長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』

2023-01-17 | 映画レビュー(な)

 正月映画だ!洋邦問わず年末興行は大ヒット確実の作品による一強寡占が続き、ここ日本ではハリウッド娯楽作の並ぶ“正月映画”という言葉が消えて久しい。ダニエル・クレイグが再び名探偵ブノワ・ブランに扮する最新作『グラス・オニオン』は豪華なプロダクションデザインにオールスターキャスト、観客を楽しませるために隅から隅までサービスを凝らした正月映画の見本のような娯楽作だが、リリースはなんとNetflixである。前作『ナイブズ・アウト』の大成功に目を付けたNetflixは株価暴落前に4億6900万ドルもの大金をはたいて独占配信権を買い取ったのだ。師走に自宅に居ながらして最新ハリウッド映画が楽しめるのは有り難いものの、振り返れば2022年本当に面白かったハリウッド映画は『グレイマン』『プレデター ザ・プレイ』『13人の命』と全てストリーミングにあり、劇場で熱狂できなかったのは寂しくもある。

 ニュースメディアから代替エネルギーまで幅広く手掛ける大富豪マイルス・ブロンが所有するギリシャの孤島に、彼と旧知の間柄である各界著名人が集められる。毎年恒例、仲間内による推理ゲームが行われるのだ。ところがここに私立探偵ブランと、マイルス・ブロンらに因縁を持つ女性が紛れ込み…。

 監督、脚本のライアン・ジョンソンは前作『ナイブズ・アウト』(シリーズものと認知させるため、ストーリー上関連のない前作のタイトルが無理矢理に冠されている)の成功を受け、名探偵ブノワ・ブランシリーズのフォーマットを完成させるノリにノッた筆致だ。前作はミステリ小説の古典的プロットを下敷きに移民問題や人種対立といった社会問題を巧みに絡ませ、今回のテーマはズバリ、イーロン・マスクである。いやいや、ジョンソンはマスクを意識していないと言うが、本作のリリースと時を同じくしてTwitterの買収、従業員の大量解雇と運営危機が注目を集め、その強引でショーアップされた“破壊者”ぶりに誰もが嫌気がさしていただけに、エドワード・ノートンが憎々しげに演じるマイルス・ブロンを見て否が応でもマスクを意識せずにはいられないのである。彼をはじめ、過激な手法で既存システムや社会通年に揺さぶりをかける人物は近年、洋邦を問わず枚挙に暇がなく、熟慮することなく思いつきで発言する彼らをジョンソンは“グラス・オニオン=透明の玉ねぎ”と例え、ろくろく言葉も正しく扱えないヤツはただのバカだと看破するのだ(そんな彼らを“リスペクト”してしまう私達の衆愚からも目を逸してはいけないと釘を指している)。ジェームズ・ボンドから名探偵へと転身したダニエル・クレイグは推理力とおしゃべりで再び世界を救うも、必ずヒロインへバトンを渡すところにこのキャラクターの真骨頂がある。前作のアナ・デ・アルマスに続いて今回はジャネール・モネイが大活躍。大作ミステリーでのアクロバティックな熱演にアカデミー助演女優賞の期待もかかる、謂わば“イングリッド・バーグマン枠”だ。俳優としての彼女のキャリアにおいても重要な1作となるだろう。

 あらゆる場面に散りばめられた伏線から違和感(ストリーミングにありがちなヘンテコ字幕ではない)まで余すところなく回収し、視点を転換する中盤からは息もつかせぬ2時間19分。コロナ禍を遠景に、最新ガジェットもフル活用する“最新”の映画だ。次回作はブノワ・ブランとその恋人(あのテキトー大物英国俳優!)でホームズ&ワトソン風の巻き込まれ型ミステリも見てみたい。2022年、映画館に登場することなく新たな人気シリーズが誕生してしまった!


『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』22・米
監督 ライアン・ジョンソン
出演 ダニエル・クレイグ、ジャネール・モネイ、エドワード・ノートン、キャスリン・ハーン、デイヴ・バウティスタ、レスリー・オドムJr.、ケイト・ハドソン、ジェシカ・ヘンウィック、マデリン・クライン、ノア・セガン

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