無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

顔なきもの -4

2024年07月06日 | 顔なきもの
【ネタばれ注意】本記事はシナリオ「Skarok and a Hard Place」の内容を含んでいます。

「全く情けない人間どもだ。俺様が戦いというものを教えてやろう。戦いには時と場所、そして兵力のうち最低2つが勝っている方が勝つ可能性を得ることができるのだ。お前たちは明らかに兵力に劣る。従って時と場所で優位を得なければならない」
「おい、ウィズマーこのゴブリンやけに雄弁だな」ヤッタランはフォン・マゴットへ懐から取り出したコンパスを向けた。「変な風は吹いていないな」


「よく聞けお前ら。アード・フェイスのキャンプの周りにはいくつかの特徴的な地形がある。ひとつはゴークの裂け目。森に刻まれた傷跡のように渓谷は底なしの闇へと続いている。長さは1マイル、幅は最も広いところで1000フィート、蛇のように曲がりくねっている。渓谷の北西と東の端には急で危険な自然の階段があり渓谷の底まで下ることができる。渓谷には高所を渡る倒木や、頭上から落とせば敵を生き埋めに出来る玉石の山、金属鎧をも貫く鋭利な岩場地帯、渓谷の一番深いところには冥府につながる深い穴がある。二つ目は凍った洞窟。網目のように複雑な通路をもつ洞窟で氷のように冷たい。低い天井をから吊り下がる鍾乳石から滴る水音は静かな空間に絶え間なく響く。表面が凍った地底湖に敵を誘い出せば冷たい水に落とすことができるだろうし、一番奥の巨大なスクイッグの巣へおびき寄せて怪物と戦わせるのも良い作戦だ」

「リヒテンラーデ公、この良くしゃべる緑色のちびは危険だ。先にやっちまいましょう」アルテミウスがウィズマーの耳元で囁く。

「三つめはワイバーンの罠。偉大なるスカロック様が一族のため、ワイバーンを退治するために作らせた罠だ。奴は罠にかかるより前にスカロック様に襲い掛かり片手を食いちぎったのだ。そうでなければアード・フェイスごときに後れを取ることはない。で、その罠はまだ使えるはずだ。ワイバーンの代わりにアード・フェイスを誘い込むのは楽しそうだ。そして最後は泥の穴だ。硫黄の悪臭を放つ半マイルほどの泥だらけの空き地だ。踏み込むと足は泥に沈み動きを鈍くする。あちこちから有害な蒸気や熱湯が吹き出し、まともに食らうと呼吸困難になったり大やけどをする。ここに誘い込んで遠くから射かければ寡兵を補えるだろう」

「スカロック様は顔剥ぎの儀式を行わなくてはならないので生きたアード・フェイスを連れてこい。殺してはならん。速やかに戦闘計画を作成し提出しろ」
「シグマーに誉れあれ!グリーンスキンが計画を求めるなど聞いたこともない」
「ユニークなゴブリンであることは間違いないな。一方的に指示されるのは気に入らないが目的のため政治的な対応が必要な時だ」ウィズマーはそう言って仲間を見回した。「先ずは戦場を見て回ろう」

==========
「では意見をまとめよう。敵をゴークの裂け目、玉石の山の下におびき寄せ石の雨を降らして弱体化させた後、アード・フェイスの確保を行う。そのための準備として一つ、玉石の山の下にスカロックが野営しているように見せかける。二つ目はスカロックを捜索しているアード・フェイス側のグリーンスキンを捕虜にして、スカロックの野営地の情報を聞かせてからあえて解放する。これで敵を罠に誘い込む」
「ところでどうやってグリーンスキンに情報を聞かせるんだ? 奴等が都合よく言葉を理解するとは思えない」
「その通りだアルヴィン。奴らが理解できないなら、できるように話してやるさ」
「ウィズマー、グリーンスキンの言葉が話せるのか!?」
「人には思いもよらない特技があるものだよ、ヤッタラン」

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空には厚い雲が広がり嵐を予感させる冷たい風が強く吹き付ける。
「シグマーを称えよ。待ち伏せにはうってつけの天気になってきた」
敵は雨風と稲妻に紛れて近づいてきた。裂け目の上から下に見える偽りの野営地の様子を窺っている。奴らは悪天候に感謝しているに違いない。スカロックに気づかれず攻撃を開始できることを。だが天が味方したのはウィズマー一行だ。不十分な視界の元では野営地の偽装を見抜くことはできない。


アード・フェイス率いるオークの集団が偽の野営地になだれ込み敵の不在に戸惑っている様子を確認したところでウィズマーが命令した。
「石を落とせ!」大量の石、大岩が頭上から降り注ぐ。アード・フェイスと思われる巨大なオークが盾を頭上にかざしながら、こちらを指差し叫んでいる。従うオークはアード・フェイスの精鋭に違いない。降り注ぐ岩で負傷をしながらも冷静に頭を守りながら崖の出口を目指して走り出した。損害を与えたことに間違いないが壊滅させたとはいえない。次は近接戦闘だ。
ここでは悪天候が敵に味方した。視界が効かずこちらが射撃の機会は1度しかなく、すぐに近接戦に突入した。弩弓兵たちは隊長のフックスを先頭に逃走した。槍兵隊長のオデルは突撃してくるグリーンスキンに対し槍衾をつくり待ち構える。その横を嫌がる剣士隊を引き連れアルテミウスが突撃する。
「グリーンスキンは皆殺しだ!」


乱戦となり順調にオークは倒れていく。しかしアード・フェイスはウィズマー、アルヴィン、ヤッタラン3人を相手にしても優位を保っている。目前のオークを倒したプファイル、アルテミウス、オデルが加勢する。多勢に無勢、アード・フェイスは戦闘不能となった。

==========
「よし、お前らよくやった」離れたところから戦闘を監視していたフォン・マゴットとスカロックが現れた。スカロックを認めたアード・フェイスは気力を振り絞り襲い掛かろうとするがまったく動けない。スカロックは残虐な笑みを浮かべるとアード・フェイスの口に手を突っ込み、そのまま力を込め上顎ごと顔面を引きちぎり頭上に高く差し上げた。周囲を囲ったスカロック一党のグリーンスキンたちは口々に歓声を上げている。
「フォン・マゴット君。スカロック氏にはおめでとうと伝えてくれ。我々はガイウスを連れて退去させてもらうよ。権力の回復を存分に祝ってくれたまえ」
「りひてんらーでコウ、おイワいにカンシャする。イダイなるすかろっくサマはおマエにホウビをあたえる。このアワレなニンゲンをつれていくがよい」

