雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

父を殺した大王 ・ 今昔物語 ( 3 - 27 )

2018-11-24 08:28:04 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          父を殺した大王 ・ 今昔物語 ( 3 - 27 )

今は昔、
天竺に、阿闍世王(アジャセオウ・釈迦と同時代のマガダ国王)と提婆達多(ダイバダッタ・釈迦の従兄弟にあたる。はじめ仏門に入信したが、のちに教団を離脱して異を唱えたことから仏敵視された。)という親しい二人がいた。互いの言葉を金口(コンク・仏の口。転じて、仏の言葉。真実の言葉。)として信じあっていた。
提婆達多は、その様子を見て阿闍世王に言った。「君は、父の大王を殺して新王となれ。私は仏を殺して新仏となろう」と。

阿闍世王は提婆達多の言葉を信じて父の頻婆沙羅王(ビンバシャラオウ)を捕らえて、人里離れた寂しい所に七重の強固な小屋を造り、その内に閉じこめ堅固に戸を閉じて、厳格に門を守る番人を配して厳しく申し渡した。「決して人を通してはならない」と。
このような宣旨を度々発して、多くの大臣や諸卿に命令して、一人も連絡を取らせなかった。そして、「必ず七日の内に責め殺そう」と手配した。 

その時、母后である韋提希夫人(イダイケブニン・頻婆沙羅王の正夫人)は大いに泣き悲しんで、「わたしは邪見(ジャケン・因果の道理を認めない過った見解。)にして悪しき子を生んで、大王を殺すことになってしまった」と嘆き悲しみ、密かに蘇蜜(ソミツ・チーズに蜂蜜をかけたような物か?)を作って、炒った麦粉を混ぜ合わせて、密かに閉じ込められている小屋に持って行き、大王の御身に塗った。又、瓔珞(ヨウラク・宝石などで作る首飾りや胸飾り。)を細工して、その中に漿(コムヅ・濃い水といった意味。ここでは、ブドウをすりつぶした濃い液らしい。)を盛り込んで密かに大王に奉った。
大王はすぐに麦粉を食べ、手を洗い口を漱ぎ、合掌恭敬(ガッショウクギョウ)して、遥かに霊鷲山(リョウジャセン・釈迦の拠点の一つ。多くの法を説いている。)の方角に向かって涙を流して礼拝して、「願わくば、一代教主(生涯を通して法を説いた教主、といった意味。)釈迦牟尼如来(シャカムニニョライ・釈迦の尊称。)よ、わが苦しみを助け給え。仏法に出あいながら、邪見の子のために殺されようとしています。目揵連(モクケンレン・目連に同じ。高弟の一人。)はおいででしょうか、我がために慈悲を下されて八斉戒(ハチサイカイ・在家信者が守るべき五戒に三戒を加えたもの。)を授け給え。後生のための善根と致します」と祈った。
仏はこの願いを聞いて、慈悲を下されて目連・富楼那(フルナ・説法に長じていた。)を遣わした。二人の高弟は、隼が飛ぶかのように空を飛んで、速やかに頻婆沙羅王の所に行き、戒を授け法を説いた。このようにして、毎日訪れた。

阿闍世王は「父の王は未だ生きているのか」と小屋を守っている番人に尋ねた。番人は、「未だ生きておられます。お顔は麗しく顔色も良く、まったく死ぬ様子はありません。その理由は、国王の正夫人であられる韋提希さまが密かに麦粉と蘇蜜を練ったものを王の御身に塗り、瓔珞の中に漿を盛って密かに差し上げています。又、目揵連と富楼那の二人の大羅漢が空より飛んできて、戒を授け法を説いているからです。とても制止することなど出来ません」と答えた。
阿闍世王はこれを聞いて、ますます怒りを増して、「我が母韋提希は、賊人の仲間である。悪比丘(悪僧)の富楼那・目連を仲間に引き入れて、わが父の悪王の賊人を今日まで生かしたのだ」と言って、剣を抜いて、母の夫人を捕らえてその首を切ろうとした。

当時、奄羅衛女(アンラエニョ・頻婆沙羅王との一夜の契りにより耆婆を生んだ。後に尼になる。)の子に耆婆(ギバ・伝説的名医とされる。)大臣という人がいた。その大臣が、阿闍世王の前に進み出て申し上げた。「我が君、何を思って、このような大逆罪をお造りになられますか。毘陀論経(ビダロンキョウ・古代インドのバラモン教徒が信奉した聖典の総称。)には『宇宙創造の最初からこれまで、世に悪王がおり、王位を奪い取るために父を殺したのは、一万八千人である』とされています。しかし、未だかって聞いたことがありません、無道にも母を害したという人は。大王、どうぞよくお考えになられて、この悪逆をお止めください」と。
王はこの申し出を聞いて、大いに怖れて、母を殺すことはやめた。
父の王は、やがて死んだ。

その後、仏は、鳩戸那城(クシナジョウ・古代インドの十六大国の一つ。)の抜提河(バダイガワ)の辺にある沙羅林(シャラリン・釈迦はこの樹林で入滅した。沙羅双樹がある。)の中に滞在されて、大涅槃(ダイネハン)の教法をお説きになった。
そこで、耆婆大臣は阿闍世王に勧められた。「我が君は、逆罪を造ってしまいました。必ず地獄に堕ちることになるでしょう。このところ仏は、鳩戸那城抜提河の辺にある沙羅林に滞在されていて、常住仏性(ジョウジュウブッショウ・大涅槃の具体的表現、らしい。筆者には説明する力がありません。)の教法を説き、一切衆生を救済されています。速やかにその所に行って、その罪を懺悔なさいませ」と。
王は、「私はすでに父を殺してしまった。仏は、きっと私を善く思っていないだろう。もう私に目を向けてくれることはないだろう」と言う。
大臣は、「仏は、善行を行う者を見守られますし、悪を造る者も見守っています。一切衆生の為に、平等一子(ビョウドウイッシ・一切衆生の為に平等無差別に、ひとり子を慈しむように限りない慈悲をかける、といった意味。)の慈悲をおかけになります。すぐに参りなさい」と勧める。
王は、「私は逆罪を造ってしまい、必ず無間地獄に堕ちるだろう。仏を見奉るとしても、罪が消えることは難しい。又、私はすでに年老いている。仏の御許に参って、今更恥をかくことも無駄なことだ」と言う。
大臣は、「我が君よ、この度仏にお会いしても、父を殺した罪を滅することが出来ないとしても、いずれの世において、その罪を滅することが出来ましょう。無間地獄に堕ちてしまえば、決してそこから抜け出すことは出来ないのです。さあ、ぜひとも参られなさい」と、熱心に進めた。

