なんくるのひとりごと

日々の想いを言葉にしてみたい

小島に渡った

2006-08-11 11:36:01 | 日記
 9日はかなりの大潮だった。
 昼前台風の影響で大雨が降る那覇を後にした。

北に行くと天気がいいだろうからという選択だった。
バケツをひっくり返したような大降り、久々の大降りだった。

わたしは友人を迎えて
天気がよければこ~しよう、あ~しよう・・の計画はすべてあきらめた。
まずは雨でも風でも楽しめるところに・・と趣向を変えた。

中部へ入るとまったく雨は無い。風もなし。
自動車道を中部南で降りる。
国道58号線へと車を乗り入れた。西海岸を北上の予定で。

恩納村、「仙水庵」の看板が目にとまり昼食をとる事に。
庭の岩の間から流れる滝に迎えられて中へ。小部屋から庭を眺めての昼食。
沖縄にいながら小さな旅へと出た気持にさせてもらった。

ゆったりとした時を過ごして、そのまま北上。

飛び込む海は、かなりの引き潮だ。
恩納小学校の向こうに島が二つ。島が陸とつながっているのを見て取った。
よし、渡ってみよう。

島は目の前、いつもなら渡れない。が、今日ならば、、、。
人の気配を感じた生き物たちがサッと身を隠す。蟹の穴が無数に点在。

陸になった海を渡る。途中の深みにサンゴが群生。小さな魚が、コバルトスズメが何十匹も。あっッッ、メダカのような魚の群れが、、、。
サンゴが生き続けているのがわかる。

サンゴの卵が珊瑚礁に付着して広がろうとしている様を発見。

島へ渡った。砂が白く広がる。アダンの実がオレンジ色に熟している。
流木に座ってしばらくあたりを観察する事に。
目がなれてくると、
そこら中にヤドカリ君が蠢いている。大小様々なヤドカリたちがせっせと何かをしている。

何か目的があって動いているのだろうか。人気配で首を引っ込める。

島を廻ってみようと友人。
そうしようとわたし。
島ではなく島を取り巻く浅瀬づたいに、島をめぐる事にした。
途中アダン林の向こうで草を食む山羊が4匹。訝しげに私たちを観察している。
「ねー私たち山羊に観察されているよー」

危ない人々と見てとったのか、揃って島の陰に逃げていった。
荒々しい岩が立ちはだかる。でも大丈夫、それより低い海の中を歩いているんだから。

外海だけあってきっと日頃は波が荒いんだろう。この断崖絶壁を海側から眺めるなんて。
島を一周してみようよ、と友人。へっぴり腰のわたし。

だってどこからともなく潮が満ちてきたときの事を想像するとコワイもの。
プライベートビーチが岩と岩に守られていて美しい。
だれもここに降り立った事は無いのでは・・。
それほどまでに美しい。

島を海の側から眺めながら・・・外海の深さをすぐそこに感じながら・・・
ほんのひとときの間顔を出した陸地を歩く。
危険を背中に感じながら、、でも魅力的な小島。
いま潮が満ちてきたらどうしよう・・・。そんな事を考えたら足がすくむ。

あっちにもこっちにも潮溜りにサンゴが生きている。サンゴの周りで泳ぐ魚たち。
サイコが育つ事で魚が生息する。当たり前の事が目の前でわかる。

たった小一時間の小島巡り終了。
お盆明けの年休がこんなにも素敵な休日になるとは。

旧盆ウークイ

2006-08-08 10:57:08 | 日記
今朝はまったくセミの声が聞こえなかった。
6時過ぎに目覚め、聞き耳をたてたがうんともすんともなかった。

もう夏は終わるのかもしれない。
だって今日は旧盆のウークイ。

しかしまだ8月の前半だしなー。秋はまだまだ遠い。

子どもたちはいつもより少ない。ふるさとへと帰っていったのでしょう。
那覇で住まっていても、それぞれ遠くの故郷を持っている。エイサーが盛んな地に帰った子どもは早速明日からは
「エイサーしよう、音楽かけて」とせがむ。

飛行機でふるさとへと帰ったこは「飛行機載ったよー」と話しにくる。

海の近くにふるさとを持つ子は真っ黒になって、歯の白さだけが目立つ。

どの子も「ウートートーしたよー」と仏壇に手を合わせたことを話す。
「おばーがねー」「おじがねー」と、ふるさとで祖母、祖父に愛されたことを話すとき
どのこの顔も穏やかで満足している。

