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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ラスティン ワシントンの「あの日」を作った男』

2023-12-12 | 映画レビュー(ら)

 1963年8月28日に首都ワシントンDCで行われた“ワシントン大行進”は20万人以上を動員した規模、マーティン・ルーサー・キングJr.による“I have a Dream”の名演説により、アメリカ社会に多大なインパクトを与え、公民権運動の決定打となった。しかし、この大規模イベントを主導した真の立役者バイヤード・ラスティンの名はそう知られていないのではないか。バラク・オバマ、ミシェル・オバマによる製作会社ハイアーグラウンドがプロデュースする『ラスティン』は、ラスティンを通じて社会変革の成り立ちを描く力作だ。

 ラスティンはガンジーが説いた非暴力闘争をキング牧師に伝授し、彼を旗頭にワシントン大行進を企画する。しかしNAACP(全米黒人地位向上協会)がこれを良しとはしない。ゲイであるラスティンは運動の中心人物に相応しくないと考えているのだ。当時の公民権運動は黒人の政治団体が乱立し、意見の一致を求め、一枚岩になれない状態が続いていた(彼らの政治的駆け引きについては1955年のエメット・ティル殺害事件を描いた『ティル』でも垣間見ることができる)。いつの時代も対立、離合集散を繰り返すリベラリズムの限界は当然、我々にも無縁ではなく、『ラスティン』にはアメリカにおける黒人闘争史を紐解く面白さがある。NAACP会長ロイ・ウィルキンス役にすっかり貫禄が付いてきたクリス・ロックをはじめ、グリン・ターマン、CCH・パウンダー、ジェフリー・ライトら名人級のキャストによるアンサンブルは本作の至福である。前作『マ・レイニーのブラックボトム』でオーガスト・ウィルソンの戯曲を映画化したジョージ・C・ウルフ監督は、今回も舞台演出家ならではの密着感で俳優たちの演技合戦を撮らえ、それでいながら映像的拡がりも増した。

 そんなアンサンブルの中核を成すのがラスティンに扮したコールマン・ドミンゴの名演だ。HBOのTVシリーズ『ユーフォリア』でゼンデイヤを導く聖者のような元薬物中毒者、『Zola』では極悪ポン引きと変幻自在の名バイプレーヤー。本作では対立陣営の懐にするりと入り込むチャーム、他者を動かすカリスマ性、対立よりも調和を説く知性と優しさを体現し、オスカー候補も十二分にあり得るだろう。ラスティンの人格を端的に批評するラストシーンには実に心打たれるものがあった。

 そして忘れてはならないのが、人種差別と闘うラスティンがゲイゆえに黒人たちからも虐げられていたという現実だ。本作の脚本にはアメリカ史上初のオープンリーゲイの政治家ハーヴェイ・ミルクの伝記映画『ミルク』を手掛けたダスティン・ランス・ブラックも参加している。ラスティンは優しさと同じだけ哀しみと孤独も知っていた人なのだ。


『ラスティン ワシントンの「あの日」を作った男』23・米
監督 ジョージ・C・ウルフ
出演 コールマン・ドミンゴ、クリス・ロック、グリン・ターマン、アムル・アミーン、ガス・ハルパー、CCH・パウンダー、ダバイン・ジョイ・ランドルフ、ジョニー・レイミー、マイケル・ポッツ、ジェフリー・ライト
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『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』

2023-10-24 | 映画レビュー(ら)

 ハリウッドが#Me tooを唱え始めるずっと以前から、インデペンデントの知性派ケリー・ライカートは辺境からアメリカの現在(いま)を生きる女性の姿を描いてきた。2016年の『ライフ・ゴーズ・オン』(原題はもっと素っ気ない“Certain Woman”)はマイリー・メロイの短編小説を原作に、モンタナの田舎町に暮らす3人の女性をスケッチしていく。

 ローラ・ダーン演じる弁護士(役名もローラである)は、労災認定を求めるクライアント(ジャレッド・ハリス)に悩まされている。彼は1度、会社との示談に応じたため訴権がないという法律判断なのだが、どうにも聞く耳を持ってくれない。仕方なく隣町の男性弁護士にセカンドオピニオンを求めれば、考えはローラとまったく同じ。クライアントはあっさり「わかった」と納得した。「私が男だったら良かったのに!」2010年代後半のローラ・ダーンは怒り続けてきた。一方で、男にも居場所がなくなりつつある。クライアントはやり場のない感情に癇癪を起こし、妻には逃げられ、ついにはある行動に出る。ライカートは来る時代で盛んに描かれる“男の弱さ”もアメリカの辺境に既に見出していた。

