りなりあ

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約束を抱いて:番外編-幸せへの願いⅡ-2

2008-09-30 14:08:23 | 約束を抱いて 番外編

◇大江夫人◇

冷蔵庫から取り出した味噌を、私はテーブルに置いた。
カレンダーと時計を見て、時の経過の速さを実感する。
今日で、慎一君に朝食を用意するのは最後になるだろう。
桐島明良君から連絡を貰った時は驚いた。
慎一君を部屋まで送り届けた事を知らせてくれたのかと思ったが、慎一君が眠ってしまった事、不審な車が停車している事を報告された。
明朝、迎えに来て欲しい、そして慎一君を預かって欲しいと言われた。
明良君が関わってきた理由を知りたいと思うし、色々と気になる。
でも、“桐島”という名前が私を躊躇させる。
あちらの方が多くの情報を持っているのは確実だ。
「おはようございます。」
「おはよう。慎一君。」
制服姿の慎一君は、昨晩までと随分と印象が違う。
「アイロン、ありがとうございます。」
「写真撮影だから、ピシッとしなくちゃね。あら、慎一君。後ろ…ちょっと寝癖が。」
「え?」
既に準備を終えていた彼は、慌てて後頭部を触って、急いで2階に戻る。
昨夜、慎一君を斉藤家に迎えに行った時は、今後の事が心配だった。
でも写真撮影をしたいから制服にアイロンをかけて欲しいと慎一君に頼まれ、その彼は寝癖を残すほど、たっぷりと睡眠を取っている。
「おはよう。」
「おはよう。碧さんから食事に誘っていただいたわ。」
「…ようやく、か。僕は、このまま慎一君にいて貰いたいけどなぁ…。」
勝手な事を言う夫の言葉を無視をして、私は味噌を手に取った。
頂き物の手作り味噌を使うのは躊躇していた。
量が少ないから、という理由は、なんだか自分の心の狭さを表しているようで恥ずかしい。
慎一君の事を考えて、というと、嘘だと思われそうな気もするけれど、2つの気持ちがあるのは事実だった。
お味噌汁は地域や家庭で、随分と味が違う。
慎一君が美味しいと言ってくれるお味噌汁を、と考え、それなら斉藤先生や碧さんに質問すれば良いのだけれど、慎一君の事に触れるのは避けた方が良い気がして何も聞けなかった。
ただ、斉藤先生からは頻繁に質問を貰った。
慎一君は元気なのか、食欲は、など。
「今年の出来は、どうかしら?」
私は蓋を開けて、香りを確認する。
「その表情、満足気だね?」
夫も香りを確認して、彼の頬がゆるむ。
頂きモノの味噌の味を疑っていた訳ではない。
初めて作った時から毎回譲ってもらっているけれど、年々美味しく…というと、作った本人に怒られそうだ。
でも、実際に美味しくても、それが食べる人の好みに合うかどうか、というのは違う。
「具は、何?」
「お野菜タップリ。慎一君には栄養をとってもらわないと。食欲はあるけれど随分と栄養が偏っていたから。」
慎一君を預からなかった事を、悔んでいる。
桐島明良君に言われるまで放っておいた大人達。
“彼等”は、まだ中学生なのに。
「おはようございます。」
2階から降りて来た慎一君が、夫に朝の挨拶をする。
「おはよう慎一君。荷物は、また今度取りに来れば良いから。学校まで送っていこうか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。ちょっと寄り道していきたいから。」
「寄り道?」
私はお碗をテーブルに置いた。
慎一君と夫が座り、私もお茶碗や他の小皿を置いて席に着く。
「うわぁー美味しそう。いただきます。」
「…どこに、寄るの?」
あまり質問をしてはいけないと分かっているけれど、どうしても気になってしまう。
「橋元先輩を迎えに。あ、斉藤先輩の彼氏です。先輩、毎朝トレーニングしているから、さっき会ってきて、今日は早い目に来て欲しいって言ってきたんですけど」
そういえば、慎一君の今朝の起床は早かった。
寝癖のまま、外に出たんだわ。
「なーんだか乗り気じゃない感じで。家まで迎えに行こうかと。」
慎一君は、どうしても“むつみちゃんの彼氏”に来て欲しいみたいだ。
「あっ!美味しい、このお味噌。」
今日に間に合って、良かった。
今日、会う人達の顔触れを想像して、そして、来れない人達の事も考える。
「良かったわ。慎一君が美味しいと言ってくれて。」
慎一君の言葉はお世辞ではない、と思う。
「手作り味噌なのよ。あ…そう言えば慎一君の先輩になるわね。」
今年の味噌は良い出来だと、早速伝えよう。
味噌の香りが、私の記憶を刺激していた。



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