長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アイム・ユア・ウーマン』

2020-12-25 | 映画レビュー(あ)

 今年は『マーベラス・ミセス・メイゼル』最新シーズンの配信がないレイチェル・ブロズナハン主演最新映画。舞台は1970年代、ブロズナハン演じるヤクザの情婦ジーンは夫エディとの子宝に恵まれず、無気力な日々を送っていた。そんなある日、エディはどこからともなく赤ん坊を連れてきて「オマエの子だ」とジーンに託す。だが彼の関心は他にあり、家には怪しげな男達が出入りしていた。そしてエディは突如として失踪。ジーンは彼の部下を名乗る男カルと共に、逃避行に出る事となる。

 女性監督によるハードボイルドといえば近年、メラニー・ロラン監督の『ガルヴェストン』がなんとも凛々しかったが、本作のジュリア・ハート監督も既にスタイルを確立させており、筋の通った1本だ。映画は初めこそジーンの視点から置かれている状況を明らかとせず、子育てに忙殺されるサイコスリラーのような怖さがあり、後半からはハードボイルドとしてタイトなアクション演出で冴えを見せている。今後、名前を覚えておくべき監督の1人だろう。

 何より映画はブロズナハンの巧みな人物造形によって強い推進力を得ている。『マーベラス・ミセス・メイゼル』ファンは彼女の内省的な演技(声音もまるで違う)にビックリするだろう。本来、抑制された芝居を得意とする性格俳優であり、『マーベラス~』は実在の芸人ジョーン・リバーズをモデルにコッテコテに創り上げた、類稀な演技テクニックの賜物だったのだ。
 本作のジーンは夫に言われるがまま囲われてきた“トロフィーワイフ”であり、彼の裏稼業を知らされることもなければ知ろうともしてこなかった。そんな彼女が突如、暴力の世界に巻き込まれ、夫の真の顔を知る事で怒りの炎をたぎらせていく。ブロズナハンは『マーベラス~』の100分の1とも言える少ないセリフ量でジーンの心の旅路を体現し、さすがの名演だ。

 劇中、ジーンは事ある毎に背後を振り返る。自信がなく、怯えた彼女の無意識な動作はある達成に到達した時、「後ろを振り返らないでいいよ」という慰めの言葉を得る。その瞬間、彼女は誰かの妻、誰かの女という記号から解放されるのだ。反語的なタイトルも素晴らしい、思いがけない拾いモノの1本である。


『アイム・ユア・ウーマン』20・米
監督 ジュリア・ハート
出演 レイチェル・ブロズナハン、アリンゼ・ケニ、ビル・ヘック、フランキー・フェイソン、マルセリーヌ・ヒューゴー

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