りなりあ

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約束を抱いて 第四章-9

2008-02-29 19:53:23 | 約束を抱いて 第四章

「こうして見ると普通の中学生なのにね。」
瑠璃の視線を追うと、むつみの姿が見える。
「あの子は、確かピアノの?」
「飯田加奈子さんよ。むつみちゃんの友達。2年の時は優輝君も同じクラスだったはず。」

「よく御存知で。」
「…嫌でも知識が増えるわ。」
瑠璃が苦笑する。
「私は、むつみちゃんの生活に密接しているから。むつみちゃん、最近アルバムを見ている事が多いの。私も見せてもらったけれど、小さな頃に絵里さんと撮った写真が結構枚数が多くて。むつみちゃんも楽しそうだし、絵里さんも穏やかな表情よ。」
「昔は仲が良かったと言う事か?」
「たぶん。」
「尚更、傷ついただろうな。信頼していた人から。」
「でも、私は絵里さんが…なんだか頭の中で繋がらなくて。確かに今の絵里さんは優しそうな雰囲気なんて全く持っていないけれど。」
「それは瑠璃さんが本当の事を知らないからじゃないのか?笹本絵里がむつみちゃんにした事を知っているのか?」
涼は、以前久保から聞いた話を思い出す。
「笹本絵里は、むつみちゃんを叩いたんだぞ。大勢がいる前で。今日のようなパーティで。それだけじゃない。その後、むつみちゃんの頭上から赤ワインを流して…。」
瑠璃の表情が強張る。
「ひどい…。」
それは素直な感想だろう。
「どうして、そんな事…。」
瑠璃が俯いて言葉を止め、そして暫くすると顔を上げた。
「絵里さんは思い込みが激しい性格だと思うけれど。そんな事をしたら、自分の立場が悪くなる事ぐらい分かっていたはずだわ。」
「思わず、イラッとしたんじゃないのか?」
気性の荒い絵里なら有り得ると、涼は思った。
「涼さん。それ…いつ頃の話ですか?」
「さぁ?」
涼は久保から高校生の笹本絵里が小学生のむつみを叩いた、と聞いているが、確かな時期は知らなかった。
「ごめんなさい、涼さん。ちょっと、時間切れみたい。もうすぐ誰かが話しかけに来そう。斉藤先生達の所へ戻りましょう。」
瑠璃の言葉に、涼は立ち上がった。

◇◇◇

斉藤医師と会話を終えた水野氏が、ゲームが行なわれている場所へと向かっていく。
その姿を見送りながら、涼は斉藤氏に向かって歩いていた。
「「斉藤先生。」」
涼の声に別の声が重なり、涼は立ち止まった。
「明良(あきら)君。」
斉藤氏が微笑みかけたのを見て、涼は、この場を相手に譲る為に一歩下がった。
「すぐに済みます。申し訳ありません。橋元涼さん。」
フルネームで呼ばれて、涼は彼を見るが、彼は視線を上げて斉藤氏を見ていた。
「先生。お忙しいのに申し訳ありません。今日はこれで失礼します。」
「もう帰るのか?」
「はい。祖父達は残りますが。」
「また、いつもの場所へ?」
「はい。すみません。まだ…ご挨拶をしていない方々がいらっしゃるので、これで失礼します。」
「あぁ。また今度。」
明良が頭を下げ、そして涼にも会釈する。
「明良君。」
「はい?」
「むつみに会っていかないのか?久しぶりだろう?懐かしいと喜ぶと思うが。」
「ありがとうございます。探してみます。」
明良が周囲を見渡し、その場を去る。
「涼君、悪かったね。杏依さんの従弟の桐島明良君だよ。」
「そうですか…。」
涼は、瑠璃に頼んでノートを見せてもらおうと思い始めていた。
「むつみと同級生だったんだが…これだけ人が多いと、どこにいるのか分らなくなるね。自分の娘なのに見つけられない。」
斉藤氏が苦笑する。
「彼も…中学3年?驚きましたね。背格好などは中学生だが、なんと言いますか、仕草や表情が…。」
「随分と、しっかりとしてるだろう?明良君は内面もね。落ち着いていて、動じない。時々、私の病院に来てくれてね。中学生だからアルバイト、というわけにはいかないが、患者さん達の話し相手や、簡単な手伝いをしてくれてね。ボランティアで施設訪問もしている。」
「医者…志望ですか?」
「心強いよ。明良君みたいな子は。」
斉藤氏は満足そうに微笑んだ。


約束を抱いて 第四章-8

2008-02-28 18:54:31 | 約束を抱いて 第四章

「相談って、何を?」
瑠璃は何か気付いているのだろうか?
「何をって、それは分からないけれど、何か悩んでいる事ぐらい分かるわ。碧さんもピリピリしているし。」
「大丈夫だと、思うよ。晴己が知っているだろう。」
このパーティの招待状を晴己自ら届けたのだから、その時に晴己が何か対処しているはずだ。
「そう…ですよね。」
瑠璃がホッとした表情を見せ、そして次には不安そうな顔をする。
「どうかした?瑠璃さん。」

