雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天空に舞う   第二十三回

2010-09-12 10:23:39 | 天空に舞う

   第三章  予期せぬ運命 ( 7 )


三月の中旬から啓介は自宅で過ごした。
就職することになった関東電器産業の入社式は四月になってからだが、寮の方へは三月中に手続きを完了するように指示されていた。
勤務地は本社に決まっていたし、独身寮は大田区にある寮が割り当てられていた。


社会人になれば長い休暇は難しくなるので、これが最後の長期休暇だった。
この間には俊介や希美と当然会うつもりでいたが、今回は帰郷する前から俊介の方から連絡してきていた。折り入って相談があると、いつもの俊介らしくない神妙な話しぶりだった。


三人は啓介が帰郷したその日の夕方に集まった。
いつにない硬い表情の俊介が切り出した用件は、希美と正式に交際を始めたいということだった。

二人は並んで立って啓介に頭を下げた。
わざわざ改まった形で報告するのがいかにも俊介らしくて微笑ましかった。二人が交際するということについては、何となく啓介には予感があったので、特別に驚くほどのことでもなく率直に祝意を伝えることができた。


「ただ、何か申し訳なくて・・・。希美さんも気になると言うので、啓介の了解を得て正式な交際をスタートさせようと思ったんだ」
俊介が、ほっとした表情で語った。


「希美さんが気にしているって? ぼくに?」
「うん・・・。いや、希美さんだけではなく、俺も同じ気持ちなんだ」


「それは・・・。早ちゃんとぼくのことを言っているのか?」
「そう・・・。啓介と早知子さんは、ずっと前からの仲だろ。俺たちだけでなく、周囲の誰もが認めていた仲だよ。それが、早知子さんが、あんなことになってしまって・・・。だから、俺たちが正式に交際することも、啓介の了解を得たいんだ」


「ぼくの了解など必要ないよ。二人が交際することに大賛成だけれど、了解するとかしないとかいうのは変だし、必要ないよ」
「しかし、俺たちはそうしないと気が済まないんだ・・・。
俺たちが、お互いに意識し始めたのは早知子さんが亡くなってからなんだ。希美さんは早知子さんを頼りにしていたから、それは大変な落ち込み方だった・・・。もちろん、啓介、お前の場合はそれ以上だったことは分かるし、俺も辛かったよ。でも、大学生になってからは、希美さんは早知子さんとずっと一緒だった。その早知子さんが亡くなって・・・、お前は東京だ・・・。希美さんは仕方なしに俺を頼りにしたのかもしれないが、俺は嬉しかった。出来ることなら、ずっと助け合いたいと思うようになったんだ。
でも、やっぱり啓介の気持を考えると、複雑な気持ちなんだ・・・」


「何を言ってるんだ。いいい話だよ。ぼくも嬉しいし、きっと早っちゃんも喜んでいるよ。相談してくれて本当にありがとう。俊介、大切に交際を深めるべきだよ」
「ありがとう・・・。啓介がそう言ってくれると嬉しいよ」


「自分たちのことばかり言って、ごめんなさい・・・」
二人の会話をうつむき加減で聞いていた希美が、紅潮した顔を上げていった。
その表情は、喜びというより悲しげなものだった。


「ぼくたちは、ずっと仲良くやってきた四人なんだよ。俊介と希美さんがうまくいってくれると何よりだよ。なに、ぼくたちのことを気にすることはないよ。ぼくと早っちゃんは、ずっと仲良くやっていくよ。俊介と希美さんが仲良くなり、ぼくと早っちゃんもこれまで通り仲好しだ。そして、この四人もずっと仲好しだよ・・・」


「啓介さんは、ずっと早知子さんと仲良くしていますの?」
希美がなお悲しげな表情のまま、啓介をまっすぐに見つめて言った。
「もちろん、仲良しだよ・・・。仲好しというより、愛しているよ。だんだんそのことが分かってきたし、強くなっている。ぼくと早っちゃんは、ずっと一緒だよ・・・」


啓介が、以前からこのような考えをはっきり持っていたわけではなかった。俊介や希美と話しているうちに出てきた言葉だったが、自分の気持ちを整理する切っ掛けとなる言葉でもあった。


社会人として出発する時期にあたって、俊介と希美は大きく飛躍しようとしていた。
啓介もまた、自分の心の中の早知子と真剣に対峙することになった。二人の新しい関係を模索してきた結論は、まだ見つけ出すことができていなかったが、いつまでも一緒に生きていくのだという道筋が固まりつつあった。


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