りなりあ

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約束を抱いて:番外編-恋の芽生え-1

2007-05-22 01:50:34 | 約束を抱いて 番外編

◇むつみ◇

記憶の中には、いつもはる兄がいた。
父と母が当たり前のように存在するように、はる兄も存在していた。
それが何の不思議でもなかった。
幼い頃から、ずっと傍にいてくれた人。
父と母から注がれる愛情とは違う愛情を与えてくれた人。
はる兄が包んでくれる世界が全てだと思っていた。
だけど、少しずつ、それが違う事に気付いてしまう。
そして、彼が現れて私の日常は変わった。

はる兄と同じ気持ちを共有できるのは嬉しい。
私が好きになった人の事を、既にはる兄が知っていた事や、はる兄が望む未来を私も望んでいる事。
はる兄が優輝君に与えてくれる様々な環境は、とても重要で貴重で、その邪魔はしたくないけれど、少しでも傍にいたいと思う。
週末は新堂の家に泊まりこんでテニスの練習をする優輝君と私は、世間一般でいわれるデートというものはできない。
でも、
新堂の家で一緒に過せるだけで、私は幸せだった。
優輝君を待つ間、はる兄と杏依さんと過せる時間も嬉しいから、新堂の家で過す時間は、とても充実していた。
でも、残念なのは、優輝君があまり嬉しそうじゃない事。
以前ほど嫌われていないみたいだし、一応付き合っているという状況だけれど、私が傍にいる事は迷惑みたい。
優輝君は、今も私と目を合わせてくれない。
どうしてなのかな?
優しい時もあるけれど、でも冷たい時もある。
でも、なんとなく、“彼女”として扱われているような気もするし、やっぱり…うーん、どうなんだろう?
会う度に好きになっていって、会う度に不安になっていく。
会えば不安になるのに、別れるとまた会いたいと思う。
「席替え?」
ホームルームで担任が言った言葉を私は繰り返した。
思わず隣を見て、優輝君と目が合った。
彼の隣に座るのは、どうやら今日が最後みたい。

◇優輝◇

俺の記憶の中には、いつも晴己さんがいた。
思い出の中に、家族が当たり前のように存在するように、晴己さんも存在していた。
彼の進む道を追いかければ、辿り着けると思っていた。
それが何の不思議でもなかった。
晴己さんの選ぶ道は正しくて、俺にとって目標となる道。
だけど、少しずつ、それが違う事に気付いてしまう。
そして、彼女が現れて俺の日常は変わった。

転校生は物珍しいから、皆の視線が興味に包まれているのは感じていた。
でも、皆の興味は“俺”から“俺達”へと変わっていく。
むつみに話し掛けても、ちょっとその姿を追っても、皆が興味本位で見ている。
それが鬱陶しいし、俺は自分自身も鬱陶しい。
むつみ相手だと、自分の気持を言葉にする事が出来ず、それが心に溜まり、すごく苦しくなってくる。
会っている間、心臓の鼓動の荒れ具合は、困った事にどんどん酷くなる。
自分では全くコントロールがきかないし、家に帰ってからもむつみの事ばかり考えて、溜息ばかりが出る。
会っている間は苦しいから早く帰りたいって思っているのに、帰ってくると早く明日になって会いたいと思ってしまう。
一緒にいても、一緒にいなくても、むつみのことを考えるだけで苦しくて、何もできなくなる。
この気持ちの抑え方なんて分からない。
自分では抱えきれない想いが俺の体を支配している。
「橋元君、残念ね。むつみちゃんと離れちゃった。」
隣の席の女子生徒の声に顔を上げる。
教室が別になるのは嫌だけれど、こうして少し距離が出来た事に、俺はホッとしていた。


