りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

まとめ

2013-08-23 22:10:29 | Weblog

8/23 追加しました
8/24 内容追加しました
*作業途中です

TWINKLE(杏依&晴己)、指先の記憶(好美)、約束を抱いて(むつみ&優輝)一覧です。

    注:リンク間違い、順序間違い等があるかもしれません。見つけ次第訂正します。

TWINKLE:番外編-志織-を花暦に変更しました。

花暦 (このブログ以外のページに掲載しています・杏依の両親―香坂純也&桐島志織―)


指先の記憶(第一章 開始)

TWINKLE 第一章(全50話) このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:夏の日(第一章34周辺)  このブログから削除しています
TWINKLE 第二章(全50話) このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:幸せへの願い  このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:誓い  このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:未来へと続く道  このブログから削除しています

St. Valentine’s Day:このブログから削除しています
White day:
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White day:このブログから削除しています
White day:このブログから削除しています      

TWINKLE 番外編:使命  このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:移り行く心   このブログから削除しています

St. Valentine’s Day:このブログから削除しています
White day:4 このブログから削除しています

指先の記憶(第一章 終了 全50話)
指先の記憶 第二章(全50話)
指先の記憶 番外編:視線  123
  このブログから削除しています
指先の記憶 第三章(全50話)

哲也君の三連休 このブログから削除しています

指先の記憶 第四章(開始)

番外編 ミートパイ

St. Valentine’s Day:このブログから削除しています
White day:このブログから削除しています

思い出の箱 

指先の記憶 第四章(終了 全50話)

指先の記憶 番外編 お花見前日

哲也君の妹達

本日のヴァイオリン奏者 このブログから削除しています

新入生とミートーパイ

約束を抱いて 第一章(全50話)
約束を抱いて 第二章(全50話)
約束を抱いて 番外編:幸せへの願い  12345 

TWINKLE 番外編:覚悟  このブログから削除しています

約束を抱いて 番外編:はじまり  前編後編
約束を抱いて 番外編:初詣  12345
約束を抱いて 番外編:傍観者  12345
約束を抱いて 番外編:恋の芽生え  12345
約束を抱いて 番外編:sweet&bitter  12345

約束を抱いて 第三章(全50話)

約束を抱いて 第四章(全50話)
約束を抱いて 番外編:幸せへの願い2  12345
約束を抱いて 番外編:お誕生日会に招かれて 


指先の記憶番外編 現在更新途中

約束を抱いて 第五章 連載予定
 


指先の記憶 あとがき

2013-08-22 20:56:47 | Weblog

あとがきを読んでくださる皆様

長期間連載していた指先の記憶を、本日完結させることができました。
何度も更新が滞る中、訪れてくださる皆様を励みに頑張る事ができました。
ありがとうございます。

-約束を抱いて-に今後、康太と好美が登場する為、この兄妹のことをサクッと50話くらい…という気持ちで書き始めた指先の記憶ですが、予定以上に長い話になってしまいました。
家庭環境が複雑な為に、ひとつの話にしてしまうほうが…と思ったのですが、離れている家族との心の交流が、サクッと進むわけもなく、合計200話の話になってしまいました。
それも、1話1話が長めで…。
第4章に関しては、多くのエピソードを削り回収できていない場面が多く、最後もスッキリとしない印象をお受けになるかもしれません。
個々のエピソードは短編で書きたいと思っています。
最終的には、付き合っていない2人ですが、恋愛メインよりも家族メインの話であり、数年後には哲也が日本に戻りますので、その時に恋愛が動く予定です。

なんだか中途半端な完結ですが、指先の記憶は、これで完結となります。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。                                                             




指先の記憶 第四章-50・完-

2013-08-22 19:20:56 | 指先の記憶 第四章

「あなたにお見せしたい絵は、こちらです」
1枚の絵が運ばれて来て、カバーがとられる。
「やはり、姫野の花見には桜の絵が必要です。今回の花見の主役です。残念ながら、こちらは買い手が付きましたら彼の将来の為に売ります。蕾の絵のように買い戻すつもりは私にはありません。当日まで、たっぷりと堪能してください」
桜の木。
桜の花びら。
花びらが舞っている。
散っている。
寺本健吾の絵ではないと、その場にいる全員が思ったはずだ。
父の桜は散らない。
「…雨?」
地面が濡れている。
舞い落ちた花びらが濡れている。
「…この桜」
姫野のおじ様が、とてもやさしい微笑をしていた。
「弘…先輩は、この絵を描いていたんですか?」
「そうです。ずっと以前から描いていたようです。仕上げる為に来てもらいました」
以前から?
「弘先輩は、今はどこにいるのでしょうか?」
「さぁ?どうでしょうか。絵が仕上がった後は自宅に戻っていますから」
「家に行ってみるか?」
兄の問いに私は迷う。
「あ、でも…来てくれるかもしれないぞ?誕生日だし」
それは期待できない気がする。
この数ヶ月、ちゃんと会っていないし話していない。
「お兄さんは…家で待っていて。来てくれるかもしれないから。私…ちょっとコンビニに」
「コンビニ?」
「うん…春限定のチョコレート。今日、発売だから」
兄が笑う。
「お母さん」
母が、ゆっくりと立ち上がった。
「その絵…あとでゆっくりと見せてね」
母が、とても嬉しそうに頷いた。

