雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

此の君にこそ

2019-01-22 08:07:14 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語
              此の君にこそ

五月の初め、月もなくとても暗い夜のことでございました。

「どなたか、女房はおいでですか」
などと、殿上人たち大勢が口々に言うものですから、中宮さまが、
「出てみなさい。いつになく案内を乞うとは、誰がお目当てかしら」
なんて仰せになられるものですから、私が御簾近くに寄り、
「どなたでしょうか。随分と大げさに、大声をお出しになるのは」
と問いかけました。
相手の人たちは、私の呼び掛けにこたえようともしないで、御簾の裾を少し持ち上げて、さらさらと音を立てて差し入れた物は、呉竹でした。


「これはこれは、此の君でございましたか」
と、私が申し上げますと、
「さあ、さあ、まずはこのことを、殿上の間に戻って話そう」
と言いながら、源中将や蔵人たち、詰めかけてきていた人たちは皆去って行きました。
ただ、頭弁であられる行成殿だけがお残りになられました。

「どうも妙な具合になって、連中は帰って行ったものですなあ。
実は、『御前の竹を折ってきて、歌を詠もう』ということになったのですが、『どうせ歌を詠むのであれば、職の御曹司へ伺って、女房方を呼び出して詠もう』ということで勇んで参ったのですが、呉竹のことを、いきなり『此の君』などと言われてしまったのでは、すごすご引き下がることしかなかったのでしょう。
いったいあなたは、誰からそのようなことを教えてもらったのでしょうね」
などと仰いますので、
「いえいえ、『此の君』が竹の名前だなど知りませんわ。皆さん『失礼だ』とでも、思われたのでしょうか」
と申しますと、
「なるほど、なるほど。あなたは、ご存じなかったと・・・」
と仰る。


そのあと、頭弁殿と事務的なお話などしておりますと、
「植えて此の君と称す・・・」
と、吟唱しながら先ほどの人たちが集まってきましたので、
「歌を作る約束だったのに、何もしないで引きあげるとは変だと思っていましたよ」
と頭弁殿が仰られますと、源中将殿は、
「あんな言葉を聞かされたのでは、何と返事をすればよいのですか。下手な対応はかえってまずいでしょう。殿上の間でも大変な評判で、天皇もお聞きになられて、たいそう興味をお持ちでしたよ」
などと話すのです。
そのあとも、頭弁殿まで一緒になって同じ詩を吟唱し、女房たちも集まってきて、夜通しこの話題で盛り上がったうえ、帰る時にも殿上人たちはこの詩を吟じながら引きあげて行ったのです。

翌朝、天皇のお使いの女房が御文を持参なされたときに、この事を中宮さまに申し上げたらしく、自室に下がっていた私をわざわざお呼びになられ、
「そんなことがあったの」
と、おたずねになられますので、
「そのようなことは存じません。行成の朝臣がうまく取り繕って下さったのでしょうか」
と申しますと、
「取り繕うといってもねぇ・・・」
と言って、お笑いになられる。

中宮さまという御方は、誰のことであってもお側の女房が「殿上人に褒められた」などということをお聞きになりますと、わがことのように喜んで下さるお人柄なのですよ。


(第百三十段・五月ばかり、月もなう・・、より)
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主上の悪戯

2019-01-10 08:23:17 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語 
               主上の悪戯

このお話は、さる御方からお聞きしたものでございます。

藤三位の局と仰る方は、円融院の女御にお仕えされていた上臈女房でございますが、女房方の間では勢力をお持ちの御方でございます。ただ、それゆえに、何かの陰口もささやかれるお方だったようでございます。

さて、天皇の父上であられる円融院の服喪が終わった時のことでございます。
皆さん、喪服を脱ぎ、院の思い出話などされていますと、激しい雨の中を、雨具で蓑虫のような格好になっている大柄な童が、白い木に立文を付けて、
「これを、藤三位の局様に差し上げたいのです」と言うのです。
「どちら様ですか? 今日・明日は物忌なので蔀は開けませんよ」
と、下は閉めたままの蔀より応答していた女房が受け取りました。

「物忌なので見ませんよ」
と、童の声が聞こえたらしい藤三位の局は、立文を確かめようともせずに仰いました。文を受け取った女房は、上長押に挿しておきました。
翌朝、藤三位の局は、手を浄めて、
「さあ、昨日の巻数を拝見しましょう」
と、立文を持ってきてもらい、伏し拝んでから開きました。
藤三位の局が「巻数(カンズ)」と申しましたのは、正式文書である立文になっていることもあり、僧侶から読経の記録などを伝えてきた巻数と思い込んでいたからのようです。

