りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて-お誕生日会に招かれて 加奈子-

2008-10-14 02:48:02 | 約束を抱いて 番外編

お誕生日会に招かれて -飯田 加奈子-


「お誕生日会があるから、来てね。」
そんな事を言われたのは、小学生の時以来だった。

3月に新堂邸に招かれた時は、誕生日パーティに招待されたと言うよりは、行ってみたら親友の誕生日だった、と表現する方が正しいかもしれない。
もちろん、彼女の誕生日だということは認識していたし、お祝いの気持ちは私の中に存在していたけれど。
「香坂先生が」
あんな言い方をするから。
私は、むつみの誕生日を祝う事よりも、“新堂のピアノ”に触れる事に心を奪われていた。

-勝負に負けると、加奈子ちゃんの未来は消える-

穏やかな微笑で、そんな内容を中学生に言った香坂先生。
むつみの誕生日、という大切な日なのに、それを利用した自分が嫌だった。
「利用じゃないよ、素晴らしい機会だよ、って。何よ、それ。」
1人でブツブツと言いながら練習室の鍵を閉めた私は、背後からの物音に振り向いた。
想像通り、と言ってしまうと、それならどうして、もっと早く出てきてくれなかったのか、と責められそう。
…責めないわね、彼女は。
「おはよう。むつみ。」
「…おは、よう。」
何か言いたそうで、でも言葉を飲み込んで。
「…もう、終わったの?」
「そうねぇ。なかなか難しい。またお昼に来ようかな。」
むつみも来る?
そう尋ねれば、彼女は頷くだろうか?
今朝、私の登校は早かった。
今日は“お誕生日会で曲を演奏”という、複雑な気持ちで引き受けた予定が入っていて、その練習の為に練習室を使いたかったからだ。
子ども達相手だから、アレンジなどしないでシンプルに。
香坂先生の要望は分かっているけれど、もっと他に色々と弾きたいと思ってしまう。
先日の新堂家で開催されたパーティには杉山君も一緒だったし、今回も、もしかして?と思っていたけれど、杉山君が誕生日会に来るかどうかは本人の意思に任せる、ということだった。
だったら、私の意志は?と問いたいのを我慢した。
私と杉山君の環境が違いすぎる事ぐらい、私が一番良く分かっている。
杉山君は彼が望む環境を、整えてもらえる。
…既に、整っている。
私は違う。
それは、分かっている。
「むつみ。鍵、お願いできる?」
授業が始まるまで、むつみは音楽室で時間を過したいのだろうと想像した。
私も一緒にいても良いのだろうか?
彼女に質問しても良いのだろうか?
「うん…職員室に返しておくね。」
むつみは私を引き止めない。
「じゃぁね、ヨロシク。」
鍵をむつみに預けて、私は廊下へ出た。
そして、廊下が騒がしい事に気付く。
教室に向かいながら、生徒達の会話の中に出てくる複数の名前から判断して、“あの光景”の話題だと、すぐに分かった。
校門前で写真撮影が行なわれていて、確かに生徒達が通学するには早い時間だったけれど、写真撮影は意外にも長引いていた。
校門前に行く事ができない数名の生徒に混じって、私は撮影が終わるのを待っていた。
「先生。」
私は難しい顔をしながら私に気付かない森野先生を呼び止めた。
「あ、あぁ。飯田。」
「凄く騒がしいですね。」
「いやあ…まあ、俺もびっくりしているんだが。」
「なにがですか?」
「斉藤とバスケ部の一年の中原が。」
水野紘の声が近付いてくる。
「優輝さん。どういう事だよ!知っているなら教えろよ。」
相変わらず、水野紘は騒々しい。
「朝練に来たんだろ?」
今朝の橋元君は、かなり機嫌が悪そうだ。
彼等の写真撮影の光景を私は見ていない。
校門から少し離れた場所で、森野先生に立ち塞がれたから。
でも、行く手を阻まれた他の生徒達も、私にも。
なんとなく、彼等が言い争っているような雰囲気は感じていた。
でも、切羽詰った雰囲気じゃなかったから、あまり気にはしていなかったけれど、やはり何かあったのだろうか?
「朝練って、そんな場合じゃねぇーよ。どういうことだよ!」
橋元君の肩を後ろから掴んだ水野紘を橋元君が見上げた。
「斉藤先輩と中原が従姉弟って。」
「え?」
思わず声が出た私を、橋元君と水野紘が見る。
そして、森野先生は。
「という事らしい。いやー、全く…。」
立ち去っていく森野先生の背中を見送る。
こんなに騒がしい状況を生み出したのは森野先生にも責任があると思う。
離れた場所から1人で盗み見なんてしていないで、写真撮影を中止させれば良かったのよ。
平日じゃなく休日にお願いする、とか。
注目を浴びる人が集まっているんだから。
「水野君。」
背の高い下級生を見上げた。
「朝練は?」
「そんな場合じゃない、です!」
叫んだ彼の体の向こうから、見覚えのある人が歩いてくる。
「それ、こっちに近付いてくるバスケ部の先輩に言ってね。」
水野紘は逃げようとするけれど、先輩には勝てないようで、あっさりと捕まっていた。
「橋元君。」
彼が私の視線の先を追う。
その廊下の奥には、彼等が何度か利用した音楽室。
「練習室の窓が重くて。」
少しだけ橋元君の眉間に皺が寄る。
「錆びてるのかしらねぇ…。」
なんだか、凄く怖い目で睨まれた気がするけれど。
「閉めて来てくれる?」
「どうして、俺?」
私は深呼吸をした。
「だって私、今日は大事な演奏があるの。指を怪我したら大変でしょ?」
「俺だって練習がある。」
彼の言い分は尤もだ。
「私はね、今日。」
両手を広げて彼の目の前に出した。
「お誕生日会なの!」
強い言葉に橋元君が少し怯んだ。
「分かる?お誕生日会なのよ?大事な日なの。大切な日でしょ?」
一歩下がった橋元君が、私を見て呟いた。
「むつみの周りの人間って…俺に対して理不尽だと思う。」
彼の溜息に笑いそうになるのを堪えるのが精一杯だった。

『施設での演奏は、これからは加奈子ちゃんにお願いしたいけれど、どうかな?今度、お誕生日会があるから是非来て欲しい。みんなに聞かせてあげよう。』

未来を、私は掴めるのだろうか?



コメントを投稿