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「ガイウス!よく無事で…」シュマリング村長のいつもと変わらない悲しげな声にも抑えきれない喜びの響きが混じる。愛する息子の顔を両手で挟み抱きしめる。
「父上、この者たちの不手際を罰して下さい。私は1週間も汚らしい獣の虜囚となっていたのです。この者たちはもっと早く私を自由にするべきでした!」ガイウスは父の抱擁から抜け出すと、命の恩人に向かって的外れな糾弾を始めた。その様子を父親は悲しげな眼差しで見つめている。
「とんでもない馬鹿息子だ、リヒテンラーデ公、ついでに正道について教育してやりましょう」アルテミウスはゴブリンを見るような目でガイウスを睨みつけた。
「どうかな村長、私の隊長が無料でご子息に教育を施してもよいと言っているが」
「ありがとうございます。そして我が息子の無礼をお詫び致します。依頼費にこ奴の性質による不便も含まれていたとお考えいただければと思います」



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顔なきもの -3

2024年06月15日 | 顔なきもの
【ネタばれ注意】本記事はシナリオ「Skarok and a Hard Place」の内容を含んでいます。

ウィズマーは仮事務所にしている市庁舎の一室で町の代表たちと話し合いをしていた。市長と邪教徒の行いは町の住人には知らせず、風車小屋に現れた怪物との戦いで命を落としたとだけ伝えられた。ウィズマーは有力貴族の風格と実力を発揮し、うろたえる町の代表者たちをまとめ上げウィズマーが相応しいと判断した人物を新しい市長に据えた。この決定は町の住人に友好的に受け入れられウィズマーに対する評価もあがった。

町が落ち着いた頃合いを見て一行はハルト市を出発した。ウィズマーの出立を惜しんだ町の人々は街道に列をなして盛大な見送りをした。
「さて次の村が最後の休憩地だ。そのあとは無法者やグリーンスキン、ハーピーなどの怪物が跋扈する山道になる」ウィズマーが仲間に説明する。
「次の村はどんなところだい? 砦のようなところかな」ヤッタランが言う。
「ヴェルゲッセンドルフという寂れた寒村だそうだ。危険な所にあるにしては無防備だな。ときおりライクランド伯-つまり皇帝陛下だな-が思い出したようにグリーンスキンの討伐軍を寄越すことがあるらしい」
「シグマーを恐れよ! 噂ではその村では邪教徒がシグマーを冒涜する儀式を行っているとか。確かめねば」

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ヴェルゲッセンドルフは、崩れかけたレンガ造りの大邸宅の周囲を取り囲む、おんぼろ木造家屋の集合体だ。野生の恐怖からの防御は、背は高いが貧相な木の柵だけ。その柵を補強するかのように、野蛮な獣やグリーンスキンの頭蓋骨を刺した杭が立っている。 この村の門はひとつで、ボロボロの軍服を着た弩弓兵がよそ者を警戒している。いつも寒く湿っていて、足元は泥でぬかるんでいる。空気には湿った麝香のような臭いが重く漂い、町の老朽化した家々の煙突から出る煙は、大気をいつまでも灰色の暗がりに包んでいる。

ここの人々は顔色が悪く、痩せこけ、元気がない。まるで毎日を生き抜くだけで精力を消耗しているかのようだ。興味深い場所は古カラス亭という酒場と黒いメイル・コートを着た獰猛な槍兵に守られている村長の屋敷だけだ。

古ガラス亭は今にも倒れそうなほど傾いている。 狭い窓からは光が差し込み、店内からは騒々しい笑い声と酔っぱらいの歌声が聞こえてくる。入り口の外に倒れている若い兵士は顔を泥の中に突っ込み、右手には空のタンカー(大ジョッキ)を握っている。その脇で別の兵士が膝をつき、血と嘔吐物を吐いている。それぞれ革の鎧の上に、唸るイノシシの頭が刺繍されたタバードを羽織っている。

「無法者が村を占拠しているわけではなさそうだな」泥、ぬかるみ、酔っ払いの吐しゃ物、アルヴィンは巧みな足取りでそれらすべてを避けてゆく。彼にとってはごみ溜めも舞踏会場も、そして決闘の場でも変わらない。常に優雅に達人の歩みだ。ガサツな男には彼がどれほど危険かは分からない。だたの気に食わない伊達男にしか見えない。
一行が酒場に入ると一瞬会話が止まる。一瞬の間にお互いの値踏みが完了し再び喧騒に包まれる。

パイプの煙が立ち込める酒場の中では、同じような服装をした十数人の兵士たちが、いびつなイノシシの紋章を掲げて暴れまわっている。 一角のテーブルの後ろには、地元の人々がうずくまっている。 恐怖におののく店主と使用人たちはバーの下に隠れ、酔っぱらいにビールを飲ませている。 立派な鎧を身に着けた、隻眼で黒髪の男が兵士たちのリーダのようだ。彼は燃え盛る暖炉のそばに立って、火のついた薪で危険なジャグリングをしている。

カウンターに腰を据えたアルヴィンの後ろに体格の良い一人の兵士が近づく。他の兵士はお互いを小突き合い期待を持って成り行きを見ている。
「おいアンタ、ずいぶんとお上品なものをぶら下げているな。途中ですぐに折れちまうんじゃないか?」男はアルヴィンの高価なレイピアを指差し、腰を下品に振りながら手垢のついたジョークで挑発し、悦に入っている。
「私の武器は常にスマート、レディにも評判が良いよ。君の太くて頑丈なモノはグリーンスキン向きかな」男は目を細めて笑みを浮かべる。
「いいだろう、俺と勝負しろ。勝った方が相手の武器を頂く」
「よろしい、軽くひと遊びといこう。先に血を流した方が負けだ」
アルヴィンの勝ちを疑わないウィズマーは遊びが乱闘にならないようにと追加の提案をする。「ではわが友アルヴィンが勝ったら私がここにいる皆に酒を奢ろう」

アルヴィンは決闘者だ。兵士でも殺し屋でもない。流儀としてその戦いは人に見せるものだった。この戦いはゲームであり彼が得意とするものだ。しかし相手の兵士にとってゲームと殺しは地続きだ。挨拶代わりの試し合いなどしないし、アルヴィンに対してそんな余裕はない。ルールはある、しかし戦場ではあらゆることが起こり得る。殺しが好きなわけではない、死はありえる一つの結果に過ぎない。
アルヴィンが繰り出した試しの一撃は自分を傷つけるものではないことは分かる。そして自分より敵の方が強いことも。この苦境を打開する技などなく、作戦を考える頭もない。彼の戦いは気合、力任せの強打、そして幸運が全てだ。
アルヴィンの試しの一撃の引きざまに合わせて剣を目いっぱい振るう。まったく無意味な対応だが、油断しきっていれば敵の武器を弾き飛ばすか、あるいは大きく態勢を崩させることができかもしれない。一方自分にも大きな隙ができるため後先考えない行動だ…と普通は考える。だが彼は考えない、直観と激情で行動する。
アルヴィンは筋力頼りの未熟な反応に苦笑しながら教科書通り敵の反応に逆らわず受け流す。相手の武器に沿って剣を滑らせ小手に軽い、そして回避不能な一撃を繰り出した…はずだったが、兵士の手入れ不足の剣の欠け部分に武器が引っ掛かり勢いで持っていかれそうになる。慌てて武器の軌道を上方に変えたせいでわき腹が無防備になってしまった。兵士はその隙を見逃さず、攻撃のために大振りした武器を力づくで無様な軌道で引き戻した。これがアルヴィンにとって予想外の一撃となった。ただ引き戻すためだけの無勝手な剣の動きはアルヴィンの脇腹を切り裂き血が流れた。
「これは見事な驚、まさに戦場の技。私の負けだ、この武器は君のものだ。私はアルヴィン=ステュッツマンだ、君の名を聞かせてくれ」
「俺はアルテミウス、お前もなかなかだったぜ」