◇◇◇

桜の木を見上げた。
咲き始めている。
当日は、綺麗な桜を見れそうだ。
その近くにある本屋へ向かった。
棚の高さが低い場所に来るのは、約3年ぶり。
目的の本の前に立つ。
兄の名前が書かれていた絵本。
私の名前を兄が書いてくれた絵本。
離れてしまう私に、兄が譲ってくれた母の絵本。
「懐かしいと、思ったんだ」
差し出された本を、あの時は受け取ることが出来なかった。
「僕が好きな本だったから、読めば元気になるんじゃないかと思って」
受け取った絵本は、何度も読んで欲しいとお願いした絵本。
「あの日が…命日だったと知ったのは、ずっと後で」
隣に立つ人は、とても悲しそうだった。
「何ひとつ、姫野さんの希望通りにできなくて、ごめん」
感情が読み取れない人だったのに。
「ずっと見ていたら、黒い線を消すことを、健吾先生が望んでいない気がして。処分せずに置いていたんだから。姫野さん達にとって思い出になるものを、消せなかった」
「ありがとうございます。母が…懐かしいと言っていました。私には記憶がありませんけれど、母にとっては私の落書きさえ…亡くなった父との思い出、ですから」
弘先輩が、ホッとしたように表情を緩めて、この数ヶ月ずっと悩んでいたのだと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「弘先輩…チョコレート…ごめんなさい」
情けなくて恥ずかしくて。
それなのに、弘先輩は笑う。
「どうして笑うんですか?」
「だって、姫野さん面白いから」
また笑う。
「私は必死だったんですよ?」
「そうだね。ごめん。だって怒っているのを見るのは初めてだったから」
それで笑うって、変だと思う。
「姫野さん。僕のこと嫌い?」
「大嫌いです」
「僕と付き合えない?」
「付き合えません」
「でも、最初に意思表示をしたのは姫野さんだよ」
「…私、ですか?付き合うって言ったのは弘先輩ですよね?」
「そうだけど。態度で示したのは姫野さんが先だよ?」
私は首を傾げた。
「だって、ぶどう狩りに行く前に僕の部屋で」
お、お、思い出したっ!
弘先輩に抱きついたのは私だ。
思ったように自由に動けなくて、顎の辺りだったけれど唇を寄せたのも私。
「あの状況から付き合えないと言われて…姫野さん、誰にでも、ああいうことするの?」
思いっきり首を横に振る。
今、哲也さんがチラッと浮かんだけど、思いっきり黒い鉛筆で塗り潰そう。
晴己お兄様はセーフだ。
身内だし、ちょっと膝枕ってだけだし、新堂晴己だし、妻公認だし。
「でも、付き合えないんだよね?」
問われて、頷いた。
「一緒に学校に行ったり一緒に帰ったりは出来るの?あ、僕、部活やめたから帰れる日は不規則になると思うけど」
「出来る限り、で、大丈夫です」
毎日とか、それは望み過ぎだ。
「お弁当は時々?」
頷く。
「晩御飯とかご馳走になっても良い?」
頷く。
私が作るわけじゃないけど。
「遊園地、行ける?」
「…根に持ってます?」
「うん。根に持ってる。行ける?」
頷く。
「手をつないでも良い?」
頷く。
「髪、触っても良い?」
頷く。
「頭、撫でても良い?」
頷く。
「僕以外の人、好きにならない?」
頷く。
え?
顔を上げると、とてもニコニコとした笑顔。
「だったら良いよ。付き合えなくても」
あれ?
なんだか、弘先輩のペースになってる気がする。
「帰ろうか?」
「…えぇっと…弘先輩、納得して頂けた、ということですか?」
「納得したよ。僕は姫野さんが好き。姫野さんは僕以外好きにならない」
当たっているけど、これで良いのかな?

◇◇◇

階段を上って、桜を見上げた。
毎年見てきた、裏庭の桜。
私が生まれる、ずっと前から咲き続ける桜。

誕生日だからと、弘先輩が買ってくれた本は、母の絵本だった。
幼い時から、ずっとそばにいてくれた大切な絵本。

そして、これからも、ずっと。


◇指先の記憶 完◇


 


指先の記憶 第四章-49-

2013-08-22 19:20:41 | 指先の記憶 第四章

食堂に行くと、満面の笑みで女子生徒に囲まれている人がいた。
積み上げられている数々のチョコ。
確かに、チョコが大好きな人には、バレンタインは幸福な1日だと思う。
渡す女子生徒も拒まれる不安がないし、喜んでくれるから渡しやすいだろう。
私の苛々の最大の原因である人が、更に私を苛々とさせた。
寂しい気持ちや悲しい気持ちが、完全に吹っ飛んでいて、後ろを歩く松原先輩が何度も溜息を出している。
そんな先輩から、私は荷物を受け取り、出来る限りの笑顔で見上げた。
「ありがとうございます」
「姫野…怖い」
そんな失礼な言葉を背中に受けながら、私はお花畑状態の人が座るテーブルに、2キロの包みをドサッと置いた。
その拍子に、紙コップの紅茶が少しテーブルに零れる。
「本家で美味しいお菓子に変えてもらってください」
最高級のチョコレート、らしい。
製菓用だ。
私には杏依ちゃんという味方がいる。
彼女がチョコを手作りする為に取り寄せたというチョコレート。
それを私にも分けてくれた。
食堂を出た所で泣き出してしまった私に慌てた松原先輩は、いつも損な役目ばかり。
由佳先輩と瑠璃先輩が食堂から飛び出して来て、私はずっと3人に言い続けた。
弘先輩なんか大嫌い、と。
響子さんは、とても丁寧に教えてくれたのに、美味しいチョコのお菓子を作れなかったのは私。
姫野のおじ様に、きちんと丁寧にお願いすれば本家を訪問することも出来るのに、それをしなかったのは私。
付き合えないと、今まで通りが良いと無茶を言ったのは私。
それは、ちゃんと分かっている。
我侭で勝手だと、分かっている。
でも、弘先輩なんか大嫌い。

◇◇◇

嫌い嫌いと、毎日言い続けた。
3階から弘先輩を見ながら、何度も言った。
由佳先輩が弘先輩から預かったと言って渡してくれたホワイトディの可愛いキャンディーも、甘いものは嫌いだと言いながら受け取る。
「弘先輩。朝からキャンディ、配ってますよね?」
チョコもたくさん貰っていたから、今日は朝から忙しそうだ。
だったら、その流れで、私に会いに来てくれれば良いのに。
「そうね。でも、姫野さんのキャンディは私達とは、ちょっと違うから。安心して」
安心って、何を安心するのか。
宝石みたいにキラキラとして可愛いキャンディは嬉しいけれど。
私の心は、荒れていた。

◇◇◇

我が家は騒々しい。
お花見の準備だ。
私の記憶には残っていない行事。
でも、大人達の張り切る姿を見ると、とても大切な行事みたいだ。
近所のコンビニの店員さんも楽しみだと言ってくれる。
そして、施設の方達。
祖母は施設の子ども達を呼んで、近所の方達との交流を図っていたらしい。
当時は、子ども達皆が楽しみにしていたらしく、それをまた再開することを、とても喜んでくれた。
無事に大学に合格して、当日の相談だと言いながら頻繁に我が家を訪問する市川先輩にも、子ども向けの和菓子をお願いした。
桜の蕾がピンク色に染まり始める。
私の16歳の誕生日が過ぎて、兄が18歳の誕生日を迎える頃、桜は満開を迎えそうだった。

