雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

運命紀行  道半ばにして

2014-02-26 08:00:45 | 運命紀行
          運命紀行
               道半ばにして

後鳥羽上皇が「上古以来の和歌を撰進せよ」との院宣を下したのは、建仁元年(1201)十一月のこととされる。
この年の七月に和歌所を設置し、時の和歌の上手たちを集めていたが、その寄人の中から、源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経・寂蓮法師の六名に対して和歌の選定作業を命じた。このうち寂蓮法師は翌年に没しているので、実質的には五人の選考委員により進められたということになる。
和歌集の完成は、仮名序によれば、「時に元久二年(1205)三月二十六日、なんしるしをはりぬる」とあるので、この頃に完成したことになる。
「新古今和歌集」の誕生である。

しかし、「新古今和歌集」は、完成ののちにも後鳥羽院を中心として、さらに切り継ぎ(加除改訂)が行われている。
そもそも、選定作業当初から、撰者は下命されてはいたが、後鳥羽院自らが選定に加わっていたようであるし、和歌所の寄人たちの意見も少なからぬ影響を与えたらしい。つまり、下命を受けた撰者だけではなく、かなりの人数が選定作業に加わっていた可能性が推測されるのである。
さらに、後鳥羽院は、承久の変に敗れ隠岐に流されているが、その地においても、「新古今和歌集」から三百四首を削除したものを仕上げているので、この和歌集に対する後鳥羽院の思いは、並々ならぬものが感じられる。

「新古今和歌集」は、その名の通り、当初から「古今和歌集」を強く意識して編纂されたようである。
わが国の和歌集は、私家集を別にすれば、「万葉集」に始まり、「古今和歌集」以下「新古今和歌集」まで続く八代集とも呼ばれる勅撰和歌集によってその伝統が伝えられているともいえる。
「新古今和歌集」は、その区切りともいえる和歌集で、わが国歴史上、短歌に関しては、八代集に見られるような伝統は、これ以降極めて弱くなっているように思われるのである。
「新古今和歌集」に関しては、近代になってその文学的価値に難癖をつける人たちも登場しているようであるが、「万葉調」「古今調」と並んで、「新古今調」と称される優雅な一区分を築いていることは否定できまい。

それでは、「新古今和歌集」に採録されている歌数の多い歌人を見てみよう。
一番多いのは、西行の九十四首、以下、慈円九十二首、藤原良経七十九首、藤原俊成七十二首、式子(ショクシ)内親王四十九首、藤原定家四十六首、藤原家隆四十三首、寂蓮三十五首、後鳥羽院三十四首と続く。
西行・慈円と僧籍にある二人が断然上位にあることは興味深いが、第三位の藤原良経という人物にそれ以上の興味が感じられる。
藤原俊成・定家については当時の歌壇の中心人物として知られているが、その二人より遥かに多くの和歌が採録されており、異常なまでにこの歌集に注力したと思われる後鳥羽院の倍以上の歌が載せられているのである。
もちろん、一部の人たちからは、この藤原良経こそが当時の最高の歌人であり文化人であったと評価する人もいるが、それにしては、現在の私たちにはそれほど馴染み深い人物だとは思えないのである。

この、当時の最高の文化人ということについては、「新古今和歌集」の仮名序を担当していることからして、必ずしも過大評価ではないのかもしれない。それに、院宣が下された撰者には入っていないが、和歌所の寄人の筆頭であることから、その編集にも相応の関わりがあったと考えられる。それと、撰者については、当時良経は、左大臣の地位にあり、いくら歌人としての評価が高くとも、撰者となる立場ではなかったと考えるのが穏当であろう。
そう考えれば、「新古今和歌集」の仮名序を担当し、採録歌数が第三位の多さというのも、納得できるような気がする。

良経の代表歌を何にすればよいか意見が分かれようが、数多い採録和歌の中から小倉百人一首にも入っている歌を挙げてみた。
『 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかもねん 』
小倉百人一首では、作者は後京極摂政前太政大臣となっているが、藤原良経のことである。
歌の巧拙については、私には論じる能力はないが、百人一首を経験した人の中には、この札を贔屓にする人も少なくないはずである。
政治の世界では最高の地位に上り、和歌や書は当代随一といわれながら、何とも切ない歌のように思われる。