これで傭兵たちは我々の邪魔はしないだろう。むしろドラッケンフェルズ城へ向かうための護衛として雇っても良いかもしれない。次は隅の方で怯え切っている村人たちを何とかしてやらんとな。村人が邪教信仰に染まっていると思い込んだプファイルを前にした彼らは死刑宣告を受けた囚人と同様だ。プファイルの尋問-彼なら説教というかもしれないーは心の弱い人を精神的に殺すことができるからな。
富と権力の霊気をまとったウィズマーが温かい笑みを浮かべながら近づくと、哀れな村人は地獄に仏を得たかのようにすがり付いた。

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「なるほど、つまりお前たちは正直者で敬虔なシグマーの信者だと言うのだな。にもかかわらず余所者の傭兵たちに唯一の憩いの場であるこの酒場を占拠されてしまったと。対処すべき村長は息子が行方不明になったことで職務を放棄し家に籠ってしまったのだな」
「はい、その通りでございます」
「そして神の使いであるジーベン師がお前たちの魂を救うべくもたらされたと」
「いや、それは…」、「シグマーを称えよ!」
村長の息子の捜索を手伝い、あわよくば見つけ出してやればこの村は私に協力的になるだろう。ドラッケンフェルズ城への拠点とするには好都合だ。付近を探索するだけでも十分に意味はある。早速訪ねてみよう。ここよりはマシなベッドがあるかもしれないしな。

==========
町の中心にある市長の邸宅はレンガ造りの堂々とした3階建て立派なものだが、よく見ると外壁はひび割れ、窓には汚れこびりつき、屋根のスレート瓦の何枚かは欠けている。正面玄関は短い石段を登ったところにあり両脇に黒い胸当てと兜を身に着けた槍兵が立っていた。

館内は薄暗くアンティークの家具が雑然と置かれている。 板張りの壁には色あせた絵画やガラスのような目と虫くいだらけの毛皮を持つ動物の剥製が吊るされている。 年老いた執事に出迎えられ村長の応接室に通される。オーク材の机にそびえたつ乱雑な羊皮紙の山の背後のおんぼろ椅子に村長が腰かけている。背後に飾られている水晶の髑髏と美しい剣だけがこの屋敷で価値ある品物のように思われる。

シュマリングは痩せて気難しい男で悲しげな目をし口ひげを垂らしている。高い地位にふさわしい高価なシルクとサテンのスーツはところどころ糸が切れつぎはぎだらけだ。喉元にはくたびれた付け襟が巻き付いている。ボロボロのウィッグをかぶりその下からは白髪が覗いている。

「私はマキシミリアン・シュマリング、この村の村長だ。君たちが私の苦境を救うために来ることは知っていた。先ずは感謝する」
彼は悲しみに満ちた重い声で穏やかに話しだした。 彼は金枠に入った小さな肖像画を抱いている。その肖像画にはハンサムと呼ぶにはあまりに病弱そうな10代後半の青年が長い金髪に上品な貴族の服装で描かれている。
「これが我が最愛の息子、ガイウスだ。息子は数日前、森林主任のエミール・ハルトマンら当家の使用人たちと狩りに出かけた。 不運にも保護者たちとはぐれてしまいそれ以来見つかっていない。ハルトマンは探索隊を組織し捜索したがガイアスが最後に目撃された場所の近くでグリーンスキンらしい足跡を見つけただけだった。捜索は毎日のように行なわれているがこの村には森の奥深くまで行く勇気のある者がおらず成果が出ていない」
「シグマーを信じよ!信じる者は救われる」
「グリーンスキンの痕跡の近くに血の跡が無いのなら少なくとも今はまだ生きている可能性が高いだろう。だた広い森を我々だけで捜索するには人数が足りない。酒場にいる傭兵を雇ってはどうだろう」
「構わない、金も出せる。傭兵のことは知っていたが、私のオラクルカードが勇者の到着を告げていた。君たちを待っていたのだ」
「おっさん大丈夫か?」ヤッタランが思わず思いを言葉に出す。
「私たちが勇者か否かはともかく、できることをしよう」
ヤッタランは懐から風変りな方位指針盤を取り出し熱心に操作を始めた。これは先天方位指針盤、魔力の風を感知することができる。指針盤は村長の後ろにある水晶の髑髏からダハールの風、魔術師が言うところの暗黒の風が吹いていることを示している。
「村長、後ろにある水晶の髑髏は何だ?」
「これは当家に古くから伝わるものだ。祖父はこの髑髏が発する邪気がグリーンスキンやビーストマンどもを村から遠ざけていると信じていた。隣の剣も古いものだが由来は伝わっていない」
ヤッタランが手にするとそれはわずかに暖かい。そして頭の中に不明瞭な囁きが響く。しばらく意識を集中するとそれが明確な言葉を成す。
「殺せ、あいつを殺せ!」

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結局ウィズマー一行は家宝の水晶髑髏と剣を受け取り、傭兵には前金として金貨25枚、成功報酬として金貨25枚支払うことで話はまとまった。翌朝出発し昼過ぎのこと。
「じゃあ俺たちはここで」嫌な笑みを浮かべながら傭兵隊長のクルツが言った。
申し出は意外ではないようで落ち着いた態度でウィズマーは聞いた。
「理由を教えてくれ」
「そうだな、ここにいるグリーンスキンは数体のはぐれ者というわけじゃない。ここにはグリーンスキンの正真正銘の部族がいるのさ。あんた達は腕が立ちそうだが、十数人の部隊でどうこうできる相手ではない。あんたも分かっているんだろ」
「我々は特殊作戦の専門家だ。規律を保って指示に従えば名誉と金を手に入れることができる」
「そう言う貴族様を何人も見てきた。大抵の場合手に入るのは血と泥だ。半分の金貨は手に入れたから今回はそれで十分だ」
「そうか残念だ」
「クルツ待て、お前に名誉を得る機会を与えてやろう」アルヴィンは鞘を払った武器を顔先に立ててから切っ先をクルツに向けた。
「私が勝ったらお前たちは契約通りリヒテンラーデ公の指揮で戦う」
「いいだろう、今度は遊びではない。生き残ったほうが勝者だ」