◇◇◇

私の誕生日当日、母がアトリエを見ることになった。
夏にファミリーレストランで会った時に比べると、少しふっくらとして、母は穏やかな表情になっていた。
弘先輩がいないアトリエは、元通りになっていた。
そこに残っている絵は、画用紙に描かれた絵のみ。
母は、それを見て、懐かしいわね、と言った。
私が落書きをしてしまったこと、それを修正していないことを謝ると、意外にも母が笑った。
「だって、健吾先生が描かせたんだもの」
「え?」
なにそれ?
「これはね、処分する予定だったの。構図というか下書きというか。サイン、ないでしょう?」
しょ、処分?
「この頃ね、好美ちゃんは絵を描くのが好きで、捨てる画用紙だから」
す、捨てる?
「でもね、ほらぁ。上手でしょ?」
な、何が?
「こんなに上手に力強く線を引くのよ?」
頭を抱えたのは私だけじゃなかった。
兄も軽くショックを受けている。
でも。
「そう…残してくれていたのね」
母は、とても愛おしそうに、画用紙の絵を1枚1枚見ていく。
そっと指が触れないようにして辿るのは、私が書いた黒い線。
今、母の脳裏には、小さな私が思い出されているのだろうか?
私には、ただの落書きにしか見えない、父を困らせたとしか思えない黒い線。
でも、それは、母にとって、とても大切なものみたいだ。
私は兄と目を合わせて、少し笑った。
身長を測っていた柱に兄の名前が残っているように。
思い出は至る所に散らばっているのかもしれない。
外が騒々しくなり、姫野のおじ様が姿を見せた。
「和歌子さん」
おじ様の声に、母が画用紙の絵を丁寧に机に置く。
「和歌子さんにお渡しするものがあります」
「私に、ですか?」
「はい。あなたにお持ち頂くのが最善だと思っています。それほど大きなものではありません。御両親にも見せてあげてください」
母は不思議そうに私達を見た。
私も兄も、何のことか分からない。
母と叔父は、須賀の家で暮らすことになった。
裕さんはどうするのか、雅司君はどうなるのか。
それは、少しずつ、これから変わっていくのだと思う。
「全て買い集めたつもりでしたが。まさか蕾の絵を描いているとは思いませんでしたから」
母の表情が変わる。
「大切な絵だと聞き、探しました。この絵は和歌子さんがお持ちください。亡くなったお父様との思い出の絵だと?」
姫野のおじ様が母に差し出した絵は、雑誌よりも少し大きいサイズの絵。
それを受け取った母を、叔父が支えた。
でも、2人で、そのまま床に崩れ落ちる。
「あり…がとうございます」
母の瞳から涙が零れそうになる。
でも、絵が濡れないように、母は涙を止めた。
泣き続けた私とは違う。
取り乱して泣いた母は、過去なのかもしれない。
「容子と健吾は、とてもあなたを愛していました。2人は最期の最期まで、あなたを想い幸せでした。どうか2人の為にも、和歌子さんの今の幸せを大切にしてください」
母の震える唇が、はい…と答える。
そんな光景に私の気持ちも高揚するのに。
「ところで、好美さん」
おじ様は、私へと体を向けた。
気持ちの切り替えが早い人だ。
この人のタイミングを逃すのはダメだと、この数ヶ月で学んでいる。


指先の記憶 第四章-48-

2013-08-22 19:20:27 | 指先の記憶 第四章

冬休みが終わり学校が始まると、弘先輩は姫野本家から学校に通うようになった。
そして、サッカー部を辞めてしまった。
ただ、遠くから彼を見るだけで、まるで中学生の時に戻ったみたいだった。
校舎内での偶然の出会いを期待したり、放課後の部活を短い時間だけ眺めたり。
ファンクラブの皆と、サッカーの試合を見に行ったこともある。
応援は楽しかったけれど、行くまでの待ち合わせも行った後の皆との会話も楽しかった。
私に、普通の女子中学生の生活を与えてくれたのは、松原先輩と弘先輩だった。
遠くから眺める日々は楽しかった。
あの頃と違うのは、弘先輩が私に気付いてくれること。
たぶん、気付いている、と思う。
手を振ってくれれば確定するけれど、弘先輩は遠くから私を見て、そしてまた歩き出す。
3階の窓から通路を見下ろすと、歩いている弘先輩が立ち止まって見上げてくれる。
だから、私が通路から見上げた時、そこに弘先輩を見つけた時は凄く嬉しかった。
それなのに、どうして会えないのだろう?
響子さんは本家に帰ると弘先輩に会うみたいだった。
弘先輩に買って行った和菓子やケーキを私にも買ってきてくれる。
最初は、それが嬉しかったけれど、どうして響子さんが会えて私が会えないのか分からなかった。
贅沢になってしまったのだと思う。
高校生になって、先輩達との距離が近付いてしまったから。
亡くなった人に会えないのは寂しいけれど、生きている人に会えないのも、とても辛い。
生きているはずの祖父と母に会えないのは、どこかで諦めていた。
でも、弘先輩に会えない事を諦める事が出来なくて…やっぱり贅沢になってしまっているみたいだ。
「好美ちゃん。ちょっと、温度高いかも」
「難しいね…やっぱり買おうかな」
響子さんと話したくない時もあった。
でも、1ヵ月も過ぎると避け続けることが不可能になってくる。
一緒に住んでいる。
家族とは、こういうものなのかと思った。
生活していくには意思の疎通が必要で、ずっと機嫌悪く過ごすわけにはいかない。

◇◇◇

「姫野」
廊下に近い席でお弁当を食べていた時、名前を呼ばれた。
一緒に食べていた女子だけでなく、クラス中が沸き立った。
「チョコレートは?」
「松原先輩。私が用意していると思いますか?」
「思わない。俺の分はなくても…代わりに渡そうか?」
弘先輩のことを言っているのだと、分かった。
響子さんと話せるようになったのは、バレンタインのチョコのおかげ。
相談したことで、私達は以前のように話せるようになった。
「姫野さん」
その声に、松原先輩が一歩下がる。
「バレンタイン」
前部長の市川先輩だった。
松原先輩の指示で和穂が動いてから、私は男子生徒達から呼び出されることはなくなった。
ただ、市川先輩のことだけを松原先輩は気にしていた。
強く言えない相手だし、話しかけることを禁止する訳にもいかず。
でも、そんな心配は不必要で、市川先輩に声をかけられたのは、とても久しぶりだった。
気を遣ってくれていたのだと、改めて感じた。
だから、この場は穏便に終わらせたいけれど、私が貰って良いのだろうか?
女子から渡すものだと思うけれど。
「姫野さん。好きだよね、ここの和菓子」
見覚えのある紙袋から取り出された透明の袋。
かわいいハート型。
「落雁?」
紙袋は、いつもの和菓子屋さん。
でも、透明の袋に張られたシールは。
「大阪、ですよね?」
不思議に思って市川先輩を見た。
「紙袋は使わせてもらえるけど、パッケージとか包装紙とか使えないんだ。売り物にならない品に使うわけにいかないし。シールは大阪の店で買った商品が、たまたま上手く剥がれたから」
ドライヤーでシールを剥がした日を思い出す。
「あの…前から気になっているんですけれど」
紙袋の絵とシールの模様。
「似てますよね。この2つの店」
市川先輩が、とても不思議そうに私を見る。
「似ているって、同じ人のデザインだし…あれ…ちょっと待って。康太に確認したほうがいいのかな?僕は今日はそれを話すつもりじゃなく」
市川先輩が焦り始める。
「えーっと、これ。僕の手作り」
落雁を指差す市川先輩。
「姫野さん。うちの店のご贔屓だよね?」
「う、うちの店、ですか?」
「正確には僕の親戚の店だけど。大阪も親戚が開いた店。売り物じゃないから簡単な包装だけど、大丈夫。味は自信あるから。姫野家はお得意様だから、いつか話そうと思っていて。それに、今年は花見を復活させると聞いたから。できれば、見習い中の僕の味見を」
「そういうことは、早く言ってくださいっ!」
立ち上がって叫ぶ私に、市川先輩が驚く。
「隠し事されるの、これからは嫌なんですっ!今まで実はこうでした、とか、知らないと思うけど、とか。そんなことばっかりで。それに、市川先輩、卒業するまで私に話しかけない約束でしたよね?」
そんな約束ではなかった気もするけれど。
溜まっていた苛々が、ここで爆発してしまった。
その時、ものすごい力で後ろから口を塞がれた。
「すみません。俺が全部悪いんですっ!」
兄の声が直接頭に響いて、痛い。
「何も好美に話さなかった俺が悪いんです」
先輩に向かって叫んでしまったことを後悔し始める。
「ごめん須賀。僕は知っていると思っていたから。須賀和歌子さんの絵本は僕も持っているし」
「俺も今、凄く驚いています。まだ、気付いていなかったのかって。わざわざ説明する必要もないのに…うっ」
兄が脇腹を押さえた。
「なに…するんだよ…本の裏表紙見れば分かるだろ?画風で分かるだろ?何から何まで全部説明しなきゃいけないのかよ?」
「当たり前でしょ?私、何にも覚えていないんだよ?」
「母さんの仕事と、それは別だろ?今も続けている仕事なんだ」
正直、母の仕事には興味を持っていなかった。
私には母が何を好きか嫌いか、どんなことで幸せを感じるのかが重要だった。
知りたい事の中に、母の仕事は含まれなかった。
小さな時から大切にしてきた絵本も、仏壇に供えられる和菓子の包装紙も。
ずっと、私の傍には母がいたのだと、今になって気付く。
「松原先輩。荷物、ここにどうぞ」
私は、袋に入れていたものを机の上に置くと、空になった袋を松原先輩の前に差し出し、抱えているチョコ達を入れてもらう。
そして、その袋を兄に押し付けた。
「松原先輩の教室まで持って行って」
兄が怪訝な顔で私を見下ろす。
「松原先輩。持ってください」
私は机の上に置いたものを指差した。
不思議そうに松原先輩が見て、袋の文字を読んでいる。
読んで理解した、というのが分かって余計に私は苛々とした。
ヨーロッパにも住んでいたとか聞いたことがある。
「弘先輩、どこにいます?連れて行ってください。市川先輩。ありがとうございます。いただきます」
ハートの可愛い落雁を、私は机の中に大切に入れた。


