雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天空に舞う   第五回   

2010-09-12 10:35:57 | 天空に舞う

   第一章  萌え出づる頃  ( 5 )


水村啓介と古賀俊介、三沢早知子と大原希美、そして、水村啓介と三沢早知子。この三組の友情は、中学生活が終わる頃にはすでに固く結ばれていた。

四人は、互いに影響を与えあい、あるいは受けあって中学生活最後の半年を過ごした。
年齢から考えて、重要な事柄について本人の選択による部分は少ないように思えるが、高校進学ということだけを考えてみても、彼らにとって決して軽いものではなかった。


高校進学について、何の迷いもなかったのは啓介だった。目指している県立高校は、中学に入った時からの志望校だった。
啓介の狙っている進路は、さらにその先にあった。父親からの影響と思われるが、県立高校は東京の大学に入学するための通過点でしかないと考えていた。


この啓介に影響を受けたのが俊介だった。
俊介も高校への進学を考えていたが、特に志望校というものはなかった。乱暴な言い方をすれば、入れるところへ行けばいいと考えていた。

勉強が好きだとか嫌いだとかといった分け方には無理があると思うが、俊介はテストのために勉強することが苦手だった。勉強などは授業だけで十分で、それで身に着くようにできていなければシステムがおかしいと思っていた。
宿題などというものは、授業で教えきれない教師の責任転嫁だとよく口にしていた。もちろん冗談としてだが、本音の部分もあった。

しかし、三年で再び啓介と同じクラスになり親しさが深まるとともに、同じ高校へ進みたいという思いが強くなっていった。
ただ、思うのは勝手だが、俊介の場合は学力が問題だった。二学期に入ってからは啓介と勉強する時間が増え、テストの成績がこれまでと違って気になるようになっていった。


早知子と希美は、難しい選択を迫られていた。
希美が父の実家に戻ってきたのは、母が亡くなったことにも原因があったが、戻ってくることは以前から決まっていた。母の死により時期が少し早くなっただけである。


その理由は、希美の父が祖父の後継者だったこともあるが、希美を西宮にある女学校に入れるためでもあった。その女学校は名門として名高く、希美の母の出身校だった。
祖父母は、本当は中学校から入学させたかったのだが、希美の母が病気がちで、診てもらっている病院の関係で転居が難しかったのである。
予定を早めたため中学途中での転校という予定外のことが起こったが、高校はその女学校を受験することになっていた。


母の死、転校という厳しい変化について行けず、苦しい状態だった希美は早知子に出会った。そして、短い期間の間に掛替えのない親友になっていった。
しかし、高校進学という目前の進路を考えた時、大きな決断を迫られることになった。


早知子と出会うまでは、その女学校を受験することに希美は何の疑問も持っていなかった。当然に自分が進む道だと考えていたし、そのための勉強もしてきていた。
しかし、県立高校を目指している早知子と同じ高校へ進みたい思いが募っていった。


早知子も同じような悩みを抱いていた。
早知子は積極的な考え方や行動力をもっていて、その明るい性格もあって友達も多い。親友といえる人も何人かいた。

しかし、希美との出会いは早知子にとっても大きな出来事だった。噂話や芸能関係の話だけでなく、将来のことなどを真剣に語り合える友達に出会えたと感じていた。高校への進学などについては、友達間で話し合う機会も少なくなかったが、希美とは、それ以上のこと、大きく言えば人生についてさえ真剣に話し合える仲になっていた。


早知子の志望校は、啓介と同じ県立高校だった。親しい友達の中には私立高校を希望している者もいたが、啓介と同じ高校に進む以外のことは考えたことがなかった。
そのことについて啓介と約束したわけではないが、同じ高校に揃って進むことは当然のことだと二人とも考えていた。


しかし、希美との出会いで、早知子の心に迷いが起きていた。希美との同じ女学校へ行きたいという思いだった。
ただ、そのことを具体的に考えると、幾つかの障害もあった。


一つは学力のことである。志望している県立高校については十分大丈夫だと担任の教師から言われていたが、女学校を受けるとなると不安があった。何分急な変更で、それなりの対策も必要だと思われるが受験日までの時間が少なかった。
かなりレベルが高いという噂であるし、希美の学力は早知子より大分上だった。授業などでは目立たないが、テストになるとクラスで群を抜いていた。希美の前の学校と自分たちとはレベルが違うのではないかと思うほどだった。


もう一つは経済面のことだった。早知子の家庭が特別貧しいわけではないが、兄や弟のことを考えれば、なるべく公立高校へ行って欲しいというのが両親の本音だった。
早知子に家の経済状況が分かるわけではなかったが、普通のサラリーマン家庭が三人の学生を抱えることの大変さはある程度理解できた。


そして、早知子に最後の決断をさせたものは、やはり、啓介と離れるわけにはいかないという思いだった。


希美は早知子が進路で悩んでいることに気付いていた。それが、自分の志望校が確定していることに原因していることも承知していた。二人の友情を守るために一方的に早知子を悩ませてはならないと考え、県立高校への進学を父に訴えた。


女学校へ進学することは、希美にとっても切実な願いだった。
母が生きていれば、もっと簡単に県立高校に志望変更していたが、母がいなくなった今は、母が若い日に学んだ学校へ入学したいとの思いが遥かに強くなっていた。


母を亡くして間もない中学三年生には苦しい決断だったが、女学校を断念して県立高校に進む道を選んだ。早知子との友情を大切に思う気持ちの方が勝ったからである。

早知子とは志望校について何度も相談し合っていた。一緒に女学校に入学した場合のこと、一緒に県立高校に入学した場合のこと、二人が別々の高校に進んだ場合のこと、それぞれの場合の生活について語り合い、どのような形になっても今の友情は変わらないことを何度も何度も確認し合っていた。


しかし、いくら変わらぬ友情を確認し合っても、別の学校に進んだ場合の不安は消すことができなかった。今の自分には、早知子を失うことなどできないことがよく分かっていた。


結局希美は、父や祖父母を説得して県立高校に進学することになったが、説得が簡単だったわけではなかった。
特に父の反対が強かったが、祖母が味方になってくれて父や祖父を説得してくれたのである。
希美にとって早知子の存在がどれほど大切か、祖母には痛いほど分かっていたのだ。大学に進学する時には、必ずその女学校を選ぶということで家族全員が承知してくれたのである。


結果としては、四人は揃って県立高校に進学したが、その陰には中学生とはいえ少なからぬ努力や葛藤があったのである。 


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