「シグマーの金床にかけて、いいのかウィズマー。どちらかが死ぬことになるぞ」
「決闘者に決闘をやめさせることはできないよ」そう言うとにらみ合う二人の間に進み出た。
「アルヴィンとクルツの決闘を宣言する。立会人はウィズマー・フォン・リヒテンラーデ、勝負はどちらかが死亡するか戦闘不能になるまで、あるいは降参を宣言するまで。双方遺恨無く。はじめ」開始を宣言すると同時に、向かい合うアルヴィンとクルツの間に差し出した手を引いた。ウィズマーの引いた手の陰からクルツは必殺の一撃を放った。自分を遮蔽に使われたウィズマーはアルヴィンの死を予測し目をつぶった。
キンッ
クルツの剣を受け流す冴えた金属音が響き渡った。
「このような奇襲攻撃は1875年エスタリアの決闘者スアレスのものが有名だ。彼は立会人の腕ごと相手に一撃を加えた。それに比べれば非常に紳士的な攻撃だ。ちなみにその決闘で相手は死んだがスアレスの負けとされた」アルヴィンが楽しそうに解説する。
「そうかい。昨晩みたいな舐めた戦いをしてくれていれば、今の一撃で終わっていたのに。厄介な奴だ」
遅いが重装甲に守られたクルツは多少の傷は無視して密着戦あるいは組打ちを狙う。一方軽装なアルヴィンは中間距離を維持しながら前後に素早く動き相手の防御の隙間を縫って小さな傷を与えて心理的に追いつめる。だがどちらの目論見も上手くいかない。決闘場の主と戦場の主はそれほど違うのだ。しかし生死を賭けた戦いにおいては数多くの理外を生き抜いたクルツに利があるのではないか。
最初の勝機はやはりクルツが得た。戦いは持久戦の様相を呈していた。速度に勝るアルヴィンの剣がクルツに傷を与えるが、クルツは全く意に介せず体をぶつけるようにして強引に前に出る。昨晩の決闘で受けた傷のせいでわずかに反応が遅れたのを見逃さず、クルツがアルヴィンの右手に深手を負わす。大量の血が流れだすがアルヴィンの笑みはさらに深くなる。
「アルヴィン、その傷じゃもういくらも立ってられないのじゃないか」勝利を確信したクルツはそう言いながらアルヴィンの連続攻撃をかわした…はずだったが最後の一撃が鎧の隙間を縫って肋骨を切り裂いた。今までに受けた小さな傷が積み重なってクルツの動きを鈍らせていたのだ。
「確かにそろそろクライマックスだ、どちらが死ぬにせよ」
胸に深手を負ったクルツはまともに戦えない状態だ。だがアルヴィンの出血も相当だ。クルツがこのまま時間を稼げば先に倒れるのはアルヴィンだ。彼は地面を這うようにしてアルヴィンから離れる。血を流しながらゆっくりとアルヴィンがその後を追う。
「さようならクルツ」アルヴィンの最後の一撃はクルツの胴体を真っ二つに切断し、近くにいた傭兵団員たちに血の雨を降らせた。

==========
「今後この隊の指揮はアルテミウス、君に任せよう。この任務の間は私に従ってもらう。任務が終われば金貨25枚を受け取って後は自由だ」
「任せろ、グリーンスキン退治は得意だ」
「今回は殲滅任務ではなく救出なんでほどほどに頼むよ。少し遅くなったが、エミール現場へ急ごう」

一行は村の森林管理者であるエミール・ハルトマンの案内で木々の間を進んだ。村長の息子のガイアスが姿を消した場所へと続く道は暗い森を縫うように続いている。周囲は不気味に静まり返り、鳥の声すら聞こえない。その場所の地面には争った形跡が残っていた。踏み荒らされ、低く垂れさがった枝が折れている。ここでハルトマンはグリーンスキンの顔が粗雑に彫られた青銅のバックルを見つけた。更に何かを引きずった跡と大きな鋲付きブーツの足跡とゴブリンの足の爪痕も見あった。加えてハルトマンがここで見つけた”G”の文字が刻まれた銀の短剣はガイウスのものであることをシュマリング村長が確認した。
「この引きずった跡をたどろう」
そのまま不穏な気配が漂う森を進むと前方にグリーンスキンが現れた。こちらを監視するだけでじっとしている。退路を断つように後方にもオークとゴブリンの一隊が出現した。アルテミウスは口汚く罵りながら後方のオークに突撃した。
「奴らはなにをしているんだ?」ウィズマーが疑問を言葉にする。
「何かを待っているようだな」ヤッタランの推測を裏付けるように巨大なオークが現れた。

「パーレイ」巨大なオークが現れた茂みの奥から小柄なゴブリンが縄で縛った人間の首元にダガーを突き付けながら現れた。そのゴブリンが着ている州軍のコートは大きすぎて裾を地面に引きずっている。首にはエンパイア軍のドクロのメダルを鎖でぶら下げている。貧相な外見とは反対に彼の種族には珍しい肝の据わったオレンジ色の目は知性に輝いている。そして人間の言葉を話すことができた。
「このオカタはスカロック・ノーロック。テンをつくイダイ。ボーン・クラッカーのゾクチョウ。オレはチュウジツなダイベンシャのフォン・マゴット。スターランド・シュウグン、ダイ3レンタイのマスコットだ。オマエらこのキゾクのコどもをたすけるからアード・フェイスをつれてこい」
「とりあえずアルテミウスを落ち着かせた方がよさそうだな」アルヴィンは後方へ向かった。

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顔なきもの -2

2024年05月06日 | 顔なきもの
【ネタバレ注意】本記事はシナリオ「Hell Rides to Hallt」の内容を含んでいます。

一行はさらなる手がかりを求めてハンフリート・マウスの農場へと向かった。確かに農場へ続く田舎の泥道を進んでいるが、時折石畳の道や板張りの床を歩んでいるような気分になっていることに気づく。そんなときウィズマーは立ち止まり周囲を見回す。すでに昼をとっくに過ぎている時分だが、太陽はまだ中天を超えていない。プファイルとアルヴィンも同じような違和感を感じているようだ。
「シグマーの両眼にかけて、この土地は呪われている。首なし騎士に無数のオガム石、そのうえ狂った時間に足元から伝わる奇妙な気配。何もかもが呪われている!」

マウスの農家はこの地方では見慣れた建物だ。周囲の畑は放置されている様子を見せている。裕福な家に生まれた一行のものは-プファイルも今は一文無しの狂信者だが、かつては立派な家に生まれ良い教育を受けていた(教育が行き過ぎていたのかもしれない)-寂しく枯れている作物の残骸を見ても何を育てていたかは分からない。しかしほんの数日前までは季節外れの作物を育てていなような印象を受ける。

家の周りの草は立ち枯れ人の気配はない。壁には吹き寄せられた枯草や放置された木材や薪が積みあがっている。入り口に鍵はかかっていない。家は一間だけの小ぶりな作りで、マウスが独身だったことが分かる。窓は小さく、部屋に差し込む光は少ない。室内世様子からは家主の鬱々とした精神を感じるが、壁にかかる4枚のタペストリーには目を引かれる。そこには四季が描かれており、季節によって様々な作物を植えたり収穫したり、そして自分たちで育てた作物を仲良く食す人々が描かれている。