その時、仏の放った御光が、沙羅林より阿闍世王の身を照らされた時、阿闍世王は「劫の終り(コウノオワリ・この世の終わり)になれば、日月が三つ現れて世を照らすそうだ。もしかすると、劫の終りなのか、月の光が私の身体を照らしているのは」と言う。
大臣は、「大王、お聞きください。たとえば、ある人に多くの子がいたとして、その中に病の子がおり、片輪の子がいても、父母は大切に養育します。大王は、すでに父を殺したのでその罪は重い。たとえば、ある人の子の病が重いのと同じではありませんか。仏には平等一子の慈しみがあるのです。大王を救済するために指し向けられた光なのです」と話した。
王は、「されば、試みに仏の御許に参ろう。お前も私の供をせよ。私は五逆罪(仏道に背く五つの大罪。殺母、殺父、殺阿羅漢、教団を分裂させること、仏に危害を加えること、の五つ。)を造った。行く途中で、大地が裂けて地獄に堕ちるかもしれない。もしそのような事があれば、お前を捕らえるぞ」と言って、王は大臣を連れて、仏の御許に参ろうとした。
その出立にあたっては、車五万二千両のすべてに法幢(仏教儀式に用いる旗や吹き流し。)や幡蓋(バンガイ・のぼり旗や天蓋。)を掛け、大象五百に皆七宝を乗せていた。供奉する大臣などは計り知れないほどである。
やがて沙羅林に至り、仏の御許に進み出た。
仏は王をご覧になって、「彼が大王阿闍世か」とお尋ねになり、即座に仏道に導かれ未来の成仏を予言し保証された。そして、「私がそなたを仏道に入れないなど、ありえないことである。今そなたは私の許にやって来た。すでに仏道に入っている」と仰せになられた。

これを以て思うに、父を殺した阿闍世王は、仏にお会いしたことで三界(サンガイ・・欲界・色界・無色界の三境界。いまだ悟りを得ず、一切の衆生が生死の輪廻を繰り返して安住を得ない世界。)の惑いを断ち切って、初果(ショカ・阿羅漢果に至る最初の修業階位。)を得たのである。
このように、仏にお会いする功徳は量りしえない、
となむ語り伝へたるとや。

    ☆   ☆   ☆
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仏法を広める ・ 今昔物語 ( 3 - 26 )

2018-11-21 08:07:32 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          仏法を広める ・ 今昔物語 ( 3 - 26 )

今は昔、
天竺において、仏(釈迦)は衆生を教化するために舎利弗・目連・迦葉・阿難らの御弟子五百人をそれぞれを諸国に分けて遣わされたが、迦旃延(カセンネン・弁才に長じ、算術に優れていたとされる。)はケイヒン国(ガンダーラ地方にあったらしい。)が当てられた。

すると迦旃延は、「彼の国は、完全な神国(シンコク・ここでの神は、仏教以外の外道の神を指している。)であり、これまで仏法の名前さえ知られておらず、ただ一日中、ひたすら狩猟や魚貝を捕ることを生業としている国です。どうして教化できましょうか」と言った。
仏は仰せになられた。「それでも、速やかに行きなさい」と。
迦旃延は仏の仰せに従って行き着いた。そして、「悪しき樹の根元を切れば枝葉は育たない。そうであれば、私はまず国王の許に行って、彼を教化しよう」と思って、王宮に向かった。

国王は、狩猟に出発するところであった。数千万騎(大勢の表現)を引き連れている。
迦旃延は錫杖(シャクジョウ・僧が遊行時に携行する杖。杖の先端に数個の金輪がついていて、振ると音が出る。)を肩に担い、外衣(袈裟)と鉄鉢を腕にかけて、その前に立った。
大勢の人たちはその姿を見て、「これまで見たこともない格好をした者が、前に出て来たぞ。あれは何者だ」と、驚き怪しんで国王に申し上げた。
王は、「速やかに殺してしまえ」と命じた。
命令に従って、すぐさま首を切ろうとしたが、その時、迦旃延は、「しばらく待て。私は大王に申すべきことがある」と言って、国王の前に進み出た。
国王は、「お前はいったい何者だ。未だかって見たこともない格好だ。お前がここに来たのは、実に愚かなことだ」と言った。
迦旃延はそれに答えて、「大王は極めて麗しくあられる。私は極めてみすぼらしい。私は、大王の御狩の先払いをしようと思います」と言った。
国王はその言葉を面白がって、一行と共に王宮に引き返した。

「この者に、美味いものを準備して食べさせてやれ」と言って、食物を与えた。迦旃延は腹いっぱいになるまで食べた。
国王は、「うまかろう」と尋ねると、迦旃延は、「美味しゅうございます」と答えた。
今度はまずい食べ物を与えて、「これはどうか」と国王が尋ねると、「これもまた、美味しゅうございます」と答えた。
国王は、「美なる食べ物も、悪しき食べ物も、どれもうまいというのは、どういうことか」と尋ねると、迦旃延は、「法師の口は竈(カマド)のようなものです。美なる物も悪しき物も、腹に入ればどれもみな同じものなのです」と答えた。
国王はこれを聞いて、たいそう感服した。

