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mitakeつれづれなる抄

普段いろいろ見聞き感じ考え、そして出かけた先で気になることを書き綴ったブログです。

祇園祭(山鉾巡行)もクラウドファンディング

2017年05月08日 | 京都
 朝日新聞web版記事からです。京都の祇園祭で、一連の山鉾巡行の行事に、インターネットで出資者を募る「クラウドファンディング」を始めて採用するとのことです。
 この費用で、巡行の警備費用や保険料の一部に充てようということだそうです。

記事:祇園祭もクラウドファンディング 運営費増え出資者募集

 京都新聞にも記事がありました。
記事:>祇園祭にクラウドファンディング 京都、警備費募る

 祇園祭というものは、本来は八坂神社の7月一か月間に行われる一連の神事の事ですが、世間一般には「山鉾巡行」のことを指すことが多いようです。
 その山鉾巡行は、毎年7月17日と24日に行われ、17日は「前の祭(さきのまつり)」、24日は「後の祭(あとのまつり)と呼ばれて、それぞれ別々の山と鉾が巡行です。
 この山鉾巡行は、八坂神社とは全く関係無く、山と鉾を保有する各町内がそれぞれ主催者となって実行するもので、その全体を統括するような組織が「祇園山鉾連合会」です。

 連合会は、巡行全体の取り決めは行いますが、それぞれの山と鉾へは意見は一切口出ししません。
 そこは完全に他所さんの世界です。

 この山鉾の町内が主催者となって、宵山から巡行するまで各行事は、大変お金がかかります。
 元来が、京の都で商いを行っていた町衆の財力を示すものでもありましたが、昨今はその町衆も代々そこに住んでいる人はほとんどおらず、縁故の方が祭を引き継いでいるようなもの。
 その費用捻出も大変で、町内会費用だけでは賄いきれず、宵山で販売している「ちまき」の売り上げの多くが、この巡行費用に充てられる現状。

 そこで、巡行全体を統括する立場から山鉾連合会として、無事に巡行の行事が行えるよう、インターネットを通じて広く寄付を募る、ということです。


京都市でサイレントタクシー

2017年04月15日 | 京都
 MBSラジオ、ありがとう浜村淳です、で話題に出ておりましたが、京都市のタクシーで、運転士から話しかけることの無い「サイレントタクシー」があり、結構好評なのだそうです。
 文章のニュース記事を検索したら、讀賣ONLINE記事が見つかりました。
記事:雑談自粛のタクシー好評、「味気ない」の声も

 私はタクシーには基本的には乗りませんが、タクシーという乗り物は、乗ると運転士からいろいろ話しかけられるものなのだそうですね。
 お客の中には、あまり話すことを好まない人もいたり、考え事をしていることもあるでしょうから、話しかけないでほしい場合もあり、そんな旅客サービスの多様性ということで始めた、そうです。

 京都市に本社を置く都タクシーで、3月21日から約300台の保有車のうち、10台をサイレンスカーに指定して、運転士から話しかけるのを自粛だそうです。
 都タクシーの社員の方の発案で、自身の体験から、運転士から一方的に話しかけられて迷惑に思い、そこで自社のタクシーで、話しかけるのを止める、というサービスを始めたのだそうです。


 都タクシー、乗ったことあります。
 何年か前、というか、体がややこしいことになる直前の事ですので、2012年3月ですね、東山花灯路の後、祇園から京都駅までタクシーに乗りました。
 祇園夜バスがなかなか来ず、帰りの電車に間に合わなさそうになり、安いとされる小型車に乗ったところ、1000円もせずに京都駅に到達できました。
 その道中、特に運転士から話しかけられることは無く、私の方から話しかけました。
 想定ルートでは、河原町か烏丸通を下がると思っていたら、四条京阪のところを左折して、川端通を南下しましたので、運転士に「川端を下がるんですね」と。
 それをきっかけに、京都市内の地理話を幾つか、やって、京都駅前へ到着でした。

 で、サイレントタクシー、都タクシーの約300台中10台がサイレント車だそうですが、これ選択して乗れませんね。
 タクシー乗り場で順番に来るタクシーが、サイレント車なのか、そうでないのかは、順番が来てみないことには分かりません。
 ましてや街中で流しのタクシーだと、サイレント車か否かを選択する余裕はありません。
 これは禁煙タクシーも同じで、タクシーのサービス多様化は中々良いことですが、それを選択できる要素が少ないのが難点です。
 もちろん、貸切運行で、呼び出しで車庫から回送で出庫させる場合は、車両のサービス種類を指定できますが。

京都祇園白川の春のライトアップが中止・人多すぎ

2017年04月03日 | 京都
 ツイッターで知った情報ですが、京都市の東山区、祇園の白川沿いで桜の時期に行われていた、ライトアップを今年は中止するということだそうです。
ANNニュースから:まるでホコテン…祇園の桜ライトアップ中止に(動画ニュースあり)

 祇園の白川沿い。白川自体は一部中断がありますが、岡崎の琵琶湖疏水から始まって、三条通を超えて、斜めに南西方向に流れ、知恩院へ至る華頂道の先で西へ向いて、東大路通を超え、祇園の北部に当たる地区のお茶屋さんが並ぶ地域を流れます。(グーグルマップの図を拝借)


 この東大路通から西への部分、特に地図にある橋本町の辺りが一番の人気スポット。
 普段からいい雰囲気で、水路沿いは護岸のために桜を植えたいきさつもあることから(一般論からの推定)、春の桜の時期は観光客向けにライトアップを行っていました。
 しかしこの情緒あふれる路も歩行者道路ではなく、普通に自動車が通行できる路であります。

