りなりあ

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約束を抱いて:番外編-初詣-4

2007-04-07 02:20:27 | 約束を抱いて 番外編

俺が動けば、むつみが付いて来るのは当然なのに、母が彼女を呼び止める。
「むつみちゃん可愛いわ。まさか涼より先に優輝が彼女を連れてくるなんて、考えもしなかったけど。凄くおばさん嬉しいのよ。おばあちゃんと一緒に着物を着せてあげることが出来るなんて。」
母に両手を取られているむつみは、嫌な顔など見せず、母に対応している。
「こんなに幸せなお正月は初めて。今朝はね、ワクワクして目が覚めちゃったの。おばあちゃんも喜んでいるのよ。」
興奮状態の母が、むつみに感激の言葉を述べている。
「親孝行だな、優輝。」

兄が読んでいた新聞を机に置いた。
「俺が彼女を連れてきたとしても、母さんは、ここまで喜ばないと思うぞ?」
「それは涼が悪いのよ。次から次へと彼女が変わるのに、紹介されても困るわ。」
母の言葉に兄は笑い、そして俺を見る。
「そうだな。むつみちゃんが優輝を好きなくらい俺の事を思ってくれる人が現れたら、連れて来るよ。」
兄の言葉が、何度も俺の頭の中に繰り返される。
「残念ながら、優輝ほど愛された経験がなくてね。」
俺は何も言い返せず、恥かしさで居心地が悪くなる。
飛び出すようにダイニングを出ると、むつみが後に続いて出て来た。
一刻も早く初詣に行こうと思って扉を閉める。
すると、途端に兄の笑い声が聞こえた。
「涼、苛めすぎよ。程々にしてあげなきゃ。」
母の咎める声が聞こえる
「あんなにあいつが面白いって知らなかったよ。もう完全にむつみちゃんに嵌ってるよ。」
普段余り笑わない兄が大声で笑っているのが、気に障る。
「まぁ、気持ちは分かるけれど。面白いわね、あの子。見惚れるのは当然だと思うけれど、椅子から落ちるなんて。」
母の言葉に同意するように兄の笑い声は止まらない。
「優輝君。」
むつみに名前を呼ばれても、早く家を出たい俺は無視をして玄関に向かった。
「大丈夫?怪我していない?」
立ち止まり振り向いて、むつみを見た。
彼女は母と兄の会話など気にしていないような雰囲気で、心配そうに俺を見ていた。
俺は、再度自分で確認する。
「大丈夫、手首も足首も。体中、全部平気。」
右肘の痛みも既に消えている。
「よかった。」
むつみはホッとしたように笑顔を俺に向ける。
俺の気持ちは、絶対に家族には分からないと思う。
特に兄には分からない。
可愛いとか、綺麗だとか、似合っているとか。
そんな感想は、誰にも負けないくらい俺が一番思っている。
言葉に出来ない想いなんて、怖くなるくらい俺の中にある。
「優輝君。まだ…言っていない、よね?」
何のことだろうと首を傾げた。
「あけましておめでとう。」
その微笑みは、一年の始まりを告げる太陽のようだった。

◇◇◇

階段をゆっくりと歩く。
いつものペースで歩くと、どうしても距離ができてしまう。
参拝客も多くて逸れそうで、何度も振り返ってむつみが付いて来ているかどうかを確認する。
「優輝君。」
むつみが俺に向かって手を伸ばした。
「ごめんね。あまり早く歩けないの。」
その指が抵抗もなく俺の指に触れるが、俺は驚いて思わず手を引っ込めてしまった。
手を繋げば逸れないけれど、こんなに大勢がいるのに恥かしい。
今まで手を繋いだ事はあるけれど、あれは繋いだというよりも引張ったというのに近いと思う。
こんな風に、特別な理由もなく必要に迫られていないのに、手を繋ぐというのは抵抗がある。
確かに、今もそれなりに理由はあるし、別に理由がなくても繋いでいいのかもしれないが、俺には出来ない。
「優輝君?」
寂しそうな表情をする彼女を見ると、心苦しい。
逸れないように、手を繋げば良いだけなのに、その簡単な事が俺には出来ない。
俺は再び階段を昇り始めた。



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