りなりあ

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指先の記憶 第四章-6-

2013-05-12 23:53:12 | 指先の記憶 第四章

早川家まで、須賀君は私の腕を掴んだままだった。
離れに戻って荷物をリュックに入れて行く。
その姿に何かを問うことはできなくて、私も自分の荷物を片付けた。
しばらくして、庭から雅司君の声が聞こえてきた。
窓から見ると、庭で雅司君が久美子さんの父親と遊んでいた。
とても楽しそうだった。
庭に出る須賀君の後に私も続く。
「にぃ」
須賀君を見つけて、雅司君は腕を差し出した。
その指には、庭で捕まえた虫が遊んでいる。
「うわー、雅司君凄い!」
私の声に雅司君が見上げる対象を変えた。
「見せて見せて。」
手を広げると、手のひらに2センチほどの虫がのせられた。
「捕まえたの?」
「うん。じぃじ と いっしょに。」
雅司君は、とても得意気だ。
「…平気なのかよ。姫野は。」
「うん、まぁ。久しぶりだけど。うちの庭にもいたし。」
須賀君は虫が嫌いだ。
それは母屋の掃除の時に知らされている。
「だったら、掃除に弘先輩を呼ぶ必要…なかったんじゃないのか?」
「えーっと…それとこれは、随分と次元が違う、と思う。」
須賀君の苛々が大きくなっていくのが分かる。
「雅司、帰るぞ。」
「やだやだ もっと じぃじ と あそぶ」
「雅司のお父さんが、お城に一緒に行こうって。」
「おしろ?」
雅司君の顔が、晴れ渡っていく。
「おしろ おとうさんと おしろ!」
その場で雅司君は何度もジャンプして、そして私の手のひらの虫を庭へと逃がした。
「すみません…お世話になりました。」
須賀君が久美子さんのお父さんに頭を下げた。
そして、雅司君と私も。
彼は何も問わず、ただ、ゆっくりと立ち上がって微笑んだ。

◇◇◇

久美子さんのご主人が私達を送ってくれることになった。
須賀君の荷物は出発時よりは少なくなっていたけれど、持って移動するのは少し大変な量だった。
カレンさん達の住むマンションまで送ると言ってくれたご主人に断ることもできず、迷惑をかけているのに、その親切に甘えるだけだった。
カレンさんと、ちぃちゃんとあっくんの御家族へのお土産に、そう言って久美子さんは、ぶどうを車に積んでくれた。
舞ちゃんが来た時の為に準備されていたチャイルドシートを雅司君の為に渡してくれて、それが新品で私は胸が苦しくなる。
「久美子さん、おばあさん…夕食作るって言ってくれていたのに…。」
「帰るらしい、って伝えたわ。それで…これ。」
久美子さんが遠慮がちに小さなケースを差し出す。
「送るわよ?ぶどう、容子さんにお供えしてもらいたいから。一緒に。」
透明のケースから見える色で、それが何かすぐに分かった。
「お味噌…ですか?」
「そうよ。おばあちゃんの手作り。」
受け取って、そして私はそれを自分のリュックに入れた。
「ありがとうございます。持って…帰ります。」
「そう…じゃぁ、ぶどうは送るわ。」
私がぶどうを受け取ることはできるのだろうか?
でも、響子さんがいるから、受け取ってお供えしてくれるだろう。
「久美子さん…お世話になりました。」
そう言うと、須賀君は雅司君と車に乗る。
私もお礼を言って車に乗った。
マンションに到着するまで、須賀君は何も話さなかった。
眠っていたのかもしれない。
久美子さんのご主人も、雅司君も、そして私も、須賀君に話しかけなかった。
どうすれば良いのか分からなくなっていた。
カレンさんの住むマンションの、誰の部屋に行くつもりなのだろう?
おばあさんの息子さんの写真は、須賀君に似ていた。
位牌の年月は、私の父の誕生日の半年前だった。
微かに感じたお味噌の香りは、私がずっと食べてきた祖母の味噌に、とても似ていた。

◇◇◇

マンション近くのファミリーレストランの駐車場で、私と雅司君は降ろされた。
カレンさんの部屋に泊まれるように準備してくると須賀君は言うけれど、準備するのは部屋とか寝具とかだけではなくて、カレンさん自身も…ということなのだと思う。
カレンさんの気持ちを考えれば私が無理を言う訳にはいかないから、ファミリーレストランで待つことを私は納得するしかなかった。
「にぃ はんばーぐ たべていい?」
車から降りない須賀君に雅司君が問う。
「裕(ゆたか)さんに聞いてみたら?」
須賀君の言葉に雅司君が周囲を見渡した。
少し離れた場所に停められていた車から男性が降りる。
「おとうさん!」
走り出そうとする身体を、私は腕に引き止める。
駐車場で雅司君を自由にすることなど出来ない。
歩いてきた男性の靴が見えて、そして私は視線を上げる。
彼の腕の中に雅司君が包まれて、そして、軽々と抱き上げられた。
「裕さん。お願いします。」
須賀君はそう言うと、雅司君に手を振って車のドアを閉めた。
空っぽになった私の腕が、すごく寒く感じた。
昨夜の須賀君も同じ気持ちだったのかもしれないと、そう考えて目の前の男性を見上げる。
「はじめまして。姫野好美です。」
雅司君には、こうして護ってくれる父親が存在する。
安堵する気持ちと寂しさが混ざり、心の中の空虚を埋めるのは難しい。
「はじめまして。桐島裕です。」
誰に似ているかと聞かれたら、賢一君よりも明良君に似ているかもしれない。
雅司君の父親を予想はしていたけれど、それが確定した。
桐島太一郎の次男、桐島裕。
穏やかな笑顔の優しそうな人だった。



2 コメント

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おはようございます。 (千菊丸)
2013-05-13 09:53:47
第四章、楽しみながら拝読しております。
第四章開始前に、第一章~第三章まで読むと、好美は杏依に対して良い感情を抱いていないようですね。

今回は、雅司の父親である桐嶋裕(ゆたか)さんが登場しましたね。
桐嶋家と新堂家、そして姫野家・・それぞれの思惑がこれから交錯していくのでしょうか・・?
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Unknown (みのり)
2013-05-13 19:20:06
千菊丸さま
第四章も続けて読んでくださり、とても嬉しいです。
好美は杏依が苦手みたいです。それが今後どう変わるのか、それぞれの家の事情も関わってきます。
このまま更新を続けられるように頑張ります。
ありがとうございます。
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