アジアに「海洋国家連合」の創設を
去る1月26日に、都内で開催された「日本・インド・台湾安全保障シンポジウム」の昼食会で講演する機会に恵まれた。翌日の産経新聞にもその要旨が掲載されたが、ここに全文(講演は英語で行ったので、邦文翻訳版)を公開し、皆さんのご批判に供したいと思う。
日印台戦略的パートナーシップで東アジアに安全保障共同体を
長島昭久(民主党衆議院議員)
2007年1月26日
はじめに
1950年代に、カール・ドイッチュは、「安全保障共同体」という概念を提示しました。安全保障共同体とは、国家が経済・社会のあり方に関する規範的価値観を共有し、共同体を構築することで、軍事力に依存せずに安定した国家間関係を保障するという概念です。このとき、ドイッチュが念頭に置いたのは、西欧諸国とアメリカとの間の共同体で、それを形成する大きな力となると考えられていたのが、経済的相互依存の進展でした。この理論は、米国の軍事力の庇護の下で、NATOをベースにいまやEUとして欧州全域に具現化されつつあります。
ドイッチュが安全保障共同体を提唱した約半世紀前、アジアは、まだ太平洋戦争の傷跡も生々しく、政治、経済、社会のすべての面で壊滅的な状況にありました。しかし、その後、日本に続いて韓国や台湾が、そしてシンガポールをはじめとするASEAN諸国が、最近では中国やインドが見事にテイクオフし、いまやアジア太平洋地域は、世界の最もダイナミックな発展のセンターといわれるまでに飛躍を遂げました。
東アジア域内の貿易比率は、今日60%を超え、アジア通貨危機の時を除き、年々堅調に増加してきました。すでに43.5%のNAFTAを上回り、いまや65.7%を誇るEUのレベルに接近しています。さらに、域内における経済の分業関係も進展し、半世紀前とは比較にならないほど域内諸国間の経済的な相互依存関係が深化してきました。こうした状況を考えると、いままさに、アジアにおいても、安全保障における共同体を構築するチャンスが大きく広がっていると考えられます。
加えて、経済分野だけでなく、東アジアには、政治的自由や民主主義、人権の尊重、市場経済などといった価値観を共有する国々が拡大していることも顕著な現象です。とくに、日本から韓国、台湾、フィリピン、タイ、インドネシアなどASEAN諸国、オーストラリアからインドへと、ユーラシア大陸の東から南の淵に沿って広がる民主主義国家群の繁栄は、これまた半世紀前とは隔世の感があります。このことは、今後、単なる経済だけでなく、民主主義、人権、市場経済、法の支配といった共通の価値観を基盤とした安全保障共同体を建設していく絶好の機会を提供していると考えることができます。
「リムランド海洋国家連合」の形成へ
ところで、この地域は、地政学者ニコラス・スパイクマンが「リムランド」と呼んだ地域と重なります。リムランドとは、ロシア、中国などの大陸国家が位置する、ユーラシア大陸の中心部「ハートランド」を取り巻くように位置する沿岸(周縁)国家群を指します。経済を大きく発展させるには、海洋を通じた貿易を進めていくことがきわめて重要ですから、「リムランド」にある国家群が結束して協力していけば、「ハートランド」にある大陸国家群に対して大きな影響力を発揮することが可能となります。
一方で、今日、「ハートランド」とばれる大陸内奥部一帯は、不安定の度をますます深めています。中国は、その表面的な経済発展にもかかわらず、国内における格差の拡大や環境破壊の加速といったように、深刻な「内憂」を抱え込んでいます。また、潜在的にも、顕在的にも中国は、「中華民族の偉大な復興」の実現に向けて急速に国力を増大させ、この地域に対する影響力拡大を図ろうとしています。他国と協力して地域秩序を構築した実績のない中国が抱える不確実性や非民主的な政治体制がこの地域における不信感(もし脅威感でないとしたら)を醸成しており、東アジア秩序を構想する上での最大の障害となっています。先週、中国は人工衛星を弾道ミサイルで打ち落とす実験に成功したと伝えられていますが、この事例が示すように、主として、台湾問題や対米関係を念頭に、不透明な軍事力の増強や軍事行動の態様・範囲の拡大も続くでしょう。
