で、ロードショーでは、どうでしょう? 第451回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『アンコール!!』
ささやかに暮らす老夫婦が合唱を通して、苦しみを喜びに変えていこうとする姿を描くハートウォーミング・音楽コメディ。
監督と脚本は、ポール・アンドリュー・ウィリアムズ。
長編4作目で、それまではサスペンスやホラー作品で高い評価を得てきた方。
自分の祖父母の年をとってからもお互いに愛し合う姿を見てきて、そこから思いついて、この脚本を書いたそう。
まず、予告編のイメージは捨ててください。
イギリス映画のお家芸である労働者階級を描く、人生のひだを丁寧に描きつつ、そこに合唱と歌によるエンターテインメントを加味した映画。
『リトル・ヴォイス』や『ブラス!』のように、生活に根付いた音楽を描いた作品の系譜に連なる良作。
見事なのは、キャスト。
頑固な夫に、テレンス・スタンプ。
社交的な妻に、ヴァネッサ・レッドグレーヴ。
その息子に、クリストファー・エクルストン。
合唱団の指揮者に、ジェマ・アータートン。
孫娘に、アン・リード。
まさに、スター二人が、いぶし銀の演技で、育ちのいい妻と労働者階級の出の夫の微妙な関係を醸し出す。
まさに、リアリティあるラブロマンス映画の50年後を感じさせるのだ。
実は、テレンス・スタンプには、スティーヴン・ソダーバーグ監督の『イギリスから来た男』という実際に若い頃に出た映画の映像を若い頃として使用した映画に出ており、映画の中での生き様がそのまま実人生のように見える稀有な魅力がある。
もちろん、テレンス・スタンプは、プロゴルファーを目指し、美術学校を出て、広告会社で働き、演劇にはまったあと、映画にスカウトされ、そのデビュー作で、アカデミ賞にノミネートというアートと才能と破天荒ばりばりで悪役が似合うまさに俳優、まさにスターの人生を歩んできた方だが、出は労働者階級で、今作のキャラクターは自分の父親をモデルにしたのだそう。
父親は、商船の機関員で感情的になることがなかった人だそうで、ハンサムで妻(母)はなくなるまで、惚れ抜いていたらしい。
しかも、テレンス・スタンプ本人とも晩年まで距離があったらしい。
ヴァネッサ・レッドグレイヴは、芸能一家出身で、アカデミー賞からカンヌにゴールデングローブと多くの賞を飾り、ミュージカルもこなす演劇に映画にTVに偉大な足跡を残す名優中の名優。
ユニセフの親善大使も務める社交的な方。
この二人が脚本に惚れ込み、決して対策ではない小品の映画に揃って出演していることが、この物語が持つ普遍的な描写への共感にほかならないだろう。
素晴らしいのは、その普遍的な夫婦と親子の関係で、収まりのいい物語にしないで、老人合唱団の過激な女性指導者というキャラクターを持ち込んだところ。
彼女のキャラクターの奇抜さが、パンク・ムーブメントや怒れる若者の時代、生活に根付いたアートを生み出し続けるイギリスという土地柄をむせ返るように醸し出すのだ、
ちょうどイギリスでは、合唱が盛り上がったあとの定着をみせているんだそうで、取材に基づき、過激なヒップホップやロックナンバーを歌う老人合唱団というアイディアに結びついたのだという。
それで、過激とも言えるくらい柔軟に世界中の歌を取り入れる老若男女合唱団ヒートン・ボイスと出会ったチームは、その合唱団の指導者である、リチャード・スコットをアドバイザーに招いている。
過激な老人合唱団といえば、ドキュメンタリー『ヤング@ハート』があった。
あれもイギリスの合唱団で、ここからも影響を受けているのであろう。
撮影は、ポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督とコンビを組んでいるカルロス・カタラン。
気取らないリアリティの中に、はっと現れる美しい瞬間を描き出している。
ラストカットは、思い出すたびに、暖かい嘆息をもらさせる。実に感慨深い名ラスト。
合唱団の歌も5、6曲歌われるのも最高にいい。
モータヘッドやBー52S、ソルトンペパ、ナールズ・バークレイ、ビリー・ジョエルなど、独特の選曲本当に楽しい。
そして、それを上回って、抜群なのが、郎夫婦それぞれの歌。
お互いのために歌う2曲の選曲と甘さだけでアンク芝居で歌うということの意味を見せ、ここまで聴かせる歌唱にはそうは出会えるものではないと言えるほどの名歌唱シーンとなっている。