「マウス氏はつき合い辛い人物だったようだが趣味は悪くないな」ウィズマーはタペストリーをじっくりと眺めながら言った。プファイルはこの家が気に入らないようで部屋の四隅で神聖なものを表す仕草を繰り返している。部屋を歩き回っていたアルヴィンは床板が浮いている場所を見つけ、屈みこんでよく調べた。
「ここになにかある」全員が注目するなか、アルヴィンが床板を外すと中には琥珀色のレンズが入っていた。レンズを取り出し日の光にかざして中を覗いていたアルヴィンがガラスの向きを変えたとたん息を飲んだ。
半透明の琥珀越しに見たタペストリーは恐ろしい絵に変貌した。ある人物は他の人々の上に土を積み上げ、作物の横からは埋まった人々の腕が突き出ている。豚飼いの一団は姿を変え豚のような動物になっている。冬のタペストリーに描かれた焚火で暖を取っている人々の一団が、燃え盛る偉大な人影を崇拝する狂信者の一団に変わっている。
「これを見て見ろ」アルヴィンが仲間に声をかける。
「シグマーの両眼にかけて! 思った通り邪教徒の住処だ、燃やしてしまえ!」
「マルコルフのメモもこの琥珀で見てみよう」ウィズマーはメモを取り出し琥珀のガラス越しに見た。



この土地に来て、彼らを作り変えよう。
変えてしまえ。
運命の支配者は
時のねじれから現れるであろう、
肉体を作り変え
苦痛と苛烈な怒りを叫びながら。
変化が肉を作り
肉が変化を作り

「シグマーを恐れよ! 燃やせ!」
ヤッタランは顔を上げて周囲の匂いを嗅いだ。「ん? 何か燃えていないか?」
全員がプファイルを見た。
「シグマーの名に懸けて、確かにこの小屋は既に燃え始めている」
アルヴィンは素早く扉に近づき様子を確かめた。
「扉は外から閉じられている」
「シグマーズハンマー!」プファイルは扉に突撃して、手にしたフレイルで扉を叩き壊し始めた。
人ひとりが通り抜けられるだけの隙間が開くとプファイルは外に飛び出した。小屋を焼く炎を抜ける際に衣服に着火するのも構わず、残りの者も次々に外へ飛び出す。



地面に転がり衣服に移った火を消したプファイルは目の前に処刑人が首切り用の大斧を振りかざしているのを目にした。その男は大柄な獣のようだ。髭を剃り、鼻は折れ、目はこげ茶色で険しい顔をしている。地味なローブ、革の手袋とブーツ、そしてフード、死刑執行人の衣装だ。無言のまま振り下ろされた大斧をプファイルは転がって避ける。

==========
武装解除され両手を縛られ跪いた状態でも男は顔色一つ変えず傲然と顎を上げ無言を貫いている。
「こういう男は知っている。何もしゃべらないだろう。見上げた忠誠というところか」
「シグマーを恐れよ! これは邪教への狂信。腐敗、堕落の明白な証。このような者に与えられるのは賞賛に非ず」
プファイルはベヴィニャーテの手紙と呼ばれる聖なるフレイルを振り上げた。

==========
一行は探索を続け丘の上の風車に目を止めた。マルコルフのメモに描かれた風車に違いない。よく見ると風車の回転方向が風向きに対して反対になっている。周囲を観察すると人の出入りがあることが分かる。扉には鍵が掛けられていたが簡単に(力ずくで)開けることができた。内部では粉ひきの機械が動いている。風車が反対向きに回っている理由は分からない。ここでもまたアルヴィンが地下室へ続く隠された引き上げ戸を発見した。


地下室の床の中央にはルーン文字と共に魔法陣が描かれている。その周りには謎の液体が入ったガラス瓶が散らばっている。作業台の上には錬金術に使われる器具が整然と置かれている。部屋の隅のテーブルには切断された首が4つ置かれている。近づくと床から毒々しい紫色の光が迸り4つの頭部に仮初めの生命力を与える。これらの朽ち果てた頭部は身悶え目蓋を激しく開いたり閉じたりする。太い糸で縫い閉じられている口を動かしている。
「シグマーの名を称えよ!」
プファイルは頭部に近寄り口を閉ざしている糸を切ってやった。

ブロンドの女性が叫ぶ。「ウバースライクからここまで来た私を、彼らは切り捨てた!新たな始まりだ!彼らは豊饒と成長について語る。私に死以外の何がある?哀れなグリセルダは?」

鼻の無い黒髪の男性が酔ったような口調で話し出す。「酔っていた!ほろ酔いだよ。あのマルコルフはとても素敵に見えたよビールの話。お酒は大好きなんだけど、ある?唇がカラカラで、最後に...」

耳の無い男性は低い声で言う。「大いなる成長、大いなる変化が訪れる。土地は作り変えられ、ハルトのすべてが震えるだろう!私は燃料であり、肥料である。私は…」

特徴のない男性が必死に叫ぶ。「ウーテのために!ウーテのために私は死に、ウーテのために彼は殺す!夜、ひそひそ声が聞こえる、秘密の弟よ。俺の腕はお前のものだ 兄弟よ 俺ができなかったことをやれ」

頭部はは一斉に話し始めた。「魔女は見る、魔女は待つ、緑色の月が昇る、トリックスターの運命。肉は焼かれ、首は転がる、緑の月が昇り、皆に死が訪れる。騎手は乗り、騎手は殺す、翡翠の月が昇る、この工場を燃やせ!」

4つの頭を頭陀袋放り込んだプファイルは向き直って叫ぶ。「シグマーズハンマー! 火をつけろ!」

==========
夜が訪れ、モルスリーブだけが周囲の山や森、そして町の上に昇る。冷たい光を放ち、魔法の風を強く吹き、死者をかき乱す。町はビリジアンというべき青緑色の光に満たされ、ロウソクやランプの明かりは消えてしまったようだ。人々は家の扉を堅く閉じ、寝具に深く潜り、この地にはびこる邪悪なものを遠ざける。降り積もった雪が、青緑色の光をより際立たせている。
目の前では風車小屋が盛大に燃えている。青緑色に染まった世界にある確かなもの。この世の毒虫たちを引き寄せ焼き尽くす聖なる光。一行は小屋から少し離れたところに身を伏せ誰が引寄せられるのかを見ていた。


町から人がやってきた。フェルギーベル市長、鷹匠のキーファ、それに見たことのない男と女が一人ずつ。更に町の衛兵が4人。燃える小屋を見上げながら話し合いの後、衛兵だけが町へ戻った。残った男女は一行が伏せている場所とは反対側、建物の向こう側へ行ってしまった。そのまましばらく様子を見ているとキーファだけが建物の周りを警戒しながら歩いている。
「奴らは何をやっているんだ?」ウィズマーが呟く。
「シグマーに栄光あれ!」建物の角を回ってきたキーファへプファイルが突撃する。ウィズマーも後に続く。アルヴィンとヤッタランは建物の向こう側の市長らがいる方へ向かう。


