとく、沿線にもカメラが並んでいました。

南小谷からはE127系で松本へ。南小谷近辺はとても特急列車が走る路線とは思えないのですが、白沿線にはスキー場が多数あり、また沿線人口は大町以南は多く、あずさが乗り入れるだけの需要はありそうです。実際、松本到着時点で、かなりの乗車率でした。

松本駅で構内をよく見ると、なんとミニエコーが止まっています。辰野支線の架線が凍り付いて運休だそうで、辰野支線の乗車は断念し、松本で昼食後しなの14号で帰宅しました。

しまなみ海道へ

2009-08-16 | 旅行
前から行きたかった、しまなみ海道を通り抜けてきました。

新大阪からのぞみ5号で福山に到着後、駅前のバス乗り場へ。今回は時間もなに調べず福山までいきなり来ましたが、バス乗り場の時刻表によると今治行きの高速バスは1時間置きに出ていました。しまなみライナー10時45分の今治行きはせとうちバスの担当で、珍しくエアロクイーンの高速車でした。乗車率はかなりよく、福山駅の時点で40人ぐらいの乗車でした。

福山駅を出るとしばらく国道2号線を西へ。西瀬戸自動車道へ入り、新尾道大橋を渡らないうちから渋滞に。向島島内の二つのバス停では乗車がないまま、次の因島へ。因島大橋でまとまった乗車がありました。以前は尾道今治の高速バスもあったのですが、現在は因島までの路線バスとの乗り継ぎになっています。因島までは尾道から因の島バスや尾道市営バス(現おのみちバス)が頻繁に運転されているのもあって、クローズドドアがあるようでここまでは乗車のみとなっています。因島までは1983年に因島大橋が開通して地続きになっているので、古くから尾道方面への路線バスが運行されていたようです。

因島では尾道方面からの乗り継ぎ客が多数乗車して、補助席まで使う状態に。
しかし、因島から生口橋を渡って瀬戸田バスストップと瀬戸田パーキングで多数の下車。生口島へは路線バスが無いので、この二つのバス停は乗降どちらも可能になっています。瀬戸田は平山郁夫美術館があるなど観光地になっているようです。

瀬戸田を過ぎると、しまなみ海道の見所、日本最大の斜張橋多々良大橋へ。しまなみ海道の橋は新尾道大橋(隣の尾道大橋には歩道がある)を除いてすべて歩道があり、手前の瀬戸田パーキングでは多々良大橋を歩いて渡られる方はこちらでお降り下さいと案内していました。

大三島でも多数の下車が。ここからは瀬戸内海交通の急行バスが今治まで運行される関係もあり、降車のみとなっていきます。大三島のインターを降りたところのバス停には大三島は大山祇神社あるなど瀬戸田と並んで芸予列島有数の観光地となっています。

大三島の次は伯方の塩で知られる伯方島へ。ここでここで大半の乗客が下車して、残ったのは15人ほどに。そして次の大島、クライマックスの来島海峡大橋へ。三連吊り橋をしばらく走って一般道へ出て、今治駅へ。バスは今治桟橋まで行きますが、ほとんどの乗客は今治駅で下車しました。

ここからはしおかぜ18号に多度津まで乗車しました。

北鉄石川線へ

2009-05-04 | 旅行
今年の10月いっぱいで廃止になる北陸鉄道石川線の鶴来~加賀一の宮間に乗ってきました。
しらさき3号で金沢まで乗車して、金沢からはバスで野町へ。石川線の始発駅の野町は、金沢駅からかなり遠くバス連絡になります。といっても、金沢市の中心の香林坊や金沢市役所からは1Kmぐらいで、それ程外れたところではないようです。
野町までは、北陸鉄道の分社子会社の1社のひらがなバスの松任方面行きに乗車。野町は駅前まで入る始着系統と、駅付近の国道上のバス停に停車する系統の2つがあります。車両は東急から来た7000系で、このご時世では珍しい非冷房車でした。ちなみに非冷房車はこの1編成だけで、後は冷房車となっています。

ところでこの7000系、足回りを見てみると、非常に見慣れた台車が。東急時代のバット・パイオニアIII型台車ではなく、国鉄101系113系などでおなじみのDT21系台車をはいています。調べてみると譲渡時に国鉄101系や西武701系の廃車発生品を流用したようです。ちなみに西武701系の台車、FS342はDT21系とほぼ同設計となっています。