その文を開けてみますと、くるみ色の色紙が用いられているので、「変だな」と思いながらもなお開きますと、僧侶らしい癖のある筆跡で、
『これをだにかたみと思ふに都には 葉替へやしつる椎柴の袖』
と書いてありました。
春の訪れの早い都では、もう椎柴(喪服を指す)の葉は変わったのでしょうね、と人の心の移ろいやすさを風刺しているのです。

「まあ、あきれた。巻数だと思っていたら、何と憎らしいこと。仁和寺の僧正かしら」
と考えましたが、
「まさかこんなことは仰らないでしょう。藤大納言こそ、あやしいわね。あの方は円融院の御所の別当でしたから、きっとあの方が寄こしてきたに違いない。このことを、天皇の御前や中宮様に早くお伝えしなくては」
と思いましたが、やはり物忌は守らなくてはならないと思い止まり、その日は我慢をして過ごし、翌朝、藤大納言にこの歌の返歌を届けさせますと、藤大納言からもすぐさま歌が返されてきました。

藤三位の局は、二つの文を持って大急ぎで参上し、
「このようなことがございました」
と、天皇、中宮がお揃いの御前で、文を広げて大げさにお話しなさいました。
中宮さまは、ほんの少し文をご覧になっただけで、
「藤大納言の筆跡とは違うようね。法師の筆跡に違いないようね。まるで、昔話の鬼の仕業みたいな気がするわ」
と、とても真面目な表情で仰います。

「では、これは誰の仕業なのでしょう。こんな物好きなことをする上達部や僧侶がいるでしょうか。そう、もしかすると、この人かな、いや、あの人かもしれない・・・」
などと、不思議がって、次から次へと話しかけられるものですから、とうとう天皇は、
「そういえば、その辺りで見た色紙が、とてもよく似ているみたいだ」
とお笑いになって、御厨子にある色紙をお渡しになられた。

「まあ、何と情けないこと。どういうわけなのでしょう。ああ、頭が痛くなってきました。ぜひ、どういうことなのかわけを仰ってくださいな」
と、藤三位の局は嘆くに嘆かれ、天皇は大笑いなさいました。
藤大納言も後にこのお話を聞いて、笑い転げたそうでございます。

それにしても天皇の鮮やかな悪戯ですが、きっと中宮さまも一枚かんでいらっしゃったと思うんですよ。


(第百三十一段・円融院の御終ての年、より)
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臨時の祭りのすばらしさ

2018-12-29 08:11:39 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語 
                臨時の祭りのすばらしさ

何と申しましても、臨時の祭りほどすばらしいものはございません。
春の石清水臨時祭、秋の賀茂臨時祭、どちらもすばらしいものなのですよ。

祭りの当日に先立って、清涼殿東庭で行われる試楽も本祭りに劣らないほどすばらしいものです。
天皇がお出ましになり、公卿・殿上人数多居並ぶ様子だけでも心が躍るものですが、普段は御前に出ることなど叶わない官人や祭りの関係者などは一段と張り切って動き回ったりしています。
杯ごとなどの宴席の後は、いよいよ舞姫たちの登場です。
一の舞に始まり、どの舞い姿も謡う声もすばらしく、大勢が登場して舞う大輪などは、一日中見ていても飽きないほどです。

ところで、賀茂臨時祭の場合は、本祭りの後再び宮中で還立の御神楽などがあり、祭りが終わる寂しさを慰めてくれるのですが、石清水臨時祭には、それがないのですよ。本祭りが終わった後は、せっかく舞姫たちが宮中に戻ってきても、ご祝儀を受け取るだけでさっさと退出してしまうのです。
そのことを私たち女房どもが不満げに話し合っているのを、天皇がお耳になさって、
「それでは、今年は舞わせよう」
と、仰せになられたのです。
私たちは嬉しくてはしゃぎますし、中宮さまも「ぜひ、そうなさいませ」と仰って下さったのです。

さて、その年の石清水臨時祭の後のことです。
舞姫たちが宮中に帰参してまいりましたが、大半の公卿や殿上人はそれぞれの部屋へと向かい、女房たちも自室に戻ったり装束を脱いだりしていますと、「還立の舞が行われる」と伝えられたものですから、
「まさか、そんなことはあるまい」
「それは本当でございますか」
などと大騒ぎになり、あわただしく走り回る者、鉢合わせしそうになっている者、女房の中には、裳を頭にひっかぶったまま駈け出している者、見ている者は大笑いでした。