アルヴィンが建物の角を回ったその時、建物を覆いつくす炎が凍り付き、頭上の星や月が飛び去るように地平線の下に沈み辺りは闇に閉ざされる。暗闇の中不気味な光を放つ液体を飲んだ、市長をはじめとした狂信者は苦痛の叫び声をあげながら倒れこむ。そしてその身体は人間ではありえない動きをしながら這うように互いに近づき練り合わされてゆく。瞬く間に一つに溶け合い蠢く触手、歯軋りを上げる口、瞬きする無数の目からなる混沌の怪物に変貌する。
人間相手なら無敵のアルヴィンでさえもこのような怪物の前では恐怖を感じ、動きが止まる。一方、長い水上生活で数々の伝承や噂話の一部が本当であることを知っているヤッタランのほうが、このような状況への適応力は高いようだ。
怪物は複数の触手を振り回し、捕まえた犠牲者を鋭い歯がびっしりと生えた口で噛みつこうとする。恐怖の衝撃から抜け出せないアルヴィンの動きは鈍い。ヤッタランはつかまらないよう触手を払いのけるのが精一杯だ。しかし鷹匠を始末したプファイルとウィズマーがやってくると状況は好転した。恐怖を克服した4人の戦士の攻撃は怪物を徐々に追い詰めていく。ヤッタランの一撃を受けた怪物は動きを止め、人間の身体を一つに練り上げていた力を失った。怪物の死骸は半分溶けた複数の人間の身体の残骸となった。
「シグマーに栄光あれ!」プファイルの言葉を合図に周囲の暗闇が晴れ、穏やかな大晦日の夜が訪れた。少し離れたところに首なし騎士が立っている。彼は馬上斧を高く掲げると、馬を返して走り去った。
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顔なきもの -1

2024年04月06日 | 顔なきもの
【ネタバレ注意】本記事はシナリオ「Hell Rides to Hallt」の内容を含んでいます。

一行は今、ドラッケンフェルズ城に向かっている。いや正しくは城のある灰色山脈ふもとのハルト市へ向かっている途中だ。訴訟代理人ゴスウィン・サムターは法律上不可避な義務のため、日が暮れた後もぎりぎりまでハルトに向かって進んでいる。一行はその彼に護衛として雇われたのだ。ウィズマー・フォン・リヒテンラーデにとって高額の報酬に興味はない。ただハルトがドラッケンフェルズ城の道中にあるという点を気に入って引き受けたのだ。


年の末が押し迫ったこの時期、しかもヘクセンスナハトの前日の日没後に先を急ぐことは真っ当な市民であればあり得ない。ゴスウィン・サムターはそれでも先を急ぐため、気前よく金を消費している。彼は背が低く、丸々とした禿げた男で、薄灰色のくぼんだ目、赤らんだ頬、曲がった鼻をしている。人目を引き、富を誇示するのが好きで、職業柄上等なローブを身にまとい、冬の強風から身を守るために分厚い毛皮のコートを羽織っている。身振り手振りを交えて自分の重要性を強調しており、その両手には高価で派手な指輪がずらりと並んでいる。
彼は御者を急かしながら、道中の心配事についてしゃべり続ける。この時期ハルト周辺にはいつも、追いはぎやならず者、暗いライクヴァルドの森の奥から飛び出してくる怪物らの襲撃が絶えない。特に昔、この町に出没したという首無し騎手、デュラハンについて詳しく話をする。

ゴスウィンは赤らんだ鼻を鳴らし、痰のからんだ咳をし、酒をすすりながら言う。
「デュラハンは暗闇の生き物で、首のない騎手、死の呪いをかけられた者が乗り、見る者すべてに死をもたらす。それは致命的な前兆であり、高貴な心を持つ者か、真に無垢な者だけが、そのような遭遇から生き延びることができる」
彼は咳き込み、ひどい夜を呪い言葉を吐き、続ける。
「しかし、これは単なる田舎の迷信に過ぎない。 満月に切った柳の杭でデュラハンを殺すとか、銀の刃だけが怪物を殺せるとか。失われた首が見つかればデュラハンは満足し消え去るとか。こんな話は戯言だ。間違いなく正直なハルトの市民を食い物にする山賊か何かの隠れ蓑だ!」

冷たく澄んだ夜空には宵の明星と2つの月、マンスリーブとモースリーブが輝いている。馬車は小高い丘の頂上へ達し、眼下にハルトの灯りが見える。ランタンの明かりと煙突から立ち上る煙、城壁に囲まれた小さな町は不吉な夜でも安心を感じさせる。

==========
タールのように重い漆黒の闇の中から、疾走する蹄が聞こえる。枝が折れ、茂みのがざわめきが急速に近づいてくる。闇から生まれたような黒い軍馬の上に黒い鎧をまとった首なし騎手乗っている。騎士は大きく禍々しく曲がった斧を高く掲げた。一行の乗る馬車の横を通り過ぎざま、馬車を引く一頭の馬の首を残酷に薙ぎ払う。馬車は馬の死体に叩きつけられ横転し、御者は地面に投げ出される。

騎士は少し離れたところで止まりこちらの様子をじっと窺っている。馬車ではなく自分の馬に乗っていたウィズマーは馬を降り、勇敢にも首なし騎士へ切りかかる。下馬して騎乗の敵を攻撃するのは不利だが、騎乗戦闘の訓練をしていないウィズマーにはこれが最善の攻撃だった。ウィズマーは裕福な貴族の例にもれず、幼少のみぎりより最高の剣士から剣の使い方を習っていた。そして現在もたゆまず腕を磨いており、得体のしれない怪物だろうが切り伏せる自信はある。しかしそんな彼の強力な一撃を首なし騎士は事無げに重そうな大斧で受け流した。
「強い!」

一方、横転した馬車の中でも敏捷な身のこなしで被害を免れたアルヴィンがゴドウィンとウィズマーの召使いのゴットフリート・トレフィラヌスことトレフィを救出していた。馬車の中で転がされ、頭から血を流したゴドウィンは恐怖に駆られ、一人で森の方へと走り出した。
「あいつが来た!」
動転して木の根や茂みにつまづきながら逃げ出すゴドウィンの後を首なし騎士は常歩で追い、大斧を高く振り上げる。斧頭にモルスリープが反射する。止めに入る間もなく、騎士は斧を振り下ろしゴスウィンの首を一撃で落とし、返す刀で右手を切り落とした。殺された馬の首の血まみれの切り株から、温かい血潮が流れ、白い雪を染め、夜の空気を揺らめかせる。恐怖が混じった圧倒的な血の悪臭がゴスウィンの首から漂う。

