無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

食屍鬼島 -15(ネタばれ注意)

2024年01月27日 | 食屍鬼島
島の上空には病的な黄、緑、紫など、溝に見られるような色彩の雲が渦巻いている。絡み合う漆黒の影が、流れ、溶け合い、分散して、不気味なダンスを踊っている。その渦の真下に、小さな火山島が出現した。火口から上がる灰や蒸気、煙が島の上に雲をなすさまは、まるで渦が硫黄の供物を吸い込んでいるかのようだ。火山灰の隙間から垣間見えるのは、濃い煙、脈動するマグマ流、散発的な噴火、あらゆる表面から放出される熱波という地獄のような光景だ。

真紅の閃光、それに続くこれまでに聞いたこともないような轟音。平衡感覚を取り戻すのに苦労している内にも、続く衝撃波で足をすくわれそうになる。

火山灰の雲は指数関数的かつ不自然に大きくなっている。煙塵、噴石の塊は、風などの力に動かされていないにもかかわらず、島に向かって超自然的な速度で移動してくる。数秒の内に頭上には雲が垂れ込め、その時、雲の端に飛行する怪物どもが出現し、恐ろしい鳴き声を放つ。やつらの藍色の滑らかな皮膚、コウモリのような翼、異常に伸びた爪、長くてトゲの生えた把握力のある尻尾は不愉快にも馴染みのあるもので、七百段の階段にいた恐怖を思い出させる。

「これはなかなか厳しい、全部で15体ですね」ザローは上空を旋回する夜鬼を見ながら言った。
「手の届くところまで下りてくれれば、なんとかなるのですが」
急降下して襲い来る夜鬼を1体ずつ躱して攻撃する。
「まったくキリがないぜ、クソッ」背後から来た夜鬼に掴まれ、グラトニーが空中に持上げられてしまった。上空にとどまる雲よりも高いところまで連れて行かれ、落とされた。常人であれば即死するほどの高さからの落下。しかしグラトニーは美しい三点着地を決めると同時に、着地点で待ち構えていた夜鬼の無貌の真ん中に強烈な拳を見舞った。
「俺の完璧な着地を見て、少しは驚いてみろよ」
《キリがないわね、二人とも伏せて》言うと同時にクレシダが増強した火球の魔法を解き放つ。
《もう一発行くわよ》

焼け焦げてバラバラになった夜鬼の死体が、あちこちで嫌な臭いを放つ煙をあげている。
「前触れは全滅したようですね。でもまだ真打が残っています」不自然な灰の雲の向こうを見つめながらザローが言った。
悪夢のヴィジョンから抜け出てきた忌まわしきものが、グロテスクな奇形の彗星のように空を渡ってた。その存在が近づいてくる速度と、部分的に視界を遮る火山灰にもかかわらず、懐然たる新しい肉体に融合していようとも、それが夢に見たルンジャタの恐るべき姿であることが分かる。
必死に追いすがって飛ぶ3体の夜鬼を見れば、ルンジャタの忌まわしい体がどれほどの大きさであるか分かる。恐怖の絶叫を耳にして、グラトニーの注意は、街の中心部と島を守る光り輝く像に引きつけられる。3体の夜鬼と、それを上回る大きさと異形さを持つ4体目のクリーチヤーが、像の近くを飛んでいる。敵の狙いは明らかに女神像だ。

「いやな予感しかしないぜ」そう言いながらグラトニーは光の女神の傍らで敵を待ち受ける。
ルンジャタは強力な魔法を連発する。ルンジャタがまず最初に唱えたのはアースクェイク。グラトニーは崩壊した建物の下敷きになる。次いで、ファイアー・ストーム。家屋の残骸は燃え上がり、グラトニーは身体にのしかかっていた柱や屋根から自由になったが、激しい劫火に包まれる。とどめを刺すためにルンジャタが降下してくる。
「いけない」グラトニーを助けるため、ザローはルンジャタを挑発し、注意を引き付ける。
「ルンジャタさん。貴方はそのような姿になって何を為さりたいのですか? 力ですか、名誉ですか?どのような対価が今の貴方の受けている苦痛に見合うのですか。おそらく貴方は後悔しているはずだ。そして誰かにその苦痛を終わらせてほしいと願っているのでしょう」
ザローの言葉がルンジャタに届いているのかは分からない。しかしルンジャタは攻撃目標をグラトニーからザローへ変え、巨力なテレパシーによる精神波攻撃を連打した。
「くっ!」攻撃に耐えきれず朦朧化したザローは、ルンジャタと一体化した”狩り立てる恐怖”の巨大な口に飲まれてしまった。
「ザローありがとよ、お前が稼いでくれた時間は無駄にしないぜ」グラトニーは食屍鬼門朦朧拳の連打を放つ。しかしゲシュタルト体であるルンジャタ=”狩り立てる恐怖”には効かない。
飲み込まれたザローもしぶとく腹の中で攻撃を続けている。そしてついにルンジャタ=”狩り立てる恐怖”の動きが止まった。
「お、くたばったか? ザローの奴が腹の中でやりやがったな。奴とは腹兄弟ということか、ハハッ」
《何を下品なことを言っているの。早くそこから出ないと焼け死ぬわよ》
一度、死んだかに見えたルンジャタは再び動き出し、油断していたグラトニーに絡みついた。逃げ遅れたグラトニーは周囲の火に焼かれ気絶した。
「なるほど、ルンジャタと”狩り立てる恐怖”の共生体は全身の主導権を入れ替えることで、死すらもなかったことにしているのか。素晴らしい。では私とグラトニーが運命共同体であることを見せよう」そう言うと、ネヅコはチャージされていた回復の魔法を発動した。
「さあ、グラトニー。こちらのターンだ」
意識を取り戻したばかりで、状況を完全には理解できないものの、背中のネヅコにせっつかれてグラトニーは目の前の怪物に全力で朦朧拳の連打を撃ち込む。
ついに朦朧拳が効果を発揮し、ルンジャタ=”狩り立てる恐怖”は動きをとめる。畳みかけられる致命的な攻撃を共生体のスイッチでかわし続けるがついに怪物は力尽きた。巨体の腹を引き裂いてザローが姿を現す。
「皆さん、ご無事のようで何よりです」