指先の記憶 第四章-47-

2013-08-21 17:06:40 | 指先の記憶 第四章

「おかえりなさい」
母屋の玄関で出迎えてくれたのは響子さんだった。
「楽しかった?」
「うん。とっても!」
母屋の台所で、響子さんに勧められたココアを飲む。
今日はデートだと決めた後、大輔さんが家に連絡してくれた。
兄の姿が見えないということは、兄は納得済み、ということだろう。
心配していたら玄関の前でウロウロと待っているはずだ。
「少し食べる?」
「大丈夫。遊んだし、いっぱい食べたの。今日は喜怒哀楽全部使った気がする」
おじいちゃんが言っていたように、大輔さんは私を怒らせてばかりだった。
最後に食べようと思っていたイチゴは取るし、味見と言って私のスープは殆ど飲んじゃうし。
でも、遊んでくれるのも大輔さん。
今日の出来事を聞いて欲しい私に、響子さんは優しい微笑を向ける。
「康太は雅司君と桐嶋さんの家に行っているわ。小野寺さんは今日は自宅に戻るみたい」
弘先輩の名前に、思わず緊張した。
「でもね、好美ちゃんが戻ってくるまで待つと言って…ずっと離れの玄関から動かないの」
「え?」
「小野寺さんに絵のことを頼んだのは私の父だから、拘束しているのが申し訳なくて。小野寺さんも好美ちゃんと遊園地、行きたかったでしょうね」
「…そうかな?誘われたことないよ?」
「帰ってきたこと早く教えてあげて」
そう言って、ココアのカップを載せたトレイを渡された。

◇◇◇

離れの玄関が見える廊下まで辿り着くと、そこは冷たい空気に包まれていた。
見ると、玄関が開いている。
弘先輩は私に気付いて振り向いた。
「弘先輩。玄関、閉めませんか?」
私の言葉に慌てて玄関を閉める。
暖房器具もなく、冷え冷えとしていた。
「ココア飲みます?」
私は床にトレイを置き、座る。
足元から冷えてきて、あまり長い時間座るのは避けたかった。
カップを両手で包むように持つ姿は、見ているだけで寒そうだった。
すぐにココアは冷めてしまったみたいで、弘先輩はそれを飲んでしまう。
トレイにカップを置く手が震えていた。
いつから、ここにいるのだろう?
「温かいもの持ってきますね。あ、それよりも母屋に行きませんか?お味噌汁かスープでも」
立ち上がろうとしたら、弘先輩に腕を掴まれた。
その指先が冷たくて、私は思わず振り払ってしまった。
でも座った状態で再び腕を掴まれると今度は抵抗できなくて、弘先輩の冷たくなった体に抱き寄せられた。
私の体から熱が奪われる。
体が震えた。
「良かった。姫野さんが戻って来なかったら、どうしようかと思った」
奥歯が、カチカチと音を立てる。
「哲也さんと会った?」
服の上からでも、弘先輩の指先の冷たさが伝わってくる。
「どうして哲也さんに会いに行くの?どうして大輔さんと、こんな時間まで遊ぶの?」
首元に触れる頬も髪も冷たい。
「弘先輩に、関係ないことです。わ、私が誰と会おうと…」
弘先輩の腕の力が緩んで、私は後退りし、ようやく大きく息を吐き出した。
でも、冷えてしまった体が震える。
「姫野さん、僕のこと嫌い?」
見上げて、私は首を横に振る。
「僕は姫野さんに振られたの?」
もう一度、首を横に振る。
振ったつもりなど、ない。
付き合えないと答えただけ。
今まで通りが良いと、望んでいるだけ。
違う…今まで通りじゃない。
既に、私と弘先輩は以前の環境から変化している。
憧れの先輩だった人が、今は父の絵に関わっている。
幻だと思っていた人。
祖母を亡くした日に見た幻だと思っていた。
弘先輩を想うと、あの日のことを思い出してしまうけれど、それでも弘先輩が私に見せてくれた世界は、私を現実から連れ出してくれていた。
弘先輩のことを考えると現実から逃げることができた。
でも、今は違う。
寂しさの原因に、弘先輩は関わっている状態で、この現実は私の心を救ってくれない。
怖い辛い寂しい。
弘先輩を想うと、マイナスの感情に私は侵食されるようになっていた。

◇◇◇

ちぃちゃんのお姉さんとお兄さんは、何も問わない。
以前から知っていたのかもしれない。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですか?このまま早川さんの家まで行くのは疲れませんか?」
「大丈夫。到着後は休ませてもらうことになっているし」
助手席からニコニコと笑顔を向ける、お兄さん。
「好美ちゃんの兄弟、どうにかならない?落花生が胡桃になっているし、そのおにぎり、めっちゃカチカチやん」
兄は、胡桃を殻のまま手の中で回している。
弟は、自分でおにぎりを作るといって、力いっぱい握っていた。
「食べ物は投げちゃ、ダメだからね」
「「りょーかい」」
2人揃って声を出す。
響子さんに留守をお願いして、私達は年末年始を寺本の家で過ごす。
弘先輩は、自宅に戻ったままだった。

