前編からの続きです
この記事の写真は本文とは関係ありません
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~保護猫母さんのオバンへ 母の日に捧ぐ~
前日までとは打って変わった寒い朝だった。
玄関の温度計は9℃。そのとき初めて、自分が薄いズボンに半そでシャツという軽微な服装だったことに気付いた。慌てて冬服に着替え、運動靴を履き、準備万端、やや高ぶった気持ちとともに門から踏み出した。
と、隣家の前の側溝辺りに何かが見えた。その影は自分に驚いたのか、あっという間にその先の角に消えた。 ちび太だ! 間違いない。こんなに早く見つかるなんて。はやる気持ちを抑えて、相手を驚かさないように忍び足で後を追った。角まで来るとその先には何も見えなかった。注意深く隣家の周りを探す。門を過ぎて駐車場の車の下を覗くと、怯えてこっちを見つめるちび太の姿があった。
ちび太は車の下の奥の方で身構えていた。が、3回ほど小声で名前を呼ぶと、こっちが誰だか認識したようだ。急に安堵した表情になって、少し近寄ってからゴロンゴロンと転がり始めた。かつてニャーもそうだった。保護者を認識して安心すると、もっと遊びたくなるんだな。でもこっちは必死だ。目を離せないので妻に電話してちび太の好物を持って来るよう頼んだその時、ちび太が何かを見つけて走り出した。
空を飛ぶ鳥だった。ちび太は向かいの家前の側溝まで追いかけて、消え去った鳥を諦めてウロウロしていた。そっと近づく。そーっとそーっと。まったくこっちを気にしないちび太のお腹に手を回して、ゆっくりと抱き上げた。そして外出の準備をしていた妻の元へと、送り届けたのでした。
天真爛漫のちび太はいまだに赤ちゃん寝相
よっしゃー、でもまだまだ。ちび太の保護で元気も100倍になったオジンは、彼らの好物のシーバ小袋(チーズ味)を手に取って、すぐさま残り2匹の捜索に出たのです。まだ5時前のこと、往来に人影はない。一軒一軒の駐車場の辺りで、小声で声をかけて回った。自分の家の区画、次に公園や隣の区画、貯水池周辺、資材置き場・・・、しかしなかなか見つからない。可能性は低いと思われたが、家から反対方向になる山の手側にも足を伸ばした。が、高台の上から見渡しても何も見えない。
1時間ほど捜しただろうか、外猫が来る前に家に戻らなくては。帰宅途上の坂に差しかかった時、眼下のお宅のブロック塀の上で猫が休んでいるのが見えた。 クウだ! できる限り近づいて垣根の手前から小声で呼ぶと、その猫が振り向いた。そしてこっちをじっと見つめている。その顔がふっくらしていて、クウではなく灰白くんだと気付いたのです。そうだ、灰白くんは山の手の方から来るのだった。
それにしてもクウと似ている。しっかりと見極めるまで、灰白くんとはしばし見つめ合ってしまった。こんな所で何してるんだろう。これから"ご出勤"かな? それとも白黄くんとの鉢合わせを避けて時差出勤の調整中か。
家に戻ると、案の定白黄くんが家裏に来ていた。白黄くんは静かな猫だけど、こっちの姿を見ると甲高い声でキーキーと鳴き始める。その声をニャーに聞かせたくて、ご近所迷惑顧みず、しばし家裏で白黄くんと過ごした。しかしニャーは現れない。結局諦めて白黄くんに朝食を出しました。灰白くんは、やはり来なかった。
さすがに疲れていた。ふと、嫌な思いが脳裡を過った。ニャーはもうこの界隈にはいないのではないか。ニャーとは半分くらい以心伝心、自分を見れば鳴きながら近づいて来るはずだ。呼べば必ず返事もした。それがここまで音沙汰ないとなると、何かあったか、もういないか、普通ではない状態なのではないか・・。
携帯の歩数計は2万歩を超えていた。普段は2千も歩けばいい方なのに。が、店に行くまではまだ時間がある。家の猫どもの食事や掃除を妻に頼んでまた捜しに出ようとしたその時、妻が叫んだ。「いるよいるよ、ニャーがいる。いつものところに座ってる・・・。」
リビングから見ると、リビング前の台の上にチョコンと座って、ニャーが庭を見渡していた。確かにこの時間になると外に出て(リード付)、台の上から見渡すのがニャーの日課だった。まったくいつもと変わらないニャーに呆気に取られたが、玄関から回ってさりげなくニャーを抱き上げた。その途端に、ものすごい安堵感が押し寄せてきて全身の力が抜けていくのを感じたのでした。
最近のニャーの定位置:庭を見渡す(左)と外猫の気配をチェック
さあ、いよいよ問題のクウの番だ。クウは無闇に捜したところで保護できる当てがない。でも、遠くに行くとも思えなかった。とにかくここでクウを諦めてはならない。何が何でも保護すると決めていた。なぜなら最近の記事で、なかなか馴れないクウのことを「困ったちゃん」と書いてしまったからだ。3匹のうちクウだけが見つからなかったとなれば、どんな後ろ指を差されるかもわからない。いや他人のことはどうでも、自分で自分を許せるのか、そして本当に自分を信じきれるのか。
その日は朝から店に行かなければならない。仕事もテンちゃんも待っている。それで、クウ保護のための方策を妻に伝えた。クウの保護は最初にそうだったように、やはり自分から家に入ってもらうしかないだろう。でも最初のとき、リンかキーが中にいないとクウは決して入って来なかった。今はクウが心を開くのはキーだけだが、キーを"呼び水"に使うわけにはいかない。そこだけは、クウの変化に期待するしかない。