「そのようなことは到底容認できません」ドミニクの怒声にその場の全員が黙り込む。ザローとグラトニーは復活しつつあるガタノソアを滅ぼすためには、光の女神の力を解放する必要があると主張し、ロタールや生き残った町の住人も同意した。女神の力の解放は、女神像の破壊を意味する。そのためドミニクが頑強に反対しているのだ。
「女神像にはファルジーンに生きてきた人々の祈り、信仰、魂が宿っています。それを破壊するのは、ファルジーンを破壊することと同じです」 
「過去の記憶を残すのは大切なことです。しかし先人の真の思いは未来の子孫の繁栄ではないでしょうか?」静かにザローが語りかける。
グラトニーがドミニクの目を見ながら、腕を強く握り言った。
「先人の言葉を聞け」
グラトニーの肉体に残されたポンペアの最後の欠片が振動し、ドミニクに伝わる。彼は驚きに目を見開き、ポンペアの最後の言葉を聞いた。
「…分かりました。それがポンペアの望みなら」

女神像を船に乗せ、新たに出現した火山島に向かった。海上の異変を確認するため浮上してきたアボレスをバニッシュメントで放逐し、島の上陸地点で待ち構えていたクトゥガに穢されたアースエレメンタルはフライで飛び越えた。重い女神像をテンサーズ・フライング・ディスクにのせ火口を目指す。女神像を火口から投げ込めば、ケイザの火山の力が解放され、ガタノソアを塵一つ残さず吹き飛ばすことができるだろう。山を登る途中、地中から巨大なワームが出現した。
「あれはボールの幼生です。際限なく成長し、放っておくと世界全てを飲み込みます」
「ではヤルしかないな」


骨の折れる登山の後、3人は幼年期の火山の頂上にたどり着いた。周囲は不気味な笛の耳障りなメロディーに包まれている。到着に呼応するように、その忌まわしい振るえる音色が変化した。火山灰の降りしきる空、約300フィート先に突然裂け目が生じ火山灰が吸い込まれる。亀裂から多数の悍ましい怪物が真直ぐに飛翔してくる。
火口の奥でぐるぐると渦巻くマグマは、催眠術のように、見るものの息を止め吐き気を催させる。笛の音は耳をつんざくほどに高まり、ガタノソアがその爪で地表への道を掘り進んでいる。世界がひび割れ、壊れていく音が聞こえてくる。溶岩の表面に波紋浮いている。ショゴスであっても、溶岩に沈んだら生き延びることはできない。渦が逆巻き、波は刻一刻と高くなっていく。ガタノソアが近づいている。最早一刻の猶予もない。
ザローはクレシダを優しく脇に抱えて走り出した。その後ろをフライング・ディスクに乗せられた女神像がついてゆく。火口からマグマに女神像を突き落とすべく、グラトニーが疾走しザローを追い抜く。

「以前も、こんな風に走りましたね。前は敵から逃げるため。今回は敵に近づくため」
《そうね、前も上手くいったのだから、今回も問題ないわ》クレシダが発動したフライの呪文で一気に加速したザローは火口上空で急激なUターンを行った。ディスクが岩棚を離れる瞬間、グラトニーは女神像をディスクの上から押し出した。光の女神は優雅にマグマの上へ着地し、数瞬の後、ゆっくりと沈んだ。
「よし、さっさと逃げるぞ!」だが無数の”狩り立てる恐怖”から逃げることは出来ない。

怪物たちは群がり3人を弄ぶように、遊び半分の攻撃を行う。
「来るぞ」ネヅコが警告を発すると同時に、3人は光の球体に包まれる。そして火山が破局的噴火した。爆発的に吐き出されたマグマに飲み込まれた”狩り立てる恐怖”は一瞬のうちに溶解した。火口を上昇してきたガタノソアは火山の物質的エネルギーだけでなく、光の女神から解放されたケイザの神的パワーを受け、受肉した肉体は溶け去り、精髄である霊体は地下の暗い場所に押し込まれて幽閉された。
「素晴らしい、これほどの力の放出を目前で見られるとは。この光の泡が我々を守っているのだ」ネヅコは興奮して早口で話し続ける。しかし3人の精神はこの場を離れてゆく。

「ご苦労さま。これで君たちは英雄だよ」ゆらゆらと揺れる白い触手を持つ生き物が満足そうにこちらを見つめている。
「ただ、君たちがこれを成し遂げるために多くのインスピレーションを使ったよね。これは他の誰かの可能性を盗んで、君たちが使用したことになるんだ」
「つまり、どういうことですか?」ザローが尋ねる。
「つまり、誰かが誰かの預託を受けて、世界をより良いものにすること。募金みたいなものだよ。受け取ったからには、きちんとやらないと。君たちは受け取った分の働きはできたかな? もらいすぎた人は返すまで終われないよね。つまりスミスみたいに頑張らないと」

