無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

食屍鬼島 -15(ネタばれ注意)

2024年01月27日 | 食屍鬼島
島の上空には病的な黄、緑、紫など、溝に見られるような色彩の雲が渦巻いている。絡み合う漆黒の影が、流れ、溶け合い、分散して、不気味なダンスを踊っている。その渦の真下に、小さな火山島が出現した。火口から上がる灰や蒸気、煙が島の上に雲をなすさまは、まるで渦が硫黄の供物を吸い込んでいるかのようだ。火山灰の隙間から垣間見えるのは、濃い煙、脈動するマグマ流、散発的な噴火、あらゆる表面から放出される熱波という地獄のような光景だ。

真紅の閃光、それに続くこれまでに聞いたこともないような轟音。平衡感覚を取り戻すのに苦労している内にも、続く衝撃波で足をすくわれそうになる。

火山灰の雲は指数関数的かつ不自然に大きくなっている。煙塵、噴石の塊は、風などの力に動かされていないにもかかわらず、島に向かって超自然的な速度で移動してくる。数秒の内に頭上には雲が垂れ込め、その時、雲の端に飛行する怪物どもが出現し、恐ろしい鳴き声を放つ。やつらの藍色の滑らかな皮膚、コウモリのような翼、異常に伸びた爪、長くてトゲの生えた把握力のある尻尾は不愉快にも馴染みのあるもので、七百段の階段にいた恐怖を思い出させる。

「これはなかなか厳しい、全部で15体ですね」ザローは上空を旋回する夜鬼を見ながら言った。
「手の届くところまで下りてくれれば、なんとかなるのですが」
急降下して襲い来る夜鬼を1体ずつ躱して攻撃する。
「まったくキリがないぜ、クソッ」背後から来た夜鬼に掴まれ、グラトニーが空中に持上げられてしまった。上空にとどまる雲よりも高いところまで連れて行かれ、落とされた。常人であれば即死するほどの高さからの落下。しかしグラトニーは美しい三点着地を決めると同時に、着地点で待ち構えていた夜鬼の無貌の真ん中に強烈な拳を見舞った。
「俺の完璧な着地を見て、少しは驚いてみろよ」
《キリがないわね、二人とも伏せて》言うと同時にクレシダが増強した火球の魔法を解き放つ。
《もう一発行くわよ》

焼け焦げてバラバラになった夜鬼の死体が、あちこちで嫌な臭いを放つ煙をあげている。
「前触れは全滅したようですね。でもまだ真打が残っています」不自然な灰の雲の向こうを見つめながらザローが言った。
悪夢のヴィジョンから抜け出てきた忌まわしきものが、グロテスクな奇形の彗星のように空を渡ってた。その存在が近づいてくる速度と、部分的に視界を遮る火山灰にもかかわらず、懐然たる新しい肉体に融合していようとも、それが夢に見たルンジャタの恐るべき姿であることが分かる。
必死に追いすがって飛ぶ3体の夜鬼を見れば、ルンジャタの忌まわしい体がどれほどの大きさであるか分かる。恐怖の絶叫を耳にして、グラトニーの注意は、街の中心部と島を守る光り輝く像に引きつけられる。3体の夜鬼と、それを上回る大きさと異形さを持つ4体目のクリーチヤーが、像の近くを飛んでいる。敵の狙いは明らかに女神像だ。