大人にとっても子どもにとっても
ふるさとはいい~な~。

今夜は十五夜、つきの明かりで躍るエイサーは格別だ。どの青年たちも一所懸命。
心を揃えて打ち鳴らす太鼓の音のリズムが胸にドンドンと響き
それが血となり肉となり、子どもたちはウチナーンチュになっていく。

ふるさとに帰るということは、そんなこんなも大切なことなのだ。
と、風鈴の音を聞きながらそう思った。

今夜はウークイ。親戚が一同に集まる。私の場合、
義妹が仕切ってくれる。料理上手な義妹だ。息子は彼女の料理を食べたくて顔を見せるようなもの。

難しくご託を並べなくても、人を惹きつける何かがあればその人は魅力的なのだ。
義妹を見ていてわたしはいつもそう思う。外面だけが、よいわたしよりも、ずっと
ずっと周りを安定させる。それが彼女の魅力だ。ありがとう。


虫きらい

2006-08-07 16:08:23 | 日記

こんな小さな虫に驚く人とは思えない。見かけでは人はわからないものだと、
虫なんて指でひねりつぶしそうな程の女性なのに・・・。(ゴメン)

虫の写真を手にしている仲間に、反応して部屋の隅っこで「たたかれるよーすぐに引っ込めないトー」と騒いでいる。

周りはみんな大笑いである。
本人は大まじめに怖そうなのだ。

だって頑丈な女性だから・・・その落差にみんなが可笑しがるのだ。

虫の写真をアップで撮っている息子。そのあどけない顔(虫)があまりにも
チャーミングなものだからプリントアップしてもらった。
青虫くん。やどかりくん。てんとう虫くん。
それぞれに表情がありチャーミングだ。

虫きらいな彼女を少しいじめてみることにした。
時々いじめられているので・・・し返し、、いえいえ決してそんなことはない。
「あのーこれさーあんたにあげようと・・」

「えっなんですか?まさか虫では?」感が鋭い彼女。
もうわたしから一メートルも飛び離れていた。
「そんなことはないよー」と追いかけるわたし。
「またもうたすけてー」ととうとう廊下にまで逃げてしまった。

本当に嫌いなんですねー。ごめんごめん。
こんなに愛らしいのに・・・。
子どもたちには大人気だった。


雨の一日

2006-08-06 18:17:29 | 日記
とても8月とは思えない涼しさ。
夕べからの雨のせい。

ジャンジャン降りは久しぶり。
雨音を聞きながらの朝寝ボーは最高。
目覚めてウトウト そしてまたいつの間にか眠り・・・。

お腹がすいて起き出したのが、なんと11時。
涼しいものだから、昨日ゆでておいたソーメンを冷蔵庫から出して冷やソーメンにするには、、ちっとねー。

温かいものが欲しい。
カチューユーを作ろう。それがシンプルでいい。そしてうまい。
お湯を沸かす。その間にどんぶりに削りカツオをひとつまみいれ、味噌をいれる。

ピーピーヤカンの音。お湯をどんぶりに注ぎ、しばらくふたをする。
カツオのいい匂いがしてきた。

ネギたっぷりの玉子とじを、ごはんの上に載せる。夫のリクエストなり。
完熟トマトの皮をむき4つに切る。
カチューユーも出来上がった。

雨の庭を見ながら、朝食とも昼食ともいえない食事をいただく。

下駄をつっかけて外へ。庭へ。
こんな日には、挿し木には向いている。アカバナーの枝を切り鉢に植えた。
ランタナも・・・。ツワブキはかぶわけ。

頭がグシャグシャに濡れた。
玄関に置いてある観葉植物を外に出す。小雨が彼らを浴びせてくれる。

久しぶりの雨の一日。

そろそろ実家へ。今日は盆のウンケーなり。
静かな時間が流れて、もう夕方。雨の一日のんびりとした。

死ぬことも許されないの

2006-08-05 11:42:06 | 日記
 過激な題になってしまった。

まだ一度もあったことの無い女性の叫びです。

 昔はとても闊達な性格でした。周りを明るくするのが好きでした。
冗談をいい、笑う顔を見るのが好きでした。
大学も優秀で、人は誰もがわたしを優秀な温和な人、とてもいい人。と評価していました。その評価が好きでした。