グラトニーは口に入った砂を拭う。どうやら生き残ったようだ。ここはファルジーンの海岸だ。後ろを振り返ると、生まれたばかりの島は消滅し、海面からわずかな煙が立ち上っているだけだ。空を覆っていた灰色の雲は消え、南国の明るい空が広がっている。遠くから歓声が聞こえる。ロタールの巨体が見える。ファルジーンの生き残りの住人達も一緒だ。みんな笑顔で、手を振りながらこちらに駆けてくる。
「やれやれ、これで興味深いことは終わりだな」背中のネヅコが残念そうに言う。
「世の中は退屈なことで溢れているのさ」グラトニーはそういいながら、傍らのクレシダをつかんで、ネヅコの頭の上に置いた。
《そうね、怠惰であることこそが生きる目標だわ。二回目を切り抜けた報酬ね》
そう言いながら、クレシダはわずかな違和感を感じた。
《二回目…。一回目は誰か別の誰かと一緒だったわ…》
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食屍鬼島 -14(ネタばれ注意)

2023年12月09日 | 食屍鬼島
光りの女神像の守りをロタールらファルジーンの戦士に任せ、3人はケイザ山にある敵の本拠地を目指す。火山噴火の前兆のような激しい地震が続き、火口からは大量の灰が噴出する。浮遊する灰が集まって雲になり、空を横切って弧を描くすさまじい火山雷を発生させる。太陽は隠れ周囲は暗くなり、100フィートより先を見通すことは出来ない。
3人のケイザ山への接近を阻むため、ガタノソアの小根が出現する。これを返り討ちにしたうえ、ケイザへの供物に捧げる。


ケイザ山は島の中心であり、大いなる古きものが復活するための焦点であることを強く感じる。崩壊した小道や崩れた聖堂に倒壊した塔は初めて島に到着した日のことを思い出させる。あれからそれほど経ってもいないというのに、なんと変わってしまったことだろう。
揺れる地面はあちこちがひび割れ、硫黄の蒸気が噴き出している。道は山腹に新たにできた大きな裂け目に行き当たる。裂け目の中は蒸し暑く、重なり合ったあらゆる形と大きさの岩が行く手を妨害する。身をくねらせながらどうにか通り抜けると、進みやすい古い洞窟に出た。
ゆっくりと上昇する溶岩が、部屋の床を侵食している。わずかに一人が通れるだけの幅の床が、溶岩の上に浮いている。踏み外したら間違いなく溶岩に飲まれて一巻の終わりだ。
《飛んで行きましょう》
クレシダはグラトニーとザローに飛行の呪文をかけ、自分はザローの肩に乗った。
洞窟は上へと伸びている。この辺りは最近の地震でできたようだ。通路の幅も天井も不規則な形をしており、待ち伏せするのにうってつけの地形だ。やはり敵が待ち伏せていた。クトゥガに穢されたアースエレメンタルが2体だ。
《このままやり過ごしましょう》
空を飛んでいる3人は敵の頭上を飛び越えて先へ進む。


目の前には開口部が見える。そこから吹き込む熱くて悪臭を伴う噴気が一歩ごとに強くなってくる。胸をむかつかせる臭気とは別の何か、ぼんやりとした、それでいてまぎれもなく有害な悪意を感じる。
「どうやら外に出るようですね。向こうからとても強い気配を感じます」
《気をつけましょう》
開口部はケイザ山の中央火道に突き出た岩棚につながっている。岩棚の真下は泡立つ溶岩だ。中央にはおぞましい触手をもつなにかがあります。その形は心臓が鼓動するたびに吐き気を催すほど変化する。忌まわしい触手の傍らにはアルウィイ執政官が立ち、グラトニー、ザロー、クレシダの3人がここにいることが面白いと感じているような表情を浮かべている。