◇◇◇

曾祖母は私のことを容子と呼んだり好美と呼んだり。
私は訂正しなかった。
ただ一緒に過ごしただけだったけれど、とても穏やかな正月だった。
舞ちゃんの御両親と会うことも出来た。
時間が必要なのだと、3人の姿を見て感じてしまった。
でも、きっと。
舞ちゃんが家族と暮らせる日が来るはずだ。
そして、私達も。
弟は私を姉だと理解しているのかどうか、分からない。
何度教えても、おねえさんとは呼んでくれない。

◇◇◇

当初の目的は、母にアトリエを見せることだった。
父との思い出が詰まる場所。
だから、私が汚してしまった桜の絵を弘先輩が修正していた。
でも、アトリエに残された絵には私の落書きが残ったまま。
絵自体は、鮮やかな色を取り戻していたけれど、黒い鉛筆の線が残っている。
「弘先輩は?」
玄関で会った日が最後だった。
冬休みの間は集中できると言っていたから、私達が留守にする間も弘先輩はアトリエに来る予定だったはずだ。
「父の家にいるわ。小野寺さんと父が話し合って決めたそうよ」
響子さんの声を、とても遠くで聞いたような気がした。


指先の記憶 第四章-46-

2013-08-20 10:40:32 | 指先の記憶 第四章

駆け込んで来た哲也さんはオレンジジュースを飲む私の姿を見て、ピクッと頬を痙攣させた。
あ…怒ってる。
「何をしている?」
「お見送りしようと思って」
呼吸を整えて落ち着くと、哲也さんは係の女性に謝り、私の手を取ると室外に出た。
近くの椅子に座り、私は事前に買っておいたペットボトルを哲也さんに差し出した。
とても怪訝な表情で私を見て、そして水を飲む。
その姿を見ながら、私もジュースを飲んだ。
広い空港で哲也さんを探すのは不可能…というよりも面倒な気がした。
だから、空港のアナウンスを頼った。
姫野好美の名前を聞いて、哲也さんが来てくれるかどうかは分からなかった。
他の人が来る場合もある。
私は黙って家を出ているから、誰かが空港まで私を探しに来ていても不思議ではない。
ペットボトルを潰す哲也さんは、少し不機嫌だった。
「緊急事態でもないのに、世間に迷惑をかけるな」
身内だけでなく他人にも迷惑をかけていて、今は空港のアナウンス。
自分のしている事の身勝手さに、自分自身が嫌になる。
「見送りじゃなく連れて行くぞ」
「パスポート持っていません。海外行った事ないし」
「申請しろ。いつでも迎えに来てやる」
哲也さんは不機嫌だけど、私には見慣れた表情。
「哲也さん。私、哲也さんだけって泣いちゃったけど、全然大丈夫でした」
哲也さんの眉間に皺が寄る。
「だいちゃんが、哲也さんのこと変態だって言ってましたよ」
「散々言われたから、今更驚かない」
「認めるんですか?」
哲也さんは立ち上がると、私が持つ空になった紙コップを奪うようにして取り上げる。
そして、潰したペットボトルと紙コップを別々のゴミ箱に入れた。
戻って来て私の前に立つ。
「何の用だ?」
「ですから、見送り」
「絵里は先週から早川舞を連れてイギリスだ。俺が到着した後、鈴乃さんと修司さんと一緒に日本に戻る。好美達は正月は寺本さんの家に行くんだろう?修司さん達も正月は実家に戻る予定だ。これからは、早川親子の問題だ。娘を引き取るのかどうか。それは俺達には何も出来ないことだ」
私は力なく頷いた。
母と裕さんのことでさえ、私にはどうしようもない。
2人が結婚しないと言うのなら無理強いはできない。
雅司君を引き取らないと言うのなら、私自身が生活力をつけなければならない。
俺が強ければ、そう言っていた兄を思い出す。
「なぜ小野寺弘と付き合わない?」
「うーん…なんとなく」
「俺と一緒に来るか?」
「やめておきます」
「即答か」
哲也さんが笑う。
「だって、やっと家族と過ごせるようになったから」
「それを小野寺に話したのか?今の好美にとって大事なのは、普通の当たり前の家族との生活だ。高校生の恋愛など、ちょっとしたスパイス程度のものだ。深く考えるな。適度に今を楽しめ。それには小野寺弘は悪くはない」
「哲也さんは、もし私が、そのちょっとしたスパイス程度で哲也さんと付き合いたいって言ったら、納得してくれるんですか?」
「却下」
「ほらぁー」
「俺の場合は、すぐに婚約だ。その時点で好美の家族に俺は深く関わることになる。関わっても許される。好美が家族との時間を過ごせるように、俺は婚約者として夫として、どんなことでもする」
新堂栄吉に似た優しい手が撫でてくれるのは、やはりとても心地良い。
「時間は取り戻せない。子どもの頃に叶えられなかった事を、これから経験することは出来る。でも、同時に、子どもの時に経験できていれば、そう考えて寂しくなる。家族間のことはある程度は取り戻せるものもあるが、学校や友達は無理だ。限られた時間と空間の中で、たまたま一緒になった人間の集まりだ。それは将来取り戻したいと思っても無理だ。だから、今は同年代と楽しめ。そこに恋愛があるのも将来の思い出になる」
「…哲也さん。おやじっぽい」
思い出が欲しいから弘先輩と付き合う、そんなことを言ったら、どうなるのだろう?
「利用しろってことですか?」
「罪悪感があるのか?あるのなら少しは小野寺弘に愛情があるってことだ。早く帰ったほうが良いんじゃないか?」
哲也さんの上着を掴んで、私は彼を見上げた。
何かが記憶を刺激した。
もしかしたら、こんな風に兄を止めたのだろうか?
母と家を出る兄を。
「何かを思い出したら聞いてみれば良い。誰かが、その時の事を覚えているかもしれない。少しずつ家族との時間を取り戻せば良い」
とても優しく頬を撫でられた。
泣きそうになるのを堪える。
哲也さんの前で泣きたくないし、泣いてしまったら弘先輩に…これが罪悪感なのだろうか?
「でも、現在からも逃げるな。ちゃんと今を生きて」
哲也さんの手が頬から離れる。
そして両腕を取られて私は立ち上がる。
「最後に俺を選べ」
自信たっぷりの命令。
哲也さんの両手が私の腰に触れそうになった時。
「現行犯」
哲也さんの頭上にキャップが開いたペットボトルが置かれて、哲也さんの動きが止まる。
あぁ、やっぱり。
誰か来ているだろうな、とは予想していた。
「哲也、そろそろ時間だぞ。好美、俺達はこのままデートしよう」
ペットボトルを大輔さんは取り、それを勢い良く飲んでいく。
「哲也は早く行け。で、好美が二十歳になるまで戻って来るな。好美も俺の従兄を煽るな」
「私、何もしてないよ?」
「その無自覚が問題なんだよ。じゃぁなー哲也」
大輔さんに手を取られる。
私は少し抵抗して、その場に留まり哲也さんを見上げた。
哲也さんが体を屈めた。
私の頭を撫でてくれて、それは本当に小さな子どもにするような、おじいちゃんがしてくれたような、幸せに満たされる手のひらだった。
「今まで出来なかったこと、たくさん経験しろ。世の中に普通で簡単なことは、たくさん溢れている。そうすれば、そのうち…何が必要なのか大事なのか分かる時がくる。とりあえず…そうだな、今日は遊園地に行って来い」
「遊園地?」
「行った事あるか?」
私は首を横に振る。
「康太は、たぶん苦手だ。あまり乗り物に強くない。大輔なら一緒に楽しめるぞ。好美が楽しいと思ったら、今度は雅司君を連れて行けば喜ぶ」
哲也さんの提案に私は気持ちが高揚して、元気に手を振って哲也さんと別れた。
でも、電車に乗ると涙が落ちた。
大輔さんは何も問わず、ただ、ずっと私の手を握ってくれていた。