     ☆   ☆   ☆

藤原良経は、嘉応元年(1169)に誕生した。平清盛が太政大臣になった二年後にあたり、平氏全盛の時代であり、同時にやがて源平合戦を経て鎌倉政権が成立していく時代に生きた人物といえる。
良経の父兼実は、摂政・関白・太政大臣に就いており、九条家の祖とされる人物である。従って、良経も九条良経と記録されているものも多い。
当時兼実は公家社会の頂点にあったが、彼の父忠道も摂政・関白・太政大臣を務めている藤原北家嫡流の家柄であった。

良経は次男であったが、公家社会屈指の家柄の御曹司は、順調に昇進していった。
治承三年(1179)、十一歳で元服すると、従五位上に叙せられる。
元暦二年(1185)には従三位に昇進し、十七歳にして公卿の列に加わっている。この昇進は、当然家柄と父の実力がなせることであるが、次男ということを考えれば、良経が早くからその才能を示していたことも加味されていたと思われる。
文治四年(1188)、同母兄の良通が死去したため、兼実の嫡男となり、朝廷政治の中核での活躍が始まる。
その後も、権中納言、正二位、権大納言と昇進を続け、建久六年(1195)には内大臣になった。

父兼実は健在で、朝廷政治の頂点に君臨していたが、翌建久七年十一月、反兼実派の丹後局(高階栄子)・源義親・土御門通親らの反撃にあい、父ともども朝廷を追われる事態となった。(建久七年の政変) 
しかし、正治元年(1199)には、左大臣として政権復帰を果たし、建仁二年(1203)十二月、土御門天皇の摂政となり、建仁四年には太政大臣となり、父や祖父と同様朝廷政治の頂点に立った。三十六歳の頃のことである。

良経は、生まれながらの公卿の家柄であり、順調な昇進は当然ともいえるが、幼くして才能を認められるほどの逸材でもあったようだ。
文化面においても、和歌・漢詩・書道に並々ならぬ才能を示している。
書は、後に「後京極流」と称されることになる達人であったし、和歌については、この時代の歌壇に大きな影響と足跡を残している。
二十歳の頃には、叔父の慈円を後援し、歌道の中核にある御子左家の藤原俊成・定家親子に師事し、あるいは協力し合って、後鳥羽院歌壇を形成していった。
この御子左家というのは、やはり藤原北家の流れで、藤原道長の六男長家を祖とする歌道を家職とする家柄である。因みに、御子左家と呼ばれるのは、長家が醍醐天皇の皇子・兼明親王の御子左第を伝領し、御子左民部卿と呼ばれたことに由来する。
また、良経と俊成の関係は和歌に関しての師弟関係であったと思われるが、その子の定家との関係は、年齢は定家の方が七歳年長であるが、九条家に仕えているので一時は主従関係であったと考えられる。
良経と御子左家を中心とした後鳥羽院歌壇は、「新古今和歌集」という大事を成し遂げ、歌壇は隆盛を誇った。
しかし、その一方で、政治の世界は激しい動きを見せていた。
鎌倉政権の誕生と権力の増大は、後鳥羽院にとって面白くなく、公卿たちもその中で家運をかけた権謀術策が展開されていた。

そして、良経もまた、その波乱の波に巻き込まれたかのように急死している。
太政大臣となった翌々年の、元久三年(1206)三月七日の深夜のことで、享年三十八歳であった。
良経は、中御門京極の自邸で、久しく絶えていた曲水の宴の再興の準備を進めていた最中のことで、あまりにも突然の死去であることや三十八歳という年齢を考えると、暗殺された可能性が極めて高いと考えられるが、死因について詳しく記録されているものは残されていないらしい。
権力構造の頂点に立つということは、それだけ政敵は多くその身が危険であることは当然であるが、良経の場合鎌倉政権と近い関係にあったことに原因している可能性が高いように思われる。