「いやな予感しかしないぜ」そう言いながらグラトニーは光の女神の傍らで敵を待ち受ける。
ルンジャタは強力な魔法を連発する。ルンジャタがまず最初に唱えたのはアースクェイク。グラトニーは崩壊した建物の下敷きになる。次いで、ファイアー・ストーム。家屋の残骸は燃え上がり、グラトニーは身体にのしかかっていた柱や屋根から自由になったが、激しい劫火に包まれる。とどめを刺すためにルンジャタが降下してくる。
「いけない」グラトニーを助けるため、ザローはルンジャタを挑発し、注意を引き付ける。
「ルンジャタさん。貴方はそのような姿になって何を為さりたいのですか? 力ですか、名誉ですか?どのような対価が今の貴方の受けている苦痛に見合うのですか。おそらく貴方は後悔しているはずだ。そして誰かにその苦痛を終わらせてほしいと願っているのでしょう」
ザローの言葉がルンジャタに届いているのかは分からない。しかしルンジャタは攻撃目標をグラトニーからザローへ変え、巨力なテレパシーによる精神波攻撃を連打した。
「くっ!」攻撃に耐えきれず朦朧化したザローは、ルンジャタと一体化した”狩り立てる恐怖”の巨大な口に飲まれてしまった。
「ザローありがとよ、お前が稼いでくれた時間は無駄にしないぜ」グラトニーは食屍鬼門朦朧拳の連打を放つ。しかしゲシュタルト体であるルンジャタ=”狩り立てる恐怖”には効かない。
飲み込まれたザローもしぶとく腹の中で攻撃を続けている。そしてついにルンジャタ=”狩り立てる恐怖”の動きが止まった。
「お、くたばったか? ザローの奴が腹の中でやりやがったな。奴とは腹兄弟ということか、ハハッ」
《何を下品なことを言っているの。早くそこから出ないと焼け死ぬわよ》
一度、死んだかに見えたルンジャタは再び動き出し、油断していたグラトニーに絡みついた。逃げ遅れたグラトニーは周囲の火に焼かれ気絶した。
「なるほど、ルンジャタと”狩り立てる恐怖”の共生体は全身の主導権を入れ替えることで、死すらもなかったことにしているのか。素晴らしい。では私とグラトニーが運命共同体であることを見せよう」そう言うと、ネヅコはチャージされていた回復の魔法を発動した。
「さあ、グラトニー。こちらのターンだ」
意識を取り戻したばかりで、状況を完全には理解できないものの、背中のネヅコにせっつかれてグラトニーは目の前の怪物に全力で朦朧拳の連打を撃ち込む。
ついに朦朧拳が効果を発揮し、ルンジャタ=”狩り立てる恐怖”は動きをとめる。畳みかけられる致命的な攻撃を共生体のスイッチでかわし続けるがついに怪物は力尽きた。巨体の腹を引き裂いてザローが姿を現す。
「皆さん、ご無事のようで何よりです」

「そのようなことは到底容認できません」ドミニクの怒声にその場の全員が黙り込む。ザローとグラトニーは復活しつつあるガタノソアを滅ぼすためには、光の女神の力を解放する必要があると主張し、ロタールや生き残った町の住人も同意した。女神の力の解放は、女神像の破壊を意味する。そのためドミニクが頑強に反対しているのだ。
「女神像にはファルジーンに生きてきた人々の祈り、信仰、魂が宿っています。それを破壊するのは、ファルジーンを破壊することと同じです」 
「過去の記憶を残すのは大切なことです。しかし先人の真の思いは未来の子孫の繁栄ではないでしょうか?」静かにザローが語りかける。
グラトニーがドミニクの目を見ながら、腕を強く握り言った。
「先人の言葉を聞け」
グラトニーの肉体に残されたポンペアの最後の欠片が振動し、ドミニクに伝わる。彼は驚きに目を見開き、ポンペアの最後の言葉を聞いた。
「…分かりました。それがポンペアの望みなら」

女神像を船に乗せ、新たに出現した火山島に向かった。海上の異変を確認するため浮上してきたアボレスをバニッシュメントで放逐し、島の上陸地点で待ち構えていたクトゥガに穢されたアースエレメンタルはフライで飛び越えた。重い女神像をテンサーズ・フライング・ディスクにのせ火口を目指す。女神像を火口から投げ込めば、ケイザの火山の力が解放され、ガタノソアを塵一つ残さず吹き飛ばすことができるだろう。山を登る途中、地中から巨大なワームが出現した。
「あれはボールの幼生です。際限なく成長し、放っておくと世界全てを飲み込みます」
「ではヤルしかないな」


