無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

巡回奇譚 -3(ネタばれ注意)

2022年03月05日 | 巡回奇譚
その鞭打ち苦行者は毎朝日の出前から多大な苦痛を伴う修練を行うことを日課としていた。白んでゆく空、完璧な真円のマンスリープが見守る中、遂に待ち望んでいたものが到来した。目の端を巨大な蛇が素早く横切った。忘我の境地にいた彼は、その動きを見ていたが認識はしていなかった。鞭打ちにより、背中の傷が再び開き、滲み出た血が玉となり背骨を伝い下る。尻から滴った1滴が礼拝所の薄汚れた床に落ちるまでの刹那で世界は一変した。大いなるものは苦行者の苦痛と悦楽、全人格とそれを形作った人生を読み取り、新たな使命を伝えた。
「そしてマンスリープが満月であったその朝、世の衆生にはいつもの朝だが、私には特別の日となった。蛇神様の御神託を得たのだ。故にマンスリープの日の朝、すなわちマンデイ・モーニングを我が名として、特別なものにしたのだ」
これは終わりそうもない。シグムンドは早くも居眠りを始めている。ここは先生に任せよう。ヨーケルはラングに目で合図して、マンデイ・モーニングの聖堂である掘っ建て小屋を出た。周囲を見回し、小屋を見張ることのできる建物の影へ行き、壁を背に楽な姿勢をとった。時折、小屋に近づく者がいたが、先客がいるのを知るとそっと帰って行った。それらの者全ての面相を覚えながら、中の会話が終わるのを待った。

「マンデイ・モーニング師が言うには、師が帰依する蛇神様の御使いである大口様が、最近ご来訪されたらしい。もし御使いでなければ、オーガあるいはトロールと言ったところだろうね。話を要約すると、その御使いが夜な夜な出現し、辺りの住人に危害を加えているようだ。師に言わせると、それも恩寵だそうだよ。その御使いとやらは1体だけだそうだ。とは言え・・・」
「我々3人では荷が重いな」言葉を引き継ぎ、ヨーケルが言った。
「とは言え、これだけでクルッペンクルクや警備隊が動くとも思えん。隊長に直談判すればあるいは・・・」
少し考えてからラングが言った。
「先ずは私達だけで調査を進めて、怪物の正体を明らかにしましょう。事実の観察、これが重要です」

話は午前中にさかのぼる。
ラング、ヨーケル、シグムンドの3人は、貧乏人にまで手をさしのべる、良い警備隊員だと街の人々から賞賛されている。しかしこのことは彼らの身の安全を危うくしている。3人の生殺与奪権を握るクルッペンクルク警備隊副隊長には、3人の人気ぶりが面白くないのだ。町での人気ぶりに反して、警備隊での評価は危険なほど低い。クルッペンクルクこそ、内なる敵なのだ。
ヨーケルは組織内での評価の低さは、事実がどうであれ、致命傷に成り得ることを良く理解している。実際彼はそのような負の感情を利用して、標的をあぶり出し、追い詰めてきたのだ。狭い船上で長い時間を過ごすシグムンドも同様だ。仲間と有効な関係が結べない者はすぐに水面に浮くことになる。しかしラングは違う。彼は言う、この世は在るべき正しい姿に向かう途中だと。それはヴェレナ神の御心を写した静妙なる世界、波一つ無い鏡のごとき水面。その訪れは、ヴェレナ信者の信心と行動により早まるのだと。故にラングは正しいと思うところを、躊躇なく行う。結局のところ、町での評判はラングの信念に負うところが大きい。
今朝も3人は他の警備兵が寄り付かないユーベルスライク橋のたもとに広がる貧民窟、ドゥンケルフォイヒトを中心に見回りを行っていた。ここに割り当てられたのはクルッペンクルクの指金ではあるが、ラングは全く意に介せず、高級住宅街である朝日が丘を見回るときと同じような熱心さで、任務を遂行している。
ボロボロの服を着た貧相な少年が3人の前に立ちはだかったとき、ヨーケルとシグムンドが素早く周囲を見回し、この策略を仕組んだ悪党の居場所を探したのとは対照に、ラングは膝をつき、目線を少年に合わせて話を聞いた。
「俺の父ちゃんが居なくなっちまった。ラング様ならきっと見つけてくれると街のみんなが言っていたんだ」
まだ周囲を警戒しながらヨーケルが言った。「どうせ借金に首が回らなくなって、お前を捨ててとんずらしたんだろ。父親捜しなんて時間の無駄だ」
「うるさい偽物! 父ちゃんが俺らを見捨てるはずがない。きっと悪い奴らに連れ去られたんだ」
「まあまあ二人とも。先ずは事実の把握から始めましょう。君の名前は何というのですか?」
少年の名はオイゲン・ペッヒフォーゲル、父親の名はライケルト。母マグリンは、自分たちのような貧民が、立派な紳士に気にかけて貰えたというだけで感激し、涙した。父親は夜に下肥を作りに外へ出たきり行方不明になったらしい。周囲を調査したところ、近くで修道所を構える苦行者が答えを持っていそうだと知れた。その苦行者こそがマンディ・モーニング導師だ。

