りなりあ

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約束を抱いて:番外編-sweet&bitter-4

2007-07-20 18:03:10 | 約束を抱いて 番外編

全力疾走したいのに体が思うように動かなくて、ヨロヨロとしながらも出来る限りの速さで、むつみの家へ向かう。
時刻は夜の11時になろうとしていて、非常識な時間に訪ねた俺を、むつみが迎えてくれた。
「優輝君、顔色悪いけれど大丈夫?」
俺が謝るべきなのに、むつみは怒って当然なのに、彼女が最初に出した言葉は、これだった。
促されるまま玄関に入り、そこに座り込んだ。
「…ありがとう、さっき気付いた。」
情けなくて視線を合わすことが恥かしくて、床を見ながら言う。
「寒くない?」
そう言った顔は、きっと俺の好きな顔、だと思う。
顔を上げたい気持ちはあるのに、恥かしくて顔を上げられない。
「…ごめん、むつみ。」
迷って戸惑って、やっとその言葉を言う。
「ううん。私が悪いの。ごめんね。」
「………………むつみ。チョコ、まだある?」
「あるけど?」
「食べたい。」
「気持ち悪くならないの?」
「さっき…食べてみた。にーちゃんの分。」
しばらく沈黙があって。
「ちょっと待って。」
家の奥へと向かった彼女が戻ってきて、俺は先ほど食べた色のチョコを口に含んだ。
甘くて舌に絡みつきながら、チョコが溶けていく。
「…大丈夫、なの?」
「…そうみたい。でも、こっちも。」
催促するようにして、少し色の濃いチョコを指差す。
むつみがそれを摘んで、彼女が俺の口に入れる。
「無理しないで。」
むつみが微笑む。
それは困っている風でも、悲しそうでもなく。
「甘い物が苦手なのは仕方ないでしょ?でも、食べる事が出来るみたいで、良かった。」
正直に言えば、チョコよりもむつみの作った料理の方が好きだけれど、それを言葉にするのは戸惑われた。
だけど、彼女は全てお見通しみたいだ。
「そっちも。」
俺は、まだ食べていない色のチョコを指差した。
「…これは…。他の方がいいわ。持ってくるから。」
むつみはチョコを俺の前に置き、また奥へと行く。
俺は不思議に思いながら、まだ一度も食べていない色のチョコを摘んだ。
そして、それを口に含む。
「…?」
甘さや苦さとは違う香りが広がる。
俺は壁に体を預けて目を閉じた。
「優輝君?」
名前を呼ばれて目を開けると、ぼんやりとした視界で、むつみの姿を見つける。
「食べたの?」
頷こうとして、頭に鈍痛を感じた。
「そう…。大丈夫?」
むつみの姿が揺れている。
「むつみ。」
自分の声が遠くで聞こえた。
「嫌なんだ。むつみが誰かの為に何かをしたりするのが。」
心に溜めていたものが言葉になっていく。
「それが俺の家族でも。もし俺にもチョコがあったとしても嫌なんだ。」
自分で言っていて馬鹿馬鹿しい奴だと思ってしまう。
「………………晴己さんにも作ったのか?」
「はる兄には、結婚してからあげてないよ。杏依さんから貰うし。杏依さんが手作りしているのを見たことがあるから、私は渡さないほうがいいなって思って。」
「じゃあ、晴己さんには、ないんだよな?」
再び確認する。
「うん。」
自分が何を一番気にしていたのかを思い知る。
座り込んでいる俺の傍に座る彼女の肩に額を乗せた。
「ゆ、うき、君…?」
「むつみ…俺、晴己さんがこの家に来るの、嫌なんだ。」
「え?」
「晴己さんがここに来て、むつみと一緒に料理をして、食べて、泊まって…俺の知らないところでむつみと晴己さんが会っているの、嫌なんだ。」
当たり前のようにこの家にいる晴己さんを見たくない。
それを嬉しそうに受け入れるむつみも見たくない。
「でも、昔からずっとそうだよ?」
「昔は昔だろ?今は俺がいるんだから。今でも晴己さんがそんなに大事?俺と晴己さんと、どっちと一緒にいたい?」
沈黙が続く。
そしてむつみの両手が俺の背中を撫でる。
「優輝君と一緒にいたい。」
その言葉を聞いて、安堵する自分がいた。
「晴己さんに電話して。もう来なくていいって。」
顔を上げてむつみを見た。
その瞳は驚いて戸惑っている。
「晴己さんに、はっきり言って。」
無理強いをしているのは分かっていたが、どうしても嫌だった。
しばらくして、むつみが立ち上がる。
彼女が俺から離れてしまった事を残念に思いながら、俺は再び壁に体を預ける。
遠くでむつみの声が聞こえる。
俺は隣に立っている彼女を見上げた。
受話器を持つ腕を掴んで、その腕を俺へと引き寄せる。
「優輝君?」
俺はむつみから受話器を取り上げた。
「晴己さん。」
『優輝?』
「俺が嫌なんだよ。晴己さんがここに来るの。そういうことだから来ないでよ。」
『こんな時間に何しているんだ?むつみちゃんの両親は?』
「…仕事、かな?いないみたいだし。」
『おい、優輝!』
「約束してよ。もう二人で会わないって。」
俺はそう言うと、晴己さんの言葉を聞かずに電話を切った。受話器をむつみに渡すと困ったような顔をしている。
「どうして?私から説明しようと思ったのに。優輝君の言い方だったら、はる兄は納得してくれないわ。」
そうかもしれない。

むつみが望んでいるのなら晴己さんは納得しただろう。
だけど、俺は分かってもらいたかった。
俺がむつみを好きで、むつみも俺を好きなんだって事を。
「…気持ちわ…る…。」
何だろう?
平気だったのに。
むつみが作った物なら、苦手なチョコも食べられるのに。
これで、兄達に食べさせなくても済むのに。
俺は、壁に体を預けて目を閉じた。



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