雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

五十日の祝い ・ 望月の宴 ( 116 )

2024-07-30 08:00:26 | 望月の宴 ③

     『 五十日の祝い ・ 望月の宴 ( 116 ) 』 


そうこうしているうちに、若宮(敦成親王)の 御五十日の祝儀が行われる十一月一日となったので、例によって女房たちが様々に装い立てて参上する有様は、しかるべき物合(モノアワセ)の方分け(組み分け)に似ているようだ。

御帳台の東側の御座所の際に、北から南の柱まで隙間なく御几帳を立て渡して、南面に若宮の御膳が置かれている。
西側寄りには大宮(彰子)の御膳が例の沈の折敷(ジンのオシキ・沈香の材料で作られたお盆。)に、様々な物が用意されているのであろう。若宮の御前の小さな御台が六つあり、それらは御皿をはじめ、どれも可愛らしく、御箸の台が州浜のように作られているなど、たいそう風情がある。
大宮の御給仕役は弁の宰相の君で、奉仕の女房たちは皆髪上げしていて釵子(サイシ・髪上げのためのかんざし。)を挿している。若宮の御給仕役は大納言の君である。
東側の御簾を少し上げて、弁内侍、中務命婦、大輔命婦、中将の君など、しかるべき女房たちだけが御膳を取り次ぎ参らせなさる。
讃岐守大江清道の娘で左衛門佐源為善の妻は、数日来参上していたが、今宵禁色を許された。

殿の上(倫子・道長の正妻)が、御帳台の中から若宮を抱き奉って、膝をついたまま出ていらっしゃった。
赤色の唐衣に、地摺(ジズリ・型木や型紙を使って摺り出す手法。)の御裳をきちんと着用していらっしゃるのも、しみじみと感じられ畏れ多いことである。(裳を着用するのは、主人に仕える女房で、道長の正妻が裳をつけているのは、娘や孫を。中宮あるいは親王として敬意を表してのことである。)
大宮は葡萄染(エビゾメ・襲の色目で、表が紫、裏が赤など。)の五重の御衣(イツエのオンゾ・袿を五枚重ねてきている。)に、蘇芳(スホウ・襲の色目で、表が薄茶、裏が濃赤。)の御小袿(コウチギ・高貴な女性が着用する上衣。裳や唐衣の代わりに用いる。)などをお召しになっている。
殿(道長)が、お祝いの餅を若宮に差し上げられる。(五十日の祝いの中心儀式。)

上達部(カンダチメ・公卿)が簀子(スノコ・縁側に当たる場所。)に参上なさる。御座はいつものように東の対であったが、近くに参って酔い乱れている。右大臣(藤原顕光)や内大臣(藤原公季)もみな参上している。
大殿(道長)の御部屋から折櫃物(オリヒツモノ・食べ物を入れる物だが、この時は、貴金属や香木を用いた飾り物らしい。)などを、しかるべき四位、五位の人たちが次々と運んできて、高欄に添ってずらりと並べる。
立ち明かしの光りだけでは心許ないので、四位少将(源雅道らしい。)やしかるべき人を呼び寄せて、紙燭(シソク・50cmほどの松の木の先に油を塗って点火する照明具。)をさして御覧になる。それらは宮中の台盤所に持参することになっているが、明日からは御物忌(天皇の物忌)ということで、今夜のうちに全部持参した。

中宮大夫(藤原斉信)が御簾のもとに参上して、「上達部を御前にお召し下さいますように」と中宮(彰子)に言上なさった。
お聞き届けになられたので、殿をはじめとして一同が参上なさって、階(ハシ)の東の間を上座として、東の妻戸の前までお座りになる。女房たちはひとかたまりになって数知れないほど座っている。その柱間に面して、大納言の君、宰相の君、宮内侍という順で座っていらっしゃるところに、右大将(藤原実資。正二位権大納言兼右大将。)が近寄って、御簾の下から出ている女房たちの衣装の褄や袖口の襲(カサネ)の色を数えている様子など、人とはかなり変っている。(実資は、「小右記」という日記を書き残しているが、好奇心の強い人物だったようだ。)
盃の順が回ってきて歌を詠まされるのを、大将は恐れておいでだったが、例によって千歳万世のお祝い歌で無難に済ませた。
三位の亮(藤原実成。従三位参議、中宮権亮兼侍従。)に「盃を取れ」などと殿が仰せられると、侍従宰相(実成のこと。宰相は参議の唐名。)は、父の内大臣(公季)がいらっしゃるので、下座を回って出てこられたのを見て、内大臣は感じ入って酔い泣きされる。
その様子を、御簾の内にいる女房たちまでも、しみじみとした思いで見ていた。

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