「不思議なの。私が、こんな気持ちになるのが。あの頃、私がむつみちゃんと関わる事になるなんて考えもしなかったから。」
「あの頃?」
「えぇ。私が中学3年の時。杏依が新堂さんと出会って、斉藤むつみという女の子の存在を知って。私が、むつみちゃんが傷つかないように、そんな事を思うなんて、考えもしなかった。」
涼は、自分と同じ事を考えている瑠璃に驚いていた。
「対比、かな?」
「え?」
「あまりにもあの子は杏依と違いすぎる。性格や雰囲気、容貌も。当然だけど、杏依とは間逆にいる。同じように、“新堂晴己が愛する人”なのに。」
「そういえば、そうだな…。」
「“妻”という位置は、怖いぐらい強力なのね。もちろん、むつみちゃんと新堂さんが、それは想像できない事だけど。」
瑠璃の言葉に、涼は笹本絵里を思い出していた。
『どうして晴己様は結婚なさったの?斉藤むつみが成人するのを待てば良かったでしょう?』
直樹が所有するマンションに優輝を迎えに行った時、絵里が言った言葉は、涼に嫌悪感を抱かせた。
「あの頃は、こんな状況になるなんて分からなくて、知らなくて。あまりにも私達の住む世界と違ったの。だから、何度もノートを見たわ。今日も来る前にノートを開いて。」
「ノート?」
瑠璃が少し恥ずかしそうに笑う。
「人数が多過ぎて理解できなくて。杏依が新堂さんに家庭教師をしてもらっていて、でも、それには色んな人が関わっている事が分かって。私の友人が新堂さんの事を知っていて色々と教えてくれたの。でも、登場人物が多くて複雑で、ノートに関係図を書いたの。」
「その気持ち分かるな。俺もこれだけの人数、頭が痛い。ところで、その友人って?」
「目黒祥子(めぐろしょうこ)。涼さんは、笹本絵里さんを御存知?」
「あぁ。」
「彼女は、絵里さんの従妹。だから、いろんな事情を詳しく知っていて。それで、気になる事が…。」
「何?」
「むつみちゃん。最近、時々帽子を被るの、知ってます?」
「帽子?」
「そう。グレーの、まぁ、夏用の日よけにはなるかなぁ、って感じの帽子。」
「それが何か?」
「むつみちゃんの帽子、可愛いわね、って言ったら、あの子、何て言ったと思う?絵里さんがくれたのって嬉しそうに笑うのよ。」
「え?」
「正確には貸してくれただけだから、返さなきゃいけないけど、可愛いから貰いたいって。だから私から祥子を通じて絵里さんに聞いて欲しいって。嫌いな人からの帽子なんて、貰いたくないでしょ?」
涼と瑠璃は、むつみの姿を探した。
この会場で目立つのはゲームが行なわれている一角で、その見学者の中に優輝の姿は確認出来るが、むつみの姿は見えない。
「不思議だなって思って、でも質問するのも迷って。そんな私に彼女は何て言ったと思います?」
瑠璃の表情は複雑だった。
嬉しそうな、楽しそうな、だけど困っているようにも感じる複雑な表情。
「今の私には優輝君がいるから大丈夫って。」
その言葉に、涼は瞬きを繰り返す。
「それ、結構平然とした顔で言っていただろ?」
「えぇ。照れもせずに。あれが思春期特有なのかしらね?聞いている私の方が恥ずかしかったわ。でも、凄く幸せそうだった。」
そう話す瑠璃も幸せそうで、再度、涼はむつみを探した。


約束を抱いて 第四章-7

2008-02-27 19:19:03 | 約束を抱いて 第四章

あの頃は、楽しかったと思う。
卓也と優輝の間には日常の些細な喧嘩があるくらいで、2人は、とても仲が良かった。
そんな2人を追いかける紘の姿も、涼は覚えている。
そして、彼等を見ていた少女の姿も。
一緒に遊ぶ事が出来ず、でも楽しそうだった少女。
そして、彼女の母親。
「涼君。」
昔の事を思い出していた涼は、水野氏に呼ばれて現実に戻される。
「斉藤先生に挨拶したいのだが、今でも大丈夫だろうか?」
問われて涼は斉藤医師を探した。
彼は、今は星碧とは別行動を取っているようで、瑠璃と話している姿を見つけた。
「先生のお嬢さんと優輝君が…と聞いたのだが、涼君は先生とは?」
「何度か家に招いていただいた事があります。今、一緒にいるのは、むつみちゃんの…お嬢さんの家庭教師の女性ですよ。今なら大丈夫だと思います。」