つまり勝手口の外を頻繁に確認し、もしクウがいたら、中の猫たちを保護部屋以外の部屋に閉じ込めて勝手口を開放する。クウが入って来て、別の部屋(おそらく保護部屋)に移ったら勝手口を閉める。家に1人の場合はこれしか方法がないように思われた。それと、保護部屋は常に網戸にしてクウたちの臭いを発散させる。寒い日ではあったけど・・。 わかったような最初から諦めているような妻と、悲痛な声をあげてクウを探し回るキーを残して今一度家の周囲を見回り、それから風呂に入って顔を洗って、店へと向かいました。
店からは何度も、しまいに怒り出すまで妻に電話で状況確認した。そして午後になって、店長のYKさんと東京に向かった。下見と言っても、値段に関わらずほしい物があればセリ前に購入して持ち帰ることができる。だから市場に行くときは常にトラックだ。車内には眠らないための準備を万端整えた。眠らないためのじゅ文を常時つぶやき続けた。そしてふと横を見ると、YKさんが居眠りを通り越して熟睡していたのでした。みんな疲れきっていた。自分だけじゃないんだ。
市場は予想以上に大変だった。その日のうちに帰れるのかどうか、圧倒的な品数の前で途方に暮れるほどだった。それでも頑張ってチェックしているうちに、両足太腿の前側に異常を感じた。火を噴いたように熱くなって、触っても感じなくなった。そしてとうとう、歩くこともままならなくなってしまった。歩数計は、3万歩を超えていた。
その後は、YKさんには悪かったけどトラックで休んだ。帰路についたのは21時過ぎ。一度止んだ大嵐がまたぶり返していました。運転は自分が行った。ようやく店に戻ってトラックをしまい込んで家に向かったときは、もう23時近くだった。店に着いた時点で妻に最後の電話。やはりクウは現れてないようだった。
家に保護する直前の頃、クウは消息を絶つことが多くなっていた。長いときは2日も見ないこともあった。だから、まだまだわからない。この嵐が去れば、帰ってくる可能性だって十分にある。自分にそう言い聞かせて玄関を開けると、廊下の奥の方でシマシマ模様の何かがふっと隠れるのが見えた。え!? えっ?えっ? そのシマシマがクウの尻尾のように見えたのです。
えっ?えっ?えっ? ついに幻影を見た? 中に入ると妻が居眠りをしていた。慌ててクウを捜したがやはり見当たらなかった。1階にはニャーとみうとちび太、2階にはリンとキーが寝ていた。着替えて下りていくと妻が起きていた。「またクウの幻影を見ちゃったよ、」と揶揄されるのを覚悟で言うと、思わぬ返事が返ってきた。 「だって、クウいるもん。」
軽い食事をしながら妻から聞いた話です。
自分からの最後の電話の直ぐ後、勝手口を開けるとクウがいた。クウは白黄くんと灰白くんが消えるのを待って、勝手口から中の様子を伺っていたようだ。急にドアが開いて人影に驚いたけど、以前のように一目散に逃げるのではなく、50cmくらい後ずさりしただけで相変わらずドアの中を覗き込んでいる。中に入りたいのは一目瞭然だった。
そこで自分が言ったように、勝手口を閉めて他の猫を別室に閉じ込めてから再び開けるというのは、どうにも現実的でないと思えた。その間クウがその場に居続ける保証もない。幸い1階の猫たちは眠っていたし2階も静かだ。リスクはあったけど、そのまま1mちょっと後ずさりしてみた。すると、クウがドアの隙間から顔を出した。よし、とばかりに手の届くところにあったちび太のご飯を差し出した。小椀の中にはカリカリが5粒ほど。見事にクウに無視された。
それでさらなる冒険を試みた。つまりさらに2mほど、廊下への入口より後ろになるまで下がってみた。 もしその時、中の猫が廊下を回って勝手口に向かったらお手上げだ。クウよ、入って来い。祈るように見つめていると、クウが一気に滑り込んで、一目散に保護部屋に向かった。そこはクウたちの食事場でもあったのです。勝手口を閉めて、妻の役割が終わったのでした。
遅い夕食を終えた頃、2階でクウとキーが再会したらしい。何とも嬉しそうな2匹の声。それから例によってドタバタが始まって、キーとともに、クウがリビングに顔を出した。それは、まったくいつもと変わらない顔でした。
とても珍しい:集団の中央にいるクウ(左)と尻尾を上げたクウ
自分はこの展開に心底感動したけど、妻は、ほら戻って来たでしょう? みたいなしたり顔は一切しなかった。妻にとってはあまりにも普通のことだったのだ。そう、信頼するってことは、感動でも何でもない。それが当たり前のこと。空気を吸うが如く無意識的なことなんだ。むしろ信頼、信頼と何度も気張って書いている自分こそが、本当は信頼の何たるかを知らない、あるいは疑うことしか知らない人間だったのではないか。
もしクウが戻って来なかったら、妻はクウに何かあったと確信するに違いない。それが信じるということなんだ。そのとき自分は初めて、妻と猫たちの間にある絆に触れた思いでした。それはなんともやさしく、自然で、そして心地よいものだった。
その晩、自分は珍しく口に出して妻の労をねぎらい、何度も礼を言いました。何だか本当に素直になれた気がした。 よかったよかった。ニャーは、自分との親交をさらに深めていくだろう。 よかったよかった。ちび太には、チビの分まで幸せになってもらわなければ。 よかったよかった。クウは、これからも家猫修行を頑張るに違いない。 よかったよかった。 よかった、よかった・・。 疲労の極致にあったオジンは、おそらくこの上ない幸せな顔をして、深い眠りについたのでした。
お疲れさまでした。
奥様のためにも、猫ちゃんたちのためにも、どうかご自愛ください。