(第百三十五段・なほめでたきこと、より)
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憂鬱な日々

2018-12-17 08:09:41 | 麗しの枕草子物語
     麗しの枕草子物語 
               憂鬱な日々

道隆殿がお亡くなりになった後、いろいろ事件が起こり世の中が騒がしくなってまいりました。
中宮さまもご参内を控えられ、小二条殿という所に移っておられました。

私も、何かと不愉快なことがございましたものですから、宿下がりをしてから久しくなりました。
と申しますのは、このところ道長殿の権勢が高まるとともに、中宮さまご一族との軋轢が高まり、ご不運なことが起こってしまいました。
女房たちの多くが、「少納言は道長と親しい」からと私を煙たがり、露骨に避ける人さえ出てきましたので、とても中宮さまにお役に立つお仕えなど出来ないと思い自宅に下がったのです。

そんなある日、右中将源経房殿がお越しくださいました。
「今日、中宮さまのもとに参上いたしました。皆さま、季節にぴったりのご装束で気を緩めることなくお仕えされておりました。御簾のそばの開いている所から見ますと、女房たち八、九人ばかりが、なかなかしゃれた服装でいらっしゃいました。
前栽の秋草がとても茂っていましたので、
『どうしてこんなに茂らせているのですか。刈り取らせなさいよ』と言いますと、
『露を置かせて御覧になられる、と中宮さまが仰いますのでね』と、宰相の君の声で答えがありましたが、風流なことですよねぇ。
『少納言の御里下がりは、全く気がかりです。中宮さまが内裏を離れて、このような所にお住いになる時には、どんなことがあっても彼女はお側にいるものと中宮さまは思っていらっしゃるでしょうにねぇ』と、何人もの女房が言っていたのは、
『あなたにお伝えして欲しい』という気持ちからだったのでしょう。
ぜひ、参上なさいませ。ほんとに情緒にあふれた庭で、台の前に植えられた牡丹は、格別の風情ですから」
と、お話になられる。

牡丹など、この季節では枯れ果てていることでしょうに、右中将殿が白楽天の詩を引いて、中宮さまのお寂しい気持ちを伝えてくれているのですが、
「さあ・・・。皆さんが『私を憎い』と思っていらしたことが、反対に私の方が憎らしいと感じてしまいましたのでねえ」
と、お答えしました。
「まだ、そんなことを言っておられるのですか」
と、お笑いになられる。

しかし、実際に中宮さまのご機嫌を損じたわけではなく、周りにお仕えの女房たちが、「少納言は左大臣道長殿側の人だ」と噂し、私が近づくと話をやめたり、のけ者にしようとする様子などがあからさまなのに嫌気がさしてしまったもので、中宮さまの「参上せよ」という再三のご命令を無視しているのも気にはなっています。
ほんとうに憂鬱な日々でございました。


(第百三十六段・殿などのおはしまさで後、より)
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嬉しき心遣い

2018-12-05 08:23:25 | 麗しの枕草子物語
     麗しの枕草子物語 
               嬉しき心遣い

中宮さまからの再々のご命令にもかからず、私は相変わらず里に籠っておりました。
そんなある日のことです。長女(オサメ・中宮職の下女の長)が手紙を持ってきました。

「中宮さまより、宰相の君を通して、そっと賜ったお手紙です」
と、ここへ来てまで周囲に注意を払っているのですから、少々度が過ぎます。
「女房に代筆させての伝達ではないのだろう」と思いますと、急に胸がどきどきしてきて、急いで開けてみますと、紙には何も書いておらず、山吹の花をたった一つ包んでおられました。
それに、『いはで思ふぞ』とお書きになっておられる。
このところ、中宮さまからのお便りも絶えてしまい悲しく思っていましたが、それらを打ち払ってしまうような嬉しい便りでございました。

私を見守っていた長女は、
「中宮さまには、どんなにか、何かにつけてあなた様のことを思い出して口にされるそうでございます。
誰もが、『納得できないほど長い宿下がりだ』と思っております。どうして、参上なさらないのでしょうか」
と言った後で、
「さる所へ参る用事がございますので、その後でお伺い致します」と出掛けて行きました。