約束を抱いて:番外編-傍観者-5・完

2007-05-14 15:02:52 | 約束を抱いて 番外編

沈黙が続く。
「由佳?」
「あ…ごめん。星碧の家、なのね。」
「由佳も杏依の結婚式で会っているよね。むつみちゃん、松原君の事、覚えていたし。」
「…綺麗な子だったから、覚えているわ。あの時は私立じゃなかった?」
「中学からは公立に変えたみたい。私達の高校を受けるのに桜学園だと物足りないって事で。」
視線を伏せていた由佳が顔を上げる。
「意外だわ。瑠璃が、その子の家に行っているなんて。」
「でしょう?私も突然でびっくりよ。年末に新堂さんに頼まれてね。杏依にも頼まれちゃったし。」
「…それなら断れないわね。大丈夫?他人の家庭を見ると、ストレスが溜まるでしょ?」
「最初はね、そうだろうって思っていたんだけど。今は違う意味でストレス、って言うか。」
あの子達を見ていると、心が痛くなる。
真っ直ぐに彼を見つめる彼女。
そして、戸惑いながら、周囲の視線を気にしながら、彼女を見る彼。
幼い2人の視線の絡み合いは、見ていて最初は私が恥ずかしかった。
でも、今では私の中に違う気持ちが生まれている。
2人は自分の状況を素直に喜べないようで、2人からは幸せな雰囲気が漂ってこない。
そんな光景は、“恥ずかしい”と感じる気持ちを消してしまった。
「見ていて…こっちが切なくなる。」
「瑠璃?」
私が中学生の頃の周囲の付き合いは、もっと幼い感じだったと思う。
唯一、杏依だけが特別な感じで、でもそれは彼女と新堂さんの環境を考えれば仕方がないことだと思った。
正直、今でも杏依の相手がどうして新堂さんなのだろうと思う気持ちはある。
杏依はいつか松原君と付き合うのだと思っていた。
由佳が松原君を好きなことは知っていたが、松原君が杏依以外の人と付き合う事など考えられなかったし、想像もしなかった。
だけど、それは実現されず、杏依は新堂さんと付き合い結婚した。
そして、松原君は由佳と付き合い始めた。
そんな友人達の付き合いを見てきた私には、むつみちゃん達を見ていると、妙な気持ちが沸き起こる。
確かに私の友人達だって、何の苦労も悲しみもなく幸せを手に入れた訳ではないと思うが、それでも幸せそうだと感じる事が出来た。
そんな風に、幸せそうで楽しそうで、笑顔に満ち溢れる付き合いではなく、むつみちゃんの恋は、まるで壊れそうな脆いガラス。
外部からの力が加わると確実に壊れてしまうガラスの建物。
それを分かっていながらも、丁寧に組み立てる彼女。
「とても真っ直ぐな子なの。あまりにも真っ直ぐで素直で。全部、1人で抱えて困っているって言わないの。見ていれば分かるのに、それなのに大丈夫、平気だって。頼ってくれないから見ていて辛い。」
「そんなに真剣に考えなくても。まだ3日目でしょ?」
「…そうね。」

突然、私は自分の中に気持ちが落ち着く場所を見つけた。
祥子が言ったように、私は引き返せない。
でも、他の何にも惑わされないで、他の人なんて関係なく。私は個人個人だけを見ても許されると思う。
「でも、この恋を見守りたいって思ったの。」
私が何かをして“守る”事は出来ないけれど近くにいて、でも遠い存在の私が見守る事は、許されるのだろうか?
「私に出来る事は協力したいの。」
杏依が望んでいるから、そう思う気持ちは確かにあるが、それとは別に、私自身の中に何かが生まれ始めていた。
傍観者の1人である私を、動かす何かを、あの少女は持っている。
「瑠璃。」
顔を上げると、由佳の笑顔があった。
「私は何も出来ないけれど、私も、その恋が守られていく事を…祈っているわ。」
むつみちゃんとは無関係である由佳からの言葉を、私は心から嬉しいと思った。
「でも瑠璃。自分の事は?当分彼氏を必要としないわね。」
由佳の少し呆れた声を聞き、私は笑い声を零した。
「そっちは、また今度。」
今日も彼女の笑顔が見れますように。
少しでも一瞬でも。
心から彼女が笑ってくれるように。

壊れそうな冷たいガラスが、暖かいぬくもりに包まれますように。

 