◇◇◇

斉藤氏と水野氏から少し離れた場所で、涼は瑠璃と話していた。
「涼さんは飲んでいます?」
「その暇が、ない。」
言うと瑠璃が笑い、運ばれてきたカクテルを2つ取り、1つを涼に勧めてくれた。
「未成年じゃないのか?」
「残念でした。私は4月生まれ。それにしても…凄い人ですよね。挨拶で忙しいでしょう?特に涼さんは。」
「瑠璃さんは?」
「私は杏依の友達ってだけですから。主催者である新堂晴己様と、新堂さんの御両親、杏依の御両親に挨拶する程度。」
「…それは、俺も同じだけれど。」
「そうですか?随分と忙しそうですよ。お仕事とか、テニスとか。」
「そうだな。」
涼は少し憂鬱な気持ちになった。
仕方が無いことだと分かっているが、この会場にいる人達は優輝と関わっている人が多く、奈々江の言葉を実感し始めていた。
「少し食事をします?この後も忙しそうですよ。何だか、すっごく涼さんの事を見ている人達がいるもの。仕事とかテニスとか、女性とか。」
瑠璃に笑われて、涼は苦笑する。
晴己の結婚式の時は、心の奥に期待を持っていた。大勢の人が集まるのだから、多くの女性が来ているのも事実だった。だが今回は、全くそのような気持ちが自分の中に存在しない事に気付く。
「しかし…俺だけが見られているとは思わないが?」
涼は居心地が悪いと感じた。
「こっちの動向を窺っているのが、嫌なほど分かるわ。私が斉藤家に出入りしている事、知っているみたいで、色々と探りを入れてくるの。さすがに斉藤先生と話している時は誰も来なかったけれど。同級生達と一緒だと容赦なく話しかけに来る。」
彼女の視線の先を追うと、若い男女が数名集まっていた。
「それは…あの“彼”目当てじゃないのか?」
「それもあるけど。だから松原君は彼女連れで来て欲しかったのよ。そりゃ、由佳は杏依と特別親しいって訳じゃなかったし。あ、そうだ涼さん。」
涼は、1人で勝手に女性が話し出すと、無理には止めないようにしている。止めても言いたい事を言い終わるまで女性は納得しない事を充分に知っているからだ。だが意外にも、瑠璃の独り言は短い時間で終了した。
「松原君の事だけど、何か知ってます?」
「え?」
涼は怪訝な表情を瑠璃に向けてしまう。
「知ってる訳がないだろう?」
「やっぱり、そうですよね。以前、むつみちゃんから松原君の名前が出て、なんだか変だなって思ったの。」
「松原…?」
「松原英樹。」
涼は、その名前を記憶の中で探した。
「松原君に聞いたら、俺はあの子は苦手だって言うし。変でしょ?年下の女の子に対して苦手って?むつみちゃんに聞いても無理だろうし。」

「無理、か?」
「無理です。今日の私は見張り役だもの。涼さんも聞いているでしょ?むつみちゃんと橋元君が話をしないようにって。それに私とむつみちゃんは現在停滞中、というか逆戻り。涼さんには相談しているみたいだから、安心しているけれど。なんだか、全然力になれなくて残念。というか悔しいわ。」
「俺も…同じだよ。」
「えぇ?じゃぁ、むつみちゃんは誰に相談してるの?」
瑠璃が驚いた顔を向けた。


約束を抱いて 第四章-6

2008-02-26 12:51:41 | 約束を抱いて 第四章

「卒業間際に転校するのは随分と悩んでね。でも少しでも早く、少しでも良い治療を、良い環境を…と思ってね。」
気を使ったのか、高瀬が涼の肩に軽く手を置き合図をすると、その場を立ち去った。
「今度の病院は家からも近いし、学校も近い。少しでも紘の負担が少なくなれば、と思っているのだが。幸い2人とも新しい環境に慣れてきているし、学校も楽しいみたいだ。」
水野氏の言葉に、涼は安堵して口元が上がる。
「優輝君にお礼を言わないと。」
「え?俺に?」
「転校の決定的な決め手になったのは、優輝君と同じ学校だからだよ。」
優輝は、同じ事を水野紘から聞いたことを思い出す。
「こんな事を言うのは、涼君にとって気分の良いものではないと思うが…。」
「いえ…構いません。」
いつか、晴己が言った事を思い出す。
『大丈夫だよ優輝は。』
微笑んでいた晴己は、ラケットを持っていた。
『僕は信じている。』
晴己は、今も同じ気持ちを優輝に対して持っているのだろうか?
「大丈夫です。」
涼は、自らにその言葉を言い聞かせ、そして優輝も同じように思っている事を望んだ。だが涼は、優輝の表情を確認する事が怖くて、水野氏と会話を続ける。
「酷い事故に巻き込まれたのに。でも、またこうして優輝君に会えて良かったよ。それに…あの子は、優輝君のテニスを見るのが小さな頃から好きだからね。」
涼は遠い過去を思い出す。
幼い優輝達は騒々しくて、時には鬱陶しくて。
でも、マンションの敷地内に響く彼等の声は、生活に刺激を与えていた。それは、1つの幸せの形であると、涼は思う。
「御心配、おかけしました。」
涼は、その声に驚いて優輝を見た。
「あの時の怪我は、卓也は完治しました。俺は卓也のお陰で軽い怪我で済みましたし。卓也と顔を会わせ辛くて突然引越して、驚かせてしまって、すみませんでした。」
涼が優輝に驚いていると、高瀬の親切を無駄にするかのように、空気を読めない人物の声が近付いてきた。
「いやぁ、水野さん。たくさんの商品、ありがとうございます。子供達も大喜びです。」
大声の久保に涼は呆れる。だが、水野家の話を追求するのも戸惑うから、結果的には良かったのかもしれないと考えた。
だが、もう少し水野氏と話したい気持ちがある涼は、久保を追い払おうと考える。
「久保さん、あっちはいいんですか?」
「大丈夫だ。哲也達に任せている。次は高瀬さんの挨拶だよ。」
涼は高瀬の声を聞きながら、溜息を出す。
「どうだ?優輝もやらないか?」
久保の誘いを優輝は断るが、久保に引き摺られるようにして、優輝がその場を去った。
水野氏と2人で残され、涼は話を戻す。
「2人とも、学校は楽しい…と?」
水野氏は、本当に嬉しそうに笑う。
「涼君のお母さんにもお世話になって。先日、届けてもらった煮物が美味しくてね。」

