りなりあ

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約束を抱いて:番外編-傍観者-3

2007-05-07 10:32:03 | 約束を抱いて 番外編

初日は、斉藤家と橋元家の家族に挨拶をし、むつみちゃんを斉藤家から橋元家に送り、そして迎えに行った。
彼女が橋元の家に滞在している間、斉藤家の家政婦を長年勤めている和枝さんに、斉藤家の内部を案内してもらい、仕事の説明を受けた。
大した仕事をしていないのに、緊張感で私は随分と疲労を感じた。
そして、それは“むつみちゃん”も同じだったのではないかと、思う。
祥子と別れて斉藤家に向かった私を出迎えてくれたのは、斉藤むつみと、彼女の母親である星碧だった。
「お久しぶりです。」
と言うむつみちゃんの黒髪が、綺麗に揺れたのが、とても印象的だった。
杏依が結婚する前に、杏依に連れられて斉藤家に来た事があるし、家が近所だから何度か挨拶をしたこともある。
だけど、私が見たことのある“むつみちゃん”と、目の前にいる彼女は違っていた。
以前よりも彼女の綺麗さは増していて、彼女より年上で女性である私でも見惚れてしまう風貌。
だけど、綺麗に微笑む奥に、緊張が見える気がした。
あぁ、この子は新堂晴己に似ている。
話しかければ、きちんと答えるし会話に困る事もない。
社交的と言えば当たっているけれど、人懐っこい性格ではない、そんな感じだった。

◇◇◇

アルバイト2日目の日に、橋元優輝が来る事になっていた。
家政婦である和枝さんが料理をするのかと思えば、主として料理をするのはむつみちゃんだった。
確かに、彼女の彼氏が来るのだから彼女が料理をしても変ではないが、その慣れた手付きに少し妙な感じを覚えた。
もちろん、和枝さんの方が料理歴が長いのだから、色んな事を教えているようだが、むつみちゃんは、それをすぐに吸収して自分のものにしていく。
思った以上に準備は順調に進み、和枝さんには休憩をしてもらい、碧さんは台本を読む為に自室へと向かった。
むつみちゃんと2人になったキッチンで、私は彼女に休む事を提案した。
「むつみちゃん、少し休まない?準備は済んでいるし、後は橋元君が来る直前に温めなおせばいいでしょ?」
彼女をリビングに連れて行き、紅茶を差し出すと、彼女は紅茶のカップに指を伸ばすが、途中でその動作を止めて時計を見た。
時刻は午後5時。
橋元君が来るのは8時。
まだ時間は充分あるから、少しゆっくりすればいいのに。
勉強をすることも、テレビを見ることも、本を読むことも。
この時間を自分の為に使えばいいのに。
「もう少し…何か…つくろうかと思って…。」
それなのに、自分の為ではなく彼の為に時間を使おうとする彼女。

「さすがに充分じゃない?いくら食べ盛りだと言っても。」
見上げてきた彼女が真っ直ぐに私を見た。
「瑠璃さんは休んでください。また7時頃から手伝っていただけますか?」
お茶請けにと思って出そうとしていたクッキーが載ったお皿を、私は落としそうになった。
私は家政婦としてこの家に来ているのだから、彼女が動いている間、私が休むというのは変かもしれない。
でも、そんなつもりで彼女に休む事を勧めたわけではない。
それに、彼女が私に気を使うというのが変で、笑いそうになるのを堪えた。
「それじゃ、お言葉に甘えて休ませて貰おうかな?」
そして私は自分のカップを置く。
「話し相手、してもらっていい?」
こんな方法でないと、彼女は休まないような気がする。
むつみちゃんが掴んでいたエプロンから、そっと手を放す。
少しだけ視線が泳いでいる。
「…はい。」
その微笑の中に、諦めたような悟ったような気持ちが見え隠れしていた。
「やっぱり杏依が淹れるほうが美味しいわね。」
紅茶を一口飲んで、私は素直な感想を言った。
「今度、杏依に伝授してもらってくるわ。美味しい紅茶の淹れ方を。それよりも杏依に来てもらう方が確実かしら?」
揺れていた瞳が私を見る。
そして、ようやくむつみちゃんから笑顔が零れた。



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