指先の記憶 第四章-45-

2013-08-18 22:14:39 | 指先の記憶 第四章

「だいちゃんも同じでしょ?」
直樹さん、哲也さん、大輔さんは同じ立場だが、既に絵里さんと婚約している直樹さんは省かなくてはいけない。
哲也さんと大輔さんが私を婚約者にすると言ったのは、それほど無茶な話でもないのだと、今なら分かる。
「立場はそうだけど。でも根本的に違うのは俺が好美を好きじゃないって事」
ポットから紅茶が注がれる。
「俺、覚えているからさ。好美が生まれて、俺は遠くから見てるだけだったんだよ。康太と晴己が取り合っている状態で俺が近付くのは無理で。でも和歌子さんが俺を呼んでくれたんだ」
大輔さんの指が私の頬を、ツーっと撫でるのを拒む気持ちは沸き起こらなかった。
「柔らかくて、サラッとしていて。俺達の肌とは全然違った。綺麗な目をしていて。そういう記憶がある相手にって、変態だろ」
晴己お兄さまが、須賀の家から持って行った写真を思い出す。
牽制できるとか言っていた。
響子さんは制御とか言っていた。
「で、その人を、どうして適任だと思うんですか?」
「さっき言った通り。哲也は全てから好美を護るつもりだから」
言われて思わず笑ってしまった。
あれだけお願いしたのに。
叶えてくれなかった人なのに。
「イギリスに行くのに?」
「今は…無理だけど。だから哲也が戻ってくるまで小野寺弘と付き合えば良いんだよ」
支離滅裂な気がするし、意味が分からない。
でも、追求してもこの人達の考えは良く分からないだろう。
「付き合えないって、既に弘先輩には話しました」
「マジで?」
「マジです。付き合うと何かが変わるんですか?弘先輩とは頻繁に会っていますし、今のままでも」
「それ、言ったのか?」
「はい。言いました」
「で、小野寺君は?」
問われて考える。
弘先輩の意見を聞いたわけではないから、良く分からない。
その時、足音が近付いて来た。
「大輔さん。僕も頂いて良いですか?」
さすがお菓子の匂いには敏感だ。
「どうぞー。今、好美と話していたけれど、小野寺君は好美と付き合わず今のままで良いのか?」
大輔さんが持って来てくれたクッキーを美味しそうに食べながら、弘先輩が首を傾げた。
「良くないですけど」
弘先輩の答えに、大輔さんが私を睨んだ。
「でも、姫野さんが無理だと言うのなら、僕は納得するしか」
サクサクとクッキーを食べる弘先輩に、私は紅茶を準備する。
「ほら。好美。今のままで良いなんて、好美の勝手な願望だ」
「でも仕方がないですよ。僕の一方的な片思いですから」
「凄いな小野寺君。付き合えないと言われて納得して、今のままで良いと言われて従うんだ?」
「僕はただ姫野さんが好きなだけです」
ポトッと、クッキーが私の手から落ちた。
付き合うとかは言われたけど、好きと言われたのは初めて、な気がする。
「弘先輩、私の事、好きなんですか?」
2人の動きが止まる。
「好美、何を言ってるんだ?」
大輔さんが目を丸くした。
元々、他の従兄に比べると目が大きい大輔さんは、どちらかというと可愛い顔をしている。
「だって、付き合うとか婚約とか結婚に、好きとかそういう感情、必要なの?」
松原先輩と由佳先輩。
絵里さんと直樹さん。
彼等の間に恋愛感情は存在するのだろうか?
父と母は愛し合っていたと私は思いたい。
でも2人は離婚している。
愛は永遠ではない。
母と裕さんは子どもがいるけれど、2人に好きとかそういう感情はあるのだろうか?
ないよりあったほうが良い。
それには納得するけれど。
「だいちゃんは好きな人と付き合ったことあるの?好きな人と婚約するの?結婚するの?」
「俺を基準にするなよ」
「じゃあ誰かいるの?好きな人と付き合って結婚して、幸せな人は誰?」
私の問いに大輔さんが黙ってしまう。
考えて、しばらくして、ポツリと大輔さんが呟く。
「晴己と杏依さんは?」
「唯一出るのが、その新婚さん?この先、どうなるか分からないのに」
私の言葉に、また2人の動きが止まる。
「…小野寺君、ごめん。好美の育った環境だけでなく、俺達も普通とは違うから」
なぜか大輔さんは弘先輩に謝った。
弘先輩に、憧れていたのは事実。
他の人とは違う気持ちを抱いているのも自分で分かっている。
だからと言って弘先輩と付き合うのが嬉しいかと言うと、分からない。
第一付き合うとは何なのだろう?
婚約でも結婚でもなく、付き合う?
「弘先輩、付き合うと何か変わりますか?」
「僕の要望を言えば良いの?」
「あー、俺、バイトに戻る」
大輔さんが立ち上がる。
この場から逃げたいと大輔さんは思ったみたいで、そんな彼に私は手を振った。
2人で残されて、沈黙が居心地が悪く、私は新しい紅茶を準備しようかどうか迷った。
でも、ゆっくりと弘先輩が立ち上がる。
「ごちそうさま」
それだけを言うと、弘先輩も和室から出て行ってしまった。
追いかける気持ちも、呼び止める気持ちもなかった。
弘先輩とは、また夕食の時間に会えるし、たぶん今日もアトリエに泊まるだろうから明日の朝食でも会える。
絵は、ずっと仕上がらなければ良いのに。
ずっと、近くにいてくれれば良いのに。