良経の妻が一条能保の娘で、義母が源頼朝の同母姉(妹とも)である坊門姫ということもあり、頼朝とは親しい関係にあった。この関係は良経死去後も続いており、鎌倉三代将軍源実朝が暗殺され直系が絶えた後の四代将軍は、良経の孫にあたる頼経が迎えられているのである。
このように、鎌倉政権と親しい良経に反感を抱く勢力は少なくなかったと考えられるが、その勢力の最上位にいるのは間違いなく後鳥羽院であったはずである。和歌所や「新古今和歌集」の編纂を通じての親しい協力関係は、それほど強いものではなかったのか。
そう考えると、気にかかることがある。

「新古今和歌集」の仮名序は良経が担当したことはすでに述べたが、実は一番歌も良経の和歌が採られているのである。
『 み吉野は山もかすみて白雪の ふりにし里に春は来にけり 』
そして、二番歌は、
『 ほのぼのと春こそ空に来にけらし 天の香久山霞たなびく 』
こちらは、後鳥羽院の和歌である。

この配置を、どう考えればよいのだろうか。
政治の世界での動向を見る限り、後鳥羽院という人物が人に先を譲ることなど考えにくい。
「新古今和歌集」は、「古今和歌集」に倣って編纂することが目的であったようなので、「古今和歌集」の一番歌も、天皇や上皇の御製ではなく、在原元方の和歌が採られているのに従ったのかもしれない。
しかし、もし、この二つの和歌が撰者たちによって評価され、圧倒的に良経の和歌が一番歌にふさわしいとされた経緯があったとすれば、良経と後鳥羽院との人間関係は、身分の差にかかわらず、拘りのあるものではないかと考えてしまうのである。
全く個人的な、低俗な推測ではあるが。

いずれにしても、藤原良経は、三十八歳にして世を去った。
「新古今和歌集」には確固たる足跡を残しているとはいえ、文化面でも、そして政治面でも、道半ばにしての逝去ではなかったのか。
今しばらくの活動を見てみたい人物ではある。

                                                 ( 完 )


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小さな小さな物語  第十部

2014-02-25 08:00:19 | 小さな小さな物語 第十部
          小さな小さな物語  第十部


            No.541 から No.600 まで収録しております。
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小さな小さな物語  目次

2014-02-24 20:21:51 | 小さな小さな物語 第十部
          小さな小さな物語  目次

      No.541  偽物
        542  ほんもの
        543  幸福と幸せ
        544  人口減少社会
        545  小さい秋


         546  消費税を考える
        547  クロネコの散歩
        548  オリンピックがやって来る
        549  経済効果
        550  オリンピックとGDP


         551  強靭な国土
        552  有資格者
        553  点検管理
        554  スポーツを学ぶ
        555  目立ちたがり屋


         556  銀河団衝突
        557  お家の事情
        558  記念日が大好き
        559  遠交近攻
        560  福島原発を研究センターに
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偽物 ・ 小さな小さな物語 ( 541 )

2014-02-24 20:20:39 | 小さな小さな物語 第十部
ある動物園で、ライオンの代わりにイヌを展示していたのがばれてしまった、というニュースがありました。
写真で見る限り、体の大きさはともかく、ちょっと見には小型のライオンのように見えなくもないのでしょうが、それにしても、『ワン、ワン』と鳴いたために見学者に分かってしまったというのですから、何とも苦笑いでもするしかありません。
少し離していて、薄暗くしておくのであれば、イヌではなく人間にでもそこそこ似ているご仁を見つけられるような気もするのです。人間であれば、少なくとも『ワン、ワン』と鳴くようなへまはしないでしょうから。

あるいは、わが国の落語には、トラの縫いぐるみを着てアルバイトをするという新作落語の名作がありますが、そういうことは考えなかったのでしょうか。
いずれにしても、当動物園の関係者の方は、それなりに苦労した上の対処だったのでしょうから、あまり茶化すのは失礼ですし、実際深刻な状態に追いこまれているそうですから、同情申し上げます。
やはり、今回の場合は、正直に「ライオンはただ今不在」とでも表示するのが正しいのでしょうが、さて、正直にありのままをさらけ出すということは、そうそう簡単なことではないようです。