「母が話していました。祖母の漬物を持って行ったら、今度は糠床も持って来て欲しいと頼まれたって。」
また、水野氏が笑う。
「朝練もあるのに、私にまで弁当を用意してくれるんだよ。一つ作るのも三つ作るのも同じだって言ってね。」
水野氏の表情は嬉しそうで、だが何処か寂しげだった。
「紘君は…それを見せませんね。大変なのは一目瞭然なのに。」
それを父親である彼に言うのは酷かもしれない。
「優輝君の事が励みになっているのだと思うよ。本当に…よく乗り越えたね。優輝君は凄いな。」
「優輝が1人で頑張った訳では…色んな人に迷惑をかけて、助けてもらって。」
優輝は周囲の人達に恵まれている。
「それに…紘君達が頑張っているのに、優輝が弱音なんて吐けないでしょう?」
それは、きっと優輝も分かっているだろうし、自分自身に言い聞かせているだろう。
「もしかすると、優輝君が留学するかもしれないと聞いた時、それが彼にとって最高の選択だと思ったが…紘達にとっては、近くに優輝君がいてくれること…凄く励みだよ。申し訳ない、涼君。うちの子供達中心の考えばかりしてしまって。」
謝罪する水野氏を責める気持ちなど、涼には少しもなかった。


約束を抱いて 第四章-5

2008-02-23 22:12:00 | 約束を抱いて 第四章

「私は嬉しいわ。直樹が涼君と仲良しで。これからも直樹を宜しくね。」
「姉さん。そんな話は関係ないでしょう?」
直樹の言葉に奈々江が笑うが、その笑い声を消すように会場に大声が響いた。