ロシアは、ウラディミール・プーチンの執政下で、強権による統治という悪しき伝統を再び顕しつつあります。日本や西ヨーロッパの企業が参加したサハリンでの資源開発プロジェクトにロシア政府の横槍が入った一件は、ロシア政府における「自由貿易」の建前に対する認識の乏しさを暴露しています。最近のエネルギー価格高騰を受けて、エリツィン時代に約4割縮小したとされるロシア経済は年率5-7%の急速な経済成長を遂げつつあると同時に、再び覇権的な外交政策に回帰しつつあります。
こうした国際情勢の変化の潮流をとらえ、私は、日本の対外戦略として、リムランドに展開する日本、韓国、台湾、オーストラリア、インドから成る「リムランド海洋国家連合」(Rimland-Maritime Coalition)を提唱したいと思います。これら諸国は、民主主義、自由経済という主要な価値観を共有しており、いずれも海洋を通じた貿易立国でもあります。これらの諸国はまた、中国やロシアなどの将来像が不透明な国家やテロ、兵器拡散などの新たな問題に効果的に対応してゆく上で、不可欠な価値観と対応能力を有しています。「リムランド」海洋国家連合を中心として他のアジア太平洋諸国に働きかけてより安定と繁栄の条件を整えていくと同時に、「ハートランド」における不安定と混乱の芽を摘み、その悪しき影響がスピルオーバーするのを局限していくのです。私たちの戦略ゴールは、リムランドにおける安全保障共同体の建設、その方法論は「シェイプ・アンド・ヘッジ」です。
「ホスト・リージョン・サポート」で米軍を東アジアの国際公共財に
まず、ハートランドの不安定や混乱を局限する「ヘッジ戦略」の展開に際しては、日米同盟協力の深化がその基盤となります。そのためには、国土防衛、周辺事態対処、グローバルな協力の各エリアにおいて、戦略・政策・作戦等の各レベルにおいて、日米協力の枠組をより整備する必要があります。強化された日米同盟協力によって、持続的で効果的なな米軍の前方プレゼンスを支援する多国間システムの構築が可能になるでしょう。私はこれをHOST REGION SUPPORT(受け入れ地域支援)と呼んでいます。
現在、日本は、アジア太平洋地域に展開する米軍の前方プレゼンスの半分近くを引き受けています。この過重な負担は、日本自身の安全保障のためという以上に、域内における国際公共財たる米軍のプレゼンスを支えるためのものといえます。日本はこの貴重なアセットを外交的な資本に応用すべきなのです。言い換えれば、アジア太平洋地域の平和と安定の基盤を提供してきた米軍のプレゼンスに特別の戦略的支援をし続けている日本は、地域における政治的リーダーシップを発揮する権利があると思うのです。
日本は、西太平洋における米国の同盟国や友好国との間にHRSのメカニズムを構築するための政策調整をリードすべきです。HRSは、単に各国バラバラのホスト・ネーション・サポートを地域全体で再配分し、結果として強化するものとなるでしょう。同時に、このようなHRSメカニズムは、日米同盟の強化と相俟って、アジア太平洋安全保障共同体の基盤を提供するものといえます。その第一歩として、日本は、米国と諮って、韓国、台湾、インド、 オーストラリアの国防当局者と協議の場の設置を呼びかけるべきです。
もちろん、日本のリーダーシップで、このような試みがなされることになれば、中国の警戒感を煽ることになるでしょう。しかし、このHRSアイディアは、いかなる国の参加を排除するものでもありません。いかなる国であっても、①米軍のプレゼンスが地域の安全保障のために価値があるとみなし、②この負担の一部を自国で受け入れる意思さえあればいつでも参画し得るのです。