うまい歌を聴かせるのではなく、役の人物が歌っている味。
これを表現していることの凄さたるや。
この2曲のために映画館にもう一度行きたいと考えている。
あの2曲の間の劇場内が一気にぬくもりあふれる空気に変わる様は、音楽映画の名パフォーマンスシーン特有のものだと思う。
これが生のものだと、もっと興奮が包んでしまうのではなかろうか。
目の前の演者に、拍手したくなってしまうだろう。
日本でなければ、映画館でも拍手が起こるのかもしれない。
日本の映画館ならではの静謐な空気に、優しさが混ざるのを味わってほしいものだ。
展開には、急ぎ足で、いびつなところもあるが、イギリス的な細やかな視点と独特のキャラクター描写と鍛えられた芸に感銘。いい気分で劇場を後にさせる力がある良作。
おまけ。
テレンス・スタンプは、70を超えているが、老人役をやることに戸惑ったそうだ。
それで、父親を元に役作りをしたんだとか。
ややネタバレ。
映画では、怒りが描かれる。
病への怒り、死への怒り、社会への怒り、なんといっていいかわからないもやもやした怒り、自分自身への怒り・・・。
年を取れば取るほど人は、怒りを貯めるものなのかもね。
頑固親父やカミナリじいさんは、昔はけっこういたものだ。
映画では、この怒りをどう向き合うのかが描かれていく。
その前に必要なのは、助けてくれる誰かではなく、自分が前に進もうとする意思。
この映画のラストシーンのさりげなさは、かなり好み。
留守電を使った最高のシーンの一つだろう。
これから生涯何度も思い出すことだろう。
そうえいば、内容は全く違うが、あだち充の短編に似たエンディングがあったなぁ。
映画自体は凡作極まりなくても、かなりいいラストシーンというものはあって、ジャック・ニコルソンとエレン・バーキンの『お気にめすまま』は邦題も最低だが、あの車の上で待っているラストシーンは時折思い出しては、じんわりきてしまう。
というのを前提に。
映画を観たあとで思うことは、タイトル適当すぎ。
音楽映画だと分かればいいぐらいなんじゃないか?
もちろん、それでも意図と読み解けば、人生におけるアンコールを意味しているのだろうとは思う。
イギリスの原題は『SONG FOR MARION』で、『マリオンのための歌』となる。
これは、合唱をやっている妻であり母のマリオンのこともわかるし、その彼女のための歌とは?
歌そのものにも歌う人にも、タメとはどういうことだろうとなる。
アメリカ版のタイトルは『UNFINISHED SONG』で『尽きない歌』となる。
(ザ・ブルーハーツの『終わらない歌』があるので、あえて)
これは、映画内でうたわれる『ララバイ』の歌詞の内容から取られており、死んでも続く歌は残された夫、息子だけでなく孫娘までつながっていく。
意味をよく伝え、映画本編への愛を感じる。
さて、それを踏まえ、もう一度、邦題を見ると、映画内でアンコールはされないし、言葉も出てこないし、映画の内容から、アンコールが何を指しているか、かなり強引に考えていかないと分からない。
耳ざわいrの響き、何が行われるかわかりやすい単語なので、今の日本お客向けのタイトルとしてよかろうということが透けてみえる。
実際、妙に響きがいいので、この映画は口にのぼりやすくなるかもしれない。
いい映画をヒットさせたいという思いからつけたのだろうと思っておく。
ちなみに、1999年に、同名の『アンコール』という映画もあるが、未公開で未ソフト化、しかも、エロティックとジャンル分けされているので、間違える人はいまい。
おいらがつけるなら、『シング・フォー・ユー』とかどうかな。
『ララバイ』の歌詞にある「君が僕に歌ってくれた歌」と、英語の原題へ目配せして。
『君が歌ってくれた歌』なんてのもいいかも。
ここまで、書いて、キャッチコピーにも疑問符が浮かんだ。
「歌わにゃイカん理由ができた。72歳の大決心。妻のため、ロックでポップな合唱団で歌うのは、人生初のラブソング!」
というのがそれなのだが、歌わにゃイカん理由は映画の中で重要なポイントじゃないし、人生初のラブソングというのは映画内で先生に「妻のために歌ったことがある」と告白してるから、それも勝手な言葉。
うーん、どうにも、映画本編を無視している感じがしちゃうなぁ・・・。
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