無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

巡回奇譚 -4(ネタばれ注意)

2022年04月16日 | 巡回奇譚
混雑した軋む大鴉亭の目立たない片隅で、ヨーケルとクルッペンクルクが向き合っている。静かに酒を楽しんでいるように見えるが、そうではない。商売女たちも剣呑な空気を感じ寄りつかない。
「例の税金逃れの潜伏先を見つけたぜ」ヨーケルはホールの反対側にいる男を見ながら言った。あいつどこかで見たことあるな。
「流石アルトドルフ出身の賞金稼ぎ。田舎者と違い、仕事が速いな。後はいつも通りの段取りで宜しく」机の下で硬貨の入った袋を渡す。
「あいつはどうだ?」ヨーケルは男を目で示す。
「あれは使えない。そっちは俺が手配するから心配するな」ジョッキに残った酒を飲み干し、クルッペンクルクが言う。
「ところで最近随分と調子が良いが、コツなんかを田舎者のしがない警備副隊長に教えて貰えないか?」
ヨーケルはクルッペンクルクの目をのぞき込み言った。
「事実の観察。これが重要さ。満月の日に、人生が変わるということも、あるってこと」
飲み干したジョッキをクルッペンクルクのほうに押しやり、ヨーケルは席を立った。
「まったく、都会の人間様は文化的なことで」そう言いながら、クルッペンクルクは、待ちかまえていたお気に入りのスキッラを手招きした。

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ローレンツは河の民だ。同じ人種であるシグムンドの伝手で警備隊に潜り込んだ。このところ、自身が言うところのアルバイトに忙しいヨーケルの穴埋めとして、ラング、シグムンドと組んで日々の見回りをしている。今日も問題の多いアルトドルフ兵のけんかの仲裁を終えた直後に、40代後半のがっしりとした女性が近寄ってくる。彼女は3人の仕事ぶりを見ると満足気にうなずく。
「この引き合わせを神々に感謝する! 私はイルゼ・ファッセンヴューテント、街道巡視分隊長だ。私は君たちに協力を仰ぎたい仕事を抱えている。その仕事は君たちをクルッペンクルクから、さらには警備隊そのものから解放するだろう! もし興味があれば、今夜〈爆発する豚〉亭に私を訪ねてきてくれ。そこですべてを話そう」。
彼女はそれ以上の質問には何も答えず、人混みの中に消えていく。

「今の姐さんは何だろう」 シグムンドはラングへ尋ねる。
「なかなかの古強者のようでしたね。彼女のピストルを見ましたか?丁寧に手入れされているだけでなく、よく使いこまれているようでした」
ローレンツが得心顔で頷く。「腕利きは変わり者が多いというのは、陸も川と同じだな」

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「1人の囚人がいる。名はマウラー。石工だ。血の通わぬ悪人。多くの人を殺害した。頭をしたたかに打たれて逮捕され、裁判にかけられた。判決は有罪。処刑を待つばかりとなった。無事解決、と思うだろう?そうは行かなかったのだ。良くも悪くも、ライクランドでは吉兆や凶兆を重視する。神々の兆しをな。囚人の処刑が決まっても、もし何か不吉なことが起きた場合には処刑が延期されることになっている。死刑執行人の斧が壊れるとか、処刑場に雷が落ちるようなことがあれば、処刑日が変更されるのだ。大抵の場合、2度めには問題なく執行される」
「だが例外もある。良くないことが2度続けて起こることもあるのだ。その場合は3度めの処刑日が定められる。これが最後の処刑日となる。知っての通り、もし3度めの処刑もうまく行かなかった場合、それは無実を示す “神々の御意志” が介在したとみなされ、その囚人は解放される。完全に無罪放免だ。マウラーは2度処刑場に行った。そして2度帰ってきた。あの男は邪悪だ。私にはわかる。暗黒の神々があの男を庇護しているに違いない。あの男の最後の処刑日が近づいてきたが、警備兵どもはそれに関わりたくないとお粗末な口実をつけている。酒浸りの臆病者どもが……」
「そこで、君たちに相談だ。クルッペンクルクのことはずっと昔から知っている。骨の髄まで腐った男だ。君たちについても調べさせても
らった。君たちはあの男から解放されたいのではないかと見ている。そして警備隊からも。そこで、取引をしたい──4日後に、私と一緒にマウラーを処刑場まで護送してくれたら、私は君たちに下された判決をもっとずっと軽いものに減刑させられるだろう。死刑判決とはおさらば。クルッペンクルクの糞野郎ともおさらば。晴れて解放される。どうかな?」

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「そうね。イルゼ・ファッセンヴューテント、聞いたことがあるわ。不幸な失敗が起きるまで、最も優秀な街道巡視員だったそうよ。今でもそうだと良いわね。彼女の言う通り、貴方を警備隊から解放する力はあるわ」
ラングは賢明にも、弁護士のオザンナに今回のことを相談していた。
「今回のは単なる護送任務でないのは間違いないでしょうね。彼女は荒事が起きることを想定しているわ。そうでもなければ、法廷が彼女の陳情を聞き入れることは決してないわ」
そして最後にオザンナは重要な助言を与える。
「契約は書面に残しておくことね。署名も忘れずに」

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街での聞き込みから、マウラーを捕えた前の警備副隊長レノーラ・ゼンデナーの居場所を突き止め当時の状況を聞き出した。
「いくつかの事件はただの死亡案件ではない。ホルガー・マウラー……お前たちが気にかけている男─には、関わらないことだ。ろくな事にはならないだろう。マウラーをその罪で告発した男たちが、1人を残して全員死んだことを知っているか? 生き残った1人はナルブ・ディトヴィンという名の肉屋だ。最近、その男の店が火事になったと聞いた。あの男が同じ運命を辿らなかったのは残念なことだな」
ナルブ・ディトヴィン、警備隊に入れられてすぐの頃に出くわした火事の際、助け出した男だ。これは偶然なのか? ゼンデナーはまだ話を続けている。
「この世界には何かがいる……お前たちがいつかそいつらのことを知ったら、無知のままでいたかったと望むような何かが。私は、マウラーは無実だと思っている。だが、それは重要ではない。そいつらが彼を欲しているのだ」
これは悪についての話なのか。ならば立ち向かわなければならない。ラングはそう考えた。

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マウラーの処刑日の早朝はひどく冷え込み、ユーベルスライクは濃霧に包まれた。混沌の月であるモールスリーブが空に満ち、いつもよりもはるかに大きく膨らんでいる。頭上に輝くその月が放つ不気味な緑の光は、厚い霧をわずかに照らすだけで、妖しい光は不可解な方法で影を揺らめかせている。
マウラーは見事に鍛え上げられた身体を持つ20代の男だ。黒髪は短く刈り込まれている。見開かれた大きな目は緑色で、落ち着きがない―彼はほとんどまばたきをせず、その凝視は突き刺すようだ。声は太く、しかし穏やかなものだ。短い顎鬚は乱れたままで、ひどく疲れてやつれているようだ。

護送の一行がトイフェル川の土手沿いに埠頭地区に到着すると、部分的に霧が晴れ、川と橋の姿をはっきりと見せる。トイフェル川の赤みを帯びた流れは一変している。その流れは濁り、水よりも黒いヘドロのようで、音も立てずねっとりとしている。どういうわけか死んだ魚がその中を泳いでいるのが見え、その眼窩には青とピンクの炎が燃え、骨はイルミネーションのように光っている。忠実なユングフロイト家の支持者たちの腐敗した死体が橋から吊り下げられていて、その骨ばった手は喉を締める首縄と格闘して掻きむしり、救いを求めて腐った指を伸ばしている。橋を渡ろうとすると、川から黒い液体がアメーバの足のように伸び上がり、ほとん
ど無造作に土手に独りでいた漁師を掴んで川の中に引きずり込む。すると骨の魚がその体をついばみ、引き裂いていく。


朗々とした声が霧の中に響き渡る。一度にあらゆる方向から聞こえてくるかのようだ─「我らのもとに来るのだ、同志ホルガーよ」
ファッセンヴューテントは青ざめながらも覚悟を決め、「来い!」と叫びながら走り出す。片手にランタンをしっかり握りながら、もう一方の手でピストルを抜いた。ラング、シグムンド、ローレンスの3人も武器を構える。最初に霧の中から現れたのは錆びた青銅のような色のしみが肌にまだらに入り、肥ったフクロウのような目をした巨漢の男だ。続いて、透き通る肌の女が現れた。筋肉も骨も文字通り透き通っている。更に、蛙の頭部を持つ人間、色鮮やかな羽根をもつ者、常に皮膚が勝手に裂けて剥げ落ち続けている男など、ミュータントが次々に現れる。彼らは全員黒いローブをまとい、鋭く尖らせた魚鉤を武器として振り回している。
ミュータントの一人、明るいピンクとターコイズブルーの鱗に覆われた男はナルブ・ディトヴィンの成れの果てに違いない。彼はラングに感謝しているだろうか。モールスリープの緑色の光を反射した虚ろの目には、その様子は全く浮かんでいない。狂気じみた笑みを浮かべ魚鉤を眼前に構えて近づいてくる。

「何故、お前を殺そうとした警備兵を始末した”同胞たち”の仲間にならない?」巨漢の男はファッセンヴューテントにつかみかかりながら、マウラーへ問いかける。ファッセンヴューテントはピストルを男に命中させるが、金属のような男の肌は、簡単に弾丸をはじく。
「お前の力を我らが主のためにささげるのだ」ナルブだったものは、ラングに魚鉤を突き出しながら、マウラー命令する。
「私とお前は同じなのだ。行き着く先は同じなのだ」透明な肌の女が、マウラーを誘惑する。
マウラーはミュータントの言葉を完全に無視しながら、巨漢の男をまばたきしない目でじっと見つめる。納得いくまで観察した後、ゆっくりとした動作で、両手の手枷を金属肌の男に叩きつける。男の肌に亀裂が走り、大量の血が流れだす。信じられないと言った表情で、フクロウのような目をマウラーに向けながら男は絶命した。

戦いの後、ファッセンヴューテントはマウラーに尋ねた。
「何故、私たちに加勢した?」
マウラーは力なく微笑みながら肩をすくめて言う。
「こいつらはミュータントですよ」

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「お勤めご苦労さん。思ったより早かったな」
軋む大烏亭のいつもの席に収まるなり、クルッペンクルクが言った。ヨーケルはテーブルを人差し指でコツコツと叩き、元上司を見つめる。
「そうだな、転職祝いに一杯おごらなきゃいけないな」
注文したエールが来るまでの間、二人は無言でお互いの様子を窺っている。クルッペンクルクにはわずかな緊張がみられる。ジョッキを運んできたスキッラは、二人の様子がいつもと違うことを感じ取り、机の上に飲み物とつまみを並べるとクルッペンクルクの肩に軽く手を触れ、奥へと引っ込んだ。
ヨーケルはジョッキを持ち上げ言った。「これからも続く、二人の友情に」
やっと笑顔を浮かべたクルッペンクルクもジョッキを手に取り言った。「お互いの健康のために」
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