「お前たちは何ゆえここまで来た? 信仰か、正義か、それとも友愛ゆえか?」
「あえて言うなら、英雄になるためです。私たちには運があるそうです」
そう言いながら、ザローはグラトニーとクレシダにウィンクをした。
「なるほど、お前たちもまた狂っているのだな。私は力が欲しい。例えそれが、悍ましい恐怖によるものでも構わない。理屈ではないのだ。”狩り立てる恐怖”よ、奴らを喰らえ!」
ガタノソアの守りの巻物の力があっても、ガタノソアの旧き力の顕れに対して長時間対抗し続けることは難しい。アルウィイと”狩り立てる恐怖”の直接的な脅威でも全滅しかねない。取り得る作戦はひとつ。先ず、古き力の顕れを溶岩へ、ケイザの力の源に突き落とし消滅させる。そのうえで、アルウィイと”狩り立てる恐怖”と戦うか逃げるかを決めればよい。
ザローが前進しアルウィイの気をそらす。その間にグラトニーが”旧き力の顕れ”に近づき、岩棚から押し出す。
「重いな、もう一押しだ!」
邪魔をするザローを魔法で拘束したアルウィイはグラトニーが突き落とそうとしている”古き力の顕れ”を魔力で押し戻す。
「おっと、俺は押しくら饅頭は得意だぜ」グラトニーの最後の一押しで、邪悪の焦点は沸き立つケイザの懐に抱かれるように、溶岩へ沈み、一片たりとも残さず溶解した。
「まったくもったいない」ネヅコが呟く。
「貴様許さん!」アルウィイが叫び魔力を集中させる。
《私を忘れないでね》光輪を浮かべたクレシダが多数の怪光線をアルウィイ目がけて投射する。
「邪魔だ!」アルウィイの死神の指がクレシダの心臓を鷲掴みにする。
《クッ!》気力を振り絞り、アルウィイの呪文に抵抗するが、体中から力が抜けるのを感じる。
一方、グラトニーは上空から襲い来る”狩り立てる恐怖”の精神攻撃に打ちのめされた挙句、噛みつきで飲み込まれてしまった。このままでは怪物の胃液で消化されてしまう。
「おいおい、グラトニー。こんなところで死なれたら私は一生こいつの腹の中になるじゃないか」ネヅコはぼやきつつ、以前吸収した癒しの魔法を解き放つ。
「一般に獲物を飲み込んだ生物は、食い物に反撃されるとは思ってはいないものだ。どのような怪物でも、それが神話的生物であっても、身体の中で暴れられたら、生理的反射運動で吐き出すに違いない。ことに神話では数多の英雄が神に等しい怪物の腹から脱出している。これは神の階位を登ったことの象徴として語られることが多いが、古代に実際に成された偉業を伝える逸話と解することもできる…」
ネヅコが滔々と語るあいだ、グラトニーは怪物の胃袋をかぎづめで掻き毟り、毒牙で噛みつくなどの大暴れを演じた。たまらず”狩り立てる恐怖”はグラトニーを吐き出した。
「砂肝を内側から喰らうとは、なかなかの体験だったぜ。改めてお前の手羽先を喰わせろ!」
激しい戦いが続く中、ガタノソアの化身である”旧き力の顕れ”を飲み込んだケイザ山の溶岩は沸き立ち、勢いを増して上昇してくる。

《まずいわね、敵を倒したのはいいけど、逃げる暇が無さそうね》
クレシダは岩棚のすぐ下まで上昇してきた溶岩を確認してから、ザローとグラトニーを振り返る。そして火山灰が覆う空の向こうにある、見えない月を見上げた。
”狩り立てる恐怖”にかぶりついていたグラトニーが顔を上げ、粘液にまみれ、原始的な恐怖を呼び起こす神蛇のような皮をもつ灰色の肉を飲み込む。
「素晴らしい喉ごし。淡白で繊維質の肉は鶏肉のようで、粘液に含まれる異国的なスパイスの風味が絡み付き、力強さを感じさせる。すごいパワーを感じる」
「グラトニーさん、これが最後の晩餐ですね。残念ながら、私にはご一緒できません」
「いや待て…、感じるぞ…、パワーを。奴のパワーが俺に流れ込んでいる。今なら飛べる!」

グラトニーは食屍門の力で、”狩り立てる恐怖”の力を吸収し、飛行の魔法を発動した。
ファルジーンの生存者たちが、粉々になった城壁の残骸の上で空を見上げている。人数は大幅に減少したが、ガタノソア教団に勝利するために、彼らは屈することなく立ち上がったのだ。群衆のすべての顔に戦いの深い悲しみと肉体的な辛さが証として浮かんでいるが、両目に宿った決意は、教団を打倒するためにはいかなる代償を払うこともいとわず、そして再びそれを払う気であることを告げています。そして彼らは噴火するケイザ山から飛び立つ小さな光を見つけ、緊張の面持ちで見つめる。
己の内に目を向けると、気づかずに止めていた息を吐き出したかのように、胸が軽くなったように感じる。徐々に近づくその光点がグラトニー、ザロー、クレシダの3人であることが分かると、沈黙を破ってためらいがちな歓喜の声が上がり、それが集まって、より大きな、思い思いの歓声になる。「勝った! 大いなる古きものを倒したんだ! 今宵、誰もがファルジーンのチャンピオンだ!」
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苦悩、あるいはもしかすると恍惚の叫びが、虚空を通じて意識をいつもの洞窟へと導く。その洞窟は、ここ最近の探索で多くの時間を費やしてきた、無数の地下の洞窟やトンネルとほとんど変わりがない一一苦悶に身を丸める人影を除いては。
チラチラとまたたく不明瞭な姿が、膨張して奇形化した顔を向けた人影と1つになる。残虐さと恍惚に大きく口を引きつらせた、見間違えようもない顔だ。ルンジャタの。
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食屍鬼島 -13(ネタばれ注意)

