雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天空に舞う   第十三回

2010-09-12 10:29:48 | 天空に舞う

   第二章  それぞれの旅立ち  ( 7 )


丸山公園を出た二人は、高台寺に向かう道を進んだ。
ねねの道と呼ばれている石畳の道が続いており、旧い京都の雰囲気を色濃く伝えているこの辺りは、旅する人の人気が高い散策路である。


二年坂、三年坂と名付けられている可愛い坂を過ぎると、清水坂に行き着く。
二人は清水寺に向かって進んだ。道の両側には土産品や特産品を扱う店が並び、河原町周辺と変わらないほどの人波である。


清水寺は、京都を代表する大寺院であり、観光地としても最も有名な場所の一つである。「清水の舞台から飛び降りる」という表現で知られているように、壮大な懸崖に組み上げられた舞台はあまりにも有名である。
その歴史は古く、平安朝初期、嵯峨天皇の頃には国家鎮護の道場とされたとあるが、開基はさらに遡る。京都王朝より古い歴史を有する観音霊場でもある。


啓介も、これまでに二度ばかり来た記憶があった。早知子の方は、祖父母の家に近いことから、数え切れないほどの回数来ていた。
舞台から見る風景は壮大なもので、春の桜、秋の紅葉が有名だが、雪景色はさらに美しい。
ただ、二人が眺めている景色は、冬の杜がもつ厳しい淋しさが感じられるものだった。


二人は奥の院の舞台にも立った。舞台は狭いが、本堂の舞台の脚組がよく見え、スケールの大きさがよく分かる。


「わたしの秘密の場所、教えてあげる」
早知子は、並んで立っている啓介に、少し背伸びをするようにして耳打ちした。悪戯っ子のような表情をしていた。


早知子は啓介の手を取って、舞台を降り少し先に進んだ。
参拝者のための歩道は先に延びていて、崖側には安全のための柵が作られている。
早知子はその柵をバッグを持った手で握り、右手で遠くを指差した。


「ほら、あそこ・・・。木と木の間よ」
早知子が指差した方向には、寺院を囲むように森林が広がっている。木々の上に広がる空の色も、淋しげな杜の色を映してか鉛色をしていた。


「木と木が両側から重なっているところ、その先よ」
早知子は、自分が指差している方向と啓介の顔を交互に見ながら、真剣な表情をしていた。啓介も目を凝らして、指さす方向を見つめた。
確かに、空とは違う白い山か建物のようなものが見える。


「あの、白い建物みたいなものかな?」
「そうそう・・・。あれ、お墓よ」


「お墓? 白く見えるのは、石碑なんだ」
「そうよ。ここからは、微かに見えるだけだけれど、あの辺り一帯、谷の底まで全部お墓よ」


「大きな墓地なんだ・・・」
「そう、すごく広いのよ。あそこが大谷本廟のお墓の一番高い部分だと思うの。わたしの家のお墓も、あそこにあるのよ」


「早っちゃんとこは、京都だったものね」
「ええ、お祖父さんの家はここからすぐよ。わたしも・・・、わたしも、いつか、あのお墓で眠るの・・・」


「ええっ・・・。変なこと言わないでよ」
「ずっと先のことよ・・・。でもね、わたし、一人でここへ来ると、いつもここに立って、あの辺りを見ているように思うの。そして、時々、ああ、わたしもいつかあそこで眠るんだって思うことがあるの」


啓介はうまく返答することができず、早知子の手を強く握り締めた。
先に進み、坂を下って音羽の滝の前を抜けた。下から見る舞台はさらに迫力があった。


「やっぱり、早っちゃんは、ぼくの恋人だよ」
「ほんとう? ありがとう・・・。でも、どうしたの、突然・・・」


「うん。さっきから考えていたんだ。早っちゃんは、ぼくにとって、どういう人だろうって・・・。とても大切な人だということは確かだし、大好きなことも間違いない。でも、今まで、恋人だということに気がついていなかったんだ、きっと。こんなに好きな人は、やっぱり恋人なんだって、そう、思ったんだ」
「啓介さんは、わたしの恋人なのね・・・。キスも、してくれたもの、ね・・・」


最後の方は、体を寄せて小さく囁いた。
高校までの早知子からは想像できないような仕草と、甘えるような声だった。


清水寺の境内を出て、来た道を少し戻り途中から左の道を進んだ。五条坂である。


先程までとは人の波は少なくなった。小さなレストランで昼食をとった。
食事が終わり、外に出ると、霧のような雨が降っていた。
一本しか持ってきていなかった折りたたみ傘に二人で入った。
啓介は、早知子が濡れないように背中から手をまわして、抱くようにしてゆっくりと歩いた。
道の両側には飲食店や陶磁器などを扱う店もいくつかあったが、静かな通りだった。


「雨の五条坂は淋しいわ・・・」
早知子も、啓介の体に縋るようにして歩いていた。


「寒くない?」
啓介は早知子をさらに抱き寄せるようにして尋ねた。
「大丈夫よ・・・。このまま、ずうっとこのまま、歩いていたいわ・・・」


辺りは夕暮のように暗くなっていた。
五条坂を抱き合うようにして歩いた日のことを、啓介はいつまでも忘れることができなかった。


 


 


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