その意味で、私は、次のようなアーサー・ウォードロン教授の教えに従うものです。
「アジアを安定化させるには、まず、われわれと同じような統治機構を持ち、民主主義を信奉し、経済的自由を謳歌している国々とともに一定の枠組みをつくりなさい。そして、それが力強く構築されれば、中国は自ずとその枠組みに嵌っていくようになるでしょう。もし中国がその枠に収まらなかったとしたら、われわれはその可能性にヘッジをかけておけばよいのです。」
シェイプ・アンド・ヘッジ戦略の展開
このHRSを実現するためにも、我が国は、憲法上の諸制約を解決し、集団的自衛権の行使を解禁し、平和協力活動への自衛隊の参加を拡大してゆかねばなりません。ここでいう憲法の改正や集団的自衛権の行使容認は、日本だけの安全保障上の都合に基くものというよりは、広く「リムランド」一帯の安全保障上の不安要因を減らすという動機にも結びついているのです。そうなれば、日米両国は、西太平洋のグアムからインド洋のディエゴ・ガルシアまでを海洋における共同行動範囲と位置づけることができるようになるでしょう。それは、日本も「リムランド」一帯の安全保障に、より積極的な貢献を行うということを意味しています。その際、台湾は東の、インドは西の戦略的な「錨」となるでしょう。
そして、同時に考えなければならないのは、「シェイプ戦略」です。リムランド海洋国家連合を中心として安定と繁栄の条件を整える「シェイプ戦略」は、逆説的ではあるけれども、そうした安定と繁栄の条件を「ハートランド」隣接地域にも創出することが、大事なプロセスになるでしょう。具体的には、朝鮮半島、パキスタン、イラン、中央アジア諸国、モンゴルへの外交的な関与を加速させることが喫緊の課題です。
こうした地域での安定と繁栄の確保は、「ハートランド」地域に浮上する不安定を封じ込める「堰」としての役割を果たすものになるでしょう。そして、それは、今や人類共通の課題であるテロリズムの制圧にも、重要な役割を果たすことになるでしょう。シェイプ戦略のゴールは、リムランドに安全保障共同体を構築し、リアシュアランスを確保しつつハートランドを関与させ、これを安定的に管理することです。同時に、インドや中央アジア諸国との連携を通じて広域的なバランス・オブ・パワーを維持し、中国やロシアの対外行動の穏健化を図っていくことが必要なのです。
また、エネルギー安全保障分野においても、リムランド海洋国家連合は独自に重要な役割を果たすことが期待されます。中東地域は、世界のエネルギー安全保障上、今後も引き続き死活的な重要性を持つ地域です。しかし、イラク戦争以降、同地域には根強い対米不信が増長しており、日本やインドなど中東諸国の信頼を勝ち得てきた有志諸国による外交活動の余地が十分あると考えられます。アラブ穏健派諸国と連携しながら、イスラム世界内部の改革と民主化に関与することも、リムランドSCの目標の一つとなるでしょう。
翻って、中露両国は、近年、上海協力機構のような地域協力の枠組を構築しています。昨年、中国とロシアが中核となって、上海協力機構による軍事演習が行われましたが、これはアジア太平洋地域における自由民主主義諸国に対する挑戦と映ります。
原則論からいえば、多くの国々が様々な地域協力の枠組を通じて他国との提携関係を多彩に構築するのは、大いに奨励されるべきことです。このような重層的な提携と協力の枠組の構築こそ、多くの国々の相互理解の促進と安定した関係の維持に寄与することでしょう。ただし、中露両国の動きに関して懸念されるべきは、それが米国を初めとする他の国々を排除し、自らの排他的な「勢力圏」を構築しようとする意図を疑わせるものであるということです。こうした性向は、「自由貿易」という社会制度を持つ国々が尊重する開放性、進取性の価値観とは相容れないものであるだけではなく、「勢力圏」確保という発想に含まれる利己性は、必ずや周囲の国々との摩擦を引き起こす一因になるでしょう。