大学卒業後華やかな仕事につきました。順調でした。自分の得意とする分野が認められ上司からの信頼も厚く、人間関係も広がりました。
周りの人にも恵まれ幸せでした。結婚もし、子どももできました。

二人目を出産したころから、ふさぎ込むようになりました。めの前にいる赤子をだけないのです。愛せないのです。愛せない自分が憎くてたまりません。
自分を責めました。子どもの目はまっすぐわたしを見つめます。わたしは乳を含ませても赤子の目をみません。話しかけることもしませんでした。いやできませんでした。

色々なところに相談にいったのですが、「父親との関係」を修復した方がいいと言われ続けました。わたしは父を憎んでいたのです。今でも許していません。
その訳は話したくありません。

うつ病という診断を下されました。激しい落ち込みと脱力感。なぜ生きなければいけないのかがわかりません。
こんなに苦しいのに、生き続けなければならないのでしょうか?

子どもたちは幸い、小学生と3歳になりました。こどものことは置いておきます。話がこんがらがいますから。
責められることは山ほどあります。責められることしかやっていなのでしょう。

でも苦しいのです。死にたいです。このままの苦しさが続くならば、いっそ死にたい。

主人に「殺してください」といいました。
「ごめんなーそれはできないよー」と言われました。

殺してといわれた主人の気持はどうだったでしょうか。また苦しくなりました。

病気です。病気でも治らない病気です。苦しいばかりの日々をどうすればいいのでしょうか?

死ぬことも許されないの?わたしは・・・。

99%創作です。

「殺してください」と夫に話したって・・・。の会話から浮かび上がった私の創作です。

亡くなられた方の話を聞いた直後の、「ある喫茶店での会話」が妙に気になり書いてみました。

ごめんなさい。ここまで読んだ方には申し訳ありません。創作です。


ご冥福を

2006-08-05 11:14:44 | 日記
いつもなら休んでいるはずの土曜日

那覇市の認可保育園の園長さんのご主人が亡くなられたとのことで
会員へのお知らせをするために出勤した。

まだ一度もお会いしたことのない方でした。
昨日電話で知らせを受けました。
知らせを聞いてすぐに奥様(園長さん)の顔を思いました。
気持を思うと胸が締めつけられました。

認可保育園を始められてまだ3年目の園長さんです。
いつもいつも真摯に真面目に子どもたちの幸せのために研究し
職員の資質向上のためにもご自分の学びの為にもいろいろな努力をしている園長でした。
きっと理事長として、ともに心を合わせてこられた方だったのでしょう。

3年という短い日日のお付き合いしかない園長さんでしたが、
それでも同じ那覇市の園長仲間として
亡くなられたご主人のためにご冥福を祈ります。

朝から雲の多い土曜日。時折大粒の通り雨が降る、蒸し暑い土曜日。
お盆も近い土曜日。

悲しみの最中におられるであろう仲間の為にご冥福をお祈ります。



雨に濡れる

2006-08-04 11:40:00 | 日記
久ふぶりに大雨だった。
昨夜というか未明にはカミナリが鳴り響いたとか。
わたしはまったくカミナリのことは知らない。

通り雨なのだ。

朝8時すぎ、ザッザッザッザーと大粒の雨が落ちてきた。
風呂場にいたわたし、勝手口から思わず飛び出してしまった。

大粒の雨が頭をたたく。
肩から背中、その雨粒を感じる。
顔を空に向けた。目は開けていられない。顔に雨粒があたる。

大人が..と思いながらもこの暑さ、天からの恵みをいただかない手はない。
どうせ後はシャワーの予定だし。
ずぶ濡れになろうが一向にかまわない。

それにしても大人になっても、雨にぬれることをやってみたい、衝動があったことに我ながら驚きもあった。
夜なら:もう少し長く雨と戯れていたかった。

隣から見ていないか。
アホな人と思われてもチョット困る。のでほんの1~2分で
雨との戯れは終了せざるを得なかった。

肩や背中に、雨と同時に天から落ちてきたすすのようなものが、付着していた。
驚いた。

おやおやまた空が曇ってきたぞー。
もし雨が降り出したら、庭にいる親子はどうするのだろうか・・・。
興味津々で外に意識を集中。でも泣きだしそうで、なかなか降り出さない。