                   ◇傍観者・完◇


約束を抱いて:番外編-傍観者-4

2007-05-13 02:43:22 | 約束を抱いて 番外編

杏依の名前を出すだけで、彼女の顔が緩む。
小さな子供のように。
正しくは年相応なだけなのかもしれない。
普段の彼女が落ち着きすぎているだけなのかもしれない。
何が正しいのか私には分からないし、むつみちゃんの事を理解するのは、かなり難しそうだ。
だけど、確実に分かるのは、彼女が杏依をとても大好きなのだという事。
「杏依、茶葉の御土産を友達に頼んでいたから、また新しいお茶を飲ませて貰えると思うわ。」
「お土産?」
「年末に杏依の実家にお邪魔したの。本当は、そのお隣に用事があったんだけど、その人が留守で。」
「松原、英樹…さん?」
「知っているの?松原君のこと?」
「…結婚式に…。」
「あぁ、そうよね。杏依と新堂さんの結婚式で会っているわね。その松原君が旅行に行くから、お土産に茶葉を頼んでいたわ。」
「楽しみですね。杏依さんが淹れてくれるお茶、美味しいから。」
「じゃあ、杏依に連絡する?今度、杏依に来てもらって、杏依に淹れてもらうのが確実よね?」
彼女の頬が緩む。
作られた綺麗な微笑とは違う、愛らしくて可愛い笑顔。
幼くて、嬉しそうで、幸せそうで。
いつもいつも、こんな風に笑ってくれればいいのに、そう思った。

◇◇◇

「どうしたの?瑠璃?新しいバイト、大変なの?」
グルグルとカップの中をスプーンで混ぜる私に、由佳が問う。
自分から呼び出しておきながら、私は由佳との会話に集中できずにいた。
「大変というか、予想はしていたけれど、予想以上というか。」
「家庭教師のバイト?生徒さんの成績、難しそうなの?」
私は首を横に振る。
「その点は、問題なし。志望校が私達の高校だけど、勉強に関しては私が教える事はないって感じだわ。」
むつみちゃんとの距離を縮めるのは時間が必要だと分かっている。
彼女の性格を考えると、そう簡単に心を開いてくれそうにもない。
彼女と理解し合う必要などないと思う気持ちはあるが、彼女を理解したいと思い始めている私が存在しているのは事実だった。
一対一の時間を過す事が可能なのは“家庭教師”という時間だと思うが、今のところ、まだその機会はない。
初日は“運転手”と“家政婦見習い”。
2日目は、“家政婦らしきもの”と、“話し相手”。
そして、3日目である今日は、どうなるのか未知のままだ。
昨日、橋元優輝と一緒に姿を見せたのは、彼の兄である、橋元涼だった。
もちろん面識はあったが、特に話をした事があるわけでもなく、橋元涼は怪訝そうな瞳で私を見た。
ダイニングでは食事中で、それなりに会話も弾んでいた。
私は一緒に食事をするわけではないし、少し席を外そうと廊下に出ると、しばらくして橋元涼がやってきた。
『送り迎えなら俺が。』
『私は、これが仕事ですから。それに今は可能でも、橋元さんは4月から就職されるのでしょう?送り迎えに時間を取られるのは大変だと思いますが?』
『どうして急にこんな事。晴己が君に頼んだんだ?』
『むつみちゃんが彼氏と会えるように、でしょう?』
そう答えたが、私も新堂さんの真意は分からない。
「瑠璃?」
昨日の事を思い出す私は、由佳の声に現実に戻される。
「家庭教師だけじゃなく、送り迎えとか留守番とか。そんな感じの仕事もあって。」
「そう。全般的な感じね。御両親、留守が多いの?」
「そうね、2人とも忙しそう。」
「料理も?」

「まぁ、少しは。でも、昔から働いている家政婦さんがいるし、料理上手だし、私も色々と教えてもらえるし、私も勉強になるけれど。ただ、その子の方が料理上手なの。」
「あら。すごい中学生ね。年齢制限があるから車の運転が出来ないだけで、それ以外は大学生の私達も敵わないのね。それで、超美人だなんて言われたら、びっくり。」
「正解。あまり母親には似ていないけれど。でも、やっぱり美人よ。」
「母親?」
「だって、母親が、あの星碧だもの。」