 奇をてらわないライカートは、ミシェル・ウィリアムズ演じるジーナの物語へとシームレスに移行する。ジーナはモンタナの荒野に家を建てようとしている。伝統的な石造りで、素材は地元由来の天然岩だ。だが張り切っているのは彼女ばかりで、夫も娘も気がない。反抗期の娘はろくろく口も効いてくれず、夫は娘の機嫌を伺うばかりで、ジーナの疎外感はますます強まる。夫はジーナを「オレのボスだ」と言う。金銭関係の主導権がジーナにある様子を見ると、おそらく自営業者であろう会社の経営を担っているのは彼女なのだろう。ミシェル・ウィリアムズは『テイク・ディス・ワルツ』『ブルー・バレンタイン』に並び、ここでも女性が陥った底なしのブラックホールを体現している。

 『ライフ・ゴーズ・オン』において大女優たちの名演は前座に過ぎず、真の“Certain Woman”は本作で脚光を浴びたリリー・グラッドストーンだ。彼女演じるジェイミーは牧場に住み込みで働く少女。辺境の牧場には彼女以外に働き手はいない。言葉を発するのはせいぜい馬に語りかける時くらいだろう。彼女は家出をしてからというもの、他に行き先がなかったのだ。そんな彼女がひょんなことから夜学の講師に心惹かれる。この感情が何を意味するのかもわかっていないかもしれない。講師役にクリステン・スチュワートが配されていることからも、2人の関係が意味するところは明らかだろう。2010年代後半は女性の自由と並んで性的アイデンティティも大きくさけばれるが、ライカートは名前も定義もない存在として辺境に見出す。複雑で、詩情すら感じさせるグラッドストーンの寡黙な佇まいは本作の宝だ。『ライフ・ゴーズ・オン』での好演をきっかけにマーティン・スコセッシ監督の大作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』に抜擢。自らのアイデンティティであるネイティブアメリカン役に扮し、今年のアカデミー主演女優賞レースの有力候補と見なされている。

 ライカートは近年に入ってようやく日本でも紹介され(以前は“ライヒャルト”と表記されていた)、認知されることとなった。不作が続いた2016年のアメリカ映画で数少ない先見性を持った重要作である。


『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』16・米
監督 ケリー・ライカート
出演 ローラ・ダーン、ミシェル・ウィリアムズ、クリステン・スチュワート、リリー・グラッドストーン、ジャレッド・ハリス
 
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『ラン・ラビット・ラン』

2023-07-05 | 映画レビュー(ら)

 今年、主演ドラマ『サクセッション』がフィナーレを迎え、目下エミー賞の最有力候補と言われているサラ・スヌークが地元オーストラリアで出演したホラー映画。さながら継承争いに破れたシヴ・ロイが人里離れた豪州でシングルマザーとなり、再び両親と姉妹の呪縛に見舞われるかのようなプロットで、この時期のスヌークにはある種のオブセッションとなるテーマだったのではと伺える。『サクセッション』組はキャスト全員があまりにもハマリ役なため他の作品に出演している姿がイマイチ想像できないが、さすがスヌークはアクセントからガラリと変えて“母子家庭ホラー”の系譜に名を連ねる神経症演技を見せている。監督のダイナ・リードは荒涼とした豪州の大地に罪悪感を抱えたヒロインの心象を重ね、その混乱を触感的に再現しようとしていく。その果てに浮かび上がる恐ろしくも哀しい真相は「愛しているけど許せない」と言い放った『サクセッション』同様、観客の中に兄弟姉妹だけが持つ生々しい感情を呼び起こすのである。


『ラン・ラビット・ラン』23・豪
監督 ダイナ・リード
出演 サラ・スヌーク、リリー・ラトーレ、デイモン・ヘリマン、グレタ・スカッキ
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『LAMB ラム』

2022-10-07 | 映画レビュー(ら)