怪物を恐れもせず、プファイルは死んだゴスウィンに近づき彼の切断された手首を拾い上げ、馬上から見下ろす騎士に問う。
「神君シグマーのしもべ、プファイル=ジーベンが問う!お前は何者だ、何故この哀れな男を害したのか」
頭の無い騎士は地の底から聞こえるような、くぐもった声で答える。
「私はギスモンド。手に1つの目、頭に2つの目、これはウーテの復讐」
そして、犠牲者の手首を渡せというように片手を差し出した。
プファイルは躊躇し手の中の手首に目を落とすと、小指の付け根に異教めいた眼を模した入れ墨があるのに気づいた。
「シグマーの名にかけて! この目は何だ?」
「お前には印はない。その呪われた手を渡せ」
まだプファイルが躊躇しているとウィズマーが言った。
「プファイル、それを奴に渡せ」
こんな夜にはシグマー神の言葉も届かない。異教のものは同類に委ね、相食ませるのが良かろう。
首なし騎士は手首を受け取り、地面に転がる頭部を斧で器用にすくい上げると森の奥に走り去る。

==========
怪我を負い、馬を失った御者はトレフィが治療を行うあいだ、ゴドウィンが指示した強行軍のせいで生じた損害への不満を言い続けていた。
「とは言え、お前は危険を考慮したうえで約束をしたのだろう。雇い主が死亡する可能性を予見できなかったのはお前の責任だろう」ウィズマーが冷静に指摘する。
「私ごときにそのような難しいことを考えられるわけないじゃないですか。何とかなりませんか?」
そう言いながら、御者はゴドウィンの残った左手の指で輝く宝石に目をやる。
「良かろう、お前の契約は私が代行しよう。その死体を馬車に積んでハルトまで届けるのだ」
一番小さいゴドウィンの指輪を一つ抜いて御者へ放った。御者はまだ何か言いたげだ。次に小さい宝石を渡すと、御者は上機嫌になり仕事を始めた。

==========
ゴスウィンの死を知り、警備兵の隊長であるベルティーユ・リンデマンは、これがこの1ヶ月で4件目の殺人であり、この1年で起きた一連の事件のうちの1つであることを明らかにする。警備兵たちと話していると、背後の教会から閉門を知らせる鐘の音が聞こえてくる。その音は、まるで順番が狂っているかのように奇妙に感じられる。
「シグマーに光あれ!不吉な鐘の音だ」プファイルは魔除けの仕草をした。

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一行は警備隊長に勧められた穏やかなヒキガエル亭に宿をとった。1階の酒場で夕食をとりながら町の噂話を仕入れた。

・犠牲者の多くは右手を切り落とされているが、その理由は誰にもわからない。ある者は、犠牲者を集めて鞭を作り、正直な民衆を懲らしめようとしていると言う!
・全員が首を切られているが、右手を切断された者は数人しかいない。そこにどんな意味があるのか?
・騎手が恐ろしい飢饉と不作をもたらすことは、誰もが知っている!ハルト近郊の収穫はここ何年も絶好調だったのに、残念なことだ。先週、2つある穀物の全部が腐ってしまったのもそのせいだろう。
・あそこにいるマルコルフ・バックマエは大笑いだ。街でエールの取引をしては、街を飲み干している!運が悪かったな。殺される前に二人の農夫と話しているのを見た!考えてみれば、彼はあの石工と、騎手と同じものを取引していたんだ......。 胡散臭い運の持ち主もいるものだ!
・その夜、宿にはもう一人、酒造家のマルコルフ・バックマエという旅人が泊まっていた。彼は宿のエールの品質に大声で文句を言い、代わりに自分の蜂蜜酒を買わないことに憤慨している。
・デュラハンは処刑人の亡霊で、高貴な生まれの女性を殺した罪でエイルハートで殺された。今、彼は彼女を探しており、彼女を愛しているかもしれないと思う者は誰でも殺している!

最後の噂はここまで一緒だった御者が言いふらしていた。彼は思いのほかロマンチストだったようだ。あるいは臨時収入が彼に詩情を呼び起こしたのか。
酒場の片隅では噂話されていたマルコルフが誰にも相手されないことも気にせず、大声で歌を歌い、楽しげにビールを飲み続けている。醸造家である彼は少しでも自分に関心を持った相手には、ビールに関する蘊蓄を滔々と説明する。特に最近作り始めた蜂蜜酒には大いに期待しているらしい。
酔っ払いがいよいよ気勢を上げていると、場違いなほど上品な女性が来店した。気づいた酔客たちが親しげに挨拶する。彼女は酒場を見回し、ウィズマーに目を止めるとまっすぐにやってきた。
「リヒテンラーデ公、お会いできて光栄です。わたくしはハルトの市長、エルヴァ・フェルギーベルと申します。この度のサムター氏のご不幸への対応について、故人に代わりお礼申し上げます。そちらが被った損害についてご協力できることがあると思います。そして当市が置かれた状況の改善にご協力をお願いしたいので、明日市庁舎までご足労お願いします」
そして二、三の社交的儀礼上の会話の後、彼女は酒場にいる顔見知りに挨拶するため、その場を離れた。彼女はパックマエ氏と酒造りについて専門的な会話をし-彼女自身もハルト市郊外に醸造所を所有している、輪投げに興じていた鷹匠のディオミラ・キーファーと女同士の短い秘密話しした後、酒場を後にした。


==========
外では雪が降り、しっかりと固定されていない鎧戸が風にあおられて音をたてている。ヘクセンスナハトの夜の祈りがかすかに聞こえる。穏やかな夜だ。
静かに夜の祈りを唱えていたプファイルは目の前の蝋燭が溶けて小さくなるのではなく、逆に大きくなっていることに気づいた。面妖な、これは凶兆だ。誰かが叫びながら廊下を走る音が聞こえる。
「シグマーズハンマー! アルヴィン、廊下が騒がしい」同室のアルヴィンに声をかけた。ウィズマーとトレフィはこの宿の最高級(と女将が言っていた)の別の部屋で休んでいる。
プファイルは少しだけ扉を開けて廊下を窺う。蝋燭のわずかな明かりで、下着姿の酒造家マルコルフが、恐怖で顔を灰色にしながら階段に向かって廊下を走り、助けを求めて叫んでいる。首なし騎士が重々しい足取りでプファイルの目前を通り過ぎる。決意を持った一歩一歩が建物そのものを揺るがすようで、歩みを進めるたびに鎧が不吉な音を立てる。
「シグマーに栄光あれ! アルヴィン、奴だ。後を追うぞ」
今まで完全に寝ていた様子のアルヴィンだったが、素早く身を起すと流れるような動作でベッドわきのレイピアをつかみ、プファイルの後を追う。