約束を抱いて:番外編-傍観者-3

2007-05-07 10:32:03 | 約束を抱いて 番外編

初日は、斉藤家と橋元家の家族に挨拶をし、むつみちゃんを斉藤家から橋元家に送り、そして迎えに行った。
彼女が橋元の家に滞在している間、斉藤家の家政婦を長年勤めている和枝さんに、斉藤家の内部を案内してもらい、仕事の説明を受けた。
大した仕事をしていないのに、緊張感で私は随分と疲労を感じた。
そして、それは“むつみちゃん”も同じだったのではないかと、思う。
祥子と別れて斉藤家に向かった私を出迎えてくれたのは、斉藤むつみと、彼女の母親である星碧だった。
「お久しぶりです。」
と言うむつみちゃんの黒髪が、綺麗に揺れたのが、とても印象的だった。
杏依が結婚する前に、杏依に連れられて斉藤家に来た事があるし、家が近所だから何度か挨拶をしたこともある。
だけど、私が見たことのある“むつみちゃん”と、目の前にいる彼女は違っていた。
以前よりも彼女の綺麗さは増していて、彼女より年上で女性である私でも見惚れてしまう風貌。
だけど、綺麗に微笑む奥に、緊張が見える気がした。
あぁ、この子は新堂晴己に似ている。
話しかければ、きちんと答えるし会話に困る事もない。
社交的と言えば当たっているけれど、人懐っこい性格ではない、そんな感じだった。

◇◇◇

アルバイト2日目の日に、橋元優輝が来る事になっていた。
家政婦である和枝さんが料理をするのかと思えば、主として料理をするのはむつみちゃんだった。
確かに、彼女の彼氏が来るのだから彼女が料理をしても変ではないが、その慣れた手付きに少し妙な感じを覚えた。
もちろん、和枝さんの方が料理歴が長いのだから、色んな事を教えているようだが、むつみちゃんは、それをすぐに吸収して自分のものにしていく。
思った以上に準備は順調に進み、和枝さんには休憩をしてもらい、碧さんは台本を読む為に自室へと向かった。
むつみちゃんと2人になったキッチンで、私は彼女に休む事を提案した。
「むつみちゃん、少し休まない?準備は済んでいるし、後は橋元君が来る直前に温めなおせばいいでしょ?」
彼女をリビングに連れて行き、紅茶を差し出すと、彼女は紅茶のカップに指を伸ばすが、途中でその動作を止めて時計を見た。
時刻は午後5時。
橋元君が来るのは8時。
まだ時間は充分あるから、少しゆっくりすればいいのに。
勉強をすることも、テレビを見ることも、本を読むことも。
この時間を自分の為に使えばいいのに。
「もう少し…何か…つくろうかと思って…。」
それなのに、自分の為ではなく彼の為に時間を使おうとする彼女。

「さすがに充分じゃない?いくら食べ盛りだと言っても。」
見上げてきた彼女が真っ直ぐに私を見た。
「瑠璃さんは休んでください。また7時頃から手伝っていただけますか?」
お茶請けにと思って出そうとしていたクッキーが載ったお皿を、私は落としそうになった。
私は家政婦としてこの家に来ているのだから、彼女が動いている間、私が休むというのは変かもしれない。
でも、そんなつもりで彼女に休む事を勧めたわけではない。
それに、彼女が私に気を使うというのが変で、笑いそうになるのを堪えた。
「それじゃ、お言葉に甘えて休ませて貰おうかな?」
そして私は自分のカップを置く。
「話し相手、してもらっていい?」
こんな方法でないと、彼女は休まないような気がする。
むつみちゃんが掴んでいたエプロンから、そっと手を放す。
少しだけ視線が泳いでいる。
「…はい。」
その微笑の中に、諦めたような悟ったような気持ちが見え隠れしていた。
「やっぱり杏依が淹れるほうが美味しいわね。」
紅茶を一口飲んで、私は素直な感想を言った。
「今度、杏依に伝授してもらってくるわ。美味しい紅茶の淹れ方を。それよりも杏依に来てもらう方が確実かしら?」
揺れていた瞳が私を見る。
そして、ようやくむつみちゃんから笑顔が零れた。