中宮さまがお贈り下さいました山吹の花は、今頃咲くものは『返り咲きの山吹』といわれるもので、私に帰参を求めて下さっている意味ですし、『いはで思ふぞ』は、「口には出さないがそなたのことを思っているよ」ということを古歌を借りて伝えて下さっているのです。
長女が帰ってくる前に御返事を書こうと思ったのですが、嬉しさのあまり舞い上がってしまっていたのでしょうか、その和歌が思い出せないのですよ。

「どうしたんでしょうね、まったく・・・。こんな有名な古歌を知らない人なんてあるかしら。ここのところまで出てきているのに、ほんとにどうしたのかしら」
などと、私がぶつぶつ言っているのを、そばに座っていた女の子が、
「『下行く水』と申すのですよ」
と言われて、そうそう、『心には下行く水のわきかへり 言はで思ふぞ言ふにまされる』という歌を思い出しました。
子供に教えられるなんて、全くどうかしています。

さて、それからしばらくして、私は出仕しました。
「どんな様子かしら」
などと気になり、ばつが悪いこともあって御几帳に半分隠れるようにして控えておりますと、
「あそこに隠れているのは、新参の者か」
などと、お笑いになって、
「嫌いな歌なんですが、今の気持ちに合っていると思ってね。そなたの顔を見ないので、少しの間だって気が休まらないのよ」
などと仰って、以前と少しも変わらないご様子で接してくれるのです。私もすっかり緊張が解けて、本歌を童女に教えられたことなどをお話し申し上げますと、たいそうお笑いになって、
「まあ、そういうこともあるでしょう。案外簡単なものを思い出せないなんてこともね」
など仰せられ、こんなお話をしてくださいました。

「なぞなぞ合わせの味方ではないのですが、なかなか達者だといわれている人が、『左の一番手は私が出題しましょう。そのつもりでいて下さいよ』と言うので、『まさか、つまらない問題は出すまい』と左の組の人は頼もしく思い、任せることにしましたが、自分たちが作る問題のこともあるので内容を確認しようとしましたが、『任せておきなさい。こう申し出るからには、変な問題は出しませんよ』と言う。
『なるほど」といったんは納得しましたが、試合の日が近付くにつれて不安になり、『問題が重なるといけないので、ちょっとだけ教えてください』と言いますと、『そんなに心配なら、もう私を当てにしないでください』と怒ってしまう。気がかりではありますが、達者との評判が高い人ですから、なんとかなだめて味方してもらうことにりました。

さて、試合の当日となりました。左の方、右の方の人たちが居並び、立会人も位置に付きました。彼の人は、いかにも期するところがありげに胸を張っていますし、全員が事情を知っているものですから、どんな文句が出てくるのか興味津々のようです。
立会人に促されると、『なぞ、なぞ』と、全く堂に入った様子で呼びかけます。味方も相手方も、さすがだと感心しながら次の言葉を待っていますと、『天に張り弓』と言ったんだそうです。

子供でも馬鹿にしそうな出題に、右の方の人たちは『これは面白くなった』と思い、左の方の人たちは『何を言い出すのだ』と白けきっています。初めから相手に勝たせるためのはかりごとだったのかと思う人もいる始末です。
答える人も、『弓張月』と答えて勝ったところで自慢にもならないものですから、『うーん、これは難しい』『これは困ったぞ』などと、困りきったような格好をしてみんなを笑わせています。さらに、『これは、全く分かりませんなあ』とさらに調子に乗っていいますと、出題した彼の人は、『勝負ありましたぞ、立会人。早くこちらに勝を』と勝ち点を付けさせました。
納得できないのは負けとされた人で、『それは納得できない。こんな謎を解けない者などいませんよ』と苦情を申し立てましたが、『分からない』と言ったからには負けとされてしまいました。

少納言とは少し違うけれど、誰でも知っているようなことでも、『分からない』ことになってしまうことはあるみたいね」
とお笑いになられる。
女房たちが数多いる中で、私が歌を忘れたのではなくて、知ったかぶりをしないようにしたのでしょうと、心遣いをして下さったのです。


(第百三十六段・殿などのおはしまさで後、より)
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勝負事となると

