無法者頭と特別な乗騎

バイクとTRPGの記録

巡回奇譚 -1(ネタばれ注意)

2021年12月11日 | 巡回奇譚
約束された者はその時、その場所にはおらず、どこの馬の骨とも知れない3人が代わりにいた。捕盗のヨーケル=ザカ、入信者のハイドリッヒ・ラング、積荷流しのシグムンド・ラドナイザーだ。空っぽの腹と懐を抱え、何とか今日の朝食を得る手立てがないかとマルクトプラッツ、すなわち市場広場を歩き回っていた。
ハイドリッヒは市場でひときわ色鮮やかな露天に目を引かれた。双尾の彗星を巧みに細工したゴブレット、怪物や妖精、騎士そして獲物を狙うドラゴンの幻想的なガラス細工が並んでいる。ハイドリッヒが商品をじっと見つめているのに気づいた店主が声をかける。「この子達、本物みたいでしょ? でも噛みつきはしないはずよ。ようこそヘスケの龍硝子堂へ。私はヘスケ・グラーツァー、この子達を作ったのは私よ」
彼女は彫刻のように優美で威厳のある40代の女性だ。ブロンズの髪に銀の筋が入り混じっている。彼女の眼の色は左右で異なる…片方は明るい青、もう片方は-明らかにガラスで作られた-エメラルドの渦模様が入った琥珀色だ。
「んー、それなりに価値はありそうだな。しかし残念ながら・・・」 そうハイドリッヒが言いかけたところで、シグムンドが何かに気付く。
「何か、向こうの方で・・・」



そうして運命は3人を選択した。マルクトプラッツに混沌が生まれた。発端は鮮やかな衣装を身にまとった旅興行の一座で、彼らの最後の演目が多くの町民を怒らせたのだ。諍いは瞬く間に広がり、その場にいる者は皆、隣のいるもと殴り合いを始めた。3人も否応なしにその狂乱の渦に巻き込まれた。ハイドリッヒは問題の一座がBWWC(ベッツェ・ウースターの不思議なパレード)という名であることを脳裏に刻んだ。



ごろつきを捕まえることが生業のヨーケルはこのような乱闘はお手の物だ。近寄ってきた不幸な犠牲者を片っ端から殴り飛ばして足元に転がしている。一方ハイドリッヒは暴力とは無縁だとばかり、近くにいる暴徒に神の正義と精神の自由についてを情熱的に語り掛ける。せっかくのお祭り騒ぎに水を差された人々はハイドリッヒと距離をおいてから、改めて嬉々として殴り合いに興じている。最も不幸だったのはシグムンドだ。あたり一面に散らばったパイのおかげて足元が滑りやすくなっているのにかかわらず、BWWCの軽業師のピエロは跳んだり跳ねたり足元の不安定さを微塵も感じさせない動きでシグムンドに殴りかかってくる。防戦一方になり頭に血が上ったシグムンドは手近に転がっていたバールのようなものを手に取り、ピエロに強烈な一撃を喰らわせた。
「ざまあみろ、糞ピエロが」

一息ついた3人はこの暴動が手に付けられない状態になっていることに気付いた。非常に背の高いロングコートの男が数人の町民たちと戦っている。 男を攻撃している者たちはみな秘密に気がつくが、間をおかず 次々と倒されていく。ある攻撃が男のコートを引き裂くと、引き 裂かれた服から道化師の服装をした3人のハーフリングたちがこぼれ出してきて、倒した者たちを蹴りつけ続ける。炎のモチーフの見事な入れ墨を全身に施した男が息を吸い込むと、 幾人かの襲撃者に向けて長い炎の息を吹き出す。火が着いた相手 の1人はわめきながら走り出す。炎吹きはニヤリと笑ったかと思うと、突然よろめいて路上に倒れた──その喉にはクロスボウの矢が突き刺さっている。パレードの竹馬に乗った、赤と黄色の道化服を着たドワーフが、ぶかぶかの木靴でアルトドルフの兵士を蹴りつけている。乱闘の外にある大きな露店の上に座った吟遊詩人が、軽快なバイ オリン曲を奏でている。その曲は有名な軍歌「怒れるグリフォン」だ。

そろそろこの混乱から抜け出す頃合いと踏んだ3人があたりを見回すと、二人のナイフを手にしたならず者が地味な服を着た高齢の女性を脅していることに気付いた。女性は凝った意匠のドレスに身をまとった少女をかばっている。9割の打算と義侠心から女性とならず者の間に割って入る。
「さてと、お前たちの首には懸賞金がかかっているかな」ヨーケルは自信たっぷりに剣を構える。
「ありがとうございます。私どもは貴方たちへの感謝を忘れることはありません」と言いながら、女性と少女は安全な方向へ逃げ去った。



賊どもを降伏させたと同時に、マルクト プラッツにはタン、タン、タンと耳をつんざくような発射音が連続して響き渡る。煙を上げる連発式ピストルを高く掲げた、燃えるような 赤毛の女性にすべての目が注がれる。吟遊詩人はびっくりしてひどい 音を出し、演奏を中断する。豚は陶器の露店に滑っていき、陶工が悲鳴を上げて陶器のつぼをどこかに避難させようとしているすんでの所 で、ぐちゃぐちゃの地面とパイ皮の上で滑り止まる。赤と青のアルトドルフの制服を着た兵士たちと、青と金のユーベルスライクの紋章を付けた警備兵たちが四方から突入してくる。これにより暴動は唐突に 鎮静化される。マルクトプラッツは今や無数の兵士と警備兵に包囲されている。
赤毛の女性が口を開き、よく通る声が市場中に響き渡る。
「お前たちを全員逮捕する」
コメント
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