雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天空に舞う   第十五回

2010-09-12 10:28:35 | 天空に舞う

   第二章  それぞれの旅立ち  ( 9 )


五月の連休にも啓介は帰郷した。
ゴールデンウィークは、休みの日数も少ないし交通の混雑が大変なので帰らないつもりでいたが、早知子に会いたい気持ちに負けての帰郷だった。


この時も四人は集まった。
啓介と早知子の関係は、二人の間では大きく変化していたが、俊介も希美も特別に何かを感じている様子はなかった。
啓介と早知子の仲は、グループだけでなく多くの友達が承知していることだった。四人にとっても、それぞれが対等の関係にある親友であることは確かだが、啓介と早知子の仲はごく自然に特別なものと考えられていた。


夏休みは八月の旧盆を挟んで十日ばかり帰郷し、自宅で過ごした。
この時も四人で二回集まったが、早知子とは毎日のように会った。

早知子とは、互いの家で会ったり、京都や大阪にも出かけた。何度かくちづけする機会があり、啓介にはさらに進みたい欲求も小さなものではなかったが、まだその時でないことを自分に言い聞かせていた。


この夏休みの間に、早知子の家族が出かけていて、早知子の部屋で半日二人で過ごす機会があった。
この時は、くちづけのあと二人は体を重ねた。啓介は早知子の上着のボタンをはずし、胸の膨らみに直接触れた。早知子の胸は波打ち、啓介の鼓動も激しく打っていた。
早知子は啓介に全てを委ねるつもりだったが、それ以上には進まなかった。


「早く、学校を卒業したいなあ」
啓介は早知子の上着の乱れを直しながら、言い訳するようにつぶやいた。


「今でも、いいのよ・・・」
早知子は必死の思いで気持ちを伝えたが、啓介は「ありがとう」と小さく言っただけで、それ以上には進まなかった。


旧盆が過ぎ、啓介が東京に戻ると、早知子は大きな不安に襲われた。
これまでにも淋しさに耐えられないような気持ちになることがあったが、今度はそれより遥かに激しく異質のものだった。
淋しさというより、取り残されるような恐怖感に近いものだった。


   **


九月になってすぐに、早知子は東京に向かった。
家族には、啓介に東京を案内してもらうのだと正直に話していた。啓介は少し驚いていたが、歓迎するといって喜んだ。


東京駅には十二時過ぎに着いた。啓介が列車の降り口まで迎えに来ていた。
荷物をコインロッカーに入れてから食事をした。


早知子は東京に二度来ていたが、地理は全く分からなかった。啓介も東京生活が一年半になっていたが、案内できる場所は限られていた。


二人は銀座を四丁目まで歩き、その後日比谷公園と皇居前公園を経由して東京駅に戻った。
ホテルは新橋の近くに早知子が予約していた。啓介も同じホテルに泊まることにしていて早知子に予約を依頼していた。当然部屋は別々に取るつもりでいたが、早知子はツインルームを取っていた。早知子の兄の名前で予約したいるのだと、悪戯っぽく笑った。


チェックインしたのが五時前頃で、夕食には早い時間なので部屋で少し休むことにした。
部屋に入り、鞄を置くと同時に、早知子が体を投げ出すように啓介に抱きついた。啓介はその体を抱きとめ、強く抱きしめた。
早知子が自分から積極的に抱きつくことなどこれまでになかった。
何か、必死なものが感じられた。


「すごく不安なの・・・」
くちづけのあと、早知子はなお表情を緩めず、少し悲しげに言った。


啓介は、もう一度唇を合わせたあと早知子をベッドに座らせた。
早知子の表情や行動に、いつもとは違うものが感じられ、座らせた早知子の肩を抱き寄せて尋ねた。


「何かあったの?」
「何かって? ううん、何もないわよ・・・。何か変?」


「うん・・・。何だか、少し、悲しそうだよ」
早知子は首を横に振り、「ごめんなさい」と謝った。
その瞳は、泣いているように啓介には見えた。どう対応すればよいのか分からず、髪をそっと撫でた。
早知子は顔を啓介の胸に埋めた。体が少し震えていた。


時間が静かに流れた。
啓介は早知子の心境を測りかねていた。
かなりの時間が過ぎたあと、早知子は顔をあげて微笑んだ。無理をした笑顔であることが痛々しかった。


「汗だらけ・・・」
突然啓介の体を両手で押し、それを弾みにするようにして早知子は立ち上がった。早知子は自分の汗のことを言ったようだが、啓介の体も汗ばんでいた。


早知子はシャワーを浴びると言いながら浴室を確認し、「わたしが先でもいい?」と明るい声をかけた。そして、唖然としている啓介の答えを確認することもなく鞄を提げて浴室に消えた。
啓介も、長い時間歩いた後の汗が今さらのように気になり、早知子と交替にシャワーを浴び、持ってきていた着替えを使った。


啓介が部屋に戻ると、早知子はぼんやりとベッドの端に座っていた。
遠くを見つめている様子だか、視線の先にあるのは何の飾り気もないホテルの壁だった。
啓介はいつもと違う早知子の様子が強く気に掛かった。声を掛けにくいような雰囲気を全身に漂わせていたからである。近寄りがたいような、それでいて悲しげなものが溢れていて、啓介の胸に切ないものが迫ってきていた。


啓介もベッドに並んで座り、早知子の肩をそっと抱いた。
早知子は、驚いたように啓介の顔を見つめ、悪戯を見つけられた子供のような表情で微笑んだ。淋しげな笑顔だった。


啓介は、肩を抱いていた腕を背中に移し、強く抱きしめた。
早知子はくちづけを求めるように顔を上げて目を閉じた。今までに見せたことがない積極的な意思表示だった。そして、唇が合わさると、強く反応した。


啓介は早知子を仰向けに寝かせ、体を重ねないように自分も横たわり、くちづけを続けた。
しばらくして顔を上げた啓介が、ベッドの端で不安定な状態の早知子を動かそうとすると、早知子はその意思を察して自分から体を動かせた。


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