りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

番外編 8

2014-03-15 20:05:33 | 指先の記憶 番外編

途端に笑顔になる人は、勝海君のおじいちゃんだと思うと、凄く妙な感じだ。
純也さんが流暢なフランス語で話す相手は、昨夜テレビで観たパティシェ。
有名らしい…私は知らなかったけれど。
昨晩、響子さんに彼に関する情報を詰め込まれて、私の頭はチョコやクリームで溢れている。
そんな重い頭なのに、土曜の午後に呼び出されて、ちょっと不服だけれど…仕方がない。
純也さんが留学時代から懇意にしているらしいパティシェの男性は、私に向かって微笑んでいる。
甘いもの、それほど好きじゃないです。
私は水羊羹が好きです。
…と、言える雰囲気じゃない。
実際に美味しかったから、私も笑顔を返して、なぜこの場に杏依ちゃんがいないのか、問いたいけれど我慢する。
良いの?って思うけれど、色々と考えがあるみたいだ。
弘先輩が、この場にいたら喜びそうだ。
イチゴ狩りは当分先だから、今日の写真を送ろうかな?
「加奈子ちゃん、どうする?」
写真をお願いしようと思ったのに、孝明君に邪魔をされた。
そんなに加奈子ちゃんの返事を急がなくても良いのに。
明らかに彼女は困っているのに。
それが分からないほど、孝明君は鈍感ではないはずだ。
そして、加奈子ちゃんは、孝明君に流されないようにと踏みとどまっている。
孝明君が加奈子ちゃんの友人に告白しなければ、加奈子ちゃんは流されていたかもしれない。
自分の友達の気持ちを乱されて、無関係でいられる性格じゃない。
孝明君だって、それは分かっているはずだ。
「お父さんと…美咲さんに相談する」
加奈子ちゃんの言葉に、孝明君の指がピクッと反応した。
それを誤魔化すように、彼は純也さんの前に並ぶパティシェの光る粒に指を伸ばす。
彼の告白の相手が誰なのか発言したら、晴己お兄様は、どんな反応をするだろう?
それとも、既にご存知…かもしれない。
中学校を卒業したら日本を離れる杉山孝明。
そして、答えを迫られている飯田加奈子。
この2人も、私から離れてしまう人達だ。
寂しいけれど、それが才能を伸ばす為のものならば。
彼らの未来へと繋がるのならば。
「私も…行こうかな」
その言葉に、孝明君が私へと近付いた。
そして、慣れた動作で跪いて私を見上げた。
嫌なんだよね…これ。
でも、彼はお気に入りなのか何なのか知らないけれど、私に跪く。
「是非、来て下さい。僕の父と母も…叔父も喜びます」
きっと。
彼の家族が見せてくれる思い出は、私の知らない父の過去。
孝明君が、私に見せてくれるのは、私の父に対する尊敬と憧れ。
私の手を取り、顔を寄せる中学生。
残念過ぎる成長だ。
「孝明君」
牽制するように、彼の手から抜け出てサラサラの髪を撫でた。
不服そうな表情を気にせず、私は彼の瞳を見る。
「写真、撮って」
「写真…ですか?」
「うん」
見上げた先のパティシェに微笑む。
「…分かりました」
「テーブルの上も込みで撮ってね」
立ち上がった孝明君が、カメラを構える。
そして、パティシェは。
着物姿の私に、頬を寄せた。
これか、これなのか。
杏依ちゃんが来ないと言うか、来れないと言うか、連れて来ないと言うか…。
「…ありがと…孝明君…」
夏休みは色々と面倒かもしれない。
だけど、上機嫌になったパティシェに笑顔を返してしまう私自信が、色々と面倒な性格に成長してしまったのが問題だ。
「晴己お兄様。杏依ちゃんへのお土産?」
パティシェの名前が入った箱に、晴己お兄様がチョコや小さな焼き菓子を詰めている。
自分の名前で商品が売れるって、凄いな、と思った。
箱自体はシンプルなのに、名前があるだけで、最高の価値を持つ。
晴己お兄様の指先のチョコは、とても小さい。
箱に詰められたスイーツは、12個。
それを杏依ちゃんは多いと思うかな?
少ないと思うかな?
可愛い形。
鮮やかな色。
それぞれの香り。
全てが個性的で、どれかひとつを選べない。
きっと眺めて悩んで困って喜んで。
コロコロ変わる彼女の表情を見て、晴己お兄様も微笑むのだろう。
想像して…ちょっと気持ちが悪くなってきた。
やっぱり、こういう時に身内なのだと実感する。
晴己お兄様の杏依ちゃんへの愛情は、チョコをドロドロに溶かしそうな勢いだ。
嫌悪の気持ちを飲み込む私を、姫野のおじ様が呼ぶ。
パティシェとおじ様と純也さんは、これからパーティに出席する。
3人を見送って、役目を終えてホッとする。
部屋に戻ると、晴己お兄様は2つ目の箱を手にしていた。
他にも誰かに渡すのだろうか?
そこに詰められるのは、キャンディーのような…そういえば、ホワイトデーで弘先輩から貰ったキャンディもキラキラしていた。
由佳先輩が姫野さんのキャンディは他とは違うと言っていたのを思い出す。
確かに美味しかった。
甘すぎず、一つ一つ手作りみたいだった。
あれと同じなのかなぁ。
晴己お兄様が12個を詰め終えたのを確認して、私は問う。
「ひとつ、貰っても良い?」
「どうぞ」
指を伸ばして、ブルーを手に取る。
水色。
淡くて、透き通っている。
何味だろう?
思ったよりも硬い気がする。
「好美、飲み込んじゃダメだよ?」
当然だ。
ちゃんと味わうつもりだ。
「溶けないよ?」
不思議そうに晴己お兄様が私を見る。
「…好美も、興味を持ち出したのかと思ったけれど。飴だと思った?」
首を傾げて、晴己お兄様を見る。
孝明君は、私に先ほどの仕返しをするかのように笑っている。
加奈子ちゃんは、大きな瞳をゆっくりと瞬きさせて、そして…カタンと音を立てて立ち上がる。
落ち着けと孝明君が彼女を宥めている。
私は自分の指にある、その塊を眺めた。
「なーんだ。食べ物じゃないんだ」
それを元に戻した。
晴己お兄様が詰めた2つの箱。
杏依ちゃんは、どんな反応をするだろう?
どれを選ぶだろう?
それとも、どっちの箱…だろう。