雪の薄い膜で白く覆われた誰もいない通りに跪くマルコムを見下ろすように首なし騎士が仁王立ちしている。黒ずくめの騎士が高く持ち上げた大斧は、雪が反射した月明かりで神々しく輝いている。光の軌跡がマルコフの首のあたりを通り過ぎ、鮮血が散る。月の光を失った武器は、怪物が振るうに相応しいただの人殺しの道具に戻る。またしても右手を切り落とした騎士の目前にプファイルは立ちはだかった。
「神君シグマーのしもべ、プファイル=ジーベンが再び問う!何故この哀れな男を害したのか」
騎士がマルコムの手首を拾い上げると、大きな下品な指輪が指から外れて落ちた。指輪の下にはゴスウィンと同じ目の入れ墨が隠れていた。
「ただ、その目を持つ呪いたちが、彼女の命を奪った。彼女の祈りは届かず、ウーテは朽ち果てる。シグマーは彼女を失望させたが、私はそうしない」
「シグマーを恐れよ! 神は人を失望させない。人が神を失望させるのだ」
プファイルの脇に武器を構えたアルヴィン、ウィズマーが立つ。トレフィは少し離れたところから心配そうに見ている。細かな雪が舞い、緊張が高まる。遠くから近づく馬の足音が聞こえる。誰も動かない。漆黒の馬が首なし騎士の横で立ち止まる。
「私は刃のために頭を持ち、彼らは私の頭のために刃を持っていた。私はその斧を手にし、それを養っている」と言い残し、馬に飛び乗り去った。

トレフィが近づいて来て言った
「死んでますね」
犠牲者を検分し、懐から謎めいたメモとシグマーの聖印である双子の彗星の首飾りを見つけた。首飾りの裏には巫女ウーテ・ボットと印されていた。
「シグマーの千里眼にかけて! 邪教の書と聖印、これは異端だ」


==========


「ご存じの通り、現在ハルト市は謎の怪異、怪物の脅威にさらされています。ご高名なリヒテンラーデ公ご一行のお力で解決して頂きたいのです」フェルギーベル市長の話を聞きながら、ウィズマーは彼女の右手を見つめていた。彼女は控えめで上品な刺繍が入った真っ白な絹の手袋をはめている。
「いいでしょう。その前に一つ不躾なお願いをしたいのですが」
「何なりと仰ってください」
「では、その上品な手袋を外して、美しい右手をわたしに見せて頂けますか?」
市長は驚き頬を赤らめる。恥じらいというには長すぎ時間逡巡し、まっすぐに見つめるウィズマーを上目遣いで見つめてから、ゆっくりと手袋を外した。美しい手だ。目の入れ墨はない。すぐに手は手袋に覆われた。
「思った通り美しい手だ。諸君そうだろう」
「ああ、しみ一つない美しい手だ」アルヴィンが言う。
「シグマーの名にかけて! 真っ白だ」
「ところでギスモンドとウーテという名に聞き覚えはありませんか?」ウィズマーが聞いた。
「ギスモンドは分かりません。ウーテは去年無くなったシグマーの司祭の名です。彼女の名はウーテ・ボット。邪な欲望を抱いた鍛冶屋のフリードヴァルト・ハウプトフェルトに殺されました。そして鍛冶屋は捕まり処刑されました」
「鍛冶屋は斬首ですか」アルヴィンが平板な口調で聞く。
「そうです」

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一行はウーテのことをさらに調べるため、神殿に向かった。神殿にいた唯一の司祭、巡回司祭のローター・シュミット神父に話をからは、新しい情報は得られなかった。ウーテが墓地に埋葬されているらしいので、念のため墓地を見に行くということにしたが、その前に市場で噂話を聞くことにした。

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屋根付き市場広場では、前夜の出来事と腐ったトウモロコシの噂が飛び交っている。 トウモロコシが腐ったという者もいれば、芽が出たという者もいる。
ウィズマーは裕福な商人を装って市場の人々から話を聞き出す。人々はここ数年の豊作を歓迎している。彼らはシグマーやタールへの信仰、あるいは単に幸運のおかげだと考えている。事情通を自認している一部の市民は、特定の農場、主に市長が所有する土地が特に豊作であると指摘する。
市場で作物を売りに来ていた農夫たちは数ヶ月前に殺された農夫ハンフリート・マウスのことを語り、壁の外での首なし騎士の襲撃に恐怖を感じていると口々に言った。そのために雇われた賞金稼ぎが数週間前にアルトドルフからやってきたが、すぐに騎手に殺されて寺院の墓地に埋められたらしい。

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一行は墓地でウーテ・ボットの墓を探した。それはすぐに見つかった。多くの墓が放置され荒れているのに対して、ウーテの墓はきれいに清掃され花まで飾られていた。墓石の裏側が最近掘り起こされたようになっており、調べると多数の骨と1本の生々しい指が埋められている。いくつかの骨にはまだ血やちぎれた肉が付着している。よく見ると指には見慣れた刺青があるのが分かる。
「シグマーの顎髭にかけて! これは如何なることや、シグマーの司祭と異教の衆との関係とは」
「首なし騎士ギスモンドと鍛冶屋のハウプトフェルトの関係と言ったほうが良いのでは?」とアルヴィンが言う。
アルヴィンとウィズマーが推測を述べ合っていると、周囲を見回していたプファイルが大声を上げる。
「シグマーズハンマー! 見ろあの社を、あれはおかしい」
墓の片隅に離れて立つ小さな社へプファイルは突進する。理解できないアルヴィンとウィズマーは顔を見合わせ、プファイルの後を追う。
「シグマーに光あれ! これを見よ」祠の扉には、マルコムが持っていたウーテ・ボットの銘が入った双子の彗星の首飾りがぴったり収まるくぼみがある。首飾りを合わせてみると扉が開き、中には薄い紙束が入っていた。これはウーテが書き記した、ハルトに巣食う異教についての報告書だ。

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14日、耕し月
長い間、拭い去ることのできなかった感覚、形のない不安がようやく形になり始めた。しかし、安堵するどころか、気になることが増えてきた。この町には、フェルギーベル市長をはじめ、時間そのものが大胆な便宜を図ってくれる人物がいる。私は3度にわたって、フェルギーベル市長が所有地の調査から戻ってくるのを目撃した。さらに、フンフリート・マウスが経営する農園など、近隣の農園では季節外れにさまざまな農産物が栽培されている。シグマルツァイトにイチゴ?と尋ねたい。

ハルトには、自然法則がねじ曲げられ、ゆがめられた人々がいるのは明らかだ。彼らがどのような手段でこの茶番を成し遂げたのか、私は心配だ。もしハルトの多くの人々が善良で勇敢な人々でなかったら、私はすぐにアルトドルフのカテドラルに助けを求めて出発しただろう。これ以上のことをする前に、ここで発見できることを確かめなければならない。シグマーが私の手をあらゆることに導いてくれますように。

ウテ・ボット、シグマーのしもべ
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顔なきもの -0

2024年02月24日 | 顔なきもの
彼らはそれぞれの理由により悪名高きドラッケンフェルズ城を目指している。名誉のため、城に眠るとされる財宝のため、そして信仰のため。それは公言された理由かもしれないし、心に秘めた計画かもしれない。









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