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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ベル ある伯爵令嬢の恋』

2017-06-25 | 映画レビュー(へ)

18世紀イギリス。海軍士官と黒人奴隷の間に生まれ、名門マンスフィールド家に引き取られたダイド・エリザベス・ベルの数奇な運命を描く伝記映画。彼女は奴隷制度の真っ只中、莫大な富を手に入れたおそらく唯一の英国黒人貴族である。

ダイドは同じ頃マンスフィールド伯爵に引き取られた従姉妹、エリザベス・マレーと姉妹同然に不自由なく育てられた。だが年頃となり、社交界デビューが近付くと自身の置かれた境遇の“違和感”に気づき始める。客人との食事の同席は許されず、まるで人目を避けるかのような田園生活。なぜ自分の肌は黒いのか。鏡に向かって涙を浮かべるダイド役ググ・バサ=ローのエネルギーに満ちた素晴らしいブレイクスルーが胸を打つ。可憐で聡明な彼女にスター誕生を見た。

ダイドとエリザベスの婿取りはやがて2人の関係に隙間風を呼ぶ。やはり可憐で美しいサラ・ガドン扮するエリザベスが心の奥底では“奴隷の子”と蔑視している空気感は、人が問題を直視しない時に必ず訪れる違和感だ。新鋭アマ・アサンテ監督の人間観察眼は登場人物全員に等しく二面性を見出し、きめ細かい。愛情深いが、現実を知っているためにダイドに厳しくあたるマンスフィールド伯爵役のトム・ウィルキンソン、政治家の妻として自我を隠す夫人エミリー・ワトソンと助演陣も好演だ。

ダイドの下す決断はやがてイギリスにおける奴隷制度の撤廃にも大きく関わっていく。近年、発見された肖像画で見せた彼女の微笑みは、世界で自分の居場所を見出した幸福な人のそれではないだろうか。知られざる歴史の秘話に迫るダイナミズムこそ映画の醍醐味であり、個人が世界との距離を知るこの物語は多くの人の心を打つだろう。


『ベル ある伯爵令嬢の恋』13・英
監督 アマ・アサンテ
出演 ググ・バサ=ロー、トム・ウィルキンソン、サラ・ガドン、エミリー・ワトソン
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『ヘイトフル・エイト』

2016-11-03 | 映画レビュー(へ)

 脚本流出により激怒したタランティーノが製作を取りやめた後、キャストが揃っての公開リーディングを経て完成に到るといういう紆余曲折は聞き及んでいたが、どうにも期待値が上がらなかったのは過大評価気味の『ジャンゴ』に続いてまたしても西部劇を選んだタラのエクスプロイテーション映画への偏愛が受け容れられなかったからだ。ところがフタを開けてみればこれは“西部劇”というより、むしろ“時代劇”であり、現代を風刺する社会派映画ではないか!スカした編集も遊び心タップリの選曲も封印し、“タランティーノ一座”とでも言うべき常連オールスターキャストに膨大な台詞を与えて、さながら舞台劇のような腰の据わりようである。成熟ぶりが感じられる充実の168分だ。

西部劇だが舞台は雪深い山奥、音楽はタラ念願かなってのエンニオ・モリコーネの書き下ろし…という符合からもセルジオ・コルブッチ監督の異色傑作『殺しが静かにやって来る』を彷彿とさせる。当時のマカロニウエスタンの定型を全てひっくり返したこの作品はそもそも西部開拓時代が殺戮の上に築かれ、今のアメリカ史を形成していると看破していたワケだが、タランティーノもギャング団の女首領を護送するという西部劇の基本構造をなぞりながらアメリカの人種問題、憎しみの根幹構造を描こうとしている。

吹雪の夜を雪山で過ごす事になったメンバーは8人。
南北戦争に従事し、白人を皆殺しにした賞金稼ぎサミュエル・L・ジャクソン叔父貴が主役だ。タランティーノマジックで初のオスカー候補に挙がったジェニファー・ジェイソン・リーがその怪優ぶりを久々に発揮。彼女を護送する処刑人カート・ラッセルは女であろうとしたたかに殴りつけ、出くわす連中全員が賞金を狙った悪党ではないかと疑心暗鬼にとらわれ、銃を振りかざす。

方や椅子に座り続ける老人ブルース・ダーンが南軍の将軍であると気付くや、サミュエル演じるウォーレンはその残忍性を露にする。2幕目のクライマックス、サミュエル叔父貴がドゥ・ザ・ライト・シングをぶちかます大怪演はこの俳優のおそるべき本領であり、今年の“ホワイトオスカー”によって見過ごされた2015年のベストパフォーマンスの1つだ。白人対黒人、変わるどころか過去に立ち返ろうとすらしている昨今の風潮の根源を南北戦争時代に見出しているのである。

 怨嗟の声がとぐろを巻き始めてからの後半はタラの真骨頂だ。ティム・ロス、マイケル・マドセンも揃えば当然『レザボア・ドッグス』の嬉しいデジャヴだが、ひょっこり顔を出すチャニング・テイタムがチャーミングでしっかり馴染む。そしてカタルシスを度外視した幕切れ…タラは本作の公開当時、白人警官が丸腰の黒人少年を射殺した事件に強く抗議していた。心温まるリンカーンの(ニセ)手紙のナレーションとは裏腹に、このラストにはアメリカの持つヴィジランティズム、マチズモ、リバタリアニズムに対する強いアンチテーゼがあるのだ。


『ヘイトフル・エイト』15・米
監督 クエンティン・タランティーノ
出演 サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン、チャニング・テイタム
 
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