約束を抱いて:番外編-傍観者-2

2007-05-04 16:36:06 | 約束を抱いて 番外編

「そう。」
今日から斉藤家で家政婦のアルバイトをする事になったと、祥子に伝えると、彼女は納得したような声を出した。
「驚かないの?」
「驚かないわ。予想はしていたから。」
「え?」
「晴己様が瑠璃に頼むとは考えなかったけど。」
「祥子?」
「むつみちゃんに好きな人が出来て、その相手が橋元優輝だと知った時…驚いたわ。」
祥子は、テーブルに飾られている花の桃色の花びらを、そっと撫でる。
「晴己様が、どう対応するつもりなのか考えたの。色々とあったみたいだけれど、結果的に2人が付き合う事になり、晴己様が認める形になった。」
私は、祥子が既に様々な事態を把握している事を知った。
それは私が知らない事。
そして、私は知る必要などない事。
むつみちゃんと、その彼氏の“色々な事”は、私が知る必要はない。
私は、新堂さんにアルバイトを紹介してもらっただけだ。
「瑠璃。」
祥子の口元から笑みが消える。
「断るのなら今のうちよ。新堂に関わると厄介だから、それだけが理由じゃない。引き返せなくなる。」
「祥子?」
「杏依の従兄や、晴己様の従姉弟達でも良かったのよ?私や絵里姉さんでも。だけど、晴己様は瑠璃を選んだ。」
私はむつみちゃんの近所に住み、同性だから。
それは大きな理由だと思うけれど。
「新堂と何の関わりもなく、昔も今も変わらず杏依の友達。その瑠璃に、むつみちゃんの傍にいて欲しいと頼んだのよ?瑠璃の仕事内容が、むつみちゃんの送り迎えでしょ?むつみちゃんが彼氏の家に行く事を、晴己様が認めたと言う事よね?その協力を瑠璃に頼んだのでしょう?」
「…認めた、事になるの?」
私には新堂さんの考えが分からないし、彼の考えている事を理解したいとも思わない。
「むつみちゃんと橋元優輝を“監視”するのなら、晴己様側の人間を選べばよかったのに、晴己様が選んだのは“杏依サイド”よ。」
「ちょ、ちょっと。杏依は新堂さんと結婚しているのよ?杏依サイドとかって、変よ。」
「それなら、瑠璃は晴己様に報告するの?むつみちゃんの言動を晴己様に報告する義務がある?」
私は頭が痛くなり、眉間を指で押さえ溜息を出した。
「するわけないでしょ。」
「でしょう?瑠璃は新堂晴己の支配下にいない人間。むつみちゃんが、瑠璃を受け入れたら引き返せない。」
私は、混乱していた。
新堂と関わりがなくても、こんな話を聞かされてしまうと、斉藤家に向かうのが更に憂鬱になってくる。
祥子に話を聞いてもらいたいと思ったし、祥子には報告しておくべきだと思ったのは本心だ。
祥子が私の為に話してくれているのは分かるが、私は祥子を呼び出した事を少し後悔した。
「ごめん。話し過ぎたわね。」
私の気持ちに気付いたのか、祥子が言った。
「…いいの。ありがとう。祥子は反対、ということよね?」
新堂の事を知るのは重要な事かもしれない。
だけど、今の私が知っても仕方がないし理解出来ない。
「瑠璃が苦しむような気がするから。でもね。」
何故か祥子は悲しそうに微笑んだ。
「晴己様が瑠璃を選んだ事を、杏依は喜んでいると思う。むつみちゃんの力になってくれる相手が自分の親友だなんて、嬉しいと思う。でも、瑠璃を巻き込んでしまう事を、申し訳ないと思う気持ちもあると思うの。でも杏依は、あの子の幸せを望んでいる。」
そして、私は思い出した。
どうして、私がこのバイトを引き受ける気になったのかを。
「私は反対しているわ。でも、晴己様が選んだのが瑠璃で良かった、そう思う気持ちもあるの。瑠璃を巻き込むのを分かっているのに。…ごめんね。」
私を引き止めようとする祥子と、私を頼ろうとしてくれる、もう1人の彼女が、目の前に座っている。
「祥子。もう既に自分で決めているから気にしないで。ちょっと事前に、祥子に情報でも貰おうかと思っただけだから。杏依に頼まれて断るなんて、出来るはずがないでしょ?全く、杏依は世話が焼けるわ。」