2023年11月11日 | 食屍鬼島
歓喜したドムニクが、息を切らしながら宿に飛び込んでくる。
「この書物は・・・すごいですよ! たくさんの疑問に対する答えが書かれています。どこから手を付けてよいやら」
「そうだろう。知識の価値を正しく理解する者を見るのは気持ちが良いものだ」ネヅコは価値を共有する者の出現を歓迎して言った。
「ポンペアが命懸けで託したものだ。当然だろう」
「その通りです、彼女の魂が女神の元にたどりつけることを祈りましょう。さて知りたいことは何ですか? できるだけお答えします」
ケイザの書には光の女神の起源が詳しく記されていた。書によると光の女神信仰は元をたどると、ファルジーンの山、すなわちケイザ山に宿る元素の霊への信仰だったらしい。光の女神に対する現在の儀式と習慣の多くが、ケイザに捧げられた原初の儀式に見て取れる。
「ケイザは…、暴力的な創造を司る原初の知性体なのです。供物に対する彼女の反応は…」彼は適切な言葉を探すために言いよどむ。「控えめに言っても…、そうとても印象的です」ドムニクは本質は似ていても、光の女神とは全く異なる側面を見せるケイザに魅了されたようだ。
「この島はケイザそのものであり、彼女は島に捧げられたあらゆるものを自分に向けられたものと見なします。適切な生贄には相応に報いるのです」彼はその儀式についても詳細に語った。
「これとは別に私はファルジーンにおけるガタノソア信仰についても古文書を調査しました」
500年以上前、ムー大陸山中の牢獄から脱出したガタノソアがファルジーンにたどり着き、島の地下で眠りについた。これによりケイザの力が弱められたが、それが同時のケイザ教団の女司祭の力によるものと認識され、光の女神として神位を得た。一方、ケイザの力が弱まったことで、ガタノソアの崇拝者が力を得て、ガタノソア教団が設立された。彼らは勢力拡大のため島の外から食屍鬼を大勢連れてきた。原住民と食屍鬼の間で激しい戦いが発生し、その最中、島の最後の王族が戦いに敗れ食屍鬼の女族長に喰われてしまった。光の教団はケイザの力を呼び起こし、食屍鬼たちの本拠地となっていた地下の溶岩洞の多くを崩壊させ戦いを終わらせた。王族を失ったファルジーン有力諸家は統治者として執政官を選出し、食屍鬼の有力氏族、ヨガシュ氏族と協定を結んだ。食屍鬼は地下に止まる代わりに、地上での死者は食屍鬼の土地に埋葬する。これにより、ファルジーンは平和になり、地上の住人は地下に住む食屍鬼のことを心配することが無くなった、墓地がいっぱいになるという心配と共に。
《なるほど。するとガタノソア教団が再び動き出したのは、ガタノソアが目を覚ましたのか、あるいは食屍鬼の数が増えすぎて食べ物が足りなくなったということかしら》
「一揆ですか。恐ろしいことです」
その時、宿屋の外から聞こえるロタールの力強いテノールが会話を遮った。
「入り込まれた!みんな、こっちだ。高司祭を守れ!」
続いて武器が打ち合わされる甲高い音と罵声が聞こえてきた。

敵の数は多く、ロタールとモマオは包囲され危険な状態だ。敵の技量は高くはないが、獰猛な熱意で補っている。ザローとグラトニーが切り込み、敵を押し返す。クレシダは建物の屋根に陣取り、高所から全体の動きを見極め、敵の密集地帯に暗き触手を召喚し敵の動きを分断しながら、怪光線で各個撃破を行う。ロタール、モマオに加勢したザローとグラトニーはお互いの背後を守りつつ、敵を挟撃し、有効な打撃を与えながら殲滅していく。そろそろ決着がつくと思われる頃、ザローは不可視の魔法をまとった敵が別の建物に侵入しようとしているのに気づいた。
「ロタールさん、向こうの建物には何があるのですか?姿を見えなくした敵が入り込もうとしています」
「あそこには小さくなった光の女神像が安置されている。この攻撃は陽動だ、敵の本命は光の女神だ!」
その言葉を聞いたザローは光の女神像がある建物へ向かう。

どうやらこちらが敵の主力だった。深きものの司教、墓穴の賢者、ノーリの都市の魔術師ら高レベル術者が一斉に蝗群、這いまわる蟲の群れを連続召喚する。無数の蟲に襲われ、ザローが、クレシダが力尽きる。力が抜け身体が倒れていき、傾く視界のなかで、群がる蟲を叩き落とすグラトニーの姿をクレシダは見た。そして最後の瞬間、グラトニーがこちらを見てうなずくと白い毛をもつ何かが頬を撫でるのを感じた。


「それで君は何を望むの?」
「グラトニー、やめろとは言わないが、これは魂を対価とした取引だということを忘れるな」ネヅコが真面目な口調で警告する。
「心配するなネヅコ。魂に関しては俺もちょっとした大家だ、いやグルメと言うべきだろう」
「ではグルメ君、改めて聞こう。君の望みは?」
「ザローとクレシダはやられてしまったようだが、俺はまだ立っている。二人の肉体を味わ…、いや魂を受け継ぐのも良いが、今ではない。3人でまだやることがある。延長戦だ、延長戦を望む」
「良いだろう。君の願いは叶えられた」

何。確かに私は倒されたはずなのに。まあ何だか分からないけど助かったのね。じゃあ、遠慮なくやらせてもらうわ。クレシダの背中から天使の翼がゆっくりと広がり、頭の上で光輪を形作る。ヒゲが高速で震え、耳を聾する高調波が生じる。これは圧縮された呪文の詠唱だ。クレシダの漆黒の毛皮から、闇より暗い1条の影が、敵にまっすぐに飛んで行く。その影は2本、3本、4、5、6本と次々に撃ち込まれる。

この感じ、違和感を知っています。前回は身体の大きなあの人、名前を知らない戦士が一度倒れて立ち上がった時と同じです。前回私は白い毛皮の流体、ネコ? それに助けを求めました。何かを取引して、敵を全滅させました。今回は私の代わりに誰かが取引したということですね。感謝を申し上げなくては。でも今は、目の前の敵の急所にシミターを突き刺さすのが私の仕事。感謝はそのあとで十分間に合うでしょう。