2018-11-23 08:30:28 | 麗しの枕草子物語
     麗しの枕草子物語

            勝負事となると

小ぎれいな様子の男なのですがね、一日中双六をしているのに、まだ飽きないらしく、背の低い燭台に火を灯し盤の上を明るくして、相手のサイコロに呪いをかけている。
相手はというと、うつむき加減になってサイコロを振る筒を盤上に立てて待っているのに、なかなかサイコロを入れないものだから、狩衣が首にかかってきてしまうので、それを押しやり、粗末な烏帽子を振り振り、それでも、
「何の、いくらサイコロに呪いをかけたとて、打ち外したりはするものか」
と、じれったそうに待ちながらも、負けるつもりなんかしていないのでしょうね。
まったく、勝負事となると男はねぇ・・・。


(第百三十八段・清げなる男の、より)
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いつの世も

2018-11-11 08:09:10 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語

                  いつの世も

高貴な御方が碁を打つ時は、襟元の紐など緩め、打ち解けた様子で、気ままに石を置いていきます。
お相手の身分低い男の場合は、まず坐り方からしてかしこまっていて、碁盤より少し離れて及び腰になって、石を打つ時も、袖の下をもう片方の手で押さえたりしています。
このような姿、いつの世も違わないのでしょうねぇ。


(第百三十九段・碁を、より)
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愛らしきものたちよ

2018-10-30 07:59:05 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語 

               愛らしきものたちよ

瓜に描いた稚児の顔、何と愛らしいことでしょう。
すずめの子が、チュッチュッと鼠のような声を出しながら踊りながら来るの。
二つ、三つの稚児が、急いで這ってくる途中で、とても小さな塵があるのを目ざとく見つけて、とても可愛らしい指に挟んで、周りの大人に見せているの。
とても可愛い稚児を、ちょっと抱いてあやしながら遊んでやると、すがりついて眠ってしまったの。本当に可愛らしいわ。

何もかも、小さきものは、愛らしいですねぇ。


(第百四十四段・愛しきもの、より)
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うらやましい女

2018-10-18 08:08:07 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語
                 うらやましい女

一念発起しましてね、稲荷に詣でることにしましたの。
中の御社のあたりが急坂になっていましてね、それで苦しくなってきたのですがやせ我慢を張って登っていますと、後ろの方から、何の苦もないように、私をどんどん追い越して行くのですよ。ほんとに皆さん、ご立派なものです。

二月の午の日に、明け方早くから出掛けてきたのですが、坂の半ばまで歩いた頃には、もう巳の時(午前十時頃)頃になってしまいました。二月だというのに、ぼつぼつ暑くもなってきますし、胸も苦しくなってきて、
「どうしてなの・・、こんなに暑くならない日もあるでしょうに、なぜ今日詣でることにしたのだろう」
と、情けなさに涙まで流して坐り込んでいますと、四十を幾つか超えていると見える女が、壺装束などはしておらず、裾をからげただけの格好で、
「私は、一日で七度詣でるのです。もう三度詣でましたから、後の四度など大したことでもありません。未の頃(午後二時頃)には帰れるでしょう」
などと、出会った人に話しかけて、下って行きました。
普通の場所であれば、気に掛けることもない女ですが、この時ばかりは、
「この女の身の上に、今すぐなりたい」
と、思いましたよ。ほんに、情けないことですが。


(第百五十一段・羨ましげなるもの、より)
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天女ではございませんが

2018-10-06 08:21:09 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語 
                天女ではございませんが

故関白殿の服喪の頃のことでございます。
六月つごもりの大祓の神事ということで、中宮さまは内裏を退出されることになりましたが、職の御曹司は、方角が悪いということで、太政官庁の朝所(アイタドコロ)にお渡りになられました。

その夜は、暑いし、真っ暗な闇夜で、とても狭くて不安な気持ちで夜を過ごしました。
翌朝、庭に出て建物の様子などを見てみますと、全体がとても低く、瓦葺きで、唐風でもあり、登花殿などとは大分違います。格子などもなく、御簾ばかりが懸けられています。
ただ、それがかえって珍しく、情緒もありますので、女房たちは庭に出るなどしてはしゃいでいます。

時をつかさどる陰陽寮などがすぐ近くなので、時を告げる鼓の音が、いつもとは違って聞こえてきますので、その音に誘われて、若い女房たち二十人ばかりが、そちらへ行き、階段を使って陰陽寮の高楼に登っています。
その様子を見上げますと、全員が、薄鈍色の裳や唐衣、同じ色の単襲、紅の袴などを着ていて、列をなして階段を上っているものですから、「天女だ」とまでは申しませんが、「天より舞い降りたのか」と見えるほど、見事な光景でしたわ。


(第百五十四段・故殿の御服の頃、より)
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