「おーい。待て!待て!」
その声に、涼と直樹は顔を見合わせて溜息を出す。
「ったく。相変わらず声の大きなコーチだ。」
直樹の嫌そうな声に涼が同意しようとしたら、また別の声が響く。
「ねぇ、たくちゃん。おはなし、終わった?」
「哲也さんも、早く。ハンバーク、お皿にのせてよ。」
「大輔さん、綺麗な女の人と話してばかり。僕達と遊んで。」
子供達の声に周囲が笑い、哲也と大輔、そして卓也が子供達に手を引かれる。
「面白い事が始まりそうね。」
奈々江の声に彼女の視線の先を追うと、久保が子供達を集めていた。
「よぉし。ゲームをしよう。」
「ゲーム?」
子供達が不思議そうに問う。
「そうだ。みんなが送ってくれた商品が並んでいる。」
久保が言うと会場の奥にあるカーテンが開き、涼は大袈裟な仕組みに思わず目を見開いた。
「な、なんだ?」
「みなさーん。これからゲームを行ないます。どなたでも参加してOKですよ!」
そう言われても、この状況では子供達が最優先だろう。
「テニスボールで商品をゲーットだ!」
久保の声が響き、ラケットが出されボールが用意される。
「こういうゲーム、弟さんは興味があるの?」
喜んで楽しみそうだが、こんな風に優輝よりも年下の後輩たちを差し置いて、目立ちたいと思うとは考えられない。さすがの優輝も、少しは大人になっているだろう。
「良い宣伝ね。」
感心したような奈々江の声に、涼は並べられている商品を見た。全てを確認する事は出来ないが、テニスに関する商品ばかりが目立つ。
「橋元。」
涼は手を上げて近付いて来る姿に、驚く。
「高瀬部長。」
「どうだ?良い企画だと思わないか?」
「これは部長が?」
「子供達が退屈するのは目に見えているからね。何か良い案はないかと相談されて。」
涼は高瀬の視線を追って、優輝を見つけた。
「え?」
「同じマンションに住んでいたんだろ?」
「はい。彼の息子さん達と優輝は年齢が近いので、親しいお付き合いをさせてもらっています。」
「らしいな。彼の会社のスポーツ用品を、この企画の商品にさせてもらったんだよ。挨拶に行くか?」
「はい。」
涼は奈々江と直樹と別れ、高瀬と共に優輝の所へと向かう。
気付いた優輝が笑顔を向けた。
「御無沙汰しています。水野さん。」
「久しぶりだね。涼君。今日は会えるのを楽しみにしていたよ。息子から優輝君の話は聞いていたが、なかなか会えなくてね。涼君が高瀬さんの勤務する会社に就職したとも聞いていたし、今後とも宜しくお願いするよ。」
「はい。宜しくお願いします。」
「この企画会議に橋元も一緒に、と思ったのだが、水野さんから断られてね。」
「え?」
涼は、その言葉に小さなショックを受けた。
「高瀬さん。その言い方だと、あまりにも聞こえが悪い。私は、今回は仕事は抜きで涼君と会いたかったからですよ。それに涼君は御両親の代わりに、よくマンションの会合に来てくれていてね。大人顔負けの弁論をする時があって。正直、そういうのは遠慮したかったんだよ。今日はお目出度いパーティでしょう?涼君とは、今度の仕事でお願いするよ。」
水野の言葉に高瀬が笑う。
「残念だよ君達が引越した事。涼君が出席する日は会合の出席率が高かったからね。奥様達が喜んで参加するから。」
涼は到底そんなつもりはなかったのだが、なんとなく事実を知っていただけに、また恥ずかしくなる。
「なんだよ、にーちゃん。マンションの会合は嫌だって言っていたのに、結構楽しんでたんだ?」
「優輝、おまえなぁ。優輝達がマンションの色んな備品を壊したんだろうが?芝生の上は歩いちゃいけないって、言っただろ?」
「俺だけじゃねーじゃん。卓也も紘(ひろし)も。」
「相変わらず紘が優輝君に迷惑をかけているかもしれないが、宜しく頼むよ。」
水野がむつみに告白さえしなければ、昔と変わらず楽しく遊べたのに、と優輝は思うが、それを水野の父親に話すのを躊躇し、仕方なく頷いた。


約束を抱いて 第四章-4

2008-02-22 16:49:31 | 約束を抱いて 第四章

「関わる?」
涼はパーティ会場を見渡した。
「もちろん、涼君も関わる事になる人が多いと思うわ。あなたが選んだ仕事を考えると、ね?」
涼は思わず姿勢を正していた。
「先ずは、むつみちゃんと話している人達から。」
涼は多くの人の向こうに見える姿を探す。
「むつみちゃんの両親と香坂夫妻、か?」
「そして、碧さんが出演する映画のスタッフ達。」
涼の瞳が興味を持っていた。今後、仕事で彼等と関わる事があるかもしれないからだ。
「音楽担当が杏依さんの実父香坂純也さん。他に脚本家、出演者。そして」
「え?卓也?」
「そうよ。出るのよ、その映画に。初めは冗談かと思ったけれど、随分と順調に芸能活動をしているみたい。そして、卓也君の隣に立っているのが監督。星碧と昔から親しくて、彼が初監督をする時には是非自分が、と星碧が張り切っていたらしいわ。」
「ふーん。」
涼は星碧と監督の事よりも、卓也の事が気になっていた。卓也もテニスをしていたから晴己と面識がある。このパーティに来ていても変ではない。だが、涼は直接卓也に今日の事を尋ねたわけではないし、卓也が来ることも予想していなかった。
「テニスクラブに通っている子供達もいるでしょ。」
奈々江に言われた涼が周囲を見ると、見覚えのある顔を見つける事が出来、卓也が来ていることも理解できた。
「クラブの事は直樹に聞きましょう。」
奈々江が離れた場所にいる直樹へと視線を送る。
そこには、哲也と話す直樹の姿がある。そして、奈々江に気付いた大輔が、直樹に耳打ちしているのが見える。
「直樹と一緒にいる2人は分かるわよね?」
「はい。晴己の従弟ですよね。大学が同じですから。」
晴己の従弟達とは面識がある。
「他の“いとこ”は…ちょっと姿が見えないわね。」
「奈々江さん。直樹はテニスをしてました?もちろん以前はやっていたと思いますが…。」
「晴己の相手が出来る程度、にはね。だから晴己がやめた時に直樹はやめているわ。直樹はテニスが好きな訳でも嫌いな訳でもない。晴己の付き添いよ。テニスクラブの子供達と親しいのは、哲也と大輔ね。」
視線を動かしていた奈々江の元に、直樹がやってくる。
「涼。どう?パーティの居心地。」
そう問われると、居心地が悪いと答えたほうが良いのかと思ってしまう。
「直樹。晴己がテニスクラブを辞めたのは随分と前なのに、どうして、こんなにテニス関係の人達が多いの?」
「辞めたといっても無関係になった訳じゃないからね。SINDOは寄付もしているし、晴己は練習や試合を観に行くこともある。晴己は今も変わらず、若い選手達の憧れだよ。」
「こんな風に子供が集まると、雰囲気が和みますね。」
涼が本心から思った言葉に、奈々江と直樹が噴出す。
「それも狙いのひとつかもね。こんな風に大人達が集まる中に、純粋にテニスを楽しんでいる子供達がいるのは救われるわ。それじゃ、その子供達を追いかけているのは」
「「久保翔太。」」
涼と直樹の声が重なった。
「なぁに?2人とも。」
「だってさぁ。騒がしいんだよ久保コーチは。俺が晴己を待っている間、ずーっと話しかけてきたり。」
「そうそう。俺も優輝を迎えに行ったら、今日の優輝の調子を延々と話すし、日曜の朝早くから優輝を迎えに来たり。それは有難かったけれど。こっちは眠いのに朝から大声で。」
涼は直樹と目を合わし、自分と同じ経験をしていた事を初めて知った。