 アイスランドの山奥、牧羊を営む夫婦はある日、羊の奇妙な出産に遭遇する。上半身が羊、下半身が人間のそれは夫婦の亡き子供に因んでアダと名付けられ、我が子同然に育てられるのだが…。昨年、Netflixからリリースされた同じくアイスランド産のホラー『カトラ』も話がそっくりで、彼の地にも死んだ者が別の“何か”になって還ってくるという怪談があるのだろうか。人里離れたアイスランドのランドスケープはまさにこの世の最果てを思わせ、人知の及ばぬこの地で夫婦は何かによって試されるのである。半獣半人のそれはさながら悪魔の化身であり、我が子を失った夫婦は哀しみのあまり彼岸を渡ってしまっていたのか。かつてエイリアンまで身に宿したノオミ・ラパスが主演なだけに、クライマックスはこのままでは終わらないという気配も感じたのだが。


『LAMB ラム』21・アイスランド、スウェーデン、ポーランド
監督 バルディミール・ヨハンソン
出演 ノオミ・ラパス、ヒナミル・スナイル・グブズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン
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『ラストナイト・イン・ソーホー』

2022-01-03 | 映画レビュー(ら)

 『ベイビー・ドライバー』で特大ヒットを飛ばしたエドガー・ライト監督の最新作はこれまでの作風から一転、トーマシン・マッケンジーとアニャ・テイラー・ジョイという若手2女優を起用した都市と少女のホラー映画だ。冒頭、60’sミュージックに乗ってクルクルと踊るマッケンジーのなんとキュートなことか。『ベイビー・ドライバー』でもリリー・ジェームズをとびきり輝かせていたが、若手女優から魅力を引き出す才能は本物だ。

 マッケンジー演じる主人公エロイーズはロンドンにあるデザイナーカレッジに合格し、上京する。60'sに憧れる彼女にとってロンドンはまさに文化の発信源となった憧れの街。再開発こそ進んだものの、シティー・オブ・ウェストミンスターはソーホーに足を踏み入れれば、そこにはスウィンギング・ロンドンの残り香が微かに漂う。そんなソーホーの古びた下宿でエロイーズが眠りにつくと、彼女は60年代で歌手を夢見るサンディになっていて…。エロイーズがタイムスリップする場面は『ラストナイト・イン・ソーホー』の最も心踊る瞬間だ。ソーホーに夜の帳が下りて、部屋を赤と青のネオンが染め上げれば“儀式”は終わり。きらびやかなロンドンを再現するスペクタキュラーが眩い。

 憧れの時代を追体験してからというもの、エロイーズはみるみるうちに“覚醒”していく。方やサンディが足を踏み入れるのは夢の舞台ではなく、ソーホーの裏の顔である“魔窟”だ。これまで男たちのホモソーシャルな関係性を描いてきたライトもまた“Me too”の影響下にあるのは間違いないだろう。搾取され、挙げ句の果に惨殺されるサンディの姿を幻視したエロイーズは次第に狂気へと陥っていく。マッケンジーはホラーとの相性も良く、眠りを奪われ、神経衰弱に陥っていく様は実に映える。

 ところが中盤以後、ライトの足並みは乱れ気味だ。例によって過剰積載な映画愛とオマージュは『反撥』のフォロワーを名乗るにはあまりに騒々しい。『クイーンズ・ギャンビット』で世界的ブレイクを果たしたアニャ・テイラー・ジョイの見せ場も乏しく、“反逆者”としての彼女の魅力が活きるのは最終盤だ。ここで場をさらうのがエロイーズからサンディへとバトンを中継ぎする大家役ダイアナ・リグであり、ライトは『ゲーム・オブ・スローンズ』に負けじと花道を用意している(リグは本作が遺作となった)。だが、ライトは自身のホラー趣味を抑えてエロイーズとサンディの共鳴を掘り下げるべきだったのではないか。『ラストナイト・イン・ソーホー』にはもっと恐ろしく、ふさわしいエンディングがあったように思う。ライトが真に洗練されるまで、もう幾晩かソーホーで夜を明かす必要がありそうだ。


『ラストナイト・イン・ソーホー』21・英
監督 エドガー・ライト
出演 トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー・ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ、ダイアナ・リグ
 

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