新西金沢で北陸本線と接続。ちなみに帰りはここで下車して、北陸本線に乗り換えました。
野々市までは沿線に金沢工大があるなど市街地で、利用率が高いようです。そこからは田んぼの中を走って、車庫のある鶴来へ到着。ここで残ってた乗客のほとんどが下車して、同業者以外はわずか数人に。ここからは利用客が少ないため、本数が半分になります。残っていた乗客の数人も、市街地に近く、駅前に病院がある中鶴来で下車。結局加賀一の宮へは同業者以外の利用客は2~3人という状態でした。加賀一の宮駅は木造でなかなか趣のある駅舎でした。

ここから鶴来まで、鶴来の市街地を少し歩いてみました。石川線の鶴来以遠はかって金名線といわれた別路線で、鳥越村(現白山市鳥越地区)の白山下まで通じていました。金名線はその名の通り、金沢と名古屋を結ぶという遠大な計画がありましたが、当然ながら実現できるわけはなく、名前倒れに終わっています。なお、名前の通り名古屋までの敷設を目標としていたわけでなく、計画では郡上八幡が終点で、ここで国鉄に接続する計画だったようです。
鶴来は街の入り口で、駅前には加賀白山バスの営業所があり、ここから各方面へのコミュニティバスや北陸先端科学技術大学院大学へのスクールバスが運転されています。ここから鶴来市街や鳥越方面、中鶴来駅前の総合病院までのコミュニティバスを運転すれば事足りることから、鶴来から先を廃止しても大きな影響がないと判断されたようです。

只見線へ

2009-02-21 | 旅行
会津若松に到着後、バスで鶴ヶ城へ。今年は天地人の関係で、会津も結構盛り上がっていました。もっとも、米沢か新潟のイメージがあるので、余り会津という印象はなかったのですが、関ヶ原の戦い以前は上杉家は広大な領土があり、会津が本拠地でした。

12時40分ぐらいに会津若松駅に戻ってくると、なんだか改札周辺がにぎやか。磐越西線猪苗代付近の強風で郡山行きの13時06分発の普通と、次の13時50分発のあいづライナー4号が運休となり、次の磐越西線郡山行きは14時13分の快速まで無いとのこと。

ところで、この日のうちに東京にたどり着く予定なのですが、ここから先のルートを最後まで決めかめていました。郡山から磐越東線でいわき、さらに常磐線で上野の予定か、同じく郡山から水郡線で水戸、さらに常磐線で上野を考えていました。ところが、磐越東線のいわき行きは13時50分発のあいづライナー4号でないと間に合わないので、この時点で断念。水郡線は14時13分でも間に合いますが、強風なのでいつ抑止が掛かるか微妙なので敬遠して、郡山から東北新幹線に乗車するかと考えました。
ところが、当初第三案として考えており、会津若松での滞在時間が短くなるから外した只見線小出行きに乗車することに急遽変更。ゆっくり昼食でもと思っていましたが、急遽会津若松~小出~東京都区内という乗車券を購入。急いで軽食をすませて、階段を駆け上がり、只見線乗り場へ。小出行き13時08分発に乗車。

只見線を全線通して走る列車はわずか3往復で、乗り継ぎを考えると使えるのは、この会津若松発13時08分と小出発13時17分の真ん中の1本だけです。高校生で満員のホームに入ってきたのは、キハ40の2両編成。しかもどこから流れてきたのか、後ろの車両はオールロングシート。JR東日本のキハ40系列はJR東海や西日本に対してエンジンの更新が進んでいないので、勾配区間をまともに走れるとは思えないのですが、運行速度が低いから問題ないとしてるのでしょうか。

高校生はほとんどが会津盆地がおわる会津坂下まで下車して、わずかな残りもほとんどが会津宮下までに下車。しかし、只見線を全線を走る列車では、唯一の時間帯の良い列車なので、JR東日本の週末パス利用客なのか、多数の旅行客や同業者と思われる人間が。2両通じて結構な乗車率でした。