◇◇◇

12月26日が、哲也さんの出発日だと知らされたのは、イヴの日だった。
ケーキを届けてくれた大輔さんから日時と便名を知らされた。
見送るつもりはなかった。
もう二度と会うつもりはなかった。
でも、空港に向かう電車の時刻は調べていたし、今朝は早く目が覚めてしまった。
誰にも行き先を告げずに電車に乗ってしまった自分が、良く分からなかった。
辿り着いた場所は広くて、周囲を見渡しても哲也さんを見つけることは出来ない。
誰も見送りに行かないと大輔さんが言っていたから、哲也さんだけを探すしかない。
晴己お兄さまや麗子さんが来ていたら目立ったかもしれないのに。
会って謝りたいのか、謝るべきなのか。
どうしてイギリスに行くことになったのか。
誰が決めたのか。
聞きたい事があって、でも、それは私がここに来た理由を必要としているだけなのかもしれない。
再び周囲を見渡して、思いついた名案に、自らを褒めたい気持ちになった。


指先の記憶 第四章-44-

2013-08-16 12:41:50 | 指先の記憶 第四章

当主は頭上から和菓子を取り、そして私が慌てて置いたお皿の上にそれを載せた。
幸いにも形を保っていた和菓子を食べてお茶を飲む。
「雄作さんから聞いています。明日、小野寺弘さんと一緒に来てください」
そう言うと、当主は部屋から出て行ってしまった。
それからは何が何だか分からず、嬉々とする響子さんに身を任せている状態で、翌日、再び本家を訪問した。
弘先輩も一緒に。
でも、私は綺麗な庭園に置かれた椅子に座るだけという、退屈で苦痛な時間を過ごし、弘先輩は、どこかへ連れて行かれてしまった。
数時間後に再会した時、弘先輩は普段と変わらず平然と私に告げた。
「健吾先生の絵、僕が修正することになったみたい。姫野さんの家でお世話になるから宜しくお願いします」
状況や環境の変化には慣れてきていた。
楽しいと感じる気持ちがあることを太一郎氏に言ったのも、嘘ではない。
でも私は、弘先輩が関わると平常心を失ってしまうみたいだった。
家に戻ると既に叔父が来ていて、私が落書きした母屋の絵をアトリエに運んでいた。
慌しい、それがピッタリな状況だった。
でも、アトリエの隣の部屋に置かれた冷蔵庫の中を見て、チョコレートは?と聞いた弘先輩は、やはり普段通りだった。
高校生の立場ではかなり過酷な状況だが、弘先輩の御家族は納得してくれた。
遠縁と以前弘先輩が話していたが、画廊を経営している方がいるらしい。
そのこともあり、弘先輩の御家族は絵に詳しい。
だから寺本健吾の絵の修正を…修正というのはちょっと大袈裟かもしれないけれど、その修正を依頼されたと聞き、とても感動してくれたようだった。
画用紙に簡単に描かれた絵には父のサインはなく、価値はない、と当主は判断した。
あの絵に価値を感じるのは、落書きをしてしまった私や、思い入れのある母だけ、とのことだった。
鉛筆を消しゴムで消せば、元の絵が少し戻ってくる。
でも…私と父の想い出も消えそうだった。
弘先輩の作業が進めば進むほど、弘先輩が私と父の思い出を消していくのだと思わずにいられなかった。
指輪を外さない母。
祖母に顔向けできないと嘆く太一郎氏。
私達は生きているのだからと、そう発言したのは私自身。
でも、消されていく父との思い出を、どうやって受け止めれば良いのか分からなかった。

◇◇◇

食堂で紙パック入りのジュースにストローを差すと、隣の人が慌てて立ち上がろうとする。
私の姿を見ると、いつも逃げてしまう彼女を捕まえるのは大変だった。
兄の幼馴染である2年の女子生徒。
彼女と私は何も関係がないけれど、私が兄に対して疑問を抱く際に重要人物となった人。
「写真、お返しします」
彼女から渡された、2歳の私の写真。
「同じ写真を母の実家で見つけましたから」
彼女が写真を受け取る。
立ち去る後姿を見ながら、何も知らなかった私は多くの他人に迷惑をかけていたのだろうと情けなくなる。
ありがとうもごめんなさいも、彼女に対して言えないのが情けない。
寒くなってきた時期に冷たいジュースを飲んだことで、私の体が少し震えた。

◇◇◇

「だいちゃん似合うね」
赤と白の衣装を着た大輔さんが、最近馴染みになりつつある洋菓子店の紙袋を差し出した。
「だろ?これが一番好評」
「ハロウィンの仮装も似合ってたよ。基本、それなりに着こなすよね」
大輔さんは駅前の洋菓子店でバイトをしている。
休憩時間に、ここに来ることが多い。
今は、もうすぐクリスマスだからサンタの衣装で接客しているらしい。
「康太は?」
「勉強してる。志望大学、考え直すんだって。学費は姫野のおじ様を口説くつもりみたい」
「思ったよりも上手くいって良かったな。偏屈爺さんなのに」
「そうだね。でも、意外と普通の人だったよ。身内だから、というのは大きい気もするけど」
「身内だから、だよ。小野寺君が適応し過ぎなんだ。まぁ…芸術の才能がない俺に対する態度と小野寺君に対する態度が違うのは簡単に想像できるけど。で、当主のお気に入りと、どうして今も付き合わないんだ?」
私はクッキーに手を伸ばして、途中で止まる。
「どうして…って…弘先輩、忙しいし」
「それ、ただの言い訳。好美さ…最後に哲也に会った日の事…理解してる?あー…哲也は何も言っていないから。俺の想像」
「だいちゃんが何を考えているかなんて、分からないもん」
あの日以来、哲也さんには会っていない。
代わりに大輔さんが家に来てくれるようになった。
苦手だと思っていた人だけれど、人の出入りが激しくなった我が家に大輔さんの人懐っこい性格は、場を和めてくれる。
「だったらさ、哲也の気持ちは分かる?って言っても、俺も驚いてるけど。せめて、2、3年は待てよって思ったからさ」
大輔さんがクッキーに手を伸ばすから、私も今度こそ食べようと思って手を伸ばす。
2人でサクサクとしたクッキーを食べて、紅茶を飲む。
「哲也のイギリス行き、決定」
「…え?」
「で、早川修司が戻ってくる」
大輔さんの真剣な瞳は、嘘でも冗談でもなさそうだ。
「哲也が望んだのか、晴己が行かすのか、俺は知らないけど。年末にはイギリスだな」
「年末って…すぐだよ?」
「正月、早川修司達を日本で過ごさせたいからだろ?」
「哲也さん、大学は?」
「休学。全然問題なし。未成年と揉めるほうが問題」
「…別に揉めてないもん。舞ちゃん、修司さんに会えるの?」
大輔さんが頷いて、私は思わず笑顔になる。
「だからさ、好美も自分の生活、楽しめば?姫野が、どういう家なのか今なら分かるだろ?」
適当な性格だと思っていた大輔さんは、意外と状況把握能力に長けている。
「当主が賛成しているんだから、麗子さんも晴己も康太も反対できない。小野寺弘と付き合えば良いんだよ。哲也は日本に戻ったら、今度は絶対に引き下がらないと思う。康太や晴己が何を言っても」
ちょっと怖くなって大輔さんを見た。
「条件的には…哲也が最適だと俺は思う」
「どうしてですか?」
「哲也は全部把握している。好美の周囲の状況も好美自身の状況も。好美の周囲の家族や親族と、上手くやっていくだろうし、全てから守ってくれる」