「偽物」を辞書で調べてみますと、「にせてつくったもの。偽造品」と、説明されています。
つまり、本物とある程度似ていなければ「偽物」にはならないのです。
そういう意味からすれば、今回のイヌをライオンの「偽物」と表現するのは正しいかどうか微妙なところだと思うのですが、どうも人間というものは、「偽物」に限りなく興味や魅力を感じる動物のようです。
偽物作りの代表といえば、贋金作りと個人的には考えているのですが、この犯罪は貨幣の登場と同時に姿を見せ、いまだに健在だという息の長い犯罪の一つです。現在世界中で流通しているすべての国の通貨を調べることが出来るとすれば、かなりの比率の贋金が混じり込んでいる可能性があるそうです。
また、贋金作りといっても、「ゴールド」を作りだそうという研究は、ある部分では貴重な研究だったようです。現在の化学の発展のためには「ゴールドを生み出すための研究」が少なからず貢献しているという話を、何かで見たことがあります。

本来、人間の知識や文化の進化は、偽物作りとは言いませんが、模倣から始まっています。
絵画であれ、文学であれ、音楽であれ、あるいは大工であれ料理であれスポーツであれ、習得や技術の向上のためには模倣が絶対に必要な過程のはずです。
現在では、特許や著作権等々で、経済的な利害を調整する法律が沢山あります。
楽をして金儲けをしたり、人をだますための「偽物」はよろしくないとしても、ライオンの檻にイヌを入れていたなどというものは、笑って済ますわけにはいかないのでしょうかねぇ。

( 2013.08.20 )
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ほんもの ・ 小さな小さな物語 ( 542 )

2014-02-24 20:19:08 | 小さな小さな物語 第十部
「『ほんもの』って何だろう」と、少々考え込んでしまいました。
前回のテーマは「偽物」だったのですが、そのテーマを考えているうちに、では、「ほんものは?」ということになったわけです。
実は、「偽物」というテーマを選んだ時には、暑い時でもあるし、世間にはどうも取り上げにくい悲しい事件ばかり多いし、「ライオンの檻にイヌを入れた」などは罪が軽い気軽なテーマだと思ったからなのです。
しかし、いざ書き始めてみますと、これがなかなか奥が深いのです。第一、「偽物とは何ぞや」と考えるだけで、その向かう先には幾つもの道があるようで、かなり荷の重いテーマになってしまったのです。従って、前回はその第一弾という程度で勘弁していただくとして、もう少し勉強してからまたテーマにしてみたいと思っています。

「偽物」が消化し切れなかったから、今度は「ほんもの」なのか? と、お叱りを受けそうなのですが、まったくその通りなのです。
例によって、「ほんもの」を辞書で調べてみますと、「①にせものでないこと。②その名に値する本当のもの。技芸などが素人ばなれしていること」とありました。
どうでしょうか、なかなか興味深い説明がされていると思われませんか。
私たちが、少し真面目な場面で「ほんもの」という言葉を使う時は、たいてい②の説明にあるような意味で使うのではないでしょうか。ただ、この辞書では、それより前に「にせものでないこと」という意味を載せているのです。②より①が上位だというわけではないのですが、①の方がより本来の意味に近いような気がするのです。

つまり、「ほんもの」という言葉は、「にせもの」という言葉が現れてから、それと区別するために誕生してきたのではないかと思うのです。もっともこれは、まったく私の個人的な見解ですのが。
当然のことながら、偽物は本物がなければ誕生しえませんが、少なくとも辞書によれば、偽物の説明には「ほんものでないもの」というものはないのです。
つまり、私たちの日常生活には偽物が溢れていて、これではいけないということで「ほんもの」という言葉が登場してきたような気がしてならないのです。