 以前に一度行きました。2007年の画像です。




 行って、正直びっくりしたのは、石畳の道は歩行者道路(車両通行禁止)ではなく、普通に車両の通行が可能な道路でした。




 たしかに地元の自動車も通りますし、その当時は多少人が多いながらも、上のニュースのような光景はありませんでした。
 ここ数年で、急に観光客が増えたのですね。
 いえ増えたのは、各種統計や情報で分かっていましたが、10年前2007年の様子はこんな感じでした。

 春の時期に京都へは何度か行っていますが、祇園白川の夜景を見に行ったのは、この年一回だけの様子でした。
 京都へは早い時間に寄り道して、さっさと神戸まで行っていましたからね。夜の京都は、東山花灯路がありましたが、場所(地域)が違っていました。

 人が増えるということは、躾や礼儀が出来ない人も増えるということです。
 車路に自然にはみ出して、自動車の通行を妨げるだけでなく、事故の危険性もあります。
 東山区は、「観光公害」という言葉が公文書(というか行政文書)に記されるほどですので、観光客の振る舞いで地元の方の暮らしに影響が出ているという印象です。
 ライトアップで人が集まり過ぎるで、ライチアップ中止も致し方ないかもしれません。

琵琶湖疏水旅客船計画

2017年02月15日 | 京都
 京都新聞web版記事からです。予てから構想はありました、琵琶湖の水を京都盆地に引く、琵琶湖疏水の旅客船運行計画で、風雅な和船を建造する計画があるそうです。
記事:和船で優雅に琵琶湖疏水観光 京都・大津市が新造へ

 琵琶湖疏水は、過去に弊ブログでも書きましたが、明治の中頃に琵琶湖の水を京都盆地に引き、殖産工業を興そうという目的で建設されたもので、日本人の手によって、二つの長いトンネルを掘ったものです。
 京都盆地の高さと、琵琶湖疏水の高さを、インクラインで結び、淀川から琵琶湖まで水路で繋がったことで、ここを通る運送(水運)が盛んになり、旅客船による運送も一時期行われました。
 琵琶湖疏水開通後、程なくして、省線東海道本線が開通したことで、水運路としての琵琶湖疏水を用いることは少なくなりましたが、現在は、京都市上水道の水源として、重要な施設になっています。
 琵琶湖から山科盆地を通って、京都市の東部蹴上(けあげ)まで、風光明媚な水路沿いで、これをぜひ、かつての旅客船で行こうという構想はありました。
 これに2017年度予算で、和船二艘を建造して、2018年度からの本格運行に備えるそうです。
 つまり琵琶湖疏水の旅客船が現実のものになりそうです。

 冬季を除く10か月間運航する計画で、この和船、エンジン付きの船で、京都から琵琶湖方向へも運行するとのこと。
 明治の当時は、京都蹴上から琵琶湖へは、水路沿いの小径を、綱で船を曳く、「曳舟」でした。

 この琵琶湖疏水は現在は上記の通り水道施設に指定されているので、衛生管理は厳しく、やたらと近づけないことになっています。
 旅客船運航では、この水道施設との兼ね合いをどうするのでしょうか。その点が気になっています。

 京都蹴上での第三トンネル出口。

京都府の上津屋橋が流れなかった

2016年09月24日 | 京都
 産経WEST記事からです。時代劇によく出てくる、上津屋橋(こうづやばし)、通称「木津の流れ橋」が、改修工事の結果、先日の台風16号による増水でも流れなかったのだそうです。
記事:木津川の「新生流れ橋」、台風16号で流れず

 この上津屋橋は、その名をご存知無くとも、テレビ水戸黄門など、時代劇で、大きな川を渡るシーン、欄干の無い木の橋が写ることがあり、下の河原では殺陣師の斬り合いなどがあったりと。
 その橋が、この上津屋橋です。主な構造が木製で、橋板は実際に流される構造。
 橋の種類の一つに、潜り橋というのがあり、増水時には川を渡る目的は諦めて、水の流れを妨げないように敢えて、橋を潜らせたり、橋の一部を水に流したりします。
 その一つがこの上津屋橋。昔は橋の板が完全に流されていたそうですが、毎度流されて部材が紛失しては困るので、後年、橋板を鋼索で結び付けて、海まで流されないようにして、復旧を早くしました。
 (鋼索=鋼鉄製のワイヤー)

 それでも何年か前の台風で木津川が増水。
 橋板どころか橋脚も流されて、結構長い間、渡れませんでした。
 時代劇の製作もとても減り、この方面での撮影への影響は、幸か不幸かありませんでした。

 この上津屋橋の復旧では、橋面の橋板ですね、これをかさ上げして、さらに橋脚の一部をコンクリートにして今年3月に完成しました。
 台風16号は各地にツメ跡を残し、この木津川も大増水となりましたが、上津屋橋は流されなかったともことです。

 上津屋橋、橋板の端は鋼索で結ばれていましたが、水戸黄門や大岡越前で、この上津屋橋が登場するたびにこの鋼索が見えないか、そこばかり気にしていましたが、上手い具合に撮影していますね、これまでは、そんな鋼索は見えませんでした。

 この上津屋橋は、地元の人が通るだけでなく、今や観光地化して、それが復旧が求められた一つでもあります。
 一度、行って見てみたいですが、まだ訪れたことはありません。
 もう一つ、この上津屋橋は、京都府道281号八幡城陽線です。
 当然上津屋橋の部分は、自動車通行止めです。