3人はライケルトの失踪状況から、大口様とやらの出現場所と時間を推測し、幾晩か見張り続けた。そして新月の夜、怪物がトイフェル川から街へ上陸するのを見た。
「どうやらトロールのようですね。しかし普通のトロールでは無いようです。あ、いや、混沌の生き物であるトロールに普通というものはありません。ここで意味するところは、統計的平均からの乖離が大きいと言うことです」ラングが息を潜めながら言った。
「統計的平均とやらが何のことかは分からんが、トロールがあれほど泳ぎが上手いとは知らなかった。あれなら良い船乗りになれるぞ」とシグムンドは呑気に感心している。
「そんな船はゴメンだな。ところで先生どうする。また誰かが犠牲になるぞ」
「そうですね。しかし今回のわたし達の目的は偵察、脅威の評価です。任務は完了しました。ここは速やかに離脱しましょう」
無事安全な場所までたどり着いたところで、ヨーケルが言った。
「さっきは少しヒヤヒヤしたぜ。いつもの調子で先生が”倒しましょう”なんて言い出したらどうしようってね」
「それは買い被りすぎです。勇者は成し得ることを為し賞賛を得、遇者は賞賛を望み破滅すると言いますからね。それよりもいよいよ協力者が必要になりました。ただの数合わせでは、混乱して犠牲者を増やすだけです。正に勇者が必要です。私は警備隊にあたってみます」
「それなら俺は、この前知り合ったマッチョなアルトドルフ兵にあたってみるよ」先日、曲がりハンマー亭でアルトドルフ兵と1対1の拳闘で対戦したシグムンドが言った。
「俺はダウイハーフェンで命知らずのトロール殺しでも探してみるか」とヨーケルが言った。

「何、街中にトロールだと!」
「そうです、しかも奴は狡猾です。月の無い暗い夜や激しい風雨の晩など、他に襲撃が気付かれない時を選んで出現しています。この怪物を倒すには最高の戦士が必要です」
「そうか、このところ町人の幾人かや警備兵までもが行方不明になっていたが、それもすべてそのトロールの仕業に違いない」
ラングはクルッペンクルク副隊長の推測に違和感を覚えたが、そのまま話を進めさせた。
「それならカスパールを連れていけ。奴はアルトドルフの奴らが来る前から警備隊にいるベテランだ。おそらく剣の腕は隊一番だろう」

警備兵のカスパール、アルトドルフ兵のイーノックにトロール殺しのザッブと共に、3人はトロールを待ち伏せている。今晩は月が出ておらず、怪物が出現する可能性が高い。
ザッブが全員を見回して言った。
「奴さんお出ましのようだぞ。臭いトロールの匂いがプンプンするぜ」そして言い終わると同時にバトルアックスを低く構えて、驚くほど身軽に駆け出した。
ドワーフほど夜目の効かない他の面々は、慎重に後を追う。
暗い川沿いの倉庫の陰に、背の低いドワーフを押しつぶすように見下ろしている怪物の姿が見えた。その醜悪さ、大気に充満する吐き気を催す生臭さ、武器というには大きすぎる錆びまみれの船の錨が、見る者全てに恐怖を与える。狩人が獲物に畏怖しているのだ。
「巨大さや怪力が恐怖ではない。悪辣な相貌や混沌の腐臭が恐怖ではない。我々の中にある暗闇が恐怖をもたらす。見よ、ここにヴェレナの光がある!」ラングが祈祷を唱えながら松明に着火する。恐怖に絡めとられそうになっていた英雄たちは自身を取り戻す。智慧光の元、怪物の弱点を探りながら包囲を狭める。怪物は最早ただの獲物に過ぎない。

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