私たちは、何事につけ、あるいは何物であれ、「ほんもの」を珍重し大切にしがちです。
例えば宝石の場合、十万円の顕微鏡を必要とするほどのダイヤモンドと、同じ値段の遥かに大きく美しい模造ダイヤと比べた場合、多くの人が本物の方を選ぶのではないでしょうか。
私たちは、本物・純粋・純正・本家などといった言葉に多大の信用を感じてしまう傾向はないでしょうか。
偽物は、振り込み詐欺(もう使わないそうですが)に代表されるように、犯罪がらみに使われることも多く、「偽物=悪い物」とされ勝ちですが、模倣が技術や文化などの根源を成しているということをもっと評価する必要があるように思うのです。
そして、何より大切なことは、本物であれ偽物であれ、その本当の価値を評価できる能力を身につけることだと思うのです。とても、難しいことですが。

( 2013.08.23 )
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幸福と幸せ ・ 小さな小さな物語 ( 543 )

2014-02-24 20:18:03 | 小さな小さな物語 第十部
あるテレビ番組の中で、「あなたにとって幸福ってなんですか?」と呼びかける場面がありました。
ゲストやコメンテーターではなく、一般の人に呼び掛けたもので、なかなか興味がありました。
「家族が健康であること」「忘れ物が見つかった時」「思わぬところから小銭が出てきた時」「おいしいものを食べている時」「おもちゃを買ってもらった時」等々、さまざまな意見があり、中には「世界が平和になれば」などという壮大な意見を述べる小学生もいました。
同時に、「うーん」と考え込む人の数も少なくありませんでした。そして、私自身はどうかと考えると、やはり「うーん」という部類に入っていました。

「幸福」に関わらず、「豊かさ」「満足」「理想」「希望」なども同様だと思うのですが、個人的な価値観の差があり、またその折々の気分やちょっとした心境の揺らぎで変化するもののように思われます。さらに、年齢を重ねる程に、それぞれのテーマに真剣に向い合う程に、「うーん」という気持ちになる人が多くなるような気がするのです。
それともう一つ、「あなたにとって幸福ってなんですか?」という質問に即答できない人が結構多いのですが、「あなたにとって幸せってなんですか?」と質問者が言い直すと、比較的スムーズに答えられる人がいたような気がしたのです。
もしかすると、「幸福」と「幸せ」は少し違うのではないかと思ったのです。

言葉遊びのようなテーマが続いて恐縮ですが、「幸福」と「幸せ」にはどのような差があるのか考えてみました。
いつものように広辞苑のお世話になりますと、
「幸福」とは「心が満ち足りていること。また、そのさま。しあわせ」と説明されています。この説明を見る限り、「幸せ」と同意語のように思われます。
それでは、「幸せ」を調べてみますと、「しあわせ(仕合せ)③」と説明されています。
「仕合せ」とは「①めぐりあわせ。機会。天運。 ②なりゆき。始末。 ③(「幸せ」とも書く)幸福。好運。さいわい。また、運が向くこと」とあります。
やはり、「幸福」と「幸せ」には微妙な差があるような気がするのです。「しあわせ」のもともとの表示は「仕合せ」であって、かなり幅広い意味をもっているのです。

私たちは、日常の生活の中で、「幸福」であれ「幸せ」であれ、あまり意識することはありません。
実際は、私たちの生活は常に「幸福」「幸せ」を追い求めているはずなのですが、それを意識している時間はそう多くないと思うのです。
そして、ふと立ち止まった時、あるいは何らかの異常事に出くわした時に、私たちはわが身の不幸を嘆き、あるいは我が身の幸せを感じるものなのかもしれません。
「幸福」と「幸せ」に差異を感じるか否かは別にして、「あなたにとって幸福ってなんですか?」と質問された時、「さて、そう言われてみると・・・」と思い悩む間は、まあまあ「幸せ」な日々を送っているのではないでしょうか。

( 2013.08.26 )
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人口減少社会 ・ 小さな小さな物語 ( 544 )

2014-02-24 20:16:58 | 小さな小さな物語 第十部
わが国の人口は、2013.08.01現在の速報値によれば、1億2733万人余りだそうです。
若干の凹凸はあるとしても、2005年(平成十七年・1億2776万人余り)にほぼピークに達し、すでに人口減少国家になっています。
将来人口の推定については、さまざまな機関から発表されておりますが、これまでの傾向としては常に若干の誤差があり、それも実際の方が下方にずれる傾向があります。つまり、わが国の人口減少のスピードは、研究者たちの予想を超える速さで推移しているともいえるわけです。
手元の資料は若干古いのですが、それによりますと、40年後には、9000万人を切り、来世紀を迎える頃は5000万人を切っていると推定されています。