迦旃延は、「私は九十日の間(夏安居の期間を指す。僧侶が一ヶ所で修業する期間。)ある女人の招待を受けています。これより行って法を説いて聞かせることになっています」と言って去っていった。
そして、女人のもとに行ってそこに居付いた。
女人は、頭の髪を抜いて、それを売って供養とした。
九十日が終わり、迦旃延は又国王の宮殿に参った。王は、「お前は、しばらく姿を見せなかった。どこへ行っていたのだ。又、食物はどうしていたのだ」と尋ねた。
迦旃延は、「私は九十日の間、ある女人のために法を説いて聞かせていました。女人は、頭の髪を抜いて、それを売って私に食べさせてくれました」と答えた。

すると国王は、「我はその女に会ってみたい」と言って、すぐに使いをやって召したが、女人は参らなかった。使いは、「彼の女人は、光を放って座っていました。その姿はたとえようもないほど美しいものでした」と報告した。
報告を聞いた国王は、急いで美しく花で飾った輿を造って、千乗万騎(センジョウバンキ・一千台の乗物と一万頭の騎馬。王侯の盛大な供揃えを形容する常套語。)を揃えて女人を迎えるために遣わされた。女人は、花の輿に乗って、光を放って王宮にやって来た。
大王がその女人を見ると、今いる五百人の后はまるで蛍のようであり、女人は日月のようであった。そこで、すぐに后として寵愛すること並ぶ者が無かった。昼夜朝暮にこの后を大切にした。

后は国王に言った。「わたしを愛してくださるならば、まず大王をはじめとして、国内の人民すべてがひたすら仏法を信奉してください」と。国王は后の教えに従って、初めて仏法を信奉した。さらに国内の人民は皆仏法を受け入れた。
これは、迦旃延の説法の力によるもので、女人がたちまち光を放つ身となり、后として寵愛されることとなった。それによって、この国に初めて仏法が広まったのである。
これはひとえに迦旃延の力なり、
と語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
  
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勅命に背いた后 ・ 今昔物語 ( 3 - 25 )

2018-11-18 08:15:09 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          勅命に背いた后 ・ 今昔物語 ( 3 - 25 )

今は昔、
天竺に大王がいた。五百人の后を持っていた。(五百というのは、「多くの」という表現方法で、今昔物語には、この種の表記は数多く出てくる。)
大王は宣旨を下されて、「宮廷内の后、美しい婇女(サイニョ・女官。侍女。)等は、仏道を信じてはならない。もしこの宣旨に背く者があれば、刀兵(トウヒョウ・武力。)でもって、その者を殺害すべし」と命じた。
これによって、一人として仏道に入る者が無く、その状態が長く続いていた。

そうした時、大王最愛の后は、「わたしは大王の寵愛を受け、仏法について何も知らない。今の世において、娯楽は欲しいままであるが、後世には悪道(ここでは、単に地獄といった感じか。)に堕ちて、そこから抜け出すことが出来ないだろう。流れている水は、海にそそがないものはない。生まれてきた者は、滅せない者はない。わたしは五百人の中で最も寵愛を受けている后ではあるが、死んだ時には、きっと無間地獄に堕ちるだろう。死ぬことは、速い遅いの差はあるとしても、逃れることは出来ない。そうであれば、すぐに殺されてもかまわない。どうせ、死ねば土となる身である。同じことなら、わたしは仏の御許に参って法を聞いてから死のう」と思って、密かに、一人宮殿を出て仏の御許に参った。

まず、御弟子に会って、「法をお説きください。わたしはお聞きしたい」と言った。
御弟子は、「『あなたのような王宮の人は、みな仏道に赴いてはならないとの仰せがある』と聞いています。お教えすることは出来ますが、あなたの命はどうなるでしょうか」と言った。
后は、「わたしは大王の命令に背いて、法を聞くために密かに抜け出してきました。宮廷に戻れば、すぐに殺されることは間違いありません。そうではありますが、生ある者は必ず滅し、盛んなる者は必ず衰える、と申します。国王の寵愛を受けているといえども、万年の命を保つことなど出来ません。須臾(シュユ・短い時間)の愛欲に執着して、三途に還らん事(ようやく三悪道の苦しみから抜け出して人間界に生まれながら、まだ三悪道に戻ってしまう、といったことの表現。)は虚しいことです。どうぞ、尊い法文をお教えください」と言う。

御弟子の比丘(ビク・僧)は、三帰依の法文を説き教えた。后は、「仏の教えは、もしかするとこの他にもありますか」と尋ねた。比丘は、十二因縁と四諦(シタイ)の法文を説いて聞かせた。
后は、「わたしは師(釈迦)にお会いし拝礼することが出来るのは、今だけでございます。宮廷に戻れば、すぐに殺されるでしょう。三途の苦を離れて、浄土に生まれるための因を積みます。願わくば、この善根を以って、後世においてやがては仏と成って、一切衆生を利益(リヤク・哀れみをかけて救うこと。)したい」と誓願して、比丘を礼拝して帰って行った。

王宮に着き、密かに帳をかき上げて入ったが、国王はそれを見て、弓に矢をつがえて引き絞り、自ら后を射た。その矢は、一本は虚空に昇り、一本は后の周りを三回まわって落ち、一本は国王の方に戻ってきて猛火となって炎上した。
そこで大王は、「お前は人ではないのであろう。もしかすると天神なのか、あるいは竜か、あるいは夜叉か、あるいは乾闥婆(ケンダツバ・帝釈天に仕える音楽人。なお、列記されているのは、いわゆる八部衆に属する仏法守護の異類。)か」と言った。
后は、「わたしは、天神でも竜神でもありません。また、夜叉でも乾闥婆でもありません。ただ、仏の御許に参って法を聞いてきました。その善根によって、金剛蜜迹(コンゴウミッシャク・金剛力士、仁王に同じ。金剛杵を持って仏敵を打ち砕く護法神。)がわたしを救ってくれたのでしょう」と答えた。
すると、大王は弓矢を投げ棄てて、新たに宣旨を発布した。「今よりは、宮廷内及び国内の人民は、仏法を信ずべし。もし、これに背く者は処刑する」と。
このように、
なむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

