雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天空に舞う   第十二回

2010-09-12 10:30:28 | 天空に舞う

   第二章  それぞれの旅立ち  ( 6 )


その年の冬は、十二月二十七日に帰郷した。
啓介の帰郷したいという気持ちは夏より遥かに強かったが、家庭教師のアルバイトがあり年末近くになったのである。


この日は、新幹線に乗ってから早知子に連絡していたので、新大阪まで迎えに来てくれていた。
梅田に喫茶店に入りしばらく話したが、この日に帰ることは自宅にも連絡していたのであまり遅くなるわけにはいかなかった。四か月ぶりの再会であり、早知子を思い切り抱きしめたい思いにかられたが、うまい切っ掛けを見つけることができなかった。


翌日の夕方は、阪急電鉄の西宮北口に集まり四人で忘年会の真似事をした。
お互いに大学生らしくなってきたなと笑い合ったが、夏に会った時のような変化は啓介には感じられなかった。

その日も、俊介は直接バスで帰り、三人は阪急電鉄で帰った。甲東園駅で啓介と早知子が降り、いつものように希美は次の仁川駅まで行くのである。


二人は回り道して小さな公園に寄った。
啓介は早知子の手を取って引き寄せ、コートに包まれている体を抱きしめた。そして、くちづけをした。
早知子も予期していたらしく、さらに体を寄せた。


「淋しかったわ・・・」
唇が離れたあとも、顔を啓介の胸に埋めるようにして、小さな声で言った。
昨日の喫茶店で話した時には、淋しそうな表現は口にしなかった。


その次の日は、二人で京都に向った。
年末の慌ただしい時期だったが、啓介は正月の五日には東京に戻ることになっていたので、この日を選んだのである。
二人が一緒に出掛けることは、双方の母親も承知していた。どちらの親も、二人を恋人同士のようにはみていなかったが、その一方で、まるで許嫁同士のような錯覚をしている風もあった。


阪急の河原町駅に着いたのが十時少し前だった。デパートも開店していない時間だが、京都の代表的な繁華街らしくすでに大変な人出だった。
時節柄、観光客というより新年に向けての買い物客が多いように感じられた。


二人は人並みに飲み込まれたようになりながら商店街を進んだ。別に買い物の予定があるわけではないが、人波の中を揉まれながら歩くと何となく年の瀬らしい雰囲気が伝わってくる。
二人は、押されるのを防ぐような形で、いつの間にか腕を組んでいた。


「恋人同士みたい」
早知子は啓介の顔を見上げるようにして囁いた。
早知子は女性としては背が高い方だが、啓介と並ぶと大分身長差があった。
啓介は答える言葉が見つからず、「うん」とだけ応えた。


商店街を押されるままにしばらく歩いたあと大通りに出た。そして、東に向った。
四条大橋を渡り、なお真っ直ぐに進み八坂神社に着いた。


「ここが、祇園さんの本家よ」
早知子は神妙に手を合わせていたが、早々とお参りを終えて突っ立っている啓介の腕を取って、また顔を見上げるような仕草を見せながら言った。


啓介は、神社や寺院では必ず手を合わせていたし、そのことに別に疑問のようなものを感じることもなかったが、同時に、拝むことで何らかの助けや利益が得られるとも考えていなかった。
いわゆる、ご利益というものをあまり信じていなかった。


八坂神社を通り抜けて丸山公園に出た。
薄曇りの空の下で、公園は寒々としていた。行き交う人も足早で、散策を楽しんでいる人は少なかった。
公園のシンボルともいえる枝垂れ桜も、葉を落とした姿が寒さを強調しているように見える。その姿を見ながら、さらに真っ直ぐに進むと人通りは殆んどなくなった。


京都の冬は寒く、少し山影に近付くだけで寒さが増してくる。
早知子は群青色の、啓介は黒のコートを着ていたが、二人は期せずしてその襟を立てた。
公園も、それに続く木立の景色も冷たい色に包まれていたが、早知子の鮮やかな群青色のコートが浮かび上がるように映えていた。


「恋人同士みたいだって、言ったよね」
早知子の鮮やかな色のコートを抱くようにして、啓介が尋ねた。


「ええっ? ああ、あの時ね」
「ぼくたちは、どんな関係なんだろう」


「単なる親友・・・、では、ないでしょう?」
「うん、早っちゃんは特別の人だよ」


「わたしにとっても、啓介さんは特別の人よ」
「でも、恋人かなあ・・・」


「わたしは、啓介さんのこと好きよ。大好きよ」
「ぼくだって同じだよ。早っちゃんのこと、大好きだよ」


「でも、恋人ではないの?」
「うーん。よく分からないんだ。恋人だなんて、あまり考えたことなかったんだ。だって、ずっと、一緒だったもの」


早知子は立ち止って、啓介に寄りかかった。
「でも・・・、キスしてくれたよ・・・」
「すごく、好きだったから・・・」


啓介は早知子の体を抱きしめた。そして、その体制のまま道の少し横に入った。啓介が早知子の顔を見つめると、その視線をしっかりと受け止めたあと、目を閉じた。


「すごく、好きなんだ・・・」
短いくちづけのあと、啓介が言った。囁くような声が少しかすれていた。
早知子は、目を開けると、はにかんだような表情を浮かべた。そして、ふたたび目を閉じた。


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