指先の記憶 第四章-43-

2013-08-15 11:05:12 | 指先の記憶 第四章

噂や想像とは違い、太一郎氏は孫に囲まれた普通のおじいちゃんだった。
現役を引退したからなのか、この場に彼の鎧など不必要なのか。
「太一郎さん」
名前を呼ぶと、太一郎氏が面白いくらいに表情を強張らせた。
「近いうちに妖怪に会いに行きます」
太一郎氏が目を大きく開けて、そして私の右後ろを睨む。
「好美さんっ」
賢一君が叫んでいた。
太一郎氏が姫野の当主の事を妖怪と呼んでいると聞き、私はその呼び名を気に入ってしまった。
「私、どう考えても平常心ではいられない状況が続いていますが、意外と楽しい毎日です」
出来る限り、祖母の口調を真似してみた。
得体の知れない物体を見るように太一郎氏の視線が私に注がれる。
「ですから、あまり深く考えないでくださいね」
太一郎氏の目が泳ぐ。
昨日、賢一君が家を訪問してくれた。
太一郎氏は、どうしても仏壇に参ることができないらしく、賢一君が代理で来てくれた。
和歌子は健吾の妻、姫野の嫁。
例え離婚していても、健吾が他界していても、太一郎氏の認識は変わらないらしい。 
初めて雅司君を抱いた祖母は仏壇の前で泣いていたが、その時の祖母の気持ちは私には分からない。
祖父母や両親が経験した事の真実や当人達の本心を、全て知る事など出来ない。
「祖母や父に顔向けできないと考えていらっしゃるのなら、そのようなこと気にしないでください。大人の男女の間に子どもが生まれた、ただそれだけのことです」
独身男女の間に子どもが生まれた。
大人として社会人として、自分達で対処しなくてはいけないことだ。
早川修司さんと鈴乃さんと同じように心配するのは、ちょっと違う気がしていた。
「雅司を不憫に思いますか?」
太一郎氏は何も答えてくれない。
「結婚せずに子どもを生んだこと。親と暮らせないこと。でも、ご安心ください。私の父は祖母1人に育てられましたが、立派に社会人として成功しています。短命だったのは残念ですが、こうして兄と私がいます」
自らの父の命を、残念と表現した自分自身が、ちょっと寂しくなる。
でも、もう父はいない。
私達は生きていかなくてはいけない。
実際、祖母は太一郎氏に助けられていたはずだ、精神的な面で。
祖母1人で父を育てたわけではない。
新堂栄吉の存在もあった。
「私は母と離れ、兄は父と離れましたが、私達を不憫だと思いますか?」
思って当然だ。
不憫だと不幸だと哀れだと、そう思われて当然だ。
でも、この人に哀れな目で雅司君を見て欲しくなかった。
現役から引退し年を重ねた事実はあるけれど、でも今も現役で頑張れる人だと思う。
それに、どう考えてみても、強そうな人がいないのだ。
目の前にいる、偏屈だと頑固だと言われた人しか、強さを誇示できない。
「どう生きていくのか、決めるのは雅司自身です。私達が力になれない時、雅司に頼れる従兄姉の方達がいてくださること、とても心強く思っています」
3歳児相手に何を言っているのかと自分で思いながら、そして足が痺れてきて少し焦る。
「太一郎さんには今まで充分にしていただきました。祖母に代わりお礼を言わせてください」
私は畳に指を揃え、頭を下げた。
ゆっくりと顔を上げて驚いたままの瞳を見る。
「お礼など…言ってもらう立場ではない」
太一郎氏が視線をそらした。
「私は、この先ずっと容子さんと健吾君に詫び続けなければいけない。今までも、これからも、何ひとつ容子さんの役に立てない。私達は和歌子さんの力になれなかった」
太一郎氏が畳の上で拳を握り締めた。
「そうですか…それならば直接、祖母と父に詫びてください」
再び太一郎氏が私を見た。
「私は祖母が既に他界しているから、祖母に代わってお礼を言いたいと思っただけです。でも、太一郎さんは生きていますよね。ご自分の言葉で祖母に。近々来て頂けるのをお待ちしています」
太一郎氏は何かを言おうとするけれど、それは声にはならない。
なぜ、彼が自分自身を責めるのか?
その必要など、全くない。
こうして弱い姿を他人である私に見せる必要など、ないのだ。
「これからも雅司を宜しくお願いします。できれば、勝手なお願いですが少々厳しくしてください。」
太一郎氏が問うように私を見る。
「だって、私、雅司君に嫌われたくないもの。嫌われ役は太一郎先生にお任せします」
声も口調も元通りになった私を、太一郎氏が見る。
そして、しばらくして大声を出して笑った。

◇◇◇

弘先輩は兄のお弁当を食べなくなった。
私達が一緒に食べる回数が減ったからだ。
兄が作った動物達が戯れるようなお弁当の噂を耳にした弘先輩から一緒に食べるのはやめようと言われた時、正直、私は嬉しかった。
クラスの女子との会話は楽しい。
今まで、1人暮らしの私とクラスメイトではお互いに気を使ってばかりだった。
でも、今の私は自分自身にたっぶりと時間を使っている。
それだけではなく、周囲の人が私の為に時間を使ってくれている。
普通の女子高生の生活は、楽しい。
そして、弘先輩とお弁当を食べない理由が、もうひとつある。
「おはよう姫野さん」
「おはようございます。昨日も遅くまで起きていたでしょ?」
兄が味噌汁を置く。
「好美。手伝え。せめて弘先輩と自分の分は用意しろ」
「私、弘先輩の体が心配です」
「でも、できるだけ早く仕上げて確認してもらわないと」
私と弘先輩は兄を無視する。
「小野寺さん。作業するのなら電気消してしてください。明るいと好美ちゃんが気にして眠らないから。睡眠不足は美容の大敵です」
毎日ではないが、弘先輩は父のアトリエに寝泊りしている。
姫野本家を初めて訪問した日から状況が変わった。
でも、私はその日の事を忘れたい。
祖母お気に入りの和菓子店で、丁寧に作られた和菓子を私は運んでいた。
着物にも慣れていた。
足も痺れていなかった。
緊張はしていたけれど、姫野は身内だし、それほど緊張は強くなかったと思う。
床、磨きすぎなんだよ、きっと。
ツルッと滑って、エイッと踏ん張って、気付いたら当主の頭に和菓子が着地した。
その時の細かいことは思い出したくない。
兄も響子さんも、麗子さんも晴己お兄さまも、誰も助けてくれなかった。
泣きそうになる私から目をそらした。
それに反して妖怪は、じっと私を見ていた。