 
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目連尊者の弟 ・ 今昔物語 ( 3 - 24 )

2018-11-15 08:23:43 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          目連尊者の弟 ・ 今昔物語 ( 3 - 24 )

今は昔、
仏の御弟子目連尊者に弟がいた。家は大いに栄え財宝は豊かであったが、決して善根を積むことなく、世間の欲望に強く執着していた。

目連は弟の許に行き、教えて言った。「お前は、速やかに善根を積みなさい。命が尽きれば、三悪道(地獄・餓鬼・畜生の三境界。)に堕ちて、苦を受けること果てし無い。その時には、財宝を持って行くことなど出来ない。功徳を積む者は、三悪道に堕ちることなく必ず善処(ゼンショ・人界と天界の二界。あるいは仏菩薩の住む浄土。)に生まれること疑いがない」と。
弟はそれに答えて、「我が父母は、『在家(出家していないこと。)でいて、自由勝手に世を送れ』と教えてくださったのですよ。法師というものは、実に嘆かわしいものですよ。物を乞う心を持っていることこそ、愚かで憎らしいのです。そもそも、功徳とはどういうことを言うのですか」と言った。
目連が答えた。「功徳とは、一つの物を人に施せば、その徳によって、万の物を得ることが出来るのである」と。弟は、「それならば、私は兄上の申されるように、人に物を施しましょう」と言って、一の倉庫を開いて、財宝を取り出して人に与えた。そして、急いで五つ六つの倉庫を造った。それを見て、ある人が尋ねた。「何ゆえに、それほど急いで倉を造られるのですか」と。弟は答えた。「功徳を造りましたから」と。

このようにして、九十日の間財宝を人に施した後、尊者(兄の目連)に尋ねた。「兄上、『仏はこれまでに嘘を言ったことがない』と言っておりましたよねぇ。それなのに、どうして私の新しく作った倉は功徳でいっぱいにならないのでしょうか」と。
目連は、「弟よ、私の袈裟につかまりなさい」と言って、つかまらせた。そして、四天王天・忉利天・夜摩天・兜率天・楽変化天・他化自在天(六欲天の第一天から第六天まで下から上へ順に見て廻ったもの。)と皆昇って行き、一つ一つ見させた。様々な娯楽や不思議な事は、一つ一つ数え上げることが出来ない。
その第六天である他化自在天(タケジザイテン)に至ると、そこには四十九階の楼閣があり、各階に欄干が設けられている。各階ごとにそれぞれ一人の女性がいた。瑠璃(ルリ)の女は、瑠璃の座床に座って瑠璃の糸を織機に懸けて、瑠璃の衣を縫っている。シャコ(貝の殻から製した白色の細工材。七宝の一つとされる。)の女は、シャコの床に座り、シャコの糸を懸けて、シャコの衣を縫っている。最上階の室内では、金(コガネ)の女が金の床に座って、金の糸を懸けて、金の衣を縫っている。

弟は、これらを一つ一つ見て、「転輪聖王(テンリンジョウオウ・正義をもって天下を統治する王の称。)の娯楽の家にもこのような女性はいない。忉利天の喜見城(キケンジョウ・帝釈天の居城)にも同じような女性はいなかった。我が国の波斯匿王(ハシノクオウ)の宮殿にもここと等しい女性はいない。実に不思議なことだ」と思った。
弟は女性に近寄って尋ねた。「あなた方は、どういうお方ですか。いかなる用途に当てるため、糸を懸け衣を縫っておられるのですか」と。天女はそれに答えて、「これは、娑婆世界の釈迦牟尼如来(シャカムニニョライ・釈迦の尊称)の御弟子目連尊者の弟が、善根を積んでこの天界に生まれ変わるはずですから、その時にお使いいただくために糸を懸け衣を縫っているのです。わたしたちも、その人の眷属(ケンゾク・従者)としてお仕えすることになっています」と言った。

弟は、これを聞いて歓喜踊躍(カンキユヤク)して言った。「我が兄目連は、決して嘘をつくことがない。生々世々(ショウジョウセゼ・生まれ変わり死に変わって未来永劫。)の善知識(仏の教えを説いて善導してくれる人。)である」と。そして、閻浮提(エンブダイ・人間世界)に帰って、善根を積んだ。
「必ず、彼の第六天(他化自在天)に生まれて、勝妙(ショウミョウ・極上無類)の楽しみを受けるだろう。彼の天界における寿命は、閻浮提の千六百年が一昼夜にあたり、それで一万六千歳である。その命が尽きた時には、ついに仏道に入るだろう」と仏はお説きになられた、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆




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物惜しみする女 ・ 今昔物語 ( 3 - 23 )

2018-11-12 08:12:12 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          物惜しみする女 ・ 今昔物語 ( 3 - 23 )

今は昔、
天竺に一人の長者がいた。跋提(バダイ)と言う。
仏(釈迦)の御弟子である迦葉・目連・阿那律(カショウ・モクレン・アナリツ・・いずれも高弟。)等の教化によって、邪心を捨てて善道(仏法を信じて善行にいそしむ道)を歩むようになった。その妻に一人の女がいた。慳貪女(ケンドンニョ・名前ではなく、ケチで欲深い女の意。)と言う。人に物を与えることを惜しむのは、自分の眼を守るがごときであった。いつも金銀の几帳の内にあって煎餅を作り、これを好んで食べていた。

その頃、仏の御弟子に賓頭廬尊者(ビンヅルソンジャ・尊者は仏弟子の長老に対する敬称。)という人がいた。この人は仏の父方の従兄弟にあたる。賢相(ゲンソウ・「占相に長じている」とも「仏弟子中、最も賢者の風貌を備えていた」と言う意、とも。)第一の人である。
この尊者が、かの慳貪女が極めて邪見(ジャケン・道にはずれた考えを持つこと)なのを教化せんがために、女の家に行った。門が閉じられていたので、神通力を用いて空より飛び入り、鉢を捧げて女が煎餅を食べている所に行き、煎餅を乞うた。女は大変惜しんで、決して施しをしようとしなかった。朝から未時(ヒツジノトキ・午後二時頃)まで立って乞うていると、女は、「たとえ立ったまま死んだとしても、私は決して供養しませんよ」と言った。