夏休み中ということもあり、小学生から零歳までの親子が数組、園庭で遊んでいるのだから。
雨のときの、そのときの動き表情を、見てみたいのだ。

しかし、降る前に全員、食事をとりになんくる家に戻ってしまった。

ガジマルの葉がざわついて、雨が降り出した。
もうだれもいなくなった庭。
雨に濡れたい衝動をわたしは押さえて、何食わぬ顔で外を見ていた。

だれか、飛び出してこないかなー。雨だ雨だと子どもが飛び出してこないかなー。
そしたら、「これこれ」といいつつ、一緒に濡れるのにー。

本との出会い。

2006-08-03 15:04:10 | 日記
書き上げた文章を誤ってすべて消したことがあるだろうか。

わたしは毎度毎度のこと。
コンピューターを使い慣れていなということもあるが、とにかく失敗の多い人間で
この文章も投稿・・・のキーを押すところをなぜか間違ってすべて消してしまった。

だから自分の想いは、一番先に書いたもので満足してしまっているので、この文章が多分、二番煎じになってしまう。

友人に本を勧められ。「だれも沖縄を知らない」というタイトルだという。
作者は・森口かつ(漢字が出ないので)

沖縄の有人島を27廻ってその島の事を書いた本だという。

友人曰く・・屋我地島の海岸に掘っ建て小屋で27年も暮らした老女の話しには胸が痛んだ。ちゃんと写真まであるのには本当に驚いた。島には島の悲しい歴史もあり、島だからこその哀しさもあることを初めて知った。
ということだった。

本屋に足を運んだ。見つけて読みふけっている最中なり。

伊是名島へ1960年に渡ったときの写真がまず伊是名の始まりである。
10人の少年たちが屈託なく笑っている写真。作者が撮ったものだ。

あれから41年経過、この写真に写った少年たちを訪ねて書いている。
一人一人の少年たちが、大人になるまでにたどった人生をたどることで島の歴史が浮かびあがる。

ある少年は自殺したらしい。ある少年は暴力団になったらしい。
一人一人を訪ねて書かれているので読みごたえがある。

いい本に出会ったことをいまかみしめている。
島好きなわたし。一つ一つこの本を手にして、わたしは私の島旅をしてみたい。


カンプー結ってる時

2006-08-01 13:35:00 | 日記
昨日急に首の辺りが痛いと泣きだして帰ったハヤテ。
今朝は元気に登園してきた。

まだ頭を斜めに傾けた状態ではあるが、痛みは少し和らいだという。
首の筋を痛めたのではと医師の診断だったらしい。
何はともあれ本人はプールも入りたいと、空手の稽古は控えるが、、と自己判断。

昼食時間にも様子を見に2階に上がった。

暇そうなわたしを3歳児の女の子たちが囲んだ。

「えんちょう、カンプーして」と・・・。
我も我もとゴムをもって来たのである。

ハナちゃんの長い髪を二つに結ぶ。やわらかなくせ毛だ。
カノンは短い髪の毛なのに二つカンプーだという。

ミスズなどは思い切りショートヘヤ、を、二つに結んでくれなどと無理難題。
まぁなんとか「いたいいたい」といわれながらも仕上がった。

ソウダイがきた時にはいささか驚くが、男も女も意識することは無い。
それでも前髪だけしか取れないものだから「鬼のようなカンプーだ~す」と歌いながら仕上げたら、それが受けてしまったようで。

「鬼のようなカンプー」の注文が殺到。
これもまた、女の子も男の子も自分の好きな髪形を注文。

五分刈り頭のシン君まで「カンプーやって(結んで)」と、寄ってきた時には大笑いになったが・・・。。
結構ユーモァも理解してるジャンこの子たち。ジャンジャンとおちまでついた。

2階の廊下は涼しい。風の通り道。
上から見下ろすガジマルは小さな森、目の高さに子どもの姿あり。枝から枝へと猿のように自由に渡っている。

日射が強い外とは違い家の中は穏やかな日和なり。
大人がひとりで日がなそうにしているのは、子どもにとってもいい効果だとわかった。

バタバタと動き回る人々を尻目に「日がな一日のんびりと・・・」こんな時を作り出すのもまた必要なことだと。

背中にもたれかかってくる子。膝に座る子。肩に手をおく子。
頭の毛をグチャグチャにしてくれる子。
繁々と顔を見て「すこしおばぁちゃ?になったの(余計なお世話じゃ)」という子。

癒されるのは大人の方なのだぁ。ありがとう。ありがとう。