「モマオ、しっかりしろ。敵は全滅した」ロタールが倒れこんだモマオの上半身を抱え、必死に呼びかける。ドムニクが近寄り、ロタールを叱咤する。
「ロタールどきなさい。癒しの技を行う邪魔になります」ドムニクが手をかざし、祈りの言葉を唱えると傷口が塞がり、モマオの顔から苦悶の表情が消えた。
「さあもう大丈夫でしょう」そして立ち上がるとドムニクは大声でファルジーンの戦士に告げた。
「敵はケイザ山にあるゴート教団、いえ今はガタノソア教団であることが分かっています。その神殿に集結し、邪神の復活を目指しています。この襲撃は邪神復活を妨げる、光の女神様の力の焦点である女神像の奪取を目的としたものです。ですが我々は敵を撃退しました。光の女神様が邪神復活を阻止している今のうちに、敵の本拠を叩かなければなりません」
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食屍鬼島 -12(ネタばれ注意)

2023年10月07日 | 食屍鬼島
海上には厚い雲が広がり、激しい雨が降り注いで視界を遮る不定形の灰色の壁のようだ。その真下の海面は不自然なほどに大きくうねっている。何か巨大なものがファルジーンを目指して進んでいる。町のあちこちで、そして島のいたるところで海から来た怪物や深きものどもとの戦いが続いている。今は優勢を保っているが、あれが上陸してしまったら我々は敗北するだろう。やつを海上で、それが無理ならできるだけ水際で倒さなければならない。眼下の港で出向の準備をしている船が見える。フォリー号だ。オーベッドに違いない。

「敵に遭遇しないよう慎重に、そして迅速に港を目指しましょう」
《そう都合よくいくかしら》
「街中は私に任してください」
ザローは町の路地の死角、暗がり、時には他人の家を通り抜け、一行を町の外に導く。
「ここから先はジャングルです。クレシダさんの方が巧く進めるでしょう」
《任せなさい》
小さいとはいえ肉食獣の末裔、しかも密林は彼女の先祖が狩場とした所。時折立ち止まっては匂いを嗅ぎ、かすかに葉が擦れる音を聞き、獲物に忍び寄る特技を生かし、誰にも出会わないよう進む。
《貴方たち、もっと静かにできないの?ジャングル中の敵を呼び寄せるつもり!》
ジャングルを抜けると港はもうすぐだ。しかし身を隠すことのできない開けた砂浜を横切らなくてはならない。浜辺のあちらこちらでファルジーンの戦士と戦う深きものや醜く恐ろしい水棲生物の姿が見える。
「ここは強行突破するしかありませんね」身構えるザローを制してグラトニーが言う。
「少し待て」そして目に見えない誰かからの言葉に耳を傾ける。
「俺の言う通りに進むんだ。先ずは海の方へ15メートルダッシュ、そこで伏せたまま10秒待ち、次は海と平行に20メートルダッシュだ」
3人は1体となり、グラトニーの言う通りに不規則な動きで、時には後戻りも死ながら徐々に港に近づく。不思議なことに、敵が振り向いた瞬間後ろを走り過ぎ、上空を警戒する水棲生物の足元に身を伏せ、こちらに気が付き攻撃しようとした敵は背後から近づいた味方の戦士に貫かれて絶命した。
《いつの間にこんな芸当ができるようになったの?》
「俺の中には女神様がいるのさ」

港ではフォリー号が今まさに出航しようとしていた。
「遅いぞ、海上をこちらに向かっている怪物は大きすぎる。こいつに衝角はないが、この頑丈な斜檣を喰らわせてやればただでは済むまい」オーベットの魔法の風で帆ははちきれんばかりに膨れ上がっている。

船は飛ぶように疾走し、矢のようにまっすぐ謎の巨体へ向かっていく。本体の大部分は水面下に隠れ、辛うじて見える部分からはその正体を推測することは出来ない。敵もこちらにまっすぐに進んでいる。
「掴まれ、このまま突っ込むぞ!」オーベットが吹き荒れる風雨に負けじと叫ぶ。
衝突する瞬間、怪物は水面上に大きく躰を迫り上げる。ゼラチン状の本体、無数の目、口、その他の名状し難き器官に覆われた不定形の擬足がフォリー号を迎え撃つ。
「ハハッ、自ら串刺しになりに来るとはいい度胸だ!」

斜檣に怪物を突き刺したまま船は前進する。
《何だか分からないけど、まともな生き物でないことは間違いないわね》
「素晴らしい、ショゴスだ。もっとよく見せてくれ」グラトニーの背中からネヅコが言う。
「ショゴスですね、するとセンサ船長がトウシャで操っているということですね」
「何であれ、水中から出てしまえば何とかなる」牙をむき出し、かぎ爪を突き出してグラトニーが笑っている。グラトニーにはショゴスの複雑な神経回路の結節点が見えている。適切な負荷を加えれば、神話的生物であろうとも動きを止める自信がある。

グラトニーがショゴスの動きを止めるために打撃を加えたところを、ザローは正確にシミターで貫いた。
「ここが急所のようですね」
その一撃でショゴスは力尽き、蒸気を上げながら融解を始めた。グラトニーは足元に散らばるショゴスの肉体の1片を手ですくい飲み込んだ。
「何という滑らかさ、口の中で溶けてゆく。ショゴスは飲み物だったのか!」
《私は貴方が怖いわ》