すると尊者は、倒れて死んでしまった。たちまち死臭が家の内に満ち、上下の人が大騒ぎとなった。女は人を集めて、遺体を引き棄てようと思って、まず三人で引かせたが動かない。そこで、数人加えて引かせたが、やはり動かない。百千人を以て引かせたが、ますます重くなって全く動かない。臭い香りはいよいよ堪え難いほどである。
女は尊者に向かって祈りを込めて言った。「和上(ワジョウ・高僧に対する敬称。和尚に同じ。)よ、蘇生なさったならば、私の煎餅を惜しむことなく差し上げましょう」と。

すると、尊者はたちまち蘇生して、立ち上がって、また煎餅を乞うた。女は、「供養しなければ、また死ぬに違いない」と思って、鉢を取って煎餅二枚を与えたところ、尊者の鉢の中の煎餅は五枚となった。女が三枚を取り返そうとして、互いに鉢を引っ張り合った。
その時、尊者は手を離して鉢を捨てた。その鉢は、たちまちのうちに女の鼻の上に引っ付いた。取って除けようとしたが、決して落ちなかった。灸を据えたようで熱くて離れない。

そこで女は、尊者に向かって手を擦り合わせて、「この苦しみをお許しください」と願った。尊者は、「私の力ではどうにもならない。そなたは、速やかに我が大師である仏の御許に参って、お尋ねしなさい。そうするのであれば、私がそなたを仏の御許に連れて行ってあげよう」と言った。女は仏の御許に参ると答えた。尊者は、「様々な財宝を持って行くように」と言う。女は尊者の教えに従って、様々な財宝を車五百台に積み、さらに人夫千人に背負わせて仏の御許に参った。 (五百台とか千人とかと言うのは、実数ではなく、「多い」ことの表現。このような表現方法は、数多く登場する。)

仏は慳貪女をご覧になって、女のために法を説いて教化なされた。女は法を聞いて、即座に阿羅漢果(アラカンカ・原始仏教における最高の修業階位。)を得た。そして、永久に慳貪の心を捨て去った。
賓頭廬長者の教化は不思議なものだ、
となむ語り伝へたるとや。

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長者が二人 ・ 今昔物語 ( 3 - 22 )

2018-11-09 08:18:34 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          長者が二人 ・ 今昔物語 ( 3 - 22 )

今は昔、
天竺に一人の長者がいた。名を廬至(ルシ)という。慳貪(ケンドン・物惜しみして人に与えず、むさぼり求める心が非常に強いこと。)の心深くして、妻や眷属(ケンゾク・従者。使用人。)に対して、物惜しみすること尋常でなかった。
「誰もいない静かな所に行って、思う存分飲食をしよう」と思ったが、鳥獣がそれを見て自然に集まってくる。そのため、その場所を嫌って別の所へ行く。
人がいなく、鳥獣もやって来ない所を見つけ出して、飲食をした。十分に楽しみ、歌舞をして、『 我今節慶際 縦酒大歓楽 踰過毘沙門 亦勝天帝釈 』( ガコンセツキョウサイ ジュウシュダイカンラク ユカビシャモン ヤクショウテンタイシャク ・・ 我は今日の節会の祝いに たらふく飲んですっかりいい気分になった この楽しみに比べれば 毘沙門天や帝釈天の歓楽も 物の数ではあるまい )と声をあげて歌って、瓶を蹴って舞い喜ぶこと限りなかった。

その時帝釈天は、仏(釈迦)の御許に参っていて、この長者があのようにあざけるのをお聞きになって腹を立てられ、廬至を罰するために、すぐさま廬至の姿に変じて、廬至の家に行くと自ら倉庫を開けて、財宝をすべて取り出して方々の人を呼んで与えてしまった。家にいた妻子や眷属が不思議なことだと思っていると、本当の廬至が帰ってきて門を叩いた。
家の者が出てみると、そこにも廬至の姿をした男が来ていた。「これは、鬼が変化したものであろう」と言って、打ち追い払おうとすると、「わしはお前たちの主人だぞ」と言う。しかし、家の者たちはいずれが本当の廬至なのか分からない。そこで、証人によって判断しようとしたところ、証人は廬至の妻子に対して二人の実否を尋ねた。妻子は、帝釈天が変化している廬至を指して、「こちらが本当の廬至です」と言った。さらに証人は、国王にこの事を申し上げると、国王は二人の廬至を呼び寄せてご覧になったが、まったく同じ姿の廬至が二人いる。全く判別できない。そこで国王は、真偽を知るために、二人の廬至を連れて仏の御許に参った。

その時に、帝釈天はもとの姿に戻って、廬至長者の過ちを申し上げた。仏は、廬至長者を教え導かれて、彼のために法を説かれた。長者は、法を聞いて仏道を悟って歓喜した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
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下賤な女の功徳 ・ 今昔物語 ( 3 - 21 )

2018-11-06 08:45:09 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          下賤な女の功徳 ・ 今昔物語 ( 3 - 21 )

今は昔、
天竺に一人の長者がいた。その家に、屎尿の穢れを清めることを任務としている女(他の文献では、男になっているらしい。)がいた。家の内の多くの人の屎尿を、朝夕に運び清める仕事をして長年を過ごした。
そのため、家じゅうの人は、この女を汚がりさげすんで、たまたま道で出会うと、唾を吐き鼻をつまんで、決して近寄ろうとしなかった。