直樹と話す時、涼は晴己の事を避ける話題を選んでいた。
だからこそ、涼は直樹と友人関係を築く事が出来たのだと思う。
「それだけ満たされていたのよ、久保さんは。テニスを教えるのが楽しくて、強くなっていく選手を育てるのが嬉しくて。負けても立ち止まっても、その先にある目標に向かって、新たに進んでいく“彼等”を見て、満たされていたのよ。」
「姉さん?」
「新堂晴己と橋元優輝。久保さんが自分の時間を全て割いて希望を託した存在。選手を支えてくれるあなた達がいてくれた事、久保さんは心強かったと思うわ。気が合うんじゃないの?涼君と直樹。」
そんな風に言われて、涼は急に恥ずかしくなった。


約束を抱いて 第四章-3

2008-02-20 23:52:12 | 約束を抱いて 第四章

「むつみは、そっちだろ。」
優輝と一緒にコートに行こうと思ったが、優輝が新堂の本邸を指差して立ち止まった。
「優輝君は、まだ練習するの?」
もう少し優輝と話していたいと思った。パーティに参加する人が集まるまで、少しでも長く優輝と過したかった。優輝が練習を続けるのなら、邪魔にならないように、その姿を見ていたい。
「俺は、まだ時間あるし。むつみは準備すれば?」
「え?」
「俺よりも、むつみの方が時間かかるだろ?」
確かにそうだが、むつみは優輝に拒絶された気がした。
慎一の事は何も優輝に話していない。晴己から聞いた話を優輝に話せば良いのだが、真実が分からない状態で優輝に話しても混乱させてしまうだろう。
「優輝君は間に合うの?」
「間に合うよ。シャワー浴びて着替えるだけだし。少し打ちたいから。」
優輝が腕を動かしている。
そのフォームはテニスの時のフォームで、彼が早くラケットを持ちたいと思っているのが分かる。
早く行った方が良いと思った。
「じゃあ、優輝君。」
後で。
その言葉を、むつみは飲み込む。
パーティでは優輝と会話する事は出来ない。
一緒に行動する事も出来ない。
「明日、学校で。」
むつみが言うと、優輝は体の向きを変えて駆けて行った。

◇◇◇

新堂勝海。
新堂晴己は、長男に“勝海(かつみ)”と名づけた。
その名前を始めて聞いたとき、優輝が、
「はるみ、むつみ、かつみって?偶然?」
と言ったのを思い出す。
勝海の披露パーティは、むつみの予想を超えていた。
晴己と杏依の家族や親族だけでなく、親しい友人達も来るとは考えていたが、2人の結婚式よりも人数が多いような気がした。
その顔触れは多岐にわたり、碧が今回の映画で一緒に仕事をした人達も来ていたが、彼等が晴己と杏依と繋がるのかと、むつみは考えた。
彼等とは、以前一緒に食事をしたことがある。
慎一の母が入院する病院を、むつみが訪ねた日だった。その病院に瑠璃が迎えに来て、むつみ達家族は碧の宿泊するホテルで食事をする事になった。
しかし、碧がスタッフ達を連れてきて、結局家族だけの食事は実現しなかった。
彼等と挨拶をして会話をしていると、暫くして1人の男性が姿を見せる。
「香坂さん。」
皆が彼の名前を呼んで、迎え入れる。
彼等の話を聞いていると、杏依の実父である香坂純也は、碧の映画スタッフ達と何度か仕事をした事があるようで、むつみは、ようやく杏依へと繋がる糸を見つけた。
そして、今度は杏依の母親が姿を見せる。
この状況なら、優輝と話している時間などないと感じた。