私たちが「シェイプ・アンド・ヘッジ」戦略で対抗するのは、中国やロシアという特定の国々ではなく、民主主義、人権、市場経済、法の支配といった価値観には相容れない閉鎖性、排他性、強権性なのです。逆に言えば、私たちの究極のゴールであるアジア太平洋安全保障共同体はそもそも開放的ですべてを包摂する概念なのです。価値観を共有する国であれば参画を拒むものではありません。
結び:海からのアプローチ
川勝平太教授は、「東南アジア多島海は自由貿易の発祥の地であった。自由貿易はアングロ・サクソンの専売特許ではない。その原形は東南アジアにある」と書いています。振り返れば、英国は、17世紀以降、インドを越え東南アジア多島海に進出した折に、そこで展開された「自由貿易」を発見し、それから学ぶことによって後の海洋帝国経営の基本指針に据えました。17世紀初頭には、日本人も東南アジア多島海に進出し、東南アジア各地に日本人街を形成しながら、国境を越えた交易の一翼を担ってきました。川勝教授の議論に従えば、日本から台湾、東南アジア多島海、インドに至る一帯こそが「自由貿易の故郷」なのです。そして、この一帯は、英国・西ヨーロッパからインドに至る「インドへの道」に連結することによって、「リムランド」を成しているのです。
日本、台湾、東南アジア多島海、インドを結ぶ「自由貿易の故郷」一帯は、21世紀においては、新たな「安定と繁栄の故郷」でなければなりません。新たな「安定と繁栄の故郷」においては、その安定と繁栄は、総ての人々に開かれたものとして位置づけられるべきです。地球環境の保護もまた、その安定と繁栄を担保するものとして進められる必要があります。富の「量」ではなく、人間の生活の「質」が繁栄の尺度であるという新たな価値観の共有も、今後の課題となりましょう。
そうしたことを手掛けるのは、総ての生命の淵源である「海」によって育まれた国々の人々にこそ、相応しいものだと思います。海洋国家を標榜する我が国はもとより、インドも台湾も一つの港をめざして乗り込んだ同じ船のクルーであると信じています。ともに協力して東アジアに揺るぎない平和と繁栄を築いてまいりましょう。
日印台戦略的パートナーシップで東アジアに安全保障共同体を
長島昭久(民主党衆議院議員)
2007年1月26日
はじめに
1950年代に、カール・ドイッチュは、「安全保障共同体」という概念を提示しました。安全保障共同体とは、国家が経済・社会のあり方に関する規範的価値観を共有し、共同体を構築することで、軍事力に依存せずに安定した国家間関係を保障するという概念です。このとき、ドイッチュが念頭に置いたのは、西欧諸国とアメリカとの間の共同体で、それを形成する大きな力となると考えられていたのが、経済的相互依存の進展でした。この理論は、米国の軍事力の庇護の下で、NATOをベースにいまやEUとして欧州全域に具現化されつつあります。
ドイッチュが安全保障共同体を提唱した約半世紀前、アジアは、まだ太平洋戦争の傷跡も生々しく、政治、経済、社会のすべての面で壊滅的な状況にありました。しかし、その後、日本に続いて韓国や台湾が、そしてシンガポールをはじめとするASEAN諸国が、最近では中国やインドが見事にテイクオフし、いまやアジア太平洋地域は、世界の最もダイナミックな発展のセンターといわれるまでに飛躍を遂げました。
東アジア域内の貿易比率は、今日60%を超え、アジア通貨危機の時を除き、年々堅調に増加してきました。すでに43.5%のNAFTAを上回り、いまや65.7%を誇るEUのレベルに接近しています。さらに、域内における経済の分業関係も進展し、半世紀前とは比較にならないほど域内諸国間の経済的な相互依存関係が深化してきました。こうした状況を考えると、いままさに、アジアにおいても、安全保障における共同体を構築するチャンスが大きく広がっていると考えられます。