そうした時、仏(釈迦)はこの女を哀れに思われ、女が屎尿の入った桶を頭に載せていく道で会おうとなされたが、女は恥ずかしく思って藪の中に隠れた。そのはずみで、衣服は汚れ屎尿が身体にかかったので、女はますます恥じ入り、さらに藪の奥に隠れた。
仏は、女を利益(リヤク・哀れみをかけて済度すること。)するために近くにお寄りになって、女を召し寄せて霊鷲山に連れて行き、女のために法を説き、教化(キョウカ・教えさとして、仏道に導くこと。)なされると、女はたちまち羅漢果(ラカンカ・阿羅漢果に同じ。原始仏教における最高の修業階位。)を得た。
長者は、この事(賤しい女を済度したことに対して、釈迦を非難する声が高まっていた。)を聞いて驚き、「仏の御許に参って、非難申し上げよう」と思って、急いで参ろうとしたが、その途中である霊鷲山の前に川が流れている。
その川の中に、大きな石があった。その石の上に女がいて、衣服を洗っていた。
長者が女を見ていると、女は石の中に入ったかと思うと、石の下より現れ、天に昇ったかと思うと地に潜り、光を放って神通を現(ゲン)じた。

長者は、不思議なものを見たと思ったが、そのまま仏の御許に参って申し上げた。「仏は、清浄そのものの御身であられます。汚穢(ワエ・糞尿を指す)・塵垢(ジンク)などには関わらない貴い御身と思っておりましたのに、大変おかしなことをなさいました。どういうわけがあって、わが家の屎尿の世話をしている女を召し寄せられたのでしょうか」と、不満を申し上げると、仏がお答えになられた。「長者よ、来る途中の川で、衣服を洗っている女を見知ってはいないか」と。長者は、「知りません」と答えた。仏は、「光を放って神通を現じるのを見なかったか」と仰せられた。長者は、「確かに見ました」と答えた。
仏は仰せられた。「あの女こそ、そなたの家の屎尿の世話をしていた女であるのだよ。そなたは、財宝は天下に知られるほど満ちていて思いのままであろうが、そなたの果報(カホウ・前世の行いの報い。ここでは、来世のために積んでいる行い、といった意味か。)はあの女より劣っている。あの女は、長年不浄の物を清める功徳によって、すでに羅漢果を得て、光を放つ身となっている。そなたは、貪欲(トンヨク・・財物などを貪り求めて飽くことを知らない欲望。煩悩の最たるものとして、瞋恚・愚痴と共に善心を損なう三毒の一つとされる。)・邪見(ジャケン・因果の道理を認めない過った見解。)により、常に瞋恚(シンイ・激しい怒り。)を起こす。その罪は重くして、地獄に堕ちて多くの苦しみを受けるだろう」と。
長者はこれを聞いて、自分を恥じて家に帰って重ねてきた罪を悔いた、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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因果応報 ・ 今昔物語 ( 3 - 20 )

2018-11-03 08:15:27 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          因果応報 ・ 今昔物語 ( 3 - 20 )

今は昔、
天竺において、仏(釈迦)は頭陀(ヅダ・乞食修行)をなさろうとして、ある人の家に入られた。その家の主の名は鸚鵡(オウム・人の名前)という。
仏がご覧になっていると、鸚鵡が出てきて、鉢に米や魚などを入れて混ぜ合わせて犬に食わせた。仏は、その犬をご覧になって、犬に語りかけた。「お前は、前世において梵天(ここでは、天国の一つといった意味か。)に生まれ変わることを願っていたものだ。どうしてこのような姿でいるのだ」と、恥ずかしめられた。
犬はそれを聞いて、腹を立て、この食べ物を食べずに、横に座り込んで、不機嫌そうにしている。
仏は、霊鷲山(リョウジュセン・釈迦の説法所として名高い。)にお帰りになった。

その後で鸚鵡がやって来て、あのように犬が狗曇(クドン・釈迦の実名)にはずかしめられた為、あの鉢の物を食べずに腹を立てているのを見て、大いに瞋恚(シンイ・激しい怒り。仏教では、貪欲、愚痴と共に善行を妨げる三毒の一つとされている。)を起こして仏を口汚く罵った。
仏は霊鷲山において、御弟子たちに告げられた。「あの鸚鵡は、あのように瞋恚を起こして私を罵った罪によって、地獄に堕ちて長く苦しみを受けることになる。悲しいことだ」と。
ちょうどその時、鸚鵡は瞋恚を抑えきることが出来ず、仏の御許にやって来て、直接文句を言った。「狗曇、どういうわけで、わが家の犬をはずかしめたのだ。鉢の中の物を食べなくなってしまったぞ」と。

仏は鸚鵡に仰せられた。「お前は知らないのであろう。あの犬は、お前の父兜調(トチョウ)が生まれ変わったのだということを。あの兜調は、火天(カテン・古代インドの自然神の一人。バラモン教の火神アグニで、後に仏教に取り込まれて仏法の守護神ともなる。)を祭って梵天を願っていたが、犬の身となって、お前に養われているのだ」と。
鸚鵡はそれを聞いて、ますます瞋恚を増して、「仏よ、何によって、わが父兜調が犬になったと知ることが出来たのだ。また、何を証拠にそのような事が分かるのだ」と言った。
仏は仰せられた。「鸚鵡よ、お前は家に帰って、錦の座を設けて、金の鉢に極上の食べ物を入れて、犬に向かって言うがよい。『もし、まことにわが父兜調であられるなら、この座に上ってこの鉢の食べ物をお食べ下さい。そして、大切に保管されていた財宝の在り処をお教えください』と言い聞かせて、犬のすることを見守るがよい」と。

鸚鵡はこれを聞いて、なお瞋恚を静めていなかったが、家に帰って、仏の教えのように、錦の座を設け金の鉢に極上の食べ物を入れて、犬に向かって言った。「犬よ、お前がまことにわが父兜調であられるなら、この座に上りこの鉢の食べ物を食べ、仕舞われている財宝の在り処をお教えください」と。
すると犬は、すぐにその座に上り、鉢の物を食べた。そして、食べ終わるとその床の傍の土を鼻で穿ち、足で掘った。鸚鵡は、その様子を見て不思議に思い、使用人にその場所を深く掘らせてみると、たくさんの財宝が埋められていた。