会津宮下では15分停車で、来たのはなんと小牛田運輸区のこがね。
2月14日15日の2日間のみ、会津若松~只見間に運転された、只見雪まつり号でした。
その会津宮下にはタブレット閉塞機が有りました。只見線は今でも西若松~只見間がタブレット閉塞式となっています。

豪雪地帯として知られる只見線沿線ですが、今年の雪の少なさは異常で、今朝の会津鉄道の乗務員も、会津宮下、大白川の駅員も雪が相当少なく記憶にないと言っていました。
只見からは六十里越の区間でほとんど沿線にはなにもない区間で、冬季は田子倉も通過になるため、次の大白川まで30分近く無停車になります。大白川からは小出の影響圏になるため、人家は増えていきました。小出には4時間以上掛かって到着しました。


ところで小出まで来たら、よっておきたいのが駅前食堂の富貴亭食道。この食堂、中日新聞・東京新聞2007年11月11日のサンデー版に紹介された食堂です。名作を食べるという記事で宮脇俊三氏の「旅の終わりは個室寝台」の「雪を見るなら飯山・只見線」で登場する小出駅前の食堂という形で紹介されています。作中では、駅前食堂に入るの記述だけですが、記事では名古屋の新聞らしくみそに注目して、みそかつ丼があることを紹介しています。

当然みそかつ丼を注文しましたが、ご主人がわざわざ愛知県から取り寄せた赤みそを使って独自に研究を重ねて作ったみそかつ丼は、サンショウが効いた田楽みそ風で、かなりの美味でした。

この後、浦佐から新幹線で上野まで乗車し、結局は上野駅近くのビジネスホテルに宿泊しました。

会津野岩鉄道へ

2009-02-19 | 旅行
ながらで東京に着いてからは、念願だった会津野岩鉄道へ乗車のため、浅草へ。

東武浅草では、一気に西会津までの乗車券を購入。軟券の近距離券と同じスタイルなのでありがたみが無いのですが、西若松までの東武野岩会津を合わせた運賃は4360円です。

浅草からは6時20分発の野岩会津鉄道直通の快速会津田島行きに乗車。前2両が東武日光行き、中2両が会津田島行き、後ろ2両が新藤原止まりとなっています。隣の業平橋から回送してきた6050系に乗車。
浅草発車時点ではわずかな乗車でしたが、北千住からスキー板を持った集団が多数乗車して、満員となりました。
東武線の快速と区間快速は北千住を出ると、複々線区間を高速で走り、春日部までノンストップで運転されます。準急急行系統が停車する越谷や草加を通過するのはある意味カルチャーショック的な面もあります。東武動物公園から日光線に入り、下市口で日光行きを切り離し鬼怒川線へ。鬼怒川線は急カーブが連続しており、急にローカル線らしくなりました。鬼怒川温泉で多数の乗客が下車。次の新藤原で後ろ2両を切り離し、再び車内が混雑しました。乗務員も東武鉄道から野岩鉄道に交代しました。ところで野岩鉄道は、旧国鉄の特定地方交通線・鉄道建設公団建設線を引き継いだ第三セクターなんですが、ほぼ完全に東武鉄道と一体となって運行されているという特異な形態となってます。
野岩線はトンネルが半分以上の状態で、その極めつけが湯西川温泉駅で、トンネル内のホームになっていました。もっとも、すぐにトンネルを出て鉄橋だったので地形の都合上のようです。

会津高原尾瀬口で野岩鉄道から会津鉄道へ変わりますが、そのまま野岩鉄道の乗務員が乗務。会津鉄道には電車の運転士がいないので、会津鉄道電化区間も野岩鉄道の乗務員が運転しているようです。会津高原尾瀬口で結構な下車があり、車内が開いて少し走って、終点会津田島へ。

会津田島からは接続の会津若松行きに乗車。1両だったので結構な混雑がそのまま会津若松まで続いていました。車両は野口英世カラーのAT-501で、トイレ付きでした。芦ノ牧温泉駅はかの猫駅長がいるようで、ポスターも貼られていました。
ところで、会津鉄道のディーゼルカーの運転席にはATS-Psのパターン動作表示機が。会津鉄道もATS-Psを導入していたとは。もっともパターンが発生したのは、只見線に乗り入れた区間だけでしたが。