加えて、経済分野だけでなく、東アジアには、政治的自由や民主主義、人権の尊重、市場経済などといった価値観を共有する国々が拡大していることも顕著な現象です。とくに、日本から韓国、台湾、フィリピン、タイ、インドネシアなどASEAN諸国、オーストラリアからインドへと、ユーラシア大陸の東から南の淵に沿って広がる民主主義国家群の繁栄は、これまた半世紀前とは隔世の感があります。このことは、今後、単なる経済だけでなく、民主主義、人権、市場経済、法の支配といった共通の価値観を基盤とした安全保障共同体を建設していく絶好の機会を提供していると考えることができます。
「リムランド海洋国家連合」の形成へ
ところで、この地域は、地政学者ニコラス・スパイクマンが「リムランド」と呼んだ地域と重なります。リムランドとは、ロシア、中国などの大陸国家が位置する、ユーラシア大陸の中心部「ハートランド」を取り巻くように位置する沿岸(周縁)国家群を指します。経済を大きく発展させるには、海洋を通じた貿易を進めていくことがきわめて重要ですから、「リムランド」にある国家群が結束して協力していけば、「ハートランド」にある大陸国家群に対して大きな影響力を発揮することが可能となります。
一方で、今日、「ハートランド」とばれる大陸内奥部一帯は、不安定の度をますます深めています。中国は、その表面的な経済発展にもかかわらず、国内における格差の拡大や環境破壊の加速といったように、深刻な「内憂」を抱え込んでいます。また、潜在的にも、顕在的にも中国は、「中華民族の偉大な復興」の実現に向けて急速に国力を増大させ、この地域に対する影響力拡大を図ろうとしています。他国と協力して地域秩序を構築した実績のない中国が抱える不確実性や非民主的な政治体制がこの地域における不信感(もし脅威感でないとしたら)を醸成しており、東アジア秩序を構想する上での最大の障害となっています。先週、中国は人工衛星を弾道ミサイルで打ち落とす実験に成功したと伝えられていますが、この事例が示すように、主として、台湾問題や対米関係を念頭に、不透明な軍事力の増強や軍事行動の態様・範囲の拡大も続くでしょう。
ロシアは、ウラディミール・プーチンの執政下で、強権による統治という悪しき伝統を再び顕しつつあります。日本や西ヨーロッパの企業が参加したサハリンでの資源開発プロジェクトにロシア政府の横槍が入った一件は、ロシア政府における「自由貿易」の建前に対する認識の乏しさを暴露しています。最近のエネルギー価格高騰を受けて、エリツィン時代に約4割縮小したとされるロシア経済は年率5-7%の急速な経済成長を遂げつつあると同時に、再び覇権的な外交政策に回帰しつつあります。
こうした国際情勢の変化の潮流をとらえ、私は、日本の対外戦略として、リムランドに展開する日本、韓国、台湾、オーストラリア、インドから成る「リムランド海洋国家連合」(Rimland-Maritime Coalition)を提唱したいと思います。これら諸国は、民主主義、自由経済という主要な価値観を共有しており、いずれも海洋を通じた貿易立国でもあります。これらの諸国はまた、中国やロシアなどの将来像が不透明な国家やテロ、兵器拡散などの新たな問題に効果的に対応してゆく上で、不可欠な価値観と対応能力を有しています。「リムランド」海洋国家連合を中心として他のアジア太平洋諸国に働きかけてより安定と繁栄の条件を整えていくと同時に、「ハートランド」における不安定と混乱の芽を摘み、その悪しき影響がスピルオーバーするのを局限していくのです。私たちの戦略ゴールは、リムランドにおける安全保障共同体の建設、その方法論は「シェイプ・アンド・ヘッジ」です。
「ホスト・リージョン・サポート」で米軍を東アジアの国際公共財に
まず、ハートランドの不安定や混乱を局限する「ヘッジ戦略」の展開に際しては、日米同盟協力の深化がその基盤となります。そのためには、国土防衛、周辺事態対処、グローバルな協力の各エリアにおいて、戦略・政策・作戦等の各レベルにおいて、日米協力の枠組をより整備する必要があります。強化された日米同盟協力によって、持続的で効果的なな米軍の前方プレゼンスを支援する多国間システムの構築が可能になるでしょう。私はこれをHOST REGION SUPPORT(受け入れ地域支援)と呼んでいます。
