雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天空に舞う   第六回

2010-09-12 10:35:16 | 天空に舞う

   第一章  萌え出づる頃  ( 6 )


それぞれの友情を育みながら同じ県立高校に進学した四人だが、グループで行動するようになるのは体育祭が終わってからのことである。
体育祭の運営委員会は、無事にその責任を果たし解散したが、その後も互いの信頼感は続いていた。特に啓介たちは、四人が共通の仲間として認識するようになっていった。


と言っても、いつも一緒に行動するというわけではなく、男同士、女同士での行動が主だったが、四人で集まることもよくあった。
男同士、あるいは女同士の時と、四人全員の時とでは話題も違ったが、二学期が終わる頃には志望校に関することが多くなっていった。


三年のクラス編成は、成績と志望校などに基づいて行われることになっていた。志望校に合わせた学科の絞り込みが必要だからである。
年が明けると早々に担任教師からの指導が行われ、その時にかなり具体的な形で志望校や学部を申請する必要があった。
高校生活はまだ一年以上残っているが、進路を確定させる時期は間近に迫っていた。


この時も、志望大学が一番はっきりしているのは啓介だった。
啓介の志望校は変わることがなく、一貫して東京の大学だった。もし駄目な場合は浪人することに決めていて、他の大学は一切受けないつもりでいた。


俊介の場合はその正反対だった。
受験できる大学は片っ端から受けて、極端にいえば、どこでもいいから現役で入学したいと考えていた。問題は、三年のクラス編成においてどの教科に重点を置いているコースを選ぶかということだった。


希美の場合も志望校がはっきりしていた。
母の母校である女子大に決めていたからである。高校進学に際して父や祖父母と約束していたし、希美自身も大学だけは母が青春の日を過ごした学び舎に通いたいと思っていた。


早知子は、期限ぎりぎりまで志望校を絞ることができなかった。
本当なら啓介と同じ大学に行ければ一番良いとは思うのだが、どう考えても啓介が目指している大学は、学部にかかわらず早知子には荷が重かった。その大学は、この高校の誰にとっても簡単な関門ではないが、残りの一年をどう頑張っても無理だと早知子は考えていた。


啓介と同じ大学に行けないとなれば、希美の志望校を目指すべきだとは考えていた。高校に進学する際に、希美や希美の家族が自分の志望校に合わせてくれたことは十分承知していたので、大学は希美が目指している女子大に進むつもりで勉強して来ていた。


その女子大は関西の名門であり、早知子自身にもあこがれのようなものもあった。
しかし、早知子の両親の本音は、家から通える公立大学に進んで欲しいと思っていることは確かだった。


年が変わり、やがて四人は三年生になった。
結局、国立大学を目指すのは啓介だけになり、後の三人は文系の私立大学を目指すことになった。
早知子も希美と同じ女子大を目指すことに決めたのである。


早知子のこの決定は、希美だけでなく彼女の家族まで喜ばせた。
西宮に移ってきた頃に比べれば、希美はすっかり元気になり明るさを取り戻していた。西宮の生活に慣れてきたことや、時間の経過が母の死という悲しみを和らげていることもあったが、早知子という親友を得たことが最も大きな要因だと家族の全員が思っていた。
それは、希美の父や祖父母だけでなく、お手伝いのヨシ子さんも大変喜んでくれたことでも分かる。


早知子はこの選択にあたって、極めて多くのことを真剣に考える機会になった。
経済的なことも小さな問題ではなく、アルバイトに精を出すことで解決するつもりでいたし、場合によっては奨学金も検討する必要があるかもしれなかった。


しかし、一番深く考えたことは、やはり啓介のことだった。
早知子と啓介は小学三年の時からの親友だった。常に一緒に行動していたわけではないし、お互いにそれぞれ大切な友達をもっていた。
十代の少女にとって、異性の友達を他の人に知られたくないという心理が働くものだが、早知子にはそのような気持ちは殆んどなかった。

早知子の心の中にある啓介という存在は、どのような状態になっても最後のところでは味方し守ってくれるという信頼感だった。
それは、友情と表現するものより遥かに重いものだったが、異性として意識したものとも違うものだった。


早知子は志望校について検討を重ね、啓介と違う大学への進学を決めた時、そしてそれが、東京と西宮に別れることを意味しているのに気付いた時、激しい動揺に襲われた。
本当に離れてしまっていいのかという不安が心の中に広がり、啓介への新たな感情が大きく育っていった。


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