私の言葉に、祥子が安堵したように微笑んだ。


約束を抱いて:番外編-傍観者-1

2007-05-03 21:15:36 | 約束を抱いて 番外編

◇瑠璃◇

信号が青に変わるのを待っていると名前を呼ばれた。
「瑠璃?」
振り向くと、本多由佳が立っている。
「久しぶり瑠璃。あ、そうだ。明けましておめでとう。」
友人からの新年の挨拶に、私は少しだけ気持ちが緩んだ。
「明けましておめでとう。由佳。」
由佳とは中学、高校と同じ学校に通った。
中学の時からサッカー部のマネージャーをしていた彼女に誘われて、私は高校でサッカー部のマネージャーを務めた。
中学の時は、お互いに“その他大勢の友達”としか認識していなかったと思う。
ただ、通っていた塾が同じだったから、一緒に過す時間は、それなりにあった。
そして、一緒にマネージャーを務めるようになってから、彼女とは随分と親しくなった。
そして、彼女は、“私の友達”とも、もっと親しくなり、現在、“その友達”の彼女という立場だ。
「私、これからアルバイトだけど、瑠璃は何処に行くの?」
「私もバイト。そのまえに友達と…待ち合わせ。」
「そう。じゃ、また近いうちに会おうよ。」
信号が青に変わり、私達は歩き出す。
「そうだね。また連絡する。」
横断歩道を渡り終え、私達は立ち止まる。
「じゃ、私、こっちだから。」
手を振る由佳を見送って、私は店の前に立った。
ゆっくりとドアを開けると、ドアベルが高い音を響かせた。

◇◇◇

何もしないで見ていることなど、私に出来るのだろうか?
『新堂さんと杏依が、私を頼ってくれるのなら、むつみちゃんにも私を信頼してもらえるように頑張ります。』
あんな事を言ったが、信頼関係など築く必要があるのだろうか?
ただ、傍観者に徹すればいいのではないだろうか?
「冷めるわよ。飲めば?」
その声に顔を上げると、友人の目黒祥子が綺麗な指先でカップの取っ手を持っていた。
綺麗に手入れされた爪先を淡く彩るネイル。
そんな彼女に反して、私は短く切った爪に少し指先が荒れていて、クリームを塗らなきゃ、と思いながらスプーンで紅茶をグルグルとかき混ぜていた。
「瑠璃?」
名前を呼ばれて、ティースプーンをカップから出し、ソーサーの上に置く。
祥子は随分と変わったと思う。
もちろん、中学生の時と比べているのだから、大学生にもなれば変わって当然。
「どうしたの?溜息ばかり。」
祥子は、とても優雅な落ち着きのある風貌。
確かに、その片鱗は中学時代からあったといえば、あったのかもしれない。
物怖じせず正義感の強い彼女は、自信に満ち溢れている感じで、だから、こんな風に綺麗に背筋を伸ばし、指先にまで神経が行き届いているのだろうと思う。
「実はね。」
祥子が、いろんな覚悟を決めた時から彼女の周囲は変わり、そして彼女自身が変わった。
もちろん、以前と変わらず友達だし祥子自体は変わっていない。
「アルバイトをすることになったの。」
祥子が選んだ道は無謀に感じるけれど、もしかすると最初から決まっていた事なのかもしれないと思う。
適任者は祥子しかいなかった。
その位置に、今まで彼女がいなかった事の方が変なのかもしれない。
「アルバイト?家庭教師の?生徒さん増えたの?」
私は首を横に振った。
「全然、別のアルバイト。まぁ、少しは勉強もみるかもしれないけれど。…名目上は家庭教師なのかなぁ?」
「瑠璃?」
冷めていく紅茶を見ながら、また溜息が出る。
「家政婦、というのが正しいのかな?というか、運転手?」
不思議そうに祥子が首を傾げる。
そして私は、今日の夕方から向かう新しいバイト先の話を祥子にしたのだった。