鸚鵡はそれを見て、「この犬は、まことに父兜調の生まれ変わりであったのだなあ」と思って、深く感動して、霊鷲山に参って、仏にお会いして申し上げた。「仏は、決して嘘は仰らなかった。生々世々(ショウジョウセゼ・生まれ変わり死に変わる世々)未来永劫に、仏を疑うようなことは致しません」と誓った。そして、仏にお尋ねした。「どうして、功徳を積んだ者が地獄に堕ち、罪障(ザイショウ・罪深い所業)を作った者が浄土に生まれるのでしょうか。どうして、富める者がおり、貧しい者があるのでしょうか。どうして、世を思うままに生きて子孫が栄える者がおり、家貧しくして子孫を得ることが出来ないものがあるのでしょうか。どうして、百年を平穏無事に生きる者がおり、若くして死する者があるのでしょうか。どうして、容姿端麗な者がおり、容姿醜悪な者があるのでしょうか。どうして、人に殺害されたり人にさげすまれ馬鹿にされる者があるのでしょうか」と。

仏は、これに対して一つ一つお答えになった。「鸚鵡よ、よく聴くがよい。功徳を積んでいながら地獄に堕ちる者は、死ぬ時に臨んで、悪縁(悪い果報をもたらすもとになる外部事情。)に出あって瞋恚を起こした者である。悪業を作りながら浄土に生まれる者は、死する時に善知識(善い友。仏の教えを説いて善導してくれる人。)に出あって仏(この仏は、釈迦という意味ではないようだ。)に願いを立てたものである。今の世で富める者は、前世で施しの心が有った者である。今の世で貧しい者は、前世で施しの心がなかった者である。子孫が繁栄している者は、前世において他人に対して我が子と同様に思いやった者である。子孫や身内に恵まれない者は、前世において他人に対して慈しみの心がなかった者である。長命なる者は、前世において、放生(ホウジョウ・捕らえた鳥獣虫魚などを解き放してやること。殺生の逆。)を行った者である。短命なる者は、前世において、殺生を好んで行った者である。端正なる者は、前世において親に心労を掛けず笑顔で接した者である。醜悪なる者は、前世において、親に瞋恚を起こさせた者である。人に敬われる者は、前世において、人を尊敬した者である。人に卑しめられる者は、前世において、人を軽んじた者である」と、説き教えられた。

鸚鵡はこれを聞いて、仏(釈迦)を尊ぶこと限りなかった。それによって、地獄に堕ちるべき罪は消えて、永く仏道に帰依したのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆



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邪見深き老婢 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 3 - 19 )

2018-10-31 08:17:21 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          邪見深き老婢 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 3 - 19 )

     ( (1)より続く )

老婢は長者の家に帰り、須達長者の妻に申し上げた。「私は今日ご主人の使いとして王宮に参りましたが、そこに居りました時に、狗曇(クドン・釈迦の本名)が王宮の門にいて、様々な変幻を成すのを見ました。身は金(コガネ)の山の如く、眼は青連(ショウレン・青色の蓮華。清浄で美しい眼の表現らしい。)を上回っていました。そして、限りなく光を放っていました」と言って、木で籠を作って、その中に入って横たわった。

仏は、祇園精舎にお帰りになろうとされたので、末利夫人は仏に申し上げた。「願わくば仏、あの老婢を化度(ケド・教化して救うこと)してくださいました上で、精舎にお帰りください」と。
仏は、「あの老婢は、罪が重すぎて、私とは縁(エン・前世の因縁)がありません。羅睺羅(ラゴラ)があの老婢を化度する縁があります」と仰せられてお帰りになった。

そして、羅睺羅を須達長者の家に遣わされた。
羅睺羅はあの老婢を化度するために、転輪王(テンリンオウ・正義をもって天下を統治する王の称。)の姿となった。千二百五十(実数ではなく、多いことの表現方法。)の比丘(ビク・僧。ここでは仏弟子。)は、千の子となって須達の家に行った。
あの老婢を玉のように美しい女に変身させた。老婢は歓喜して転輪王を敬礼(キョウライ)した。
転輪王は十善(ジュウゼン・善い果報をもたらす十の善業)を説いて老婢に聞かせ、老婢は十善を聞いて歪んだ心を調和し悪心を抑止した。その後、羅睺羅ならびに大勢の比丘たちは、それぞれ元の姿に戻った。老婢はそれを見て、「仏法は清浄にして、衆生を見捨てないのですね。私は愚痴(グチ・愚かで、正しい道理を理解できないこと。)なるが故に、長年これを信じて来ませんでした。私の邪悪な心をよくぞ化度してくださいました」と言って、五戒(ゴカイ・・在家信者が日常生活で守るべき五つの自律的戒め。具体的には、不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒の五項目。)を受けて須陀洹果(シュダオンカ・阿羅漢果に至る最初の修業階位。)を得た。すぐに仏の御許に参って、これまでの罪を懺悔して出家を求めたところ、さらに阿羅漢果を授けられた。そして老婢は、大空に昇って十八変(神通力によって現出する十八種類の神秘的、超人的所行。)を現した。

波斯匿王(ハシノクオウ・舎衛国王。末利夫人の夫。)はこれを見て、仏にお尋ねした。「あの老婢は、前世において、いかなる罪があって婢となって人に使われ、また、いかなる福徳があって、仏にお会いし悟りを得ることが出来たのでしょうか」と。
仏は王にお答えになった。
「遥かに遠い過去世に仏が出現された。宝蓋灯王仏(ホウガイトウオウブツ)と申される。その仏が入滅された後、像法(ゾウホウ・・「正像末の三時説によれば、仏入滅後の500~1000年を正法とし、その後の1000年が像法で、その後は末法とされる。像法の時期には、仏の教法とそれを実践する修業者はあるが、正覚は得られないとされる期間。)の時に一人の王がいた。名を雑宝花光(ゾウホウカコウ)という。その王に王子がおり快見(カイケン)といった。その人は出家して仏道を学んだ。しかし、王子という身分を頼みとして、常に驕慢(キョウマン・おごり高ぶって、人を見下すこと。)な態度であった。