◇◇◇

加奈子ちゃんを家まで送ると、孝明君も車を降りた。
加奈子ちゃんのお父さんと、そして孝明君の叔母である美咲さんが2人を待っていた。
4人で食事に行くと言う彼女達を、羨ましく思った。
一緒に混ざりたいと言えば拒まれないだろうけれど、他人の私は完全にお邪魔だ。
家に帰れば響子さんが待っている。
1人じゃない。
だけど、このまま橋元家を訪問したほうが賑やかで楽しくて、寂しい気持ちが消える気がする。
そう思う気持ちはあっても、隣に座る晴己お兄様に話すことは出来ず、車が坂道を登り始めた。
「晴己お兄様。涼さんに会いました」
「意外だった?」
「はい。でも、ちょっと納得する部分もあります」
優輝は…これから、どうするつもりなのだろう?
晴己お兄様は、優輝をどうするつもりなのだろう?
「大輔さんと哲也さんと賢一君と涼さん。選べば良いと晴己お兄様は言いますけれど、あまり人数増やさないでください」
「その4人なら誰を選んでも、それほど大差はないよ」
あっさりと言う晴己お兄様は、彼らに対して失礼だと思う。
「選べないのなら人数を増やせば良い」
私の要望と反対の意見を言い出す人。
「良い事を考えたんだ」
優しい微笑みだけれど、絶対に良い事じゃないと思う。
「12個と12粒なら…12人も楽しそうだ」
「…はい?」
妙な事を言い出した人に、ちょっと体が震えた。
「候補は12人。1ダースだよ。綺麗な単位だと思ったから」
…私は、思いません。


コメントを投稿