ショゴスを倒した勢いそのまま、フォリー号は灯台のある岩礁に到達した。波が高く船を桟橋に停泊させておくことはできない。
「一度船はここを離れる。センサを倒したら合図をしろ」そう言い残してオーベットとフォリー号は去った。
センサは灯台の頂上で何らかの儀式を行っている。飛行して上空から襲撃するか、灯台の中から階段で最上階を目指すか。嵐と共に荒れ狂う稲妻は、悪意を持っているかのように3人の至近に落雷している。外を飛行するのは危険と考え、灯台の中から上を目指すことにした。

灯台の入り口で待ち伏せていた星の吸血鬼を倒し、先へ進む。最上階の部屋はこれまでで一番小さく、船乗りたちの目印として使われていた特大のランタンが置かれている。壁が全面ガラス張りになっている部屋はファルジーンとその周辺を一望できる。南側の壁にある扉は、部屋を取り囲むキヤツトウオークに通じている。嵐の轟きの合間に、真上から意味不明な叫び声が響いてくる。それに伴って、頭上を歩く誰かの足音も聞こえ
る。
「センサ船長はこの上ですね」ザローはそう言うと猛烈な風雨が吹きすさび危険なキャットウォークへと踏み出す。真っ先にはしごに取りつき一気に登る。グラトニーも続くが、こちらはモンクの体術で壁面そのものを駆け上がる。センサの不浄な儀式に答えるように超常的な嵐が増々強まる。稲妻が激しくひらめくなか儀式を完了させると、ザローを憎しげに睨みつける。
「ナゼ、オマエタチヲ 船ニ乗セタノカ ワカラナイ。大イナル敵ノ 仕業ニ 違イナイ。ダガ、オマエタチノ 生命ハココマデダ」

センサと彼女が呼び出した原ショゴスは激闘の末、倒された。それが合図かのように、嵐は去った。厚く不吉な雲は現れたときと同じくあっという間に消え去り、最初の陽光が雲間から差し込む。
「さてと、このケイザの書はドムニクに渡さないと」グラトニーが呟いた。

鋼のように固い声で、ドムニクがようやく口を開く。
「あなたたちに必要なのは休息と治療、私に必要なのは研究と準備の時間です。あなたたちがマインドウィッチを倒したことで、ガタノソアとクトゥルフ神に痛烈な一撃を与えました。彼らはすぐに次の行動を始めるでしょうが、今度は私たちにも備えがあります」
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食屍鬼島 -11(ネタばれ注意)

2023年09月09日 | 食屍鬼島
「なんだ、ここへきてやっとお出ましか。お前は猫・・・なのか?」グラトニーは目の前にいる白い生物を見て言った。グラトニーの疑問にネヅコが答える。
「グラトニー気をつけろ。ここでは主観が攪乱される。不用意に名付けると、相手に想定外の力を与えてしまうことがあるぞ」
『そんなに警戒しなくて良いよ。やっと会えたね。改めて自己紹介しよう。僕はノウエム。君たちを導くものさ』
「貴方はクレシダと同族なのですね」
《やめてよザロー。全然違うじゃない》
「私には同じに見えます。白猫のノウエム。そして不思議なことにセンサ船長の黒猫、ヌッキによく似ているように感じます」
『ザローには猫を見る目があるね。実のところヌッキは僕さ。でも僕は変わらないのに、ヌッキの時には黒猫に見え、ここでノウエムと名乗った僕は白猫に見えるんだね。面白いね」
「不明を演出し、それを相手に考えさせ、自分に都合の良い結論に導くのは詐欺師の手管だ。それか宗教家、あるいは神」
《そういうのに興奮する性質ではないの、ネヅコ?》
「私が興味を抱くのは言葉ではない、真の力に対してだ」


「何と言うか、そうですね。”あまりかわらない”ですね」ザローは周囲を見回しながら言った。
ノウエムは少し振り返り、何も言わずに先に進む。
《気をつけなさい。ここは幻夢境、夜に見る夢と同じ。鬼が出るか蛇が出るか》
「貴方は幸福な夢は見ない性質ですか?」
《そうね、あれ以後はね》
「私もです」
ザローとクレシダは神話的生物から逃げ延びた。しかし新たな神話的生物、ガタノソアと対決することになった。今度は対決し、悪夢を消し去るのだ。

レンの蜘蛛は地蜘蛛に属するものだ。地中に隠した巣穴に獲物を引き込み貪り食う。ノウエムは3人に警告を発せず、彼らの実力を試した。狭い巣穴の粘着性の壁に絡めとられて思うように戦えない。それでもクレシダが呪文でレンの蜘蛛を倦怠状態にしたところに、ザローの必殺の誓いの矢が突き刺さる。