◇◇◇

「涼君。保護者として来たの?」
「奈々江さん。」
「そんなに弟が心配?」
「今日の状況で何が、ですか?俺も一応晴己の友人ですが?ちゃんと招待状を貰ってますよ。」
涼が優輝の事を心配しているのは事実だが、それを他人から頻繁に言われるのは気分の良いものではない。
「そう答えると言う事は、現在、このパーティを楽しんでいるということね?」
見上げてくる奈々江の表情が何か探りを入れているようで、涼は余計に気分が悪い。
「楽しいでしょう?祝賀のパーティですよ?」
そして新生児の披露なのだから、誰もが笑顔だ。
「涼君。晴己は、どうしてこのパーティを催したと思う?」
奈々江の問いに、涼は怪訝な気持ちが大きくなる。
「晴己の長男のお披露目。」
「そうね。」
奈々江は笑顔を向ける。
「良い機会だと思うの。このパーティ。」
奈々江が、はっきりと言わない事に、涼は苛立ちが大きくなる。

「そんなに怒らないで。涼君は本当に弟さんの事になると感情豊かよね。涼君に説明する良い機会だと思ったの。これだけの人が集まるのは滅多にないから。頭の中、しっかりと整理してね。」
「あ、の?何をですか?」
「知りたくない?ここに集まった人達の事。これから、あなたの弟さんと、むつみちゃんに関わる人達の事。」


約束を抱いて 第四章-2

2008-02-20 12:09:02 | 約束を抱いて 第四章

「外に出ても良い?」
門の前に立つ守衛の男性に尋ねると、彼は微笑を浮べる。
それが断りの笑顔だという事を、むつみは知っている。
幼い頃、何度も同じ質問をして同じ答えを返された。
『晴己様と御一緒にどうぞ。』
新堂邸で働く人達は、その言葉ばかりを繰り返す。
「ちょっとだけ門の外に出るだけ。門を開けてくれるだけでいいの。優輝君は走りに行ってるんでしょ?久保さんから聞いたけど、もうすぐ戻るって。」
部屋を出てから庭の奥にあるテニスコートに行くと、優輝の姿はなく、久保に教えられて、むつみは新堂邸の門の前に来ていた。
「走り回ったり予想外の行動をしたりしないわ。自分で車にも気をつけるし。街並みを…見てみたいの。」
むつみは自分で話しながら、当然だと思った。
幼い頃なら、周囲が心配するのは当然だが、中学生にもなって、開けてもらった門から不注意に飛び出したりしない。
昔、むつみは何度も歩いて門を潜ってみたいと思い、何度も守衛の男性に頼んだ事がある。
広い新堂邸の敷地内で遊ぶ事に飽きることなどなかったが、大きな門の向こうの景色が気になっていた。もちろん、むつみは新堂邸で暮らしていたわけではないし、外の世界を知っている。車で門を通過して自宅に戻っていたのだから、新堂邸の周囲の景色は何度も見ている。だが、自らの足で、新堂邸の外側と内側を経験してみたかった。そんな事を望むのが妙で、自分の育った環境を不思議に感じる。
優輝と2人で電車で新堂邸に来る時も、むつみが一緒の時は駅に車が迎えに来ている。
優輝は1人の時は何度も歩いているらしく、長い坂道は彼のトレーニングには好都合だった。
笑みを崩さない守衛の男性の後ろで、門の隣の小さな扉が外側から開く。
「むつみ?」
姿を見せた優輝が、不思議そうな顔を向ける。
「何…してるんだ?」
走ってきた優輝は息を切らし、額に汗が流れている。
「外に出たいの。」
「え?」
「外の景色を見てみたくて、歩いて…外に出てみたいの。」
優輝を迎えに来た、そう言った方が良かったかもしれないと、むつみは少し悔む。
「その程度の事で…揉めてる訳?」
優輝が閉めようとした扉を開ける。
むつみが守衛の男性を見上げると、彼は相変わらず笑みを崩さない。
むつみは優輝に近付き、扉から外を見た。
「初めて?」
「うん。」
「…過保護だな。晴己さんは。」
むつみは外に足を踏み出し、周囲を見渡した。
目を閉じる。
風が頬を撫でる。
深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。
広い。
そう感じた。
眼下に広がる遠い景色。
建物や緑や道路。
「むつみ。」
優輝に呼ばれて、むつみは敷地内に戻ろうとした。
そして、もう一度振り返って街並みを見る。
当たり前に過している敷地は、やはり別の世界。
むつみは外で暮らす人間で、時折この敷地内に入る事を許されているだけだ。
「もう少ししたら、みんな集まってくるから。中に入ったほうがいい。」
優輝の言葉に、むつみは敷地内に戻って守衛の男性を見上げた。
「ありがとう。」
彼は、やはり笑顔のままだ。
「何度も我が侭を言ってごめんなさい。もう…言わないから。」
男性の笑みが、一瞬消える。
これからは我が侭な言動など、この家では出来ない。
「むつみ。」
優輝に呼ばれて、むつみは男性に会釈し、優輝の後を追う。
「…約束、守れそうにないな。」
「仕方がないわ。」
迎えに来るから、優輝はそう言ってくれたが、それは実現しなかった。
むつみの両親もパーティに参加する事になり、むつみは両親と共に新堂邸に来た。
そして、むつみと優輝は、パーティの間中、話すことを禁止された。
むつみは、その理由を碧から聞いている。
優輝は久保から聞かされていると思うが、直接本人に確認したかった。
「ごめんね。私も…母の言う事、分かるから。」
「だよな。」
今日のパーティには碧の知人や仕事関連の人達も集まる。彼等達に優輝との事を聞かれるのは、むつみには抵抗がある。
『冷やかされるわよ。』
そう言われると、むつみだって恥ずかしい。
それに、優輝も嫌がるだろうし、今の状況で彼の機嫌を損ねるのは避けたかった。