骨の折れる登山の後、3人は幼年期の火山の頂上にたどり着いた。周囲は不気味な笛の耳障りなメロディーに包まれている。到着に呼応するように、その忌まわしい振るえる音色が変化した。火山灰の降りしきる空、約300フィート先に突然裂け目が生じ火山灰が吸い込まれる。亀裂から多数の悍ましい怪物が真直ぐに飛翔してくる。
火口の奥でぐるぐると渦巻くマグマは、催眠術のように、見るものの息を止め吐き気を催させる。笛の音は耳をつんざくほどに高まり、ガタノソアがその爪で地表への道を掘り進んでいる。世界がひび割れ、壊れていく音が聞こえてくる。溶岩の表面に波紋浮いている。ショゴスであっても、溶岩に沈んだら生き延びることはできない。渦が逆巻き、波は刻一刻と高くなっていく。ガタノソアが近づいている。最早一刻の猶予もない。
ザローはクレシダを優しく脇に抱えて走り出した。その後ろをフライング・ディスクに乗せられた女神像がついてゆく。火口からマグマに女神像を突き落とすべく、グラトニーが疾走しザローを追い抜く。

「以前も、こんな風に走りましたね。前は敵から逃げるため。今回は敵に近づくため」
《そうね、前も上手くいったのだから、今回も問題ないわ》クレシダが発動したフライの呪文で一気に加速したザローは火口上空で急激なUターンを行った。ディスクが岩棚を離れる瞬間、グラトニーは女神像をディスクの上から押し出した。光の女神は優雅にマグマの上へ着地し、数瞬の後、ゆっくりと沈んだ。
「よし、さっさと逃げるぞ!」だが無数の”狩り立てる恐怖”から逃げることは出来ない。

怪物たちは群がり3人を弄ぶように、遊び半分の攻撃を行う。
「来るぞ」ネヅコが警告を発すると同時に、3人は光の球体に包まれる。そして火山が破局的噴火した。爆発的に吐き出されたマグマに飲み込まれた”狩り立てる恐怖”は一瞬のうちに溶解した。火口を上昇してきたガタノソアは火山の物質的エネルギーだけでなく、光の女神から解放されたケイザの神的パワーを受け、受肉した肉体は溶け去り、精髄である霊体は地下の暗い場所に押し込まれて幽閉された。
「素晴らしい、これほどの力の放出を目前で見られるとは。この光の泡が我々を守っているのだ」ネヅコは興奮して早口で話し続ける。しかし3人の精神はこの場を離れてゆく。

「ご苦労さま。これで君たちは英雄だよ」ゆらゆらと揺れる白い触手を持つ生き物が満足そうにこちらを見つめている。
「ただ、君たちがこれを成し遂げるために多くのインスピレーションを使ったよね。これは他の誰かの可能性を盗んで、君たちが使用したことになるんだ」
「つまり、どういうことですか?」ザローが尋ねる。
「つまり、誰かが誰かの預託を受けて、世界をより良いものにすること。募金みたいなものだよ。受け取ったからには、きちんとやらないと。君たちは受け取った分の働きはできたかな? もらいすぎた人は返すまで終われないよね。つまりスミスみたいに頑張らないと」

グラトニーは口に入った砂を拭う。どうやら生き残ったようだ。ここはファルジーンの海岸だ。後ろを振り返ると、生まれたばかりの島は消滅し、海面からわずかな煙が立ち上っているだけだ。空を覆っていた灰色の雲は消え、南国の明るい空が広がっている。遠くから歓声が聞こえる。ロタールの巨体が見える。ファルジーンの生き残りの住人達も一緒だ。みんな笑顔で、手を振りながらこちらに駆けてくる。
「やれやれ、これで興味深いことは終わりだな」背中のネヅコが残念そうに言う。
「世の中は退屈なことで溢れているのさ」グラトニーはそういいながら、傍らのクレシダをつかんで、ネヅコの頭の上に置いた。
《そうね、怠惰であることこそが生きる目標だわ。二回目を切り抜けた報酬ね》
そう言いながら、クレシダはわずかな違和感を感じた。
《二回目…。一回目は誰か別の誰かと一緒だったわ…》
コメント
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