ジャングルの小道は次第に岩が多くなり、散見される程度しかなかったシダや硬い低木が青々とした草木に取って代わられるにつれて、土は砂利へと変化する。林冠から、この奇妙な土地の双子の太陽にさらされた淡い紫色の空の下へと出た。時間をかけて旅をしたはずだが、天体は空の定位置から移動しているようには見えない。
ノウエムは歩みを速め、天井の低い洞窟に入っていく。洞窟の奥には、毛皮の布団の上に横たわったポンベアがいた。岩屋の闇の中で彼女を包む柔らかな光は、彼女の身体に走る網目状のひび割れや亀裂から漏れるまばゆい光によるもので、その様子はまるで内側から光を放つアンティーク磁器人形を思わる。ノウエムはゴロゴロと喉を鳴らしながら、眠っている人物に歩み寄り、夢見人を優しく起こすためにそっと鼻を擦りつける。
ボンベアは眠りから覚め、ゆっくりと目を開けた。最初は訝しげに3人を見ていたが、やがて彼女の顔に理解が広がる。
「はい到着、彼女がポンペア。僕は君たちを彼女に会わすために呼んだんだよ」
「お久しぶりです、ザローと申します。前に向こうでお会い致しました」
「ご丁寧にありがとうございます、ザローさん。皆さんを待っていました。聞きたいことがおありでしょう、可能な限りお答えいたします」ポンペアの放つ光は一層強まり、彼女がこの出会いを待ち望んでいたことが良く分る。
「ポンペア、俺は・・・」グラトニーが言いよどむ。
「良いのです。私は貴方がガタノソアとその手先を滅ぼすのを、肩越しの特等席から見させて頂くわ」
そしてポンペアは、ムー大陸の地下の牢獄から逃げ出したガタノソアがファルジーンまでやってきたこと。その崇拝者が大いなる古きものを蘇らせる試みをケイザが阻止したことを語った。ケイザはその後光の女神に姿を変え信仰を集めのに対して、ガタノソアはゴート教団という仮の姿をまとい、秘密裏に食屍鬼と同盟し、ファルジーンで勢力を拡大したことを語った。ガタノソアの復活はファルジーンの破壊を意味し、再び光の女神=ケイザの力で復活を阻止しなければならない。そのためには幻夢境にあるクトゥガの洞窟から”ケイザの書”を手に入れる必要があると言った。
ポンペアはL字型に曲がった1組の金属棒を差し出し言った。
「このダウジング・ロッドがあなた方を導くでしょう。急ぎなさい、時間はあまりありません」



ダウジング・ロッドに導かれ、這寄る混沌崇拝の利点を説くナイアルラトホテプの月の臣下追い払い、ズークを殺して食べているウルタールの守護者を横目で見ながら、一行は先を進む。やがて荒涼とした塩類平原にたどり着いた。靴をはいているにもかかわらず、信じられないほどの地熱が一歩ごとに足の裏を焼く。煙を吐き、悪臭を放つ陥没穴に足を引きずりながら入った時には、足は腫れ上がって、ひび割れていた。陥没穴は自然にできた巨大な炉の煙突のようなものだ。そこまでは100フィート、底へ行くほど周囲の温度は上昇し、皮膚はゆっくりと焼け焦げていく。おりきった先には水平に通路が伸び、円形劇場のような場所に出る。

3体の黒曜石の彫像が直立不動の姿勢で、不気味な炎が荒れ狂う穴を囲むように立っている。青く輝く目が容赦なく睨みつけ、動かない腕には巨大な盾を握っている。地獄のように燃え盛る炎から伸びた指が、まるで脱出しようとするかのように、頭上数十フィートの天井まで貪欲に伸ばされている。一行がその部屋に一歩足を踏み入れた途端、番人が動き出した。

「この熱気は、明らかに敵に地の利がありますね」ザローは敵の動きを警戒しながら言った。
「そうだな、ここは例の本だけ奪って、さっさとずらかろう。俺が切り込んで敵の注意を引き付ける」そう言うが早いが、グラトニーは俊足を生かして敵に肉薄する。
「さて、ケイザの書は部屋の中央に見える業火の中のようですね。ここは私の盗賊の技の見せ場ですね」
ケイザの書は超高温の妖炎が燃え盛る穴の中にある。黒曜石で装丁され、金属の薄板が綴じられた重厚な本は、高熱にも耐えうる頑丈な鎖で固定されている。鎖を解くにも、本を取り上げるにも盗人の腕は炎に包まれるだろう。番人がグラトニーとクレシダに気を取られている隙に、ザローは本を守る火炎の前に立った。極限まで精神を集中し、炎に手を差し入れ、神業のごとき素早さで鎖を固定していた鍵を外し、重い書物を取り出した。炎と過熱した本に焼かれる手の痛みを無視してザローは叫んだ。
「手に入れました! 逃げましょう」
クレシダは素早くザローの肩に飛び乗り、ザローに飛行の呪文をかけた。
《跳びなさい》
グラトニーはモンクの技を発揮して、しんがりを務めつつ素早く離脱する。
入り口の縦穴を、クレシダとザローは飛んで抜け出し、グラトニーはまるで水平な地面を走るかのような速度で登り切った。
ザローの背中から冷静に敵を観察していたクレシダが言った。
《あいつらはこの穴の外までは来られないみたいね》

3人はハッと目を覚ます。グラトニーにはポンペアの声が聞こえる。
「ケイザのご加護がありますように」
その声は遠く、弱い。
脱出の余韻が残り、全身にはまだアドレナリンが駆け巡っている。しかし外から聞こえる物音、誰かが激しく戦っている音を聞き、幻夢境から帰還したことを覚る。まだ温かいケイザの書を手にしたまま、ベッドから飛び出し窓の外を見る。外では町の住民が、深きものの侵略から町を守るために戦っている。
モマオとロタールがファルジーンの民を率いて戦っている。深きものどもは猛々しい町の住民の前に、浮足立ち戦列を乱し、海へと逃げ戻っている。臆病者の魚人たちを嘲笑しながら、ファルジーンの民は武器を掲げて勝鬨を上げている。
しかし3人は見た。海のうねりがファルジーンに向かって素早く押し寄せてくるのを。それはあまりにも早く巨大な何か、ファルジーンに破滅をもたらす超常的なものに違いない。そしてその何かを支配しているのは、湾に浮かぶ岩島にある灯台の最上階で、魔術的な儀式を行う人影に違いない。

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