雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

媄子内親王の逝去 ・ 望月の宴 ( 108 )

2024-04-25 08:00:10 | 望月の宴 ③

     『 媄子内親王の逝去 ・ 望月の宴 ( 108 ) 』


こうして時は過ぎていき、法華三十講も終ったので、殿(道長)も落ち着いたお気持ちになられ、人々もまた一息つかれているが、一方で、あの女二の宮(媄子(ビシ)内親王。一条天皇の第二皇女。母は故皇后定子。)は御命がまことに危うい状態になられ、岩蔵の律師によってかろうじて小康を取り戻されて、仏のご利益がいかにありがたいかと思われていたが、この頃になって急にご容態が悪化なさって、この度は間もなく重態に陥られて、お亡くなりになった。今年は九歳におなりであった。
帝(一条天皇)は、心から哀れに思われお悲しみである。それも並みのお悲しみではなく、故女院(詮子。媄子の祖母。)がたいそうお可愛がりになられていた頃のことを思い出されるにつけても、大変なお悲しみである。

帥殿(ソチドノ・定子の兄伊周)、中納言殿(定子の弟隆家)などは、何ともお気の毒で涙ばかり多い我が身だと思われているように見える。
一品宮(イッポンノミヤ・脩子内親王。媄子の姉、十三歳。)は、今は少しは物事がお分かりの年頃なので、亡き妹宮を哀れに恋しくお思い続けていらっしゃる。
それにしても、この方々のご縁の人々が残らずお亡くなりになっていくのは、いったいどういう事なのかと納得のいかないことだと思う人が多いようである。
とは申せ、茫然としているわけにも行かず、然るべく御葬送申されるにつけても、ただただ哀れで悲しい。
中将の命婦は、故女院(詮子)が亡き女二の宮の乳母として自分をお選びになった頃の事など、思い続け言い続けて泣いているが、その経緯をよく知らない人も涙を押えることが出来ない。

こうしているうちに、いつしか七月になった。
中宮(彰子)のお体のご様子は、今は御腹も際立って目立つようになり苦しげでいらっしゃり、身動きなさるのも容易でない有様に、そばで見守っている人々もおいたわしく思っている。
帝(一条天皇)からは、お見舞いの使者だけがしきりに参られる。
また、他の方々より、帝は承香殿女御(元子)に御心ざしがあるといった噂が流れているが、今は、どちらの御方も帝のもとに参上なさることは絶えている。
一品宮は宮中にいらっしゃるので、帝はもっぱらそのお部屋に参られて、故妹宮の悲しみを癒やされていらっしゃる。亡き女二の宮の御事をどこまでも深くお嘆きなさるのであった。

帝は、故定子皇后が残された皇子・皇女をたいそうお可愛がりなり、脩子内親王には最高位である一品を授けられ、その上に数々の待遇をお与えになられています。
しかしながら、それでもなお定子皇后の御子方の幸薄き行く末を止めることは出来なかったようでございます。
ただ、そうした中で、脩子内親王は、一品に加え准三宮(太皇太后・皇太后・皇后に準ずる地位。)を授けられ、中宮彰子さまとも良好な関係であられたようで、長く宮中でお過ごしになられたのでございます。

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