師にある和上(ワジョウ・和尚と同じ。高僧に対する敬称。)がいた。王子のために、甚深般若(ジンジンハンニャ・この上なく奥深い妙法。ここでは、般若経を指すらしい?)の空義(クウギ・般若経の根幹をなす空の意義。)を説いた。王子はそれを聞いて、邪説だと思った。その師が亡くなった後、王子は、『我が師は、智恵無くして空の義を説いていた。願わくば、我は後の世であの人に会いたくないものだ』と言った。その後、一人の阿闍梨(アジャリ・ここでは、弟子に戒を授け教義などを指導する僧。)がおり、王子はその人を師として、『我が師である阿闍梨は、智恵があり弁舌の才もある。願わくば、我は何世にもわたって、この人と善知識(仏道を通した善い友。)となりたい』と言って、自ら多くの弟子を持って、空の義を邪説だと信じさせた。

されば、王子は戒律を守っていたといえども、般若の空の教義を疑っていたので、命尽きた後には阿鼻地獄(アビジゴク・無間地獄とも。八熱地獄の最下の地獄。)に堕ちて限りない間苦しみを受けた。そして、地獄を出てからは貧賤の人と生まれ、五百世代の間耳や目が不自由な身となり、千二百世代に渡っては常に人の婢となるのです。
その時の和上というのは、今の私なのです。阿闍梨というのは、今の羅睺羅なのです。王子というのが、今の老婢なのです。それゆえに、今の私とは縁がなく、羅睺羅の教化を受けられたのです。また、王子が比丘として多くの弟子に法を教えようとしたので、今の悟りを得たのです。宮中の多くの邪見の女というのは、あの時の比丘の弟子たちなのです」と、お説きにならた、
となむ語り伝へたるとや。

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邪見深き老婢 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 3 - 19 )

2018-10-28 08:14:59 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          邪見深き老婢 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 3 - 19 )

今は昔、
天竺の舎衛城(シャエジョウ・古代インドの十六大国の一つである舎衛国の首都)の中に須達長者(シュダツチョウジャ・釈迦と同時代の大富豪)という人がいた。その家に一人の老婢がいた。名を毘低羅(ビテイラ)という。常に長者の家業を取り仕切っていた。
長者が仏(釈迦)や仏弟子たちを招いて供養(飲食の提供などを行うこと)した。老婢はそれを見て、慳貪(ケンドン・物惜しみして人に与えず、むさぼり求める心が非常に強いこと。)の心が深いため仏法僧を嫌っていて、「わが主の長者は、愚かにも沙門の術を信じている。私は、いかなる時にも仏の名を聞かないし、比丘の名を聞くこともしないことにしている」と言った。その声は、すっかり舎衛城全体に広がっていた。

そうした時、国の后である末利夫人(マリブニン)は、「須達長者は美しい蓮華のように多くの人に尊敬されているのに、どうして家の中に毒蛇を置いて護っているのか」と思い、須達の妻に話した。「あなたの家の老婢は、悪口を以って三宝(仏法僧)を誹謗しています。どうして追い出さないのですか」と。
長者の妻は、「央崛魔羅(オウクツマラ・切り取った指で首飾りを作ったなどとされる外道の女性。)などの悪人でさえ仏は服従させました。いわんやあの老婢など気にするほどのことはありませんわ」と答えた。末利夫人はそれを聞いて喜び、「私は、明日仏を宮中にお招きいたします。あなたは、あの老婢を宮中に来させてください」と言った。長者の妻は、この申し出をお受けして帰った。

明くる日、瓶に金(コガネ)を入れて、それを老婢に持たせて事情を説明せず王宮に行かせた。末利夫人は老婢がやって来たのを見て、仏を招待申し上げた。
仏が王宮にお着きになり、正門からお入りになられた。難陀(ナンダ・高弟の一人。釈迦の異母弟で、仏弟子中容姿端麗第一とされる。)は左におり、阿難(アナン・高弟の一人で釈迦の従兄弟にあたる。)は右におり、羅睺羅(ラゴラ・高弟の一人で、釈迦の実子。)は後方に従っていた。
老婢は仏を見て、大変驚き恐怖に毛が逆立った状態で、「この悪人め、きっと私についてきたのだろう。私はすぐに帰らしてもらう」と言って走って逃げた。正門には仏がいらっしゃったので、その方には向かわず、脇戸から出ようとしたが、脇戸は自然に閉じて塞がってしまった。そこで、老婢は扇で顔を隠したが、仏はその前に現れて、扇が鏡のようになって(その鏡に仏が映っているという意味か?)目隠しにならなかった。老婢は混乱状態になり、東方を見ると仏がいらっしゃる。南、西、北の方向を見ていったが、いずれにも仏がいらっしゃる。上を仰ぎ見ると、仏がいらっしゃる。うつむいて下を見ると、そこにも仏がいらっしゃる。手で顔を覆うと、十本の指の先ごとに仏の姿がいらっしゃる。目を閉じようとしても、その意思に関わらず目が開いてしまう。大空を見れば、十方界(十方世界。ここでは、あらゆる方向の空間。)に仏の姿が満ち溢れていた。

また、もともと城内に二十五人の旃陀羅(センダラ・古代インドの身分制度に四姓制度というものがあり、それからも外された最下層の民。)の女がいた。また、五十人の婆羅門(バラモン・四姓制度の最上位)の女がいた。また、宮中に仏を信じていない五百人の女がいた。
仏が、老婢のために無数の姿を現じられるのを見て、旃陀羅の女も婆羅門の女も異教を信じる五百人の女も、全てが邪見を捨てて初めて仏を礼拝して、「南無仏(ナモブツ)」と唱えた。すると、たちまち菩提心(悟りを求める心。求道心。)が生まれた。
老婢は、邪見が深いためなお仏を信じようとしなかった。しかしながら、目の当たりに仏を見奉ったことで、多くの生死の罪(ショウジのツミ・生死流転の罪。煩悩から抜け出せず、未来永劫に生死の輪廻を繰り返す罪。)を滅することが出来た。

                                    ( 以下、(2)に続く )

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