麗しの枕草子物語
人の心は様々
人の心は様々だと、本当に思います。
「雨がひどく降っている時に訪ねて来た殿方にはねぇ、やはり心が惹かれるわ。幾日も便りがなくて、怨めしい想いをしても、あんなにびしょ濡れになってやってくれば、怨みごとも消えてしまいますわ」
と、ある女房が自慢げに話しています。
日頃の彼女を知っているだけに、一体どういうつもりでそのようなことを声を高くして話しているのでしょうか。
だって、そうでしょう。昨夜も、一昨夜も、その前の夜も、このところ欠かすことなく通って来られる殿方が、今宵はとても雨が激しいのに、それでも通ってきたのであれば、「ああ、一夜とて離れないでいたい」という愛情が伝わってきて、心が惹かれるというものでしょう。
そうではなくて、幾日も顔さえ見せず当てにもならないような男が、そんな雨の激しい時に限って来たからといって、「愛情のある証拠だ」なとど、私なら思いませんわ。
人の心は様々、感じ方も様々なのでしょうか。
教養があり、思慮深く、優しい心の持ち主である女性と深い仲になっていながら、他にも通う女性の家が沢山あり、長年連れ添う妻もあるものだから、その女性のもとへは繁々とは通えないのを、「『あんな激しい雨の夜に通ってきた』と世間に噂を広めて、愛情深い男だと思われよう」というのが、男の性分というものですよ。
まあ、そうは言いましても、全く愛情のない女のもとへは、雨であろうとなかろうと「ほんの顔だし」さえもしないでしょうが。
でも、私に言わせれば、雨の夜よりも月の明るい夜がいいのですよ。
月の明るい時こそ、過ぎにし方から、行く末まで、ひとつひとつが胸に浮かんできて、心が高ぶり、素晴らしいとも感動的だとも、喩えようがないような気持ちになるのです。
そんな時に訪ねて来た殿方ならば、「十日経ち、二十日経ち、ひと月、あるいは一年でも、いえいえ、七、八年経ってからでも、楽しい思い出になるはずだ」と思われて、とても逢うのには適さない場所であっても、人目をはばかるような事情があっても、必ずお逢いし、ほんの立ち話だけでも心をつくし、許せることなら引き止めてしまうことでしょう。
明るい月を眺める時ぐらい、何もかも遥かに思いが飛んで、過ぎ去った昔のことも、憂鬱だったことも、嬉しかったことも、「をかし」と感じたことも、たった今の出来事のように思い出されることが、他にはありますまい。
雨というものは風情のないものだと、私の思い込みが強すぎるのでしょうか、ほんのしばらく降るのさえ、実に憎らしいのです。畏れ多い宮中の儀式や、楽しいはずの行事でも、有り難く素晴らしい法会でも、雨が降ってしまえば、すべて台無しになってしまいますのに、その雨に濡れてぶつぶつ言いながら訪ねてきたのが、結構なことなんかありませんよ。
(第二百七十四段・成信の中将は、より)
人の心は様々
人の心は様々だと、本当に思います。
「雨がひどく降っている時に訪ねて来た殿方にはねぇ、やはり心が惹かれるわ。幾日も便りがなくて、怨めしい想いをしても、あんなにびしょ濡れになってやってくれば、怨みごとも消えてしまいますわ」
と、ある女房が自慢げに話しています。
日頃の彼女を知っているだけに、一体どういうつもりでそのようなことを声を高くして話しているのでしょうか。
だって、そうでしょう。昨夜も、一昨夜も、その前の夜も、このところ欠かすことなく通って来られる殿方が、今宵はとても雨が激しいのに、それでも通ってきたのであれば、「ああ、一夜とて離れないでいたい」という愛情が伝わってきて、心が惹かれるというものでしょう。
そうではなくて、幾日も顔さえ見せず当てにもならないような男が、そんな雨の激しい時に限って来たからといって、「愛情のある証拠だ」なとど、私なら思いませんわ。
人の心は様々、感じ方も様々なのでしょうか。
教養があり、思慮深く、優しい心の持ち主である女性と深い仲になっていながら、他にも通う女性の家が沢山あり、長年連れ添う妻もあるものだから、その女性のもとへは繁々とは通えないのを、「『あんな激しい雨の夜に通ってきた』と世間に噂を広めて、愛情深い男だと思われよう」というのが、男の性分というものですよ。
まあ、そうは言いましても、全く愛情のない女のもとへは、雨であろうとなかろうと「ほんの顔だし」さえもしないでしょうが。
でも、私に言わせれば、雨の夜よりも月の明るい夜がいいのですよ。
月の明るい時こそ、過ぎにし方から、行く末まで、ひとつひとつが胸に浮かんできて、心が高ぶり、素晴らしいとも感動的だとも、喩えようがないような気持ちになるのです。
そんな時に訪ねて来た殿方ならば、「十日経ち、二十日経ち、ひと月、あるいは一年でも、いえいえ、七、八年経ってからでも、楽しい思い出になるはずだ」と思われて、とても逢うのには適さない場所であっても、人目をはばかるような事情があっても、必ずお逢いし、ほんの立ち話だけでも心をつくし、許せることなら引き止めてしまうことでしょう。
明るい月を眺める時ぐらい、何もかも遥かに思いが飛んで、過ぎ去った昔のことも、憂鬱だったことも、嬉しかったことも、「をかし」と感じたことも、たった今の出来事のように思い出されることが、他にはありますまい。
雨というものは風情のないものだと、私の思い込みが強すぎるのでしょうか、ほんのしばらく降るのさえ、実に憎らしいのです。畏れ多い宮中の儀式や、楽しいはずの行事でも、有り難く素晴らしい法会でも、雨が降ってしまえば、すべて台無しになってしまいますのに、その雨に濡れてぶつぶつ言いながら訪ねてきたのが、結構なことなんかありませんよ。
(第二百七十四段・成信の中将は、より)