現在、日本は、アジア太平洋地域に展開する米軍の前方プレゼンスの半分近くを引き受けています。この過重な負担は、日本自身の安全保障のためという以上に、域内における国際公共財たる米軍のプレゼンスを支えるためのものといえます。日本はこの貴重なアセットを外交的な資本に応用すべきなのです。言い換えれば、アジア太平洋地域の平和と安定の基盤を提供してきた米軍のプレゼンスに特別の戦略的支援をし続けている日本は、地域における政治的リーダーシップを発揮する権利があると思うのです。
日本は、西太平洋における米国の同盟国や友好国との間にHRSのメカニズムを構築するための政策調整をリードすべきです。HRSは、単に各国バラバラのホスト・ネーション・サポートを地域全体で再配分し、結果として強化するものとなるでしょう。同時に、このようなHRSメカニズムは、日米同盟の強化と相俟って、アジア太平洋安全保障共同体の基盤を提供するものといえます。その第一歩として、日本は、米国と諮って、韓国、台湾、インド、 オーストラリアの国防当局者と協議の場の設置を呼びかけるべきです。
もちろん、日本のリーダーシップで、このような試みがなされることになれば、中国の警戒感を煽ることになるでしょう。しかし、このHRSアイディアは、いかなる国の参加を排除するものでもありません。いかなる国であっても、①米軍のプレゼンスが地域の安全保障のために価値があるとみなし、②この負担の一部を自国で受け入れる意思さえあればいつでも参画し得るのです。
その意味で、私は、次のようなアーサー・ウォードロン教授の教えに従うものです。
「アジアを安定化させるには、まず、われわれと同じような統治機構を持ち、民主主義を信奉し、経済的自由を謳歌している国々とともに一定の枠組みをつくりなさい。そして、それが力強く構築されれば、中国は自ずとその枠組みに嵌っていくようになるでしょう。もし中国がその枠に収まらなかったとしたら、われわれはその可能性にヘッジをかけておけばよいのです。」
シェイプ・アンド・ヘッジ戦略の展開
このHRSを実現するためにも、我が国は、憲法上の諸制約を解決し、集団的自衛権の行使を解禁し、平和協力活動への自衛隊の参加を拡大してゆかねばなりません。ここでいう憲法の改正や集団的自衛権の行使容認は、日本だけの安全保障上の都合に基くものというよりは、広く「リムランド」一帯の安全保障上の不安要因を減らすという動機にも結びついているのです。そうなれば、日米両国は、西太平洋のグアムからインド洋のディエゴ・ガルシアまでを海洋における共同行動範囲と位置づけることができるようになるでしょう。それは、日本も「リムランド」一帯の安全保障に、より積極的な貢献を行うということを意味しています。その際、台湾は東の、インドは西の戦略的な「錨」となるでしょう。
そして、同時に考えなければならないのは、「シェイプ戦略」です。リムランド海洋国家連合を中心として安定と繁栄の条件を整える「シェイプ戦略」は、逆説的ではあるけれども、そうした安定と繁栄の条件を「ハートランド」隣接地域にも創出することが、大事なプロセスになるでしょう。具体的には、朝鮮半島、パキスタン、イラン、中央アジア諸国、モンゴルへの外交的な関与を加速させることが喫緊の課題です。
こうした地域での安定と繁栄の確保は、「ハートランド」地域に浮上する不安定を封じ込める「堰」としての役割を果たすものになるでしょう。そして、それは、今や人類共通の課題であるテロリズムの制圧にも、重要な役割を果たすことになるでしょう。シェイプ戦略のゴールは、リムランドに安全保障共同体を構築し、リアシュアランスを確保しつつハートランドを関与させ、これを安定的に管理することです。同時に、インドや中央アジア諸国との連携を通じて広域的なバランス・オブ・パワーを維持し、中国やロシアの対外行動の穏健化を図っていくことが必要なのです。
また、エネルギー安全保障分野においても、リムランド海洋国家連合は独自に重要な役割を果たすことが期待されます。中東地域は、世界のエネルギー安全保障上、今後も引き続き死活的な重要性を持つ地域です。しかし、イラク戦争以降、同地域には根強い対米不信が増長しており、日本やインドなど中東諸国の信頼を勝ち得てきた有志諸国による外交活動の余地が十分あると考えられます。アラブ穏健派諸国と連携しながら、イスラム世界内部の改革と民主化に関与することも、リムランドSCの目標の一つとなるでしょう。
翻って、中露両国は、近年、上海協力機構のような地域協力の枠組を構築しています。昨年、中国とロシアが中核となって、上海協力機構による軍事演習が行われましたが、これはアジア太平洋地域における自由民主主義諸国に対する挑戦と映ります。
原則論からいえば、多くの国々が様々な地域協力の枠組を通じて他国との提携関係を多彩に構築するのは、大いに奨励されるべきことです。このような重層的な提携と協力の枠組の構築こそ、多くの国々の相互理解の促進と安定した関係の維持に寄与することでしょう。ただし、中露両国の動きに関して懸念されるべきは、それが米国を初めとする他の国々を排除し、自らの排他的な「勢力圏」を構築しようとする意図を疑わせるものであるということです。こうした性向は、「自由貿易」という社会制度を持つ国々が尊重する開放性、進取性の価値観とは相容れないものであるだけではなく、「勢力圏」確保という発想に含まれる利己性は、必ずや周囲の国々との摩擦を引き起こす一因になるでしょう。
私たちが「シェイプ・アンド・ヘッジ」戦略で対抗するのは、中国やロシアという特定の国々ではなく、民主主義、人権、市場経済、法の支配といった価値観には相容れない閉鎖性、排他性、強権性なのです。逆に言えば、私たちの究極のゴールであるアジア太平洋安全保障共同体はそもそも開放的ですべてを包摂する概念なのです。価値観を共有する国であれば参画を拒むものではありません。
結び:海からのアプローチ
川勝平太教授は、「東南アジア多島海は自由貿易の発祥の地であった。自由貿易はアングロ・サクソンの専売特許ではない。その原形は東南アジアにある」と書いています。振り返れば、英国は、17世紀以降、インドを越え東南アジア多島海に進出した折に、そこで展開された「自由貿易」を発見し、それから学ぶことによって後の海洋帝国経営の基本指針に据えました。17世紀初頭には、日本人も東南アジア多島海に進出し、東南アジア各地に日本人街を形成しながら、国境を越えた交易の一翼を担ってきました。川勝教授の議論に従えば、日本から台湾、東南アジア多島海、インドに至る一帯こそが「自由貿易の故郷」なのです。そして、この一帯は、英国・西ヨーロッパからインドに至る「インドへの道」に連結することによって、「リムランド」を成しているのです。
日本、台湾、東南アジア多島海、インドを結ぶ「自由貿易の故郷」一帯は、21世紀においては、新たな「安定と繁栄の故郷」でなければなりません。新たな「安定と繁栄の故郷」においては、その安定と繁栄は、総ての人々に開かれたものとして位置づけられるべきです。地球環境の保護もまた、その安定と繁栄を担保するものとして進められる必要があります。富の「量」ではなく、人間の生活の「質」が繁栄の尺度であるという新たな価値観の共有も、今後の課題となりましょう。
そうしたことを手掛けるのは、総ての生命の淵源である「海」によって育まれた国々の人々にこそ、相応しいものだと思います。海洋国家を標榜する我が国はもとより、インドも台湾も一つの港をめざして乗り込んだ同じ船のクルーであると信じています。ともに協力して東アジアに揺るぎない平和と繁栄を築いてまいりましょう。