約束を抱いて 第四章-1

2008-02-18 02:18:34 | 約束を抱いて 第四章

坂の上から見る景色は、何年ぶりだろう。
車の後部座席から振り向いて眺める事はあったが、外気を感じて眺めるのは随分と久しぶりだった。
この坂道を歩いて上った事は、あったのだろうか?

この坂道を歩いてみたい。

肌に感じる風が心地良い。

◇◇◇

「むつみ、本当に私で良いのかな?」
「大丈夫よ?昨日も加奈ちゃんに話したでしょ?香坂先生が決めてくれたし、絶対に大丈夫よ。来ている人達も、はる兄も杏依さんも喜んでくれるわ。」
むつみは思わず加奈子の手を取っていた。
「う…ん。そうだけど。私で良いのかなぁって。もっと上手な人がたくさんいるだろうし、そういう人達も来てるでしょ?それなのに、私でいいのかなぁって。香坂先生は、新堂家のパーティで演奏したのは小学生の時だったらしくて、私は中学3年だし、もう充分だよって言ってくれるけど。」
「それなら大丈夫でしょ?」
「むつみ、簡単に答えないで。だって、来ている人達の、その顔触れを考えると、ねぇ?」
むつみは、加奈子の言いたい事が分かる。
日常の生活では触れ合うことの無い人達が来る事が分かるだけに、加奈子の緊張も大きなものだろう。
「緊張するし怖い気もするし、でも、この話を断るのは凄く勿体無いと思うの。」
むつみは頷いた。
「だから引き受けたけれど。杉山君も一緒って…。」
「心強いでしょ。」
「むつみ?本当に、そう思っているの?杉山君が新堂のパーティで演奏してもいいの?」
「え?どうしてダメなの?」
「どうしてって、むつみは杉山君から告白されたんだよ?」
むつみは記憶を辿った。
“隣のクラスの杉山君”に告白をされ、優輝が同行して断りの返事をしたことを思い出す。
「その相手が演奏するのは嫌じゃない?」
「え?どうして?」
「どうしてって。橋元君もパーティに参加するよね?」
「そうだけど。」
「うーん、そういうものなのかな?むつみにとっては、杉山君の告白は既に過去。橋元君にとっても過去?」
「だって…。」
加奈子が今更、杉山の話を出す事にむつみは驚いた。
「杉山君が今も、むつみの事を好きだとしても?」
「私…冷たいのかな?」
「え?」
「もし、そうだとしても、正直…あまり気にならない。」
「むつみ…。」
「酷いよね。でも…申し訳なくてフォローする気持ちとか…ないの。」
「そう…。だから水野紘に対しても?」
「水野君は、彼は特に私の事を…って訳じゃないと思う。あんな事、言っていたけれど。あまり本気に出来ない。」
「そう…。」
それなのに、どうして中原慎一の事を気に留めるのか、加奈子は不思議だった。
「それにしても…可愛い部屋ね。」
加奈子の言葉に、むつみは少し恥ずかしくなる。
「女の子って感じの部屋。ピンク色のカーテンなんて、むつみのイメージじゃないわ。」
「そうでしょ?来年は高校生なのに。」
むつみは、新堂邸の自分の部屋を見渡して、この部屋を片付けようと思い始めていた。この部屋を、このようなパーティの時に使わせてもらうのは嬉しいが、むつみ個人の物が残っているのは、やはり良くないと思う。少しずつ、サイズが小さくなった洋服は処分しているし、物も減ってきている。当時、夢中になっていた本や玩具も処分しているし、勉強道具も、必要な本などは書庫の本を利用できる年齢に、むつみも成長している。
内装を変えれば、時々、斉藤家の人達が宿泊する部屋、という程度に変えられるだろう。

カーテンを交換しようかと思いながらも、それを自分が指示するのも変な気がして、むつみは何か良い方法はないかと考えていた。
「むつみ、杉山君と音のチェックしてくるけれど?」
むつみは考えるのをやめて窓を少し開けた。
「うん。この部屋は加奈ちゃんも自由に使ってね。私は」
開いた隙間から、風が部屋に舞い込む。
「ちょっと散歩してくるね。」
部屋を出て行く加奈子を見送り、むつみは窓を閉めた。