これが大変だという意見が、実によく聞かれるのです。
今世紀末に五千万人になり、やがては、日本人は少数民族の仲間入りをするということですから、まあ、大変といえば大変なことに違いありません。
しかし、報道などから受ける限り、大変だということは、少数民族になることを懸念しているものは少なく、少子高齢化による社会の歪みを懸念しているものが大半のようです。
つまり、年金をはじめとした社会保障制度、生産人口の減少、わが国経済規模の縮小等々です。
首相は一層の女性の社会進出のための対策を強調しておられますし、少子化対策の大臣ポストが設置されてかなりの時間が経っています。
人口減少を押さえるために、あるいは生産人口を確保するために、いろいろな施策がなされることは、それはそれで結構なことですが、何か、もっと根本的なところを見失っているのではないのでしょうか。

まず、人口が減少するということが、本当にそれほど大変なことなのでしょうか。
例えば、今からわが国の人口が三千万人増加するのと、減少するのとでは、どちらが社会としての対応が難しいのでしょうか。人口が増加するのに対応するのは簡単で、減少するのに対応するのが困難なのでしょうか。決して、そのようなことはないと思うのです。
生産人口の問題も同様です。わが国の経済力を維持し、それなりの発展を続けていくのには何人の生産人口が必要なのでしょうか。将来の生産人口不足を心配するのも結構ですが、現在働く意志のある人に職場を提供することをもっと真剣に考えるべきです。
そして、人口の減少によって本当に生産人口が不足するのであれば、それを技術革新や、国民意識の変化、社会環境拡充などで確保していくことは、さして難しいことではないと思うのです。

人口が減少することは、それほど大騒ぎすることではないのです。ただ、あまりに急激な変化は、何事につけ大変ですから、それなりの対策が必要なことは当然のことです。
それと、もっとも根本的な問題があります。人口が減少してゆけば、現在の社会保障制度は崩壊するという問題です。
でも、考えてみてください。人口が減少すれば崩壊するような社会保障制度は変だと思いませんか。そんなシステムは、ネズミ講と変わらない仕組みといっても過言ではないと思うのです。永久に人口が増え続けなければもたないような社会保障制度は、絶対に改める必要があるのです。
ただ、これも、あまりに急激な変化は劇薬となりますので、そのあたりがなかなか難しく、結局行き着くところまで行って、爆発するしかないような予感もするのですが。

( 2013.08.29 )
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小さい秋 ・ 小さな小さな物語 ( 545 )

2014-02-24 20:15:52 | 小さな小さな物語 第十部
今日から九月、一部地域では大雨に見舞われているようですが、被害の出ないことをお祈り申し上げます。
五月初旬の立夏から九月中旬が終わる秋分までのおよそ四ヵ月半がわが国の夏期だというのが私の持論ですが、やはり九月の声を聞くと何か気分が変わるような気がします。
確かに、ここ数日前からは、空の色や雲の形、虫の声や風の音にもふと秋を感じることがあります。このような季節や、人々の心理を「小さい秋」という言葉は、見事に表現していると思われませんか。

実は、今回のブログの表題を「小さい秋」としましたが、この言葉はあまりに有名過ぎるので、代わりの言葉を探したり考えてみたりしたのですが、とてもこの言葉に優るものを見つけることができませんでした。少々癪なのですが、テーマにしました。
「小さい秋」という言葉がいつ頃から使われているのか、あるいはどなたかの創作なのかは知りませんが、つくづくすばらしい言葉だと思います。多くの方は、童謡からこの言葉を知ったのではないかと思うのですが、もしこの言葉がその作詞家の創作であれば、無断使用を謝らなくてはなりません。

それにしても、すばらしい言葉というものはあるものですね。
かつて、和歌の世界では「秋の夕暮れ」という言葉を安易に使ってはいけないという教えがあったそうなのです。その理由は、どんなに平凡な歌であっても「秋の夕暮れ」で締めくくると、名句のような感じになってしまうからだそうです。それだけ「秋の夕暮れ」という言葉には、人々の心をひきつける力があるということなのでしょう。
もっともこれは、私が何かの本で見た記憶だけですので、いわゆる「制詞」とは違います。
「制詞」(セイシ・セイノコトバ)については、当ブログ(『言葉のティールーム・第五話』)でも書かせていただいておりますが、「霧立ちのぼる」という言葉は、余りにすばらしいので模倣してはいけないとされたそうで、他にも幾つかあるそうです。
なお、小倉百人一首にもある寂蓮法師の和歌は、
『 村雨の露もまだひぬ槇の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮れ 』
ですが、「霧立ちのぼる」と「秋の夕暮れ」と、安易に使ってはいけないという言葉が二つも使われているのですか、きっと、とてつもない名句なのでしょうね。

「小さい秋」もそれに負けないほどすばらしい言葉ですが、「小さい秋」そのものは、私たちの日常のすぐ近くに隠れているかも知れません。
残暑まだまだ厳しい折ですが、身近に潜んでいる「小さい秋」など見つけながら、残暑を元気に乗り切りましょう。

( 2013.09.01 )
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消費税を考える ・ 小さな小さな物語 ( 546 )

2014-02-24 20:14:41 | 小さな小さな物語 第十部
来春からの消費税引き上げをどうするのか、様々な意見が飛び交っています。
例によって、「有識者」とか申される方々の意見なども参考にして、最後は首相が決断されるそうなのですが、テレビ番組などで討議されていることを見ていますと、何か少し違うような気がしてならないのです。
かといって、当ブログで私などが叫んでみたところで、どうなるわけでもないのですが、一つの考え方として述べさせてください。

まず、消費税に関する討論などを聞いていて、何かおかしいのではないかと思う最大の理由は、消費税引き上げにより得られる財源の使い方なのです。
引き上げ賛成の人はことごとく、今消費税を引き上げないことには、「社会福祉制度が崩壊する」「財政が破たんする」の二枚看板を掲げてご高説を述べられています。
引き上げに反対の人は、「国民の所得が増えていない」「せっかく持ち直しかけている景気の腰が折れる」といったことを理由として、引き上げの見送り、先送り、小幅引き上げなどを主張されています。

今回の消費税引き上げによる増収分は、全額を少子化対策も含めた福祉予算に充当させる、ということになっているはずですから、莫大な借金を抱えている国家財政の改善には何の役にも立たないはずなのです。
それを、社会福祉にも財政健全化にも役立つなんて説明するものですから、わけが分からなくなってしまうのです。社会福祉予算の自然増加分はどうすることも出来ないから、消費税引き上げを見送れば財政はさらに悪化するというのは、正しいようで、実はおかしいのです。社会福祉の費用が増えるのをどうすることも出来ないというのであれば、他の支出を減らさなくてはいけないのが普通の考えなのです。何のことはない、要はお金には色がついていないという理論そのものなのです。
さらに賛成者も反対者も、引き上げる場合には食糧品などの軽減税率や景気対策に万全を図る必要がある、と言っておられるようです。これもおかしな意見です。そんなに配慮が必要なら、消費税の引き上げなどやめればよいのです。
政府が言うように、消費税引き上げ可能な景気回復が見られるなら、消費税など上げなくても、そこそこの税収回復は見られるのですから。

本来、消費税というのは、国家の税収(地方税も含め)をどのような形で徴収するかという問題なのです。税源の対象を、収入にするのか、支出にするのか、資産にするのか、あるいは個人から徴収するのか法人から徴収するのか、その他にも特殊な対象に課税するのか、など課税方法の一つであって、社会福祉云々は政策あるいは国家のあり方の問題であって、そのあたりをごまかしなしに検討して欲しいと思うのです。
可処分所得が増えない中で消費税を引き上げれば、景気が下方に向かうのは当たり前のことです。それは消費税だけでなく所得税を引き上げても同じことです。要は、今必要なのは、景気浮上か、財政再建かをはっきりさせることなのです。
どっちつかずのきれい事では、結局この十数年と同じ結果を生み出すことでしょう。それともう一つ、消費税を上げるにしろしないにしろ、声の大きな人が得するような施策だけは、もう打ち切りにして欲しいものです。

( 2013.09.04 )
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クロネコの散歩 ・ 小さな小さな物語 ( 547 )

2014-02-24 20:13:35 | 小さな小さな物語 第十部
朝散歩している時、ネコを散歩している人と時々出会います。
大体同じような人と出会いますから、お互いに挨拶は交わすのですが、ネコを散歩させるというのにはあまり見たことがなかったものですから、最初は偶然ネコがついて歩いているのだと思ったのです。ところが、その人と出会う時には必ずクロネコも一緒なものですから、様子を聞かせてもらいました。

もともと、ご夫婦でイヌの散歩をさせていたそうですが、いつの頃からか住みついたクロネコが、イヌを散歩させる頃になると、入口で待ちかまえているようになったそうです。
家の中でも、イヌとクロネコは仲良しのようですが、大体は別々に過ごしているそうなのですが、朝の散歩だけは欠かさずついてくるそうです。
イヌは中型犬ですが、やや高齢のようで動きは少し緩慢で、紐に繋がれておとなしく歩いていますが、クロネコは別に繋がれているわけではなく、少し離れたり、走り寄っては犬に体をぶつけたりしながら散歩を楽しんでいるのです。クロネコは、やっとおとなになりかけた位だと思うのですが、他のイヌが近付いてきた時などには少し離れるのですが、遠くへ行ってしまうこともなく、他のイヌがいなくなると仲間のイヌに駆け寄って体を押しつけているのです。
実に微笑ましく、そのクロネコの散歩と出会うと、何だか嬉しくなってしまうのです。

大分前に、ネコを紐に繋いで散歩させている人に出会ったことがありますし、ヤギの子供を散歩させている人に出会ったこともありますが、ネコを紐に繋ぐこともなく散歩させていて、しかもそのネコがおとなしくついて歩いている姿は初めての経験です。
そういえば、つい最近、テレビで木に登るカンガルーが紹介されていました。確かキノボリカンガルーとかいうそうで、普通のカンガルーより遥かに小型で、耳が短く尻尾はあまり逞しくなくとても長いのです。少々小太りなところが愛らしく、画面を見ているだけで嬉しくなってしまいました。
これもあやふやな知識なのですが、テレビ番組やCMなどにおいて、動物の子供を扱えば、まずあたりはずれがないということを聞いた記憶があります。
イヌでもネコでもそうですが、トラやライオン、ペンギン、サル、ウマ、ウシ、シカ・・・、どれもこれも子供が一生懸命遊んだり走ったりしている姿は、たとえテレビを通してでも心が癒されます。

人間の赤ちゃんも同じで、生まれて間もない赤ん坊など、「とても可愛い」と褒めそやすほど顔かたちがはっきりしているわけではないのですが、その雰囲気自体が見る人の気持ちを優しくするようです。
もう少し大きくなって、歩き出す前後の子供は、みんながみんなと言っていいほど可愛くなります。
江戸時代などでは、「七歳までは神様の領分」といった考え方が広く信じられていて、幼い子供を大切にしたそうです。
ところが、神様の領分を離れた頃から、子供は憎らしさを備えるようになり、大人といわれる年齢になると、可愛さは影をひそめていきます。さらに歳を重ねていくほどに、人間は、可愛さというものを限りなく失っていくようです。美人だとか、二枚目だとか言われたところで、その変化に変わりなどありません。
よく若い人が、「かわいいおじいちゃん」とか「かわいいおばあちゃん」だと言うことがあるようですが、可愛さのレベルが違いすぎます。
所詮人間という動物は、年齢に反比例するように、可愛さを失ってゆく動物なのでしょう。
そして、それを何とか少しでもカバーする知恵があるとすれば、「優しさ」のような気がしているのです。

( 2013.09.07 )
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