無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

セッション6 囮と魔狩人/溺れるのなら共に (ネタばれ注意)

2022年08月20日 | 巡回奇譚
囮と魔狩人

ラング、ヨーケル、シグムンドの三人は有能な薬剤師コーデリア、謎めいた野外生活者アレックス・グリューンと知己を得て、凶悪な魔女殺しハンナ・バウマンの恨みを買った。ついでに未熟な賞金稼ぎヤニック・ファンガーとその相棒、経験不足のイングリットのことを知った。




溺れるなら共に

レイコーの船に乗ったシグムンド、ヨーケル、ラングはまたしても呪われた。ハーツクライン閘門の管理人ハーフリングのヘンリエッタはリフォームによりその建物の地下に名所を作り、3人は古のウンベローゲン氏族の族長 三つ目のクーアゴーンの祝福を得た。この土地に仇なすものはクーアゴーンの怒りを知るだろう。
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セッション5 睨んで人が死ぬならば(ネタばれ注意)

2022年07月09日 | 巡回奇譚
シグムンド、ヨーケル、ラングの3人は雇い主である商人ルトガー・ロイターが手配した平底船、トランダフィル号乗っている。船はボロボロで年季の入った木材から塗料が剥げ落ちている。甲板は木箱、樽、そして建築用の資材が危なっかしく積まれている。
乗員たちはストリガニーだ。オールド・ワールドの流浪の民で不吉な迷信を持っていることで知られている民族だ。環状の耳飾りを鳴らしながら平底船のあちこちで一生懸命働いているが、シグムンドが見ると素人であることは一目瞭然だ。それでも彼らは鼻声のライクシュピールで会話をくつろいだ様子でしている。船尾には大き目の船室があり、何枚もの垂れ幕で中味は隠されている。船首の方には黒いウールのショールを被った老女がいる。彼女は三本足の椅子に座り、体を前後に揺らしながら何かをブツブツとつぶやいている。

しびれを切らしたシグムンドが船員に注意をしようとした矢先、船室を隠す垂れ幕を引いて若い男が現れ、溌溂とした様子で自己紹介を始めた。
「ごきげんよう!僕がルトガー・ロイターだ。ルトガーと呼んでくれ。この仕事に参加してくれて本当に助かったよ。現場キャンプにはやるべき仕事がいっぱいあってね。腕っぷしが強くて言いつけを守れる、君たちのような人たちに任せたい仕事があるんだ。揉め事は起きないとは思うけど、君たちに目配りをしておいて欲しい。何か起きたときに手伝ってくれるなら、どんな仕事でもお礼を出すよ。では、君たちについて教えてくれないか」
誰から発言すべきか、3人は顔を見合わせた。
「では俺から。俺はシグムンド、船乗りだ。率直に言って船はオンボロ、船員は素人。これでは河賊に襲ってくれと言っているようなものだ。それでもって、実際襲われて急な操舵をしたら、積荷が崩れて転覆だ」
ロイターは他人事のように大笑いする。
「これは参ったな。急な手配だったのでベテランをそろえることが出来なかったんだ。でも君のようなプロに来てもらえたんで、その埋め合わせが出来たよ」
「俺はヨーケル=ザカ、賞金稼ぎだ。お前さんの求めに応じられるかは分からんが、悪さをしたやつを捕まえたいなら俺に言ってくれ」
「いや、君こそ僕が求めていた人だよ。ここだけの話だが、やはりストリガニーは信用ならないからね」
「私はハイドリッヒ・ラング、ヴェレナの僕です。知識をお求めならわたしにお聞きになって下さい」
「都会を離れた場所で貴重な知識を得れるとは、なんと贅沢なことだろう。僕は常に文明人でありたいからね。ラング先生と呼んでいいですか」

上機嫌で船室に引き返すルトガーの後ろ姿を見ながらヨーケルが言った。
「ぼんくらだな」
「残念ながら、そのようですね」とラングが答える。
「とりあえず、河賊に襲われないよう積荷をしっかりとした方が良いな」 シグムンドは近くの船員を集め始めた。

シグムンドと船員たちの作業を見守るヨーケルとラングの元に、船長のレイコーがやってきた。
「お前さん方の仲間には感謝している。俺らは生まれついての船乗りという訳じゃないからな。ストリガニーは各地を放浪し出来る仕事をして生活しているのさ。沼地に工場なんかを建てて儲かるかどうかも分からんが、ロイターは真っ当に見えるし、これまでのところ、支払いもちゃんとしてるからな。とは言え、その沼地は家の婆さまが言うように呪われているのかもしれない。向こうでは悪夢を見るという奴も多いし、日中はちょっとした言い争いや喧嘩が絶えない。早く終わらせて、子供の所に帰りたいよ」

続いて二人がストリガニーの婆さまの話を聞こうと近づくと、突然彼女が紙のように薄い声でしゃべり出す。
「ああ、助かった!ご先祖様に感謝じゃ!川の蛇行と”オルトシュラムの魔獣”からお守りくださったのじゃ!皆、喜べ! だが油断してはならぬ。別の、もっと恐ろしい災いに向かっておる・・・」
ラングが老女に話しかけようとすると、他のストリガニーが警告する。
「ヴァドマ婆さまを邪魔しねえでくれ。そのまま祈らせてやれ-年寄りに余計なお節介を焼くもんじゃねぇ」
ヨーケルとラングはお互いを見合ってから、首を振りながらその場を離れた。

作業が一段落つき、船上の者は皆、昼下がりの時間を思い思いに過ごしていた。突然、恐ろしい音が船底から聞こえ、激しく船が振動した。木箱や樽が留め具から外れて転がり、山積みの資材が崩れて甲板上の人々を薙ぎ払う。船首に一人でいたヴァドマが叫び声をあげながら、泡立つヴェルフェルフラス川へ放り出されてしまった。
舷側の手すりに寄りかかり、流れる風景を眺めていたシグムンド、ヨーケル、ラングの3人もたまらず水中に投げ出された。3人には幸運なことに(同時に船にとっては不幸なことだが)、この辺の流れは速いが水深は浅く、何とか水底に足がとどいた。しかし川の水は灰色山脈からの雪解け水で非常に冷たく、数分で動けなくなるだろう。老人ではなおさらだ。しかも溺れまいともがくヴァドマを狙って、怪魚が近づいて来ている。
「まずいな、スターパイクとしては小物だが、婆さんぐらいは一口でいけそうだ」
シグムンドが冷静に観察する横で、ヴァドマを救おうとラングは必死に進むが、急な流れでままならない。
「ほら、二人とも急ぎましょう。ストリガニーの老人を見捨てたりしたら、酷く祟られますよ」
ラングに脅されて、シグムンドとヨーケルはヴァドマをスターパイクから守るために進み出る。シグムンドが近づいたスターパイクの眼の間を強く叩くと、怪魚はおとなしく元来た方へ泳ぎ去った。
「やるな、シグムンド」
濡れた衣服から白い蒸気を立て、大きく息をつきながら、ヨーケルがシグムンドの肩を叩く。
「なに、仕事ではもっと大きい奴を使うことが良くあったからな」 シグムンドは事無げに言い、濡れた髪をかき上げた。



「シグマー様のご加護だね!これぐらいで済んでよかったじゃないか? 確かに大変なことにはなったけど、思っているほど取り返しのつかないことじゃない。キャンプに戻って、スルグリムをここに寄越すよ。あの船をどう直すか分かるはずだ」
ルトガーが船の方を指さすと、船は嫌な音を立てて崩れ落ち、少し色が塗られた残骸と化して川下へと流れだした。
「ああ・・・今のは気にしないでくれ。ラナルド様は片手で与え、片手で奪うと言うからね。そのうち良いことが起きるに違いないよ」

幸いに死者はいなかった。何人かがいささか水を飲んだり、崩れた荷物で打撲を負った程度だ。ヴァドマ婆さまを助けたことでストリガニーと仲良くなれたのは、ルトガーの言うラナルド様の贈り物と言えるだろう。彼らからはルトガーの能天気な話の裏が聞けた。キャンプでの主導権争いや土地にまつわる噂話など、問題が山積みだ。逆に言えば、儲けるチャンスが多いということだろう。これもラナルド様々と言ったところか。その代償は水に濡れたことと、重い建築資材を担いでキャンプを目指すことになったことぐらいだ。

1時間ほど歩くとキャンプ地に到着する。そこは灰色の湖の岸辺で、酷く湿った場所だった。近くに河の奔流があるので動力となる水車小屋を建てるにはうってつけだが、とても繊維工場を運営するのに適した場所とは思えない。周囲には霧が立ち込めており、あちこちに大きな黒い立石が見える。少し離れたところにある巨大な立石を見ていると、背中に寒気が走る。
「もう戻ったのか、人間」 黒く長い髪と、幅広で硬い顎髭をもつ壮年のドワーフが近づいてくる。汚い作業着を着て、大きな茶色いパイプをふかしている。
「スルグリム!ああ…、その…、うん…、なんて言うか、川で事故があってね。この親切な人たちが有能なところを見せてくれたんだ。だからちょっとお礼ができないかと思っていたところなんだ。というか、現場の仕事をやってもらうために雇ってきた。ほら、あるだろ。その…、ストリガニーたちが嫌がる仕事とかさ」 ルトガーは首から鎖で下げた大きな真鍮の鍵を取り出した。
「できれば、金庫をスティーグラーのキャラバンへ持っていって、彼らのために銀貨を用意してやってくれないか?」
スルグリムは大きくタバコの煙を吐き出すと、3人についてくるよう身振りで示す。
「俺は建築のことは分からんが、ここの現場はだいぶ問題があるように見えるが?」 シグムンドが言うように、この現場はずいぶん荒れている。足場はいい加減に組まれた状態で放置されているし、土台工事は川岸に近すぎるところを掘り返しているため、浸水している。労働者の道具は安物で、縄、木材、レンガなど建築資材は適当に積まれている。
「真面目なドワーフの労働者がいれば、俺の仕事も灰色山脈の現場みたいに立派にやれるさ。だがまともな働き手もいねえし、俺の自由になる予算にも限界がある。やる気のない人間どもと、言い争うバカ二人に囲まれてても、もっとましな結果が出せると思うなら、勝手にやるがいい」

スルグリムは豪華で立派な4頭立て4輪大型馬車の階段を上り、手早くノックした。片付ける音とため息がかすかに中から聞こえた。そして、硬い靴底が床に響く音が聞こえてから、ドアがゆっくり開いた。スティーグラーは背が高い女性で、上質に仕立てられたトラウザーとジャーキンを身に着けている。軽く油で手入れされた、金の巻き毛の持ち主だ。赤い唇は不満げに歪み、血走った青い目でスルグリムを睨みつける。
「少しでも…、寝ようと…、していたんだけど。何の用か知らないけど、朝まで待てないの?」
スルグリムは全く動じず、必要なことだけを言う。
「舟が事故にあった。こいつらが引き上げを手伝ったそうだ。ロイターが金を払ってやれって言っている。できれば手厚くとな」
彼女はひどく疲れている。これは間抜けな相棒と無神経なドワーフだけのためではなさそうだ。やはりこの場所には何かあるのかもしれない。結局、スティーグラーは金を払った。そして別れ際に言った。
「お互い、とっつき悪かったかもしれないね。もしそうなら、ちょっと大目に見てほしい。普段からこんな感じじゃないんだ。最近色々と…大変になっていてね。ここはみんなで一晩ゆっくり寝て、明日もう一度今後のことを話しましょう。ロイターがいくら払うって言ってるか知らないけど、私なら倍額を提示できるし、あいつと違って私は約束を守るからね」

その晩、3人は動揺して目が覚めた。心臓の鼓動が危険なほど早まっている。恐ろしい悪夢を見ていたようだ。記憶は急速に薄れていくが、藁ぶきのベッド、小屋を燃やす劫火、絡みつく鉤爪の感触を覚えている。グラウゼーの水面に反射した混沌の月が、怒りをたたえた巨大な目に飲み込まれていく。背中は石の板に押し付けられていた。その後は何も思い出せない。残っているのは激しい不安、全てを喪失し、永遠の孤独だけだ。

今朝も周囲は霧に包まれ、疲れ果てた作業員がやる気のない作業を始めている。スルグリムが大麦をつぶした薄粥を手にやってきた。
「ひどい顔をしているぞ。まあ、ここでは誰もが同じような顔をしている。良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい」
ヨーケルはうんざりした表情で先を促した。
「よしじゃあ、良い知らせだ。お前らの雇い主は、お前らが働いた分はちゃんと金を払うということで同意した。悪い知らせは、お前らの仕事のことだ。見て分かる通り、ここいらには気色の悪いオガム石がごろごろしている。邪魔なんで、これらを掘り返せってことだ。ストリガニーどもは禁忌だの抜かして役に立たない。石1つにつき、1人1シリングだ」



オガム石は草地全体に渡って広がる複雑な巨石群の一部だ。中心となる9フィートの石と、それを取り囲む4フィート程の6つの石で構成されている。それぞれの石は分厚く毛足の長い苔で覆われており、基部には網目模様が渦巻く抽象的な装飾が掘られている。順調に小さい石を掘り起こした3人だが、大きい石で手が止まった。明らかにこの石は他と違う。土に隠された基部には獣じみた野蛮で巨大な生物の歴史が刻み込まれている。それは呪術的で冒涜的だ。
「なあ、ラング、これ掘り返して大丈夫か?」 普段、神様や魔術などをまったく気にしないヨーケルも、流石に気になるようだ。
「そうですね、流石にこれはまずそうですね。オガム石についてきちんと調べてからにしたほうが良いでしょう」

掘り起こした石の分の銀貨を受け取ろうと、キャンプでルトガーを探した。しかし彼のテントは無人で、足跡が川の方へ続いている。跡をたどると丈の高いガマが茂った川岸に突き当たる。風に揺れる草の中にルトガー・ロイターの死体が横たわっている。彼の来ているリネンの肌着は血まみれで、右腕が失われている。肩から肉が引き裂かれた無残な殺され方の割に、彼の顔は安らかだ。周りの泥土に残された大きな三本指の足跡が川へと向かっている。
何人かのストリガニーがすぐに集まり、皆何かを悟ったような目つきで頷きあっている。レイコーが彼らの考えを代弁する。
「ヴァドマ婆さまが言った通りだ。ここは本当に呪われている。すぐにここを離れなければ。オルトシュラムの魔獣が現れた!」
スルグリムとスティーグラーもすぐに現場に現れた。スティーグラーはぞっとするような冷たい目で死体を一瞥して言った。
「間抜けはついにくたばったみたいだね。散々面倒事を起された上に、こいつの親に説明しなきゃいけないとはね!」
スルグリムはスティーグラーの言い様に驚いて怒鳴る。
「死んだ人間に多少の敬意ぐらい見せたらどうだ!」
「敬意? 必要なのは犯人探しだろ」 スティーグラーはベルトから重そうなポーチを外す。「これをしでかしたバケモノの首を持ってきたやつに、金貨10枚をくれてやるよ!」 そして彼女は死体へと近寄った。「その金は工事の予算から出すけどね。鍵はどこだい?」
「鍵は俺が持っていた方がいいだろう」 とスルグリムは返した。「これは共同事業だからな。ロイター家の連中も、投資した金が全部他人の手の内にあっては落ち着かんだろう。自分の金が他人のものになっているのを見たら、どう感じるかは俺には良く分る」 スルグリムはスティーグラーを意味有り気で憎悪に満ちた視線を送るが、彼女は気づいてない。あるいは単に無視した。
「いったい何の権限があってそんなことが言えるんだい、ドワーフ。ロイター家が死んだルトガーの代わりを誰か送ってこない限り、ここを仕切るのは私だ!」
スティーグラーは勢いのまま三人の方を向くと言い放つ。「ロイターはまさしくこういう仕事のためにお前らを雇ったんだ。さっさとお行き!」
シグムンドは肩をすくめて言った。「やっと俺らの出番か。せいぜい稼がせてもらおう」

怪物の足跡は河の反対岸に続いている。泥だらけの起伏の多い地面を進むのは骨が折れた。特に密集した白樺の木立を通り抜けようとしたとき、突然近くから警戒の叫び声が聞こえた。濃い霧を通してぼんやりとした3人の人影と、もっと大きなおぼろげな影がこちらに向かってくる。木々が開けて、大きく泥だらけの湖の周りに出る。泥の中を必死にもがき、荷物や杖を落としながら3人の採集者がこちらに逃げてくる。彼らを追うのは体長20フィート近い怪物だ。その頭と肩は採集者の遥か頭上にある。8本の汚らわしい足を使って、泥の中を軽々と進む。しかしこの怪物は明らかに高齢で病気のようだ。動きには麻痺が見られ不安定であり、巨大な口から除く歯の多くは砕かれているか、無くなっている。灰緑色の皮膚はやせ衰えた体の周りで垂れ下がっている。白内障の眼は利かず、匂いで獲物を追っているようだ。
「怪物には違いないが、酷くみすぼらしい奴だな。これなら何とかなるんじゃないか」 シグムンドが気楽な調子で言う。
シグムンド、ヨーケル、ラングが怪物に立ち向かうと、逃げていた採集者も勇気を振り絞って加勢し始めた。



「ありがとうございます。命拾いしました」 採集者にしてはヤクザ風な印象の男が頭を下げる。そして話も早々に荷物を回収して立ち去ろうとする。
「おい、お前ら少し待て。このおかしな杖は何に使うんだ?」ヨーケルは男たちが回収し忘れた杖を拾い上げ尋ねた。その杖には3本の枝が紐で奇妙な形に結ばれている。
「それは…、鰻や蛙を捕まえる道具です」
「あなたたちは、嘘つきですね。しかも、雑です。怪物の足の指は4本ですし、このような道具で鰻や蛙を捕まえることはできません」 ラングが指摘する。
「余計なことに気付くと長生きはできないぜ」 男たちは本性を現して、武器を3人に向けた。

「それで」 疲れ果てた様子のスティーグラーが絞り出すように言った。3人が戻ってくるとキャンプは撤収作業の最中だった。日も暮れて薄暮の闇の中、多くの馬車が移動しているのが見える。レイコーは既に出立した後で、残された若者が伝言を伝える。今後ストリガニーに出会ったときにはレイコーかヴァドマの名を出せば面倒を見てくれるだろう。スルグリムも金庫と共にどこかに消えてしまった。
「お前の状況にはいささか同情するが、約束は約束だ。怪物の頭をもって来たので、金貨をもらおう」
「…分かった、ここに10枚ある。持っていけ」彼女はベルトの袋を持ち上げる。
「まあ、待て。商人たるもの、金は商品を見てから払うものだ」 ヨーケルが扉を開けると、怪物の頭と拘束された採集者を語る男二人が並んでいる。
スティーグラーの頬にはわずかに血色が戻り、涙で赤くはれた目が鋭く狭められる。
「俺たちは怪物を殺し、”偶然”怪物に襲われていた男たちも救い出した。残念ながら一人は助けられなかったが、俺たちは最善を尽くした。それを評価してもらっても良いのではないか?」
「…なるほど。私はお前たちに感謝すべきだな。聞いての通り、金庫はスルグリムが持ち去ってしまったため、ここには金貨10枚しかない。ユーベルスライクに戻るまで待ってもらえれば、15枚を支払おう。加えて、持ち逃げされた金庫を取り戻したら、中身の10%を払おう」

「そう言う訳で、お前たちは”偶然”怪物と遭遇してしまい、俺たちに助けられた。死んだハンスは残念だったが、奴はお前らのために立派に戦った。誰かに何かを依頼されたわけではないので、銀貨など持っているはずはない。違うか?」
「…その、…通りだ」 採集者の生き残り、グルトとフレデリックは力なく同意する。
「俺は立派に戦ったハンスの名誉を称えたい。怪物の頭はお前たちが持っていけ。見世物にするなり、町で魔法使いに売るなり好きにしろ」 ヨーケルは満面の笑みを浮かべて、二人を拘束した縄を解いた。

町に戻ると、3人は警備隊でのコネをつかってスルグリムの居場所を探った。ドワーフは本気で逃げるつもりはなかったようで、すぐに見つけ出すことが出来た。スルグリムの一族は、過去にロイター家とスティーグラー家に騙され、全財産を失った。スルグリムは金を取り戻す機会をさぐるため、両家の工場建設計画にもぐりこんだのだ。スルグリムは自分を見逃すよう言ったが、3人は当局へ引き渡すことにした。

「なあ、ラング。スルグリムの奴は見逃してやっても良かったんじゃないか?」 シグムンドは金を数える手をとめてラングの方を見て、付け加えた。「スティーグラーは見逃してやったじゃないか」
ヨーケルが頷きながら言う 「それは、当然金貨…」 ラングは真面目な口調で言った。
「スティーグラーは明らかに、あの土地に充満するオガム石の放つ魔の力の影響を受けていました。しかしスティーグラーとスルグリムの間の因縁は人の法によるものです。我々には魔の法を断ずることは出来ません。そういうことです」
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巡回奇譚 -4(ネタばれ注意)

2022年04月16日 | 巡回奇譚
混雑した軋む大鴉亭の目立たない片隅で、ヨーケルとクルッペンクルクが向き合っている。静かに酒を楽しんでいるように見えるが、そうではない。商売女たちも剣呑な空気を感じ寄りつかない。
「例の税金逃れの潜伏先を見つけたぜ」ヨーケルはホールの反対側にいる男を見ながら言った。あいつどこかで見たことあるな。
「流石アルトドルフ出身の賞金稼ぎ。田舎者と違い、仕事が速いな。後はいつも通りの段取りで宜しく」机の下で硬貨の入った袋を渡す。
「あいつはどうだ?」ヨーケルは男を目で示す。
「あれは使えない。そっちは俺が手配するから心配するな」ジョッキに残った酒を飲み干し、クルッペンクルクが言う。
「ところで最近随分と調子が良いが、コツなんかを田舎者のしがない警備副隊長に教えて貰えないか?」
ヨーケルはクルッペンクルクの目をのぞき込み言った。
「事実の観察。これが重要さ。満月の日に、人生が変わるということも、あるってこと」
飲み干したジョッキをクルッペンクルクのほうに押しやり、ヨーケルは席を立った。
「まったく、都会の人間様は文化的なことで」そう言いながら、クルッペンクルクは、待ちかまえていたお気に入りのスキッラを手招きした。

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ローレンツは河の民だ。同じ人種であるシグムンドの伝手で警備隊に潜り込んだ。このところ、自身が言うところのアルバイトに忙しいヨーケルの穴埋めとして、ラング、シグムンドと組んで日々の見回りをしている。今日も問題の多いアルトドルフ兵のけんかの仲裁を終えた直後に、40代後半のがっしりとした女性が近寄ってくる。彼女は3人の仕事ぶりを見ると満足気にうなずく。
「この引き合わせを神々に感謝する! 私はイルゼ・ファッセンヴューテント、街道巡視分隊長だ。私は君たちに協力を仰ぎたい仕事を抱えている。その仕事は君たちをクルッペンクルクから、さらには警備隊そのものから解放するだろう! もし興味があれば、今夜〈爆発する豚〉亭に私を訪ねてきてくれ。そこですべてを話そう」。
彼女はそれ以上の質問には何も答えず、人混みの中に消えていく。

「今の姐さんは何だろう」 シグムンドはラングへ尋ねる。
「なかなかの古強者のようでしたね。彼女のピストルを見ましたか?丁寧に手入れされているだけでなく、よく使いこまれているようでした」
ローレンツが得心顔で頷く。「腕利きは変わり者が多いというのは、陸も川と同じだな」

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「1人の囚人がいる。名はマウラー。石工だ。血の通わぬ悪人。多くの人を殺害した。頭をしたたかに打たれて逮捕され、裁判にかけられた。判決は有罪。処刑を待つばかりとなった。無事解決、と思うだろう?そうは行かなかったのだ。良くも悪くも、ライクランドでは吉兆や凶兆を重視する。神々の兆しをな。囚人の処刑が決まっても、もし何か不吉なことが起きた場合には処刑が延期されることになっている。死刑執行人の斧が壊れるとか、処刑場に雷が落ちるようなことがあれば、処刑日が変更されるのだ。大抵の場合、2度めには問題なく執行される」
「だが例外もある。良くないことが2度続けて起こることもあるのだ。その場合は3度めの処刑日が定められる。これが最後の処刑日となる。知っての通り、もし3度めの処刑もうまく行かなかった場合、それは無実を示す “神々の御意志” が介在したとみなされ、その囚人は解放される。完全に無罪放免だ。マウラーは2度処刑場に行った。そして2度帰ってきた。あの男は邪悪だ。私にはわかる。暗黒の神々があの男を庇護しているに違いない。あの男の最後の処刑日が近づいてきたが、警備兵どもはそれに関わりたくないとお粗末な口実をつけている。酒浸りの臆病者どもが……」
「そこで、君たちに相談だ。クルッペンクルクのことはずっと昔から知っている。骨の髄まで腐った男だ。君たちについても調べさせても
らった。君たちはあの男から解放されたいのではないかと見ている。そして警備隊からも。そこで、取引をしたい──4日後に、私と一緒にマウラーを処刑場まで護送してくれたら、私は君たちに下された判決をもっとずっと軽いものに減刑させられるだろう。死刑判決とはおさらば。クルッペンクルクの糞野郎ともおさらば。晴れて解放される。どうかな?」

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「そうね。イルゼ・ファッセンヴューテント、聞いたことがあるわ。不幸な失敗が起きるまで、最も優秀な街道巡視員だったそうよ。今でもそうだと良いわね。彼女の言う通り、貴方を警備隊から解放する力はあるわ」
ラングは賢明にも、弁護士のオザンナに今回のことを相談していた。
「今回のは単なる護送任務でないのは間違いないでしょうね。彼女は荒事が起きることを想定しているわ。そうでもなければ、法廷が彼女の陳情を聞き入れることは決してないわ」
そして最後にオザンナは重要な助言を与える。
「契約は書面に残しておくことね。署名も忘れずに」

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街での聞き込みから、マウラーを捕えた前の警備副隊長レノーラ・ゼンデナーの居場所を突き止め当時の状況を聞き出した。
「いくつかの事件はただの死亡案件ではない。ホルガー・マウラー……お前たちが気にかけている男─には、関わらないことだ。ろくな事にはならないだろう。マウラーをその罪で告発した男たちが、1人を残して全員死んだことを知っているか? 生き残った1人はナルブ・ディトヴィンという名の肉屋だ。最近、その男の店が火事になったと聞いた。あの男が同じ運命を辿らなかったのは残念なことだな」
ナルブ・ディトヴィン、警備隊に入れられてすぐの頃に出くわした火事の際、助け出した男だ。これは偶然なのか? ゼンデナーはまだ話を続けている。
「この世界には何かがいる……お前たちがいつかそいつらのことを知ったら、無知のままでいたかったと望むような何かが。私は、マウラーは無実だと思っている。だが、それは重要ではない。そいつらが彼を欲しているのだ」
これは悪についての話なのか。ならば立ち向かわなければならない。ラングはそう考えた。

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マウラーの処刑日の早朝はひどく冷え込み、ユーベルスライクは濃霧に包まれた。混沌の月であるモールスリーブが空に満ち、いつもよりもはるかに大きく膨らんでいる。頭上に輝くその月が放つ不気味な緑の光は、厚い霧をわずかに照らすだけで、妖しい光は不可解な方法で影を揺らめかせている。
マウラーは見事に鍛え上げられた身体を持つ20代の男だ。黒髪は短く刈り込まれている。見開かれた大きな目は緑色で、落ち着きがない―彼はほとんどまばたきをせず、その凝視は突き刺すようだ。声は太く、しかし穏やかなものだ。短い顎鬚は乱れたままで、ひどく疲れてやつれているようだ。

護送の一行がトイフェル川の土手沿いに埠頭地区に到着すると、部分的に霧が晴れ、川と橋の姿をはっきりと見せる。トイフェル川の赤みを帯びた流れは一変している。その流れは濁り、水よりも黒いヘドロのようで、音も立てずねっとりとしている。どういうわけか死んだ魚がその中を泳いでいるのが見え、その眼窩には青とピンクの炎が燃え、骨はイルミネーションのように光っている。忠実なユングフロイト家の支持者たちの腐敗した死体が橋から吊り下げられていて、その骨ばった手は喉を締める首縄と格闘して掻きむしり、救いを求めて腐った指を伸ばしている。橋を渡ろうとすると、川から黒い液体がアメーバの足のように伸び上がり、ほとん
ど無造作に土手に独りでいた漁師を掴んで川の中に引きずり込む。すると骨の魚がその体をついばみ、引き裂いていく。


朗々とした声が霧の中に響き渡る。一度にあらゆる方向から聞こえてくるかのようだ─「我らのもとに来るのだ、同志ホルガーよ」
ファッセンヴューテントは青ざめながらも覚悟を決め、「来い!」と叫びながら走り出す。片手にランタンをしっかり握りながら、もう一方の手でピストルを抜いた。ラング、シグムンド、ローレンスの3人も武器を構える。最初に霧の中から現れたのは錆びた青銅のような色のしみが肌にまだらに入り、肥ったフクロウのような目をした巨漢の男だ。続いて、透き通る肌の女が現れた。筋肉も骨も文字通り透き通っている。更に、蛙の頭部を持つ人間、色鮮やかな羽根をもつ者、常に皮膚が勝手に裂けて剥げ落ち続けている男など、ミュータントが次々に現れる。彼らは全員黒いローブをまとい、鋭く尖らせた魚鉤を武器として振り回している。
ミュータントの一人、明るいピンクとターコイズブルーの鱗に覆われた男はナルブ・ディトヴィンの成れの果てに違いない。彼はラングに感謝しているだろうか。モールスリープの緑色の光を反射した虚ろの目には、その様子は全く浮かんでいない。狂気じみた笑みを浮かべ魚鉤を眼前に構えて近づいてくる。

「何故、お前を殺そうとした警備兵を始末した”同胞たち”の仲間にならない?」巨漢の男はファッセンヴューテントにつかみかかりながら、マウラーへ問いかける。ファッセンヴューテントはピストルを男に命中させるが、金属のような男の肌は、簡単に弾丸をはじく。
「お前の力を我らが主のためにささげるのだ」ナルブだったものは、ラングに魚鉤を突き出しながら、マウラー命令する。
「私とお前は同じなのだ。行き着く先は同じなのだ」透明な肌の女が、マウラーを誘惑する。
マウラーはミュータントの言葉を完全に無視しながら、巨漢の男をまばたきしない目でじっと見つめる。納得いくまで観察した後、ゆっくりとした動作で、両手の手枷を金属肌の男に叩きつける。男の肌に亀裂が走り、大量の血が流れだす。信じられないと言った表情で、フクロウのような目をマウラーに向けながら男は絶命した。

戦いの後、ファッセンヴューテントはマウラーに尋ねた。
「何故、私たちに加勢した?」
マウラーは力なく微笑みながら肩をすくめて言う。
「こいつらはミュータントですよ」

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「お勤めご苦労さん。思ったより早かったな」
軋む大烏亭のいつもの席に収まるなり、クルッペンクルクが言った。ヨーケルはテーブルを人差し指でコツコツと叩き、元上司を見つめる。
「そうだな、転職祝いに一杯おごらなきゃいけないな」
注文したエールが来るまでの間、二人は無言でお互いの様子を窺っている。クルッペンクルクにはわずかな緊張がみられる。ジョッキを運んできたスキッラは、二人の様子がいつもと違うことを感じ取り、机の上に飲み物とつまみを並べるとクルッペンクルクの肩に軽く手を触れ、奥へと引っ込んだ。
ヨーケルはジョッキを持ち上げ言った。「これからも続く、二人の友情に」
やっと笑顔を浮かべたクルッペンクルクもジョッキを手に取り言った。「お互いの健康のために」
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巡回奇譚 -3(ネタばれ注意)

2022年03月05日 | 巡回奇譚
その鞭打ち苦行者は毎朝日の出前から多大な苦痛を伴う修練を行うことを日課としていた。白んでゆく空、完璧な真円のマンスリープが見守る中、遂に待ち望んでいたものが到来した。目の端を巨大な蛇が素早く横切った。忘我の境地にいた彼は、その動きを見ていたが認識はしていなかった。鞭打ちにより、背中の傷が再び開き、滲み出た血が玉となり背骨を伝い下る。尻から滴った1滴が礼拝所の薄汚れた床に落ちるまでの刹那で世界は一変した。大いなるものは苦行者の苦痛と悦楽、全人格とそれを形作った人生を読み取り、新たな使命を伝えた。
「そしてマンスリープが満月であったその朝、世の衆生にはいつもの朝だが、私には特別の日となった。蛇神様の御神託を得たのだ。故にマンスリープの日の朝、すなわちマンデイ・モーニングを我が名として、特別なものにしたのだ」
これは終わりそうもない。シグムンドは早くも居眠りを始めている。ここは先生に任せよう。ヨーケルはラングに目で合図して、マンデイ・モーニングの聖堂である掘っ建て小屋を出た。周囲を見回し、小屋を見張ることのできる建物の影へ行き、壁を背に楽な姿勢をとった。時折、小屋に近づく者がいたが、先客がいるのを知るとそっと帰って行った。それらの者全ての面相を覚えながら、中の会話が終わるのを待った。

「マンデイ・モーニング師が言うには、師が帰依する蛇神様の御使いである大口様が、最近ご来訪されたらしい。もし御使いでなければ、オーガあるいはトロールと言ったところだろうね。話を要約すると、その御使いが夜な夜な出現し、辺りの住人に危害を加えているようだ。師に言わせると、それも恩寵だそうだよ。その御使いとやらは1体だけだそうだ。とは言え・・・」
「我々3人では荷が重いな」言葉を引き継ぎ、ヨーケルが言った。
「とは言え、これだけでクルッペンクルクや警備隊が動くとも思えん。隊長に直談判すればあるいは・・・」
少し考えてからラングが言った。
「先ずは私達だけで調査を進めて、怪物の正体を明らかにしましょう。事実の観察、これが重要です」

話は午前中にさかのぼる。
ラング、ヨーケル、シグムンドの3人は、貧乏人にまで手をさしのべる、良い警備隊員だと街の人々から賞賛されている。しかしこのことは彼らの身の安全を危うくしている。3人の生殺与奪権を握るクルッペンクルク警備隊副隊長には、3人の人気ぶりが面白くないのだ。町での人気ぶりに反して、警備隊での評価は危険なほど低い。クルッペンクルクこそ、内なる敵なのだ。
ヨーケルは組織内での評価の低さは、事実がどうであれ、致命傷に成り得ることを良く理解している。実際彼はそのような負の感情を利用して、標的をあぶり出し、追い詰めてきたのだ。狭い船上で長い時間を過ごすシグムンドも同様だ。仲間と有効な関係が結べない者はすぐに水面に浮くことになる。しかしラングは違う。彼は言う、この世は在るべき正しい姿に向かう途中だと。それはヴェレナ神の御心を写した静妙なる世界、波一つ無い鏡のごとき水面。その訪れは、ヴェレナ信者の信心と行動により早まるのだと。故にラングは正しいと思うところを、躊躇なく行う。結局のところ、町での評判はラングの信念に負うところが大きい。
今朝も3人は他の警備兵が寄り付かないユーベルスライク橋のたもとに広がる貧民窟、ドゥンケルフォイヒトを中心に見回りを行っていた。ここに割り当てられたのはクルッペンクルクの指金ではあるが、ラングは全く意に介せず、高級住宅街である朝日が丘を見回るときと同じような熱心さで、任務を遂行している。
ボロボロの服を着た貧相な少年が3人の前に立ちはだかったとき、ヨーケルとシグムンドが素早く周囲を見回し、この策略を仕組んだ悪党の居場所を探したのとは対照に、ラングは膝をつき、目線を少年に合わせて話を聞いた。
「俺の父ちゃんが居なくなっちまった。ラング様ならきっと見つけてくれると街のみんなが言っていたんだ」
まだ周囲を警戒しながらヨーケルが言った。「どうせ借金に首が回らなくなって、お前を捨ててとんずらしたんだろ。父親捜しなんて時間の無駄だ」
「うるさい偽物! 父ちゃんが俺らを見捨てるはずがない。きっと悪い奴らに連れ去られたんだ」
「まあまあ二人とも。先ずは事実の把握から始めましょう。君の名前は何というのですか?」
少年の名はオイゲン・ペッヒフォーゲル、父親の名はライケルト。母マグリンは、自分たちのような貧民が、立派な紳士に気にかけて貰えたというだけで感激し、涙した。父親は夜に下肥を作りに外へ出たきり行方不明になったらしい。周囲を調査したところ、近くで修道所を構える苦行者が答えを持っていそうだと知れた。その苦行者こそがマンディ・モーニング導師だ。

3人はライケルトの失踪状況から、大口様とやらの出現場所と時間を推測し、幾晩か見張り続けた。そして新月の夜、怪物がトイフェル川から街へ上陸するのを見た。
「どうやらトロールのようですね。しかし普通のトロールでは無いようです。あ、いや、混沌の生き物であるトロールに普通というものはありません。ここで意味するところは、統計的平均からの乖離が大きいと言うことです」ラングが息を潜めながら言った。
「統計的平均とやらが何のことかは分からんが、トロールがあれほど泳ぎが上手いとは知らなかった。あれなら良い船乗りになれるぞ」とシグムンドは呑気に感心している。
「そんな船はゴメンだな。ところで先生どうする。また誰かが犠牲になるぞ」
「そうですね。しかし今回のわたし達の目的は偵察、脅威の評価です。任務は完了しました。ここは速やかに離脱しましょう」
無事安全な場所までたどり着いたところで、ヨーケルが言った。
「さっきは少しヒヤヒヤしたぜ。いつもの調子で先生が”倒しましょう”なんて言い出したらどうしようってね」
「それは買い被りすぎです。勇者は成し得ることを為し賞賛を得、遇者は賞賛を望み破滅すると言いますからね。それよりもいよいよ協力者が必要になりました。ただの数合わせでは、混乱して犠牲者を増やすだけです。正に勇者が必要です。私は警備隊にあたってみます」
「それなら俺は、この前知り合ったマッチョなアルトドルフ兵にあたってみるよ」先日、曲がりハンマー亭でアルトドルフ兵と1対1の拳闘で対戦したシグムンドが言った。
「俺はダウイハーフェンで命知らずのトロール殺しでも探してみるか」とヨーケルが言った。

「何、街中にトロールだと!」
「そうです、しかも奴は狡猾です。月の無い暗い夜や激しい風雨の晩など、他に襲撃が気付かれない時を選んで出現しています。この怪物を倒すには最高の戦士が必要です」
「そうか、このところ町人の幾人かや警備兵までもが行方不明になっていたが、それもすべてそのトロールの仕業に違いない」
ラングはクルッペンクルク副隊長の推測に違和感を覚えたが、そのまま話を進めさせた。
「それならカスパールを連れていけ。奴はアルトドルフの奴らが来る前から警備隊にいるベテランだ。おそらく剣の腕は隊一番だろう」

警備兵のカスパール、アルトドルフ兵のイーノックにトロール殺しのザッブと共に、3人はトロールを待ち伏せている。今晩は月が出ておらず、怪物が出現する可能性が高い。
ザッブが全員を見回して言った。
「奴さんお出ましのようだぞ。臭いトロールの匂いがプンプンするぜ」そして言い終わると同時にバトルアックスを低く構えて、驚くほど身軽に駆け出した。
ドワーフほど夜目の効かない他の面々は、慎重に後を追う。
暗い川沿いの倉庫の陰に、背の低いドワーフを押しつぶすように見下ろしている怪物の姿が見えた。その醜悪さ、大気に充満する吐き気を催す生臭さ、武器というには大きすぎる錆びまみれの船の錨が、見る者全てに恐怖を与える。狩人が獲物に畏怖しているのだ。
「巨大さや怪力が恐怖ではない。悪辣な相貌や混沌の腐臭が恐怖ではない。我々の中にある暗闇が恐怖をもたらす。見よ、ここにヴェレナの光がある!」ラングが祈祷を唱えながら松明に着火する。恐怖に絡めとられそうになっていた英雄たちは自身を取り戻す。智慧光の元、怪物の弱点を探りながら包囲を狭める。怪物は最早ただの獲物に過ぎない。

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巡回奇譚 -2(ネタばれ注意)

2022年01月22日 | 巡回奇譚

「それで、ヴェレナはどのような思し召しでお前にこのような騒乱を起こせとお命じになったのかな? ラングとやら」
「・・・・・。」

そうよ、それでいいわ。ラングは良く分っているわ。他の人も同じようにお利口にしていると良いのだけど。ライクランドで名の知れた法廷弁護士であるオザンナ・ヴィナンドゥスは、余裕たっぷりの笑みを、メリエルテ裁判官に向けた。
ふむ、まあヴェレナの入信者がオザンナの言いつけに従うことは想定通りだ。どれ、賞金稼ぎの方はどうかな? メリエルテは次の獲物に目を向けた。

「お前は賞金稼ぎだそうだな、ヨーケル=ザカ。このような騒ぎを起こしたからには、お前の持つ許可証は取り消しにせねばなるまい。だが、正直にやったことを白状すれば、これまでの貢献に応じて寛大な処分を考えないことも無いぞ」
「これはこれは裁判官閣下。慈悲深いお申し出に感涙の至り。しかし小生の許可証はアルトドルフで発行されたもの。閣下がかの偉大な都市の当局の判断に異議を申し立てるとは、卑小なる我が身はすくむ思いです」ヨーケルは視線を下に下げたまま、深々と頭を下げる。

ちょっとあなたやりすぎよ。メリエルテの顔が真っ赤じゃない。まあでも、次のシグムンドへの攻撃をそらすには丁度いいかもしれないわ。

「裁判官閣下。ヨーケル=ザカは当然ながら”閣下”や”私”が行う、高度な司法上の応酬には全く無知なのです。無知ゆえに無意識に職業上の対応、つまり彼がいつも相手にしている下等な犯罪者に対するような会話しか出来ないのです。”当然”閣下がこの点を理解していることは分かっていますが、弁護人の責務として申し上げます」

ごろつき紛いの賞金稼ぎ風情が、この私を侮るなよ。いや、これもオザンナの計略か?私を動揺させて、本命への攻撃を和らげようと言うのだな。お前の魂胆などお見通しだ。

「では、シグムンドよ。お前はどうなのだ? 船乗りと称しているようだが、私には分かっているぞ。叩けばいくらでも埃が出ることは。どうだ、お前だけでも助かりたいのだろう。誰もお前を責める者はいない。むしろ、この二人がお前を無理やり引き込んだことを正直に話せば、皆がお前の勇気を褒めたたえるだろう」

「・・・・・。」シグムンドは言葉の通じない外国人ように、困惑した表情を浮かべ裁判官を見つめている。 このオッサンは何を言っているのだろう、どうして俺が二人を売ると思っているんだ?

あらあらメリエルテ、それではだめじゃない。シグムンドは筋金入りよ。やはりヨーケルのせいで眼力が曇ったようね。そろそろ仕上げと行こうかしら。

何だこれは。騒ぎを収めるのに都合の良い獲物を3匹釣り上げたと思ったら、獰猛な人食い鮫も一緒に私の法廷に飛び込んできた。3人の背後に誰かいるのは間違いない。そうでなければオザンナが現れるはずがない。これはユングフロイト家と皇帝の諍いに関係あるのか? オザンナがこっちを見ているな。良いだろう、何を話すか聞いてやろう。

メリエルテ裁判官はオザンナと二人だけで穏やかな短い協議を行った後、法廷全体に向けて宣言する。
「ここに集められた者たちが自分たちだけでマルクトプラッツ全体を襲撃したというのはかなり考えにくい。そうでありながら、証拠なく無罪を主張して裁判の時間をいたずらに浪費させなかったことについて賞賛に値する。従って、我々は慈悲深くありたい。」
裁判官はオザンナに目を向けた後、ラング、ヨーケル、シグムンドを順に見据えて話を続ける。
「この事件にまつわる証拠と状況を慎重に検討した結果、我々の公正な町の平和を破壊することに関与した人物は、その復元にも関与すべきだと言うのが私の見解だ。判決、被告全員は、ユーベルスライクに対する恩義を働いて返すために警備隊の指揮下に入って任務を果たすこと。この任務は明日から始まり、最長3年とする。新しい任務を怠った場合は帝国に対する反逆罪とみなし、死刑に処す。ヴェレナの名において私が命じる。裁判はこれにて閉廷。ヘンジル、私にボルドロゥのグラスをもってきてくれ」

オザンナは3人にニッコリ笑いかけ、軽くお辞儀をする。
「3年の管理下任務は、即時絞首刑よりはずっとマシだわ。それに、私に時間をくれるなら、後日この任務の代案を働きかけることもできるかもしれない。個人的には、この結果は大いに喜ばしいわ」

河川漂泊者であるシグムンドは、成り行き上、岡でしばらく定住することになった。彼にとって陸上の法は何ら従う必要を感じないものであったが、今の(彼にとって)風変わりな仲間との生活は、刺激的で興味深いものだった。しかも警備隊員としての暮らしは、乾いた寝床と腐っていない食事が容易に手に入るという素晴らしいものだ。唯一の不満といえば、彼らの上司で監視役であるルディ・クルッペンクルク警備隊員副隊長だ。この男は人当たりがよく、明るい振る舞いを見せるが、その実腐敗した沼沢地のような性格の持ち主で、周囲の人間を迷わせ、泥まみれにせずにはいられない。そして誰にも見通すことのできない精神の水面下には、嫌らしい粘液にまみれた怪物が潜んでおり、いつでも哀れな犠牲者に食いつけるよう待ちかまえていた。

警備員としての教育のため、ルディはシグムンド、ヨーケル、ラングの3人を引き連れて街にでた。目ざとくスリに気付いたシグムンドは素早く対応し、賊を捕らえた。ルディはスリから盗んだ財布を取り上げると二、三小言を言って見逃した上、被害者には不注意の罪があると言い、取り上げた財布の中身の半分を罰金と称して自分の懐に入れてしまった。そして3人にも1シリング銀貨を投げて寄越した。


別の日には肉屋から出火して大騒ぎになっている現場に出くわした。ルディはそのまま素通りしようとしたが、3人が消火に向かうと、向いのパブに入りエールを注文した。当然金は払っていない。挙げ句の果てに、近くにいた野次馬とこの火事で何人死人がでるかで賭けを始める始末だ。ラングの指揮とヨーケルの勇気ある救助活動により、1人の犠牲者も出さずに鎮火させることができた。ルディは3人の活躍を見越して、死人がでない方に賭けており、その日の残りはずっと上機嫌だった。


またある日には曲がりハンマー亭でユーベルスライクの警備兵とアルトドルフの兵士たちによる乱闘騒ぎに呼び出された。例のごとくルディーは「喧嘩が終わった後、その辺でぶっ倒れている奴をしょっ引けば十分だろう」などと言っている。間に割って入り、力づくで喧嘩を止めようとすると、アルトドルフ兵の一人が1対1の素手による決闘を挑んできた。シグムンドがこれに受けた立つ。一進一退の攻防が続くが、最後にはシグムンドの拳が兵士の顎を捕えてノックアウトした。この戦いぶりに感銘を受けたアルトドルフ兵はシグムンドの戦いを褒めたたえ、大人しく店を出て行った。


ラング、ヨーケル、シグムンドに対する町での評判は高くなっていった。しかし警備隊内部ではルディーの画策により、正当に評価されていない。3人は多くの警備兵たちと共に、クルッペンクルク副隊長とブフェファー警備隊長との特別な会議に召集された。隊長は皆の前で、”ユーベルスライクを守る迅速にして勇敢な行為”に対する報奨として、クルッペンクルクに1枚のメダルと1袋のシリング銀貨を贈呈した。
「新人たちを導きながらこれらのことを為すのは、いささか困難ではありました。しかし、ユーベルスライクに不正が潜んでいる限り、私は決して休むことはありません」ルディーはそう言うと、報奨金の重さを確かめながら3人へ向けてニヤリと笑った。
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