長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アンモナイトの目覚め』

2021-06-27 | 映画レビュー(あ)

 本作は19世紀に実在した化石採集家メアリー・アニングの半生を基に、脚本も手掛けたフランシス・リー監督による創作だが、2020年代の現在、語られるべき所の多い人物である。彼女は1811年、わずか13才でイクチオサウルスの全身化石を発掘し以後、採掘研究に身を捧げることになる。しかし当時の学会では女性の参加が認められず、論文の発表も許されなかったという(英国の学術軽視は同時期にNetflixでリリースされた『時の面影』でも描かれている)。ダーウィンの進化論にも影響を与えたとされる彼女の功績が認められたのは死後163年経った2010年、王立協会による“科学の歴史に最も影響を与えた英国女性10人”への選出の折であった。

 そんな事情からほとんどの記録が遺されていないアニングを、リー監督は独自に発掘、復元していく。ケイト・ウィンスレットがまたしても名演を見せるメアリー・アニング像からは貧困にあえぎ、田舎の小さなコミュニティから弾き出され、歴史と真摯に向き合ってきた孤独と厳粛さが浮かび上がる。節くれ立った指先、脂肪を余した背中、険しい顔つき…その豊かな肉体言語にこの偉大な女優が45才を迎え、キャリアの新たなフェーズに入った事が伺える。

 そんなアニングのもとに、シャーロットが現れる。自身もゲイであるリー監督が抑圧の時代にアニングもまた同性愛者であったと解釈するのは自然な流れだろう。シャーロット役のシアーシャ・ローナンは1994年生まれの27歳。かつてウィンスレットが演じたであろう役柄に扮し、セックスシーンにも果敢に挑んだ。このところ『レディ・バード』『若草物語』など陽性の役柄が続いたが、ここではイングランドの曇天が似合う悲壮さを見せ、旬の女優の充実である。そんな2人の外縁に立つフィオナ・ショウがアニングとの間に何かがあった事を匂わせ、近年の快進撃にまた新たな1本を加えた。

 リーはセリフや劇伴をほとんど排し、目線と指先でアニングとシャーロットの秘めた想いを繋ぎ合わせ、それは石の中に閉ざされたかのようなアニングの心を甦らせていく。せめて映画の中だけではと、アニングにもたらされたラストショットが美しい。


『アンモナイトの目覚め』20・英、豪、米
監督 フランシス